▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『ある呉服屋のクリスマス 〜相棒たちの相談〜 』
柚乃(ia0638)


 師走。
 本格化する冬の寒さと、今年が終わるという気忙しさ。
 神楽の都はそんな雰囲気に包まれて、待ち行く人の歩みも少し足早です。
 そんな街に佇む一軒の呉服屋も、慌しい年末を迎えています。
「それじゃ、集金に行ってきますね?」
「貴族様の新年衣装、配達するのは誰だ?」
「旦那様〜。生地の仕入れ先の方がお越しになってます〜」
「おお、今行く。……お前はお針子さんたちの予定をまとめておくように」
 玄関暖簾の奥では、ぱたぱたと足音がしてそんな声が飛び交っています。
 そんな呉服屋の奥の奥。
 表の騒がしさが嘘のようにしーんとしていますね?
 ちょっと覗いてみましょう。



「おいら、退屈もふー」
 もっふりとした藤色の毛並みの小さめなもふらさまが、座布団の上で丸まっています。ぱり、とお煎餅をほお張っている姿は幸せそうではあるのですが。
「あら、あんたは退屈が仕事でしょ。それより早く決めないと……」
 つん、と鼻先をそらせ流し目でもふらさまを見つつ、羽衣を纏った管狐がふわふわと宙を舞っています。なびく長い体は青とも紫ともつかない淡い色合いですが、瞳ははっきりとお日様色。ひょいと下りて来て、菓子盆のお煎餅にがじり。
「……大丈夫でしょうか?」
 管狐の動きを大きな瞳で追う、童女風のからくりもこの部屋にいます。仙女のような巫女服を着て、座布団に姿勢正しく大人しく座っています。
 が、その瞳が今度は奥の間への襖に向けられました。
 奥では相棒たちの主人、柚乃(ia0638)が縫い物をしているのです。
 先のもふらさまは八曜丸といい、管狐は伊邪那、からくりは天澪(てんれい)と名付けられています。
「いつもは『きゅうけい』を二回くらいするのに……」
「もふっ。なにするもふ〜」
 天澪が呟いたとき、八曜丸が声を荒げましたよ?
「ちょっとあんた、ろくすっぽ味わってもないのに最後の一枚も当然のように手を伸ばさないでよね。天澪、まだ一枚しか食べてないのよ」
 八曜丸が菓子盆に伸ばした手を、ふわり下りて来た伊邪那がぺしりと短い前肢で払っていたのです。
「そんなことないもふ。お煎餅もおいらに食べられて幸せもふよ」
「あんた、幸せなもふらね〜。……ほら、天澪もこんなのに食べられる前に食べちゃいなさいよ」
 バッサリ斬り捨てておいて、気を遣った天澪を見る伊邪那。でも、天澪は笑みを湛えて静かに見守っているだけです。
「天澪、あんたももうちょっと主体性を……あっ! 何してんのよこのもふら!」
「いただきもふ〜」
 この隙にもふっと最後のお煎餅に手を伸ばす。
「そもそもあたしたち、日ごろ頑張ってる柚乃に日ごろの感謝の気持ちを込めて贈り物しようとして、それを何にするか決めようってのに……。八曜丸は食べてのんびりするばっかりだし、天澪は意見言わないしっ」
「痛いもふ痛いもふ……」
 ふわ〜っ、と下りて来て伊邪那が前肢でぺしぺしと八曜丸を叩きます。それだけ一生懸命決めようとしてたんでしょうね。
「でも、贈り物を決めても柚乃に内緒で外出して贈り物を買うことができませんから」
 天澪は止める様子もなくほほ笑んで見守っていますが、ぽそりと根本的な問題を呟いていたり。
 その時でした。
「あっ」
――すっ。
 天澪が気配に気付くと同時に襖が開き、青い髪に青い衣装の少女が現れました。
「ふーっ。ちょっと休憩……。そうだ。誰か私の代わりに、ここのご主人さんが贔屓にしてる店に珈琲を買いに行ってくれないかしら?」
 仕事に集中していたのでしょう、いつも聡明な紫色の瞳に疲れが見て取れましたが、肩をとんと叩いて一息つくと、いつもの輝きに戻っています。
 この言葉に、「あ」と瞳を大きくする天澪。伊邪那も気付きます。
「それじゃ、あたしが……」
「ありがたいけど、柚乃はもう少しお仕事があるから」
 管狐、主人から離れての行動はできません。しおしおといじけたように柚乃の肩に纏いつきます。
「じゃあ、おいらがお使いと贈りも……もふもふっ」
「はい。伊邪那の代わりに、八曜丸と行って来ますね」
「天澪、八曜丸、お願いしますね」
 柚乃は八曜丸の口を押さえる天澪に首を傾げますが、にっこりとほほ笑んで送り出すのでした。



「『なんちゃっ亭』まで行くもふ!」
「南那亭、ですよ。あ、ちょっと八曜丸? そっちは地図とは違う方向……」
 まあ、何ということでしょう。
 柚乃から地図とお使い品目を書いたメモをもらい出発したのですが、いきなり八曜丸が明後日の方に行くではありませんか。
「ええと、ここから改めて南那亭に行くには……」
 天澪は、地図とにらめっこしながら八曜丸について行きます。真面目で前向きなからくりさんのようで、決して後戻りしようとはしません。童女の外見そのままに、健気で必死です。
「あっ。お団子もふ〜」
「だ、駄目です。柚乃はその……」
 目に付いた場所に寄り道してしまう八曜丸。最近、大人びたスタイルになってしまいそれを嫌っていることを知っている天澪は、栄養が胸にいってしまうかもしれないとこれを止めます。
「もふ〜。竹輪を焼くいい匂いがするもふ〜。そうだ、伊邪那は竹輪の隙間にも入るか試すもふ〜」
「間違えて食べられたら問題ですから」
 今度は焼き竹輪の実演販売にふらふら〜と引き寄せられ、やっぱりこれを止めたり。
 おかげですっかり迷子になってしまいました。
 いえ、それだけではありません!
「もふ? お前は何もふか?」
「お菓子寄越すヤギ」
「お菓子がないならいたずらするヤギ」
「この紙で今日のところは勘弁してやるヤギ〜」
 どどどど……と、突発性襲撃型の精霊「やぎもどき」に遭遇してしまったではありませんか。
「ああっ! 地図とメモが食べられてしまいました。どうしましょう?」
「ヒムカに聞くもふ」
 困る天澪を見て八曜丸が駆け出しました。
 何と、いつの間にか港に近いではありませんか。もちろんここには柚乃の相棒、炎龍のヒムカが預けられています。
「グァ!」
 そのヒムカ。八曜丸から事情を聞いてある方向を鼻先で示し翼を広げます。
「ヒムカは飛べますからそれでいいんでしょうけど……」
「じゃ、松茸のとこに行くもふ」
 おおっ!
 八曜丸、今度は同じく柚乃の相棒、走龍の松茸の元に急ぎます。
「グルルッ!」
 松茸は、じゃっ、じゃっと大地を削るだけ。主人がいないのでここからは離れることができないのがもどかしそうです。
「困りましたね……」
「あら、困りごと?」
 溜息をついた天澪。この言葉を聞きつけたギルド係員が声を掛けてくれ、親切に道を示してくれるのでした。



「着いたもふ。ここがな……『なんちゃっ亭』もふ!」
 いろいろありました。
 たくさん苦難がありました。
 見上げて読み間違える八曜丸の言葉を天澪がまったく訂正しようとしないのは、感慨深いものがあったのです。決して、「もういいか」などと思っているわけではありません。
「あら。いらっしゃいませ、珈琲茶屋・南那亭にようこそ♪」
 入店すると、店員の深夜真世(iz0135)が寄って来ます。
「あ……」
 ホッとしたのも束の間。天澪は大変なことに気付きます。
「お使いのメモ書き、食べられてしまってます」
「あら。柚乃さんとこの八曜丸ちゃんじゃない。今日ももふもふね〜。いらっしゃい。……あ、もしかしてお使い? だったらきっとこれね」
 愕然とする天澪でしたが、真世が八曜丸を抱いてもふるとメイド服をひるがえし店の奥に行きました。
「はい。呉服屋の主人さんのお使いでしょ? いつもこの珈琲をこの分量、買って行ってくれるの。もし違ってたらゆってね、取り替えてあげるから。それと……はい、これ」
 真世は珈琲豆をひいた粉入りの袋を出してきました。そして、奇麗に贈り物包装された箱も。
「中身は、うちで使ってるカップの新品。……お得意様へのプレゼントなの」
「ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げる天澪です。

 そして後は帰るだけ、だったのですが。
「いよう。なかなか可愛い娘っ子ちゃんじゃねぇか」
「兄貴。これ、からくり……」
「わーってら。だからいいんじゃねぇか。生身の娘と違ってからくり売っ払っちまってもおとがめねぇしな」
 なんだかチンピラたちに囲まれてしまってます。
「近道をしようとしたのが……あ、八曜丸」
「もふっ。おいらが寄り道して遅くなったのが原因もふ。絶対にお使いは成功させるもふ」
 なんと、包みを大切に抱え動きのとりづらい天澪をかばうように八曜丸が二足立ちで立ち塞がっているではありませんか。
「なんだぁ? このチビもふら。んなことしても手を伸ばせば……いてっ!」
「おおっ。兄貴の向う脛を蹴ったな、このもふら。俺でさえ蹴り飛ばしたことないのに!」
「なんだと貴様。この俺様の向う脛にそんな下克上なことしようとしてやがったのか?」
 なんだかもう、路地裏の奥でぐだぐだな感じにドタバタやってます。
 でも、茶番はお終い。
「おい、お前。こいつらを眠らせてやってくれ」
 ついに本気になった兄貴。連れていた吟遊詩人に合図を出します。
 その、瞬間でした!
「伊邪那! 飯綱雷撃!!」
――ピシゃーン!
 チンピラの背後から凜とした声が響き、一条の雷が冬の空気を切り裂きます。
「ぎゃあっ!」
「まずい、ズラかるぜ!」
 どたんばたんと立てかけてあった材木が崩れたり人が入れ違ったり埃が舞った挙句……。
「遅いと思ったら……。八曜丸、天澪、大丈夫?」
 聡明な大きな紫の瞳が、しゃがみこんで顔を上げた天澪と八曜丸の前にありました。
 柚乃です。ひょいとその肩から伊邪那も姿を現します。
「柚乃……」
 泣き顔を浮かべる天澪。柚乃は優しく抱きしめてやるのでした。八曜丸と伊邪那も、ほっとしたように二人を見詰め続け――。



「柚乃さん、休憩してお茶にしましょう」
「はい」
 呉服屋は、大晦日の大掃除をしています。ちょっと休憩するようですね。
「あら。柚乃さん、その器は?」
「クリスマスに、八曜丸や伊邪那、天澪たちからもらったんです」
 柚乃、南那亭のカップを誇らしそうに持って言うのです。
「それは良かったな」
 呉服屋の主人はにこやかに言って、珈琲の包みに入っていたお知らせの紙をそっと背後で握りつ潰すのでした。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ia0638/柚乃/女/15/吟遊詩人
iz0135/深夜真世/女/18/弓術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
柚乃 様

 いつもお世話様になっております。
 相棒たちのハートフルコメディ、お届けします。完全に当初目的は忘れつつも、最後に機転を利かせた相棒たち。ちょっとした冒険の土産話も、きっとしたはずですよ♪。お言葉に甘えてまよまよも登場です。

 この度はほっこりするご発注、ありがとうございました♪
N.Y.E煌きのドリームノベル -
瀬川潮 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年01月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.