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『美しきもの 』
宮垣 千真jb2962

廻る歳月は眼に見えず、けれど確かにこの身を過ぎ去っていく。
だから人は節目を刻むのだろう、時の流れに溺れ、居場所を見失わないように。
一年という、けして短くはない単位。今宵はちょうど、その入れ替わりの日。

――貴女は初日に、どんな想いを告げるのだろう?



「…何度見ても、雪は美しいね」
時刻は日の昇る直前、薄紫に染まる空が、次第に白く色を変えていく頃合。
人里離れた山の中腹、少し迫り出した岩の上に佇み、千真は眼下の景色に感嘆の溜息をつく。
バランスを取るように背にひろげられた一対の翼は、周囲に煌く深雪の色。
飾りではない証拠のように、時折、ばさりと風に戯れている。
――そう、彼女は天の種族、いと高き次元よりの侵略者。
凛々しく整った相貌は、謹厳たる意思の強さを垣間見せ。
己が敵に躊躇いも無く冷徹なる刃を振り下ろすであろう、と思わせる。
まさに、無慈悲なる断罪者の如く。
しかしその身を包んでいるのは、人類の盾たる撃退士、その養成機関である久遠ヶ原学園の儀礼服。
相容れない筈の要素が、奇妙なるバランスを保って、中性的な調和を生み出していた。
堕天使――人に仇なす者でありながら、天上目掛け弓引く反逆者。
数少ないとはいえ、学園ではけして珍しい存在ではない。
それでも当然の事ながら、天魔を良く思わない人間は少なからず存在しており。
今の彼女の立場は、下の見えない新雪を踏み歩くが如く不確かなもので、だが。
「やはり京都はいい。遥々飛んできた甲斐があるよ」
雪化粧の施された、碁盤の目に刻まれた大地を、眼を細めて愛おしげに見やる。
纏う雰囲気には、己のしがらみ故の悲愴さなど、ちらとも感じられない。
廻らせる視線の柔らかさの通り、この選択に後悔などしていないのだろう。


寒さに強張る翼を軽く震わせ、深呼吸と共に全身を伸ばす。
胸一杯に吸い込み深く吐き出すのは、早朝の、痛いほどに澄んだ空気。
彩りの異なる白で埋め尽くされた景色に、新たな白が立ち昇り、溶け込んでいく。
――この地球の美しさに惹かれて堕天した。
中でも、四季折々の貌を見せる日本の風情には、恋焦がれていると言っても過言ではないほど。
ふいに、そんな想いが記憶の引き出しから零れ落ちる。
普段は意識していない存在理由が、何故か強烈に胸を締め付け。
いても立っても居られない様な、如何しようも無い焦燥を持て余す。
後から後から、湧き上がり溢れる『引き出しの中身<思い出>』。
もう此処でそんなに時を過ごしたのか、と、驚きのままに覗き込む。


北へ南へ、学業に精を出す傍ら、暇を見つけては方々へと翼を向けた。
この国は何処も美しく、そして、同じ場所に赴いても、二度と同じ景色には出会えない。
『一期一会と言うんじゃよ』
数少ない友人の台詞が、脳裏に浮かぶ。
例え条件を揃えても、身の内より湧き上がる感動は、その時だけのもの。
だから、余す所無く味わい尽くすといい、胸焼けを起こすほど、後悔の無いよう。
その教えは、痛いほどの感動に出会う度に、心の深い所にに刻み込まれていって。
「此処は美しい…人間は、興味深い」
くすり、と、カーネリアンの瞳を和ませ、遥か望む街並みを見下ろす。
耳に微かに届く喧騒が、華やかな街の忙しない雑多さを伝えてくる。
規律に縛られた天界、そこに不満は無かった。
だが、堕天して初めて知る、人間の自由奔放さ――時に、無謀なほどに。
「鍋、楽しかったな」
ついこの間出向いた、遊びの様な依頼。
捕食対象たる人間、相容れる事など無い筈の悪魔。
一つ鍋を囲んでの馬鹿騒ぎなど、堕天しなければけして体験する事などなかっただろう。
今は、そんな他愛も無い日々の積み重ねが、美しい景色を堪能するのと同様に、いや、下手をしたらそれ以上に愉しくて堪らない。
煌く思い出達は、締め付ける焦燥を、いとも容易く解し宥めてくれた。


微笑みを深める視界の端、一筋の鋭い光が眼を灼く。
途端、強まる眼下の喧騒。日が、昇ったらしい。
毎朝行われる営み、普段なら歯牙にもかけられぬその現象が、今日だけは轟くような歓声と共に迎えられる。
「初日の出、だったかな」
僅かばかりの知識を引っ張り出す。
一年、という暦の区切りの、節目の日。その始まりを告げる、言祝ぎの光。
ゆっくりと稜線より姿を現す太陽を、眩しげにしながらも真っ直ぐに見詰め。
その光が世界を遍く照らし行く様を、確りと眼に焼き付ける。
この、得も言われぬ刹那は、最初で最後。もう二度と出会えない、陽炎のような。
今日が特別な日であるというなら、尚更に得難い。
涙さえ滲ませながらも視線は外さないまま、最後とばかりに、引き出しから零れ落ちる一欠片。
「何だっけ、誓いを立てる、と聞いた気がしたけど」
一年の計は元旦にあり。
この一年に己が成し得るべき目標を、成し得たい想いを、始まりの光に厳かに誓うのだとか。
『一期一会』を教えてくれた友人の言だ、倣ってみるのも一興か。
確りと見据える視線はそのままに、姿勢を正し、今度は自ずから引き出しを探る。
私の、譲れない想いは何だろうか。
この特別な日に、畏まって誓いを立てるほどの、何か。
――そんなもの、決まっている。
引っ掴んだそれを、落とさぬようそっと掬い上げ。
清浄な空気を、深く深く吸い込んで体内を廻らせ、雑念を清め祓う。そして。
『この、二度は見えぬ掛け替えの無い景色を守ろう、私の全力を以って』
言の葉には変えず、心の奥に刻み込む――『一期一会』の、その横に。
「今年も宜しくお願いするよ」
そう告げるのは、興味深く愛すべき友人達にか、様々に色を変える美しき世界にか。
昇りきった言祝ぎの光の中、千真は朝露に濡れる翼を羽ばたかせた。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb2962 / 宮垣 千真 / 女 / 19歳 / バハムートテイマー】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご縁を頂き、有難うございました。
懐かしき理由の地を臨む節目は、上手く始まりましたでしょうか。

大切なものが増えていく、ほんの少しの戸惑いと思いがけない喜び。
愉しくて堪らないという想いをイメージして、執筆させて頂きました。

逆輸入も辞さない、との有り難いお言葉を頂きましたので、
アドリブどころか、勝手な設定まで付与してしまいました。
お気に召して頂けましたら、幸いです。
N.Y.E新春のドリームノベル -
日方架音 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年01月06日

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