▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『お正月の神様 』
セレシュ・ウィーラー8538)&さくら(NPC4940)

 境内からは微かにお囃子の音が響いている。
 正月三が日と言うこともあって、境内は珍しく賑やかだった。一年に二回、祭りの日と今日くらいしか見かけない縁日の屋台まで出ている。
「…何のかんの言うても結構立派な神社やんか」
 忙しそうに参拝者相手に走り回っていた神社の巫女見習いにそう声をかけると、彼女は苦笑がちに、そうね、と同意をしてくれた。
「これでも昔よりはうんと寂れているらしいけれど」
 確かに、参拝者は老人が多い。若い世代は恐らくは、都内のもっと立派で有名所の神社に参拝に行ったのであろうことは容易に想像がついた。それにこの神社のご利益は「町内限定」という難がある。
ただそれでも、常の静かな境内ばかりを見知っているセレシュにしてみれば、これは実に賑やかであると言えた。
「しかし忙しそうやな」
 配られていた甘酒をふぅふぅ冷ましながら、セレシュは小さく独りごちる。常であればセレシュの顔を見るなり「お賽銭!」と言い出す神主見習いやら、あるいはここを遊び場と定めているらしい錬金術師見習いやら、色々な人物が彼女にちょっかいをかけに来るのだが、本日はそんな様子も無い。先程見かけた巫女見習いもそうだが、神主見習いの方も忙しく走り回っているようだった。
(邪魔したらあかんやろし、手ぇ合わせたら帰ろか)
 とは思ったが、手に提げていた紙袋にちらと眼を落としてうーん、と唸る。
(…これ日持ちせんしなぁ。あ、でも奉納しとけば神さんは食べるやろし、問題ない?)
 セレシュが賽銭箱に投げ入れた金額は、常日頃この神社を訪問した際に投げ込んでいる金額と同じである。つまり五円だ。が、さすがに正月三が日でもあるし、何か持ってきた方がいいだろうか、と思案した結果、近所の和菓子屋で見つけた和菓子を奉納品代わりに持ってきていたのだった。
 そうして彼女が奉納された絵馬を前にぼんやりと思案していると、
「おや」
 男性の声と共に、辺りに急にやけに暖かな風が吹いた。知った声にセレシュが振り向くのと、どうにも気の抜けるおっとりとした声が応じるのが同時だ。
「セレシュさん、あけおめ」
 気の抜ける笑みで発された、どうにも気の抜ける挨拶であった。
「…神様がそんなおざなりな挨拶覚えたらあかんと思うわ、うち」
「あけおめ」
「…おめでとう。今年も暇したら来るさかい、よろしゅう」
「そこは『ことよろ』でいいよ?」
「お断りするわー」
 頬をひきつらせるセレシュの目の前に居るのは、派手な女物の着物を羽織り、狐のお面を阿弥陀被りにし、肌が痛いほどに寒い境内の玉砂利の上を平然と裸足で歩いているという妙な青年であった。はぁ、と嘆息し、セレシュは手に提げていた紙袋を差し出す。
「丁度ええわ。これ、挨拶代わりに持って来たんやけど。食べる? ――さくら」
 この変な人物こそ、この神社の祭神で、本体であるご神木を失った瀕死の神様。
 日頃はもっぱら眠ってばかりいる桜の古木の「かみさま」ことさくらは、セレシュの持ってきた手土産の中身を察して、ふにゃふにゃと相好を崩した。



 前述のとおり、「さくら」はこの神社の祭神でありながら殆ど力を失った瀕死の神様である。その為普段は境内裏の鎮守の森で眠っているか、または日当たりの良いこの神社の神主の家の縁側で丸くなっているか、ご町内のどこかの神棚に収まってやっぱり眠っている。
 今日は起きてても平気なんか、とセレシュが問うと、口の周りに味噌餡を付けたどうにも威厳に欠ける姿の神様は、セレシュの持ってきた花弁餅を手にしたままにっこりと笑みを浮かべた。
「うん。今日は三が日で、参拝者も珍しく多いから、私もだいぶ元気なんだよ」
 瀕死の神様、さくらの命を繋いでいるのは町の人々の信仰心だ。ああ、なるほど、と得心して頷くセレシュを前に、境内の端にあるベンチに腰を下ろしたさくらは更にのんびりと続けた。
「しかもセレシュさんが奉納品持ってきてくれたしね。ところでこれ美味しいねぇ、見目も良いし」
 セレシュが持ってきたお菓子は、花弁餅である。読んで字のごとく花びらを模した和菓子で、薄い求肥の中には白味噌をベースにした餡と、砂糖漬けのゴボウが包まれている。甘さと味噌のしょっぱさが絶妙に交じり合う一品だ。と、隣に並んで一緒に和菓子を食べながらセレシュは首を傾げた。
「…うちもご相伴に預かってしもたんやけど」
「そうだねぇ。独りで食べるのはつまらないからね」
「奉納、って、ええの? これで」
「いいんじゃない? 美味しかったし」
奉納を受け取る当人の癖に随分曖昧なのが不安にはなったが、セレシュは結局深くは考えないことにした。当人が幸せそうだから、いいんだろう。それよりもいささか気にかかることがある。
「ところでさっきから、何しとるん、さくら」
 胡乱な目つきでセレシュが見やる先。さくらの膝の上には、木製の札が並んでいる。鮮やかな馬の絵と、その反対側にはマジックで願い事の書きこまれた――つまり、絵馬だ。
 口の中に花弁餅を押し込んださくらはもぐもぐしながら頷いて、
<お正月くらい神様らしいことをしようかと思ってね>
「わざわざ口の中にお餅入っとるからってテレパシー使わんでええわ。食べ終わってから喋りぃな…」
 呆れ顔になりつつ、成程、とセレシュは得心した。それで先程から、彼は絵馬を睨んでいるのか。が。
「…合格祈願をされてもウチは学業担当じゃないし、っていうか町の外の学校じゃないか」
「町の外だとあかんの?」
「力が届かない」
 と、しょんぼりした顔で返されたり、
「縁結びかー。恋愛方面はあんまり得意じゃないんだよなぁ…今度出雲行った時に知り合いに頼んでおこうかな」
「神様が神頼みしてどないするのん」
「あはは、セレシュさんうまいこと言うね!」
「笑いごとちゃうやろ」
 と、終始そんな調子である。セレシュが飲み終えた甘酒の紙コップを潰して捨てて戻って来る頃には、ほとんどの絵馬が彼の前から消えて、本人は顔を覆ってベンチでしょんぼりしていた。
「あんまりみんなの役にたてそうにない…」
 セレシュとしてはそうかー、と頷くより他にない。
「安易に願い事叶えるのも、あかんのと違う?」
 一応、慰めの積りでそう声をかけてみたが、本人はうーん、と困ったように眉を下げた。
「それはそうだけどなぁ…はぁ」
 嘆息して、けれどもさくらは今度は項垂れずに顔を上げた。相変わらず面で顔が見えづらいが、彼の視線が境内の一点に向けられていることに気付いてセレシュも一緒に視線を動かす。
 女の子が一人。泣きそうな顔で、玉砂利を蹴り飛ばしていた。


「どないしたん?」
 声をかけたのはセレシュの方だった。――さくらは力があまり強くなく、その為、人前に姿を現すのも一苦労なのである。
 膝を折って目を合わせた相手は、5歳かそこらだろうか。小さな可愛らしい振袖に身を包んでおめかししているが、その表情は暗くて今にも泣きだしそうだ。泣かれたらかなわんなぁ、と心中ひやひやしつつ、セレシュはにこりと微笑みかける。
 セレシュの声に顔を上げた少女は、まず目を丸くした。
「おねーちゃん、誰?」
 警戒するより先に驚きが来たらしいのはセレシュにとっては幸運であった。恐らく、セレシュの金髪と青い瞳が功を奏したのだろう――確かに、日本人であればあまり見慣れない外見だ。
「ええとな、うちはセレシュ、言うんよ。お嬢ちゃんは?」
「ういはね、ういって言うの」
「ういちゃんか。迷子にでもなったんか? お母さんとお父さんは?」
 別段、広い境内でもない。混雑する程には人も多くない。探そうと思えば容易なはずだ。そう思っての問いかけだったが、彼女は首を横に振った。
「…いいの。お父さんもお母さんも、ういのことなんか気にしてないと思うから」
 泣きそうにきゅっと口を結び、彼女はそう告げて俯いてしまう。やれやれ、思ったより面倒そうだ、とセレシュはちらりと視線を肩越しに、自分の背後へ向けた。囁くように、問いかける。
「…って話らしいんやけど、さくら。どうするん?」
「何だか放っておけない気配だねぇ。もう少し話聞いて貰える?」
「…うちが聞くん?」
「その子、私が見えないみたいだから。…7歳以下の子なら見えてもおかしくないんだけどなー」
 何か事情がある子なんだろうね、と彼は呑気に言ってのける。面倒なことに巻き込まれた――とセレシュはため息をつき、再度少女に向き直った。
「お姉さんで良ければ愚痴くらい聞いたるで」



 話を聞けば、よくあることと言ってしまえばよくあることだった。少女の両親は最近諍いを繰り返しているらしい。
「…ういが知らないと思ってるの。お母さんとお父さん、最近、いつも喧嘩ばっかりしてる」
「そか」
「今日も。おばあちゃんがういに綺麗な着物を着せてくれたけど、お父さんは一緒にお出かけしてくれないし…お母さんも一緒に来てくれた、けど。ういの方、全然見てくれない。ため息ついてばっかりで、『ういはお母さんと一緒がいい?』とか…そんなの、うい、答えたくない。お父さんもお母さんも一緒がいい」
 訥々とした口調で零される内容は、よくあることと言えども矢張りどこか生々しかった。少女の頭をセレシュが撫でると、うい、と名乗った少女は微かに笑みを浮かべた。
「お姉ちゃんの周り、なんだか暖かいね。お日様がぽかぽかしてる」
「そ、そうか? …多分それ、神様のせいやと思うけど」
 ちらりと見やった先、さくらは素知らぬ顔をしている。
「かみさまなんて、居ないわよ」
 と――。その少女の口からそんな単語が漏れた。背後でぐらりとさくらが倒れかけるのが見える。
「…どうしてそう思うん?」
「だって何もしてくれないもん。お母さんとお父さん、また仲良しになりますようにって、ういがお願いしても、かみさま何もしてくれないもん」
 うぐ、と言葉に詰まったようにさくらが背後でじたばたもがいているのが見えたがセレシュは見なかったことにした。
<だ、だってー! 私達にだって限度ってものがあるんだよう!>
「ああ、はいはい…いちいち頭ン中に声飛ばすんやめてな」
「? お姉ちゃん、どうかしたの?」
「何でもあらへんよ。でも、そやなぁ、うーん…神様も、誰も彼ものお願いを聞く訳にいかへんのよ」
「じゃ、どうすればいいの? そでのしたをわたせばいいの?」
「どこで覚えたんそんな単語」
「おばあちゃんが言ってた」
 この子の将来が地味に心配である。他人事ながらそんなことを思いつつも、セレシュは今度は苦笑した。
「…せやから、『神様なんて居ない』なんて、言わんといてな。神様けっこー繊細やさかい、そないなこと言われるとますます願い事聞いてくれへんで」
 納得いかない、というように少女は小さな唇を尖らせている。今にも泣きそうに俯いたその横顔に、セレシュがすっかり困惑していると。
 ああ、泣かないで。
 ――耳を澄ましていなければ空耳と疑う程度の声だ。けれども確かに空気を震わせて、微かな声がする。
「…?」
 首を傾げて、少女は顔を上げ、左右を見まわす。その頬を、暖かな風が撫ぜた。冬の寒空の下だというのに、確かな温かさを持った風だ。
「…な、なぁに?」
「ああ、神様や。『元気出して』って」
「かみさま? 居るの? ここに?」
「おるよ」
 セレシュは頬杖をついて、虚空を指差した。
「あっちにおる。あんたに『泣かないで』って。あと『元気出して、出来る範囲で応援するから』って言うとるで」
「応援…?」
「せやなぁ。あと『家内安全』のお守り辺り買うたら、も少し頑張れるかも、って言うとるよ」
「かないあんぜん」
 口の中でしっかりと繰り返して、少女は立ち上がった。
「つまり、『そでのした』ね!?」
「えー…。ああ、うん、そうなるんかな…」
「分かったわ、買ってくる! えっと、これで買えるかな…」
 空いた片手で彼女が取り出したのは、百円玉が幾つかだ。お小遣いなのだろう。セレシュがちらりと目をやると、さくらは親指を上げていた。――どこで覚えるんだろうか、あんな俗っぽい仕草。
「買えば、神様、お願い事聞いてくれるかな」
「それはどうやろ。神様は『応援』しか出来ひんらしいから、どんぴしゃお願い事が叶う訳とちゃうやろ」
 セレシュが答えると、少女は手に硬貨を握りしめて眉を寄せる。それじゃ詐欺じゃないか、と、もう少し語彙が豊かであれば訴えていたかもしれない。
「願い事っちゅーんは、基本的には自分で叶えるものやし」
「でも、お母さんもお父さんも、ういの言うことなんて聞いてくれないよ」
「せやなぁ。そこが難しいとこやな」
 ――大人の事情、という奴である。小さな子には理解が難しいかもしれないが、どんなに訴えたとて、こればかりはどうにもならないかもしれない。セレシュもそんな予感がしていたが、
<大丈夫。その子の両親は、まだ関係修復が可能なはずだよ>
「なんや、さくら。しっとるんか」
<ううん? 今お願い事してくれたから、ちょっと調べてきた。まだ縁は切れていない、その子が頑張れば、多分、まだ何とかなる。…ならないかもしれないけどね>
 何とも頼りない言葉だ、と、セレシュは本日二度目の苦笑いを零した。
「神様が言うてる。あんたの両親はまだ縁が切れてへんから、何とかなるかもしれん、って。…人の心は、神様でも自由には出来ひんから」
「出来ないの? 神様なのに」
 口を尖らせるういの言葉に、セレシュは彼女の頭を撫で、笑った。
「出来ひんのやって。神様本人が言ってるさかい、そうなんやろ。…人の心を何とか出来るんは、その人に近い人やないと駄目やって」
「その人に、近い人」
「この場合はういちゃんやな」
 神様はういちゃんの味方やで、と告げると、彼女はふーん、と分かった様な、分からない様な唸り声を上げた。それでも子供なりに、彼女はある程度納得したらしい。
「…分かった、じゃあうい、頑張る」
「そやね。…大変やと思うけど、ここの神さんは、町の人間の味方やさかい。それだけは信じてやってな。…愚痴が言いたくなったらそこの絵馬に書いて投げつけるとええよ」
<セレシュさん酷いよ。やめてよ>
 うるさい、願い事叶えられへんのやったらそれくらい我慢しぃ。
 セレシュが背後を睨み、視線だけでそう伝えると、さくらはしょんぼり項垂れたようであった。だがすぐに彼は気を取り直し、ベンチに座り直す。投げ出した裸の足を揺らして、
<とはいえ、ああ言った以上、『応援』だけはきちんとやらないと>
「…ええのん? 人の心はどうにも出来ひんて、自分で言うとったのに」
<心はどうにもならなくても、縁は切れていないからね。なら背を押すくらい、私でも出来るさ>
 言うなり彼はふわりと、重さを感じさせぬ動きで立ち上がった。そのままふわふわとした足取りで玉砂利の一つも乱さずに歩き、くるりと回る。派手な打掛の薄紅の袖が、寒空の下、そこだけ花咲いたようにも見える。
「キミの願いを叶えるには至らなくても、縁を強める役には立つだろうさ」
 彼は、お守りを買おうと立ち去った少女の耳元にそっとそう囁きかけ、辺りに風を散らした。冬場にそぐわぬ温かさに、近くを歩いていた参拝客が顔を上げる。少女も、顔を上げた。そこに。
 ――桜の花弁が。
 はらはらと、降り注いだ。
「…神様?」
 彼女の不思議そうな声に応じるように、桜の花弁は少女の差し出した手の中にふわりと納まった。
 それだけ、と言ってしまえば多分それだけだ。でも、彼女は何かを感じたらしい。花弁をぎゅ、と握り、微かに笑みを浮かべる。
「…分かった。頑張ってみる」
<うん。頑張れ>
 さくらの声は、多分届かなかっただろう。彼女の頭をひとつ撫でて、彼女に何がしかの加護を与えた姿も。その後、境内を去る彼女の周囲に薄紅色の微かな光が差していたことも。多分、誰も気づきはすまい。

「何したん?」
「んー…ちょっと運勢がよくなるようにおまじないとー…あと諸々のご加護ー…」
 セレシュの問いかけに、応える声は酷く間延びし始めていた。見れば、派手な着物の青年は眠たそうに半分瞼を閉じてしまっている。
「…眠いん?」
「ちょっとがんばっちゃった、かも」
「そんなら、おやすみ」
 セレシュは少し考えて、少女にしてやったように、隣で微睡み始めた神様の頭を撫でてみる。神様は――何を感じたかは知らないが、ふにゃりと気の抜けた笑みを浮かべたので、悪くは無かったのだろう。
「…お疲れさん。また元気になったら、な」
「うん。神社のみんなによろしくね」
 あ、それから「あけおめ」って言っといて。
 やっぱりどこか気の抜ける言葉を残して、それっきり、セレシュの隣からはその派手な色合いの姿は消えてしまった。見送りつつ、セレシュは本日何度目かの苦笑を零す。
「せやから、神様なんやから、その挨拶はあかんと思うわ…」






PCシチュエーションノベル(シングル) -
夜狐 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年01月07日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.