▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『星に願いを、あなたに愛を 』
星杜 藤花ja0292

★聖夜を待つ二人

 十二月。雪はまだ降らないが、寒さは日増しに厳しくなる。だからこそ温かい部屋が嬉しい。
 複数科目の課題提出をこなし、無事に冬休みを迎えた。
 大切なひとができて初めて過ごすクリスマスの準備は、何もかもが楽しい。
 まずはセイヨウヤドリギのリースを壁に飾る。
 そしてクリスマスツリー。本物のモミの木を用意した。
 続いてサンタさんからのプレゼントを待つ、特製の大きな靴下を探す。
 恋人へのプレゼントはもちろん準備してあるけれど、当日まで見つからないよう隠しておく。
 雪成藤花はテーブルに向かい、ペンを握る。一年の感謝を込めて、友人に手紙を書くのだ。
 キッチンから甘い香りが漂ってくる。料理上手な恋人は何時間もキッチンに立ちっぱなしだ。
「藤花ちゃん、お茶飲む?」
「いただきます。焔さんもちょっと休みませんか」
 答えると、もういれてあったのか、ガラスのティーポットを持って星杜焔が現れた。
「うん。ちょうど一区切りついたところだよ〜」

 夕食を早くに済ませたせいで、少しお腹が空いてしまった。
 二人向かい合って座り、シナモンとフルーツが香るハーブティーで喉をうるおす。そろいのカップをそれぞれの口に運ぶ。
「おいしいです」
「よかった」
 焔の表情がほどける。
「あ、焔さんも一言書きますか?」
 二人の連名で友人に送るグリーティングカードを見せる。
「何て書こう……」
 頭を抱えてしまった焔を見て、藤花はくすりと笑いを漏らす。
 変化する焔の表情を見ているのは、幸せ以外の何でもないから。

 カードに書く文言を考えているのか、焔の目が泳いだ。
 視線はゆらぎ、部屋の中の一点で止まる。
「ねぇ、藤花ちゃん。俺気づいたんだけど……」
「何ですか?」
「……星がないよ」
「星、ですか」
 カーテン越しの夜空ではなく、焔が言うのはクリスマスツリーの飾りのことらしい。
「ないですね、確かに……」
「クリスマスツリーに星は必須、だよね……」
「そうですよね」
 真面目な顔をして恋人はツリーを見つめている。
 その瞳をこちらに向かせたくて、藤花はとっておきの提案をする。
「探しに行きますか?」

★はぐれ星捜索隊

 冷たく乾いた風が頬をなでる。
「足元、気をつけてね」
「はい」
 藤花の右手が焔の左手としっかりつながれる。
 二つの体温を分け合い、歩幅をそろえる。足音が重なる。
「星のありそうなところ……どこかな?」
「そうですね。静かな場所にあるんじゃないでしょうか」
「静かな場所か〜」
 ざわめく繁華街では明るさが邪魔をして、星を見つけられそうにない。
 静けさを求め、二人は街を離れる。空と大地が近づく場所を目指す。

 十二月の海岸通り。海からの風が遠慮なく二人に吹きつける。
 一定間隔で設けられた街灯のおかげで暗闇に惑うことはないが、散歩に適した場所かと問えば、決してそうではない。
 ヘッドライトであたりを照らし、猛スピードで車が走り去る。
 さりげなく焔がかばってくれるのが嬉しい。
 体格の差にどきどきする。
「さむ……」
 焔が首をすくめた。ハイネックのインナーにコートを羽織っただけの軽装だ。
 実は藤花の方が重ね着をしている分、暖かいのかもしれない。
 今すぐ星を探しに行こうなんて、誘ってしまったから。
 たとえば虫捕り網とか、見つけた星を閉じ込める道具も用意せずに、着の身着のままで出てきてしまった。
 少し強引だったかもしれない。そう思っても足は止まらない。
 楽しいことは待ちきれない。
 焔はきっと藤花の願いをかなえてくれる。そう思うばかりに、無理をさせてしまっただろうか。
「思ったより冷えますね」
 話しかけたとき、何か言おうとした焔をさえぎってしまった。
「うん」
 藤花はより深くしっかりと焔の腕に腕を絡める。つないだ指先、布越しに触れ合った箇所から、大好き、の気持ちが伝わるように。
 友人として出会ったのは今年の春。仲間たちに囲まれ、熱い季節を経て、焔は特別な存在となった。
 離れられない。どこまで歩いていくとしても、この手は離さない。
 吐く息が真白く染まる。
 柵の向こうに目をやれば海は黒く、得体の知れない深さをたたえている。
 夏と冬、昼と夜で全く貌を変える海。見たままの一面が全てではないことを豊かさと呼ぶのだろう。
 人間も同じだ。綺麗なだけではない、奥まで深く知ってなお目をそむけずにいられる関係を結べば、それは本物の絆となる。
「砂浜に星、落ちてないでしょうか」
「残念だけど……」
 波音が低く響く。
「そういえば焔さん、さっき何か言いかけてましたよね?」
「……その服似合ってるね、って言ってなかったから……」
 照れているのか、焔の語尾がにじむ。
「ありがとうございます」
 藤花はとびきりの笑顔で応える。

「何か光ってますね」
 道の先に大きな白い光が見えた。
 落ちてきた星かもしれない。期待を隠せず、藤花の歩く速度が速まる。
「う〜ん……多分、自動販売機だね。あそこで分かれ道になってるみたい」
 近づくにつれ、白い光は無骨な正体を現す。焔の読みどおり、自動販売機だった。
 まぶしい電光表示に目を細めながら、二人は立ち止まる。
「カイロ代わりに何か買おうか〜」
「そうしましょう」
 缶のポタージュスープを四本買い、一つは焔のポケットに、二つは藤花のポケットに入れた。
 布越しの温かさがこわばった体をほぐす。
 一本は開封し、順番に口をつける。
 焔の作ったスープに味はかなわないが、つかの間の温かさを手に入れることはできた。
 飲み終えて空になった缶をゴミ箱に投じ、行こうか――行きましょうか――二人同時にうなずく。
「疲れてない? 大丈夫?」
「大丈夫です。まだまだ歩けます」
 藤花は胸を張る。
 二人は海沿いの道を離れて横に折れた。舗装が途切れ、砂利道が伸びる。
 地図がなくてもひるむことはない。
 ゆるやかな傾斜を上ってゆくと、道の両脇の森林が途切れ、景色が開けた。


★夜空からのお客様

「わぁ……」
 広々とした高原の上、満天の星が二人を待っていた。
 三百六十度、黒い天蓋をびっしりと埋める星たち。ひときわ輝く一等星から、はかなげに点滅する小さな光まで数えきれない。
 つないで星座を描くなら、幾とおりもの線が引ける。
「いろんな星座が作れそうですね」
「うん。俺もそう思ってた」
 遠く宇宙の片隅で生まれた光が、長い時間をかけて地球までたどり着く旅を思えば、ここまで歩いてきた今夜の時間など短い。
 降り注ぐ光。何百光年、いや、何万光年も離れた場所から届く光が今ここに見えているなんて神秘的だ。
「一つくらい落ちてこないでしょうか」
 星明かりを浴びて高原に立っていると、焔に抱き締められた瞬間を思い出さずにはいられない。
 暗くてよかった。今、きっと自分は赤面している、と藤花は思う。

 っくしゅん。

 近くで聞こえたどちらのものでもないくしゃみは――
「おっと。邪魔したかね」
 猫背の老人が発したらしい。
 高原に先客はいなかったはずだ。いつの間に現れたのだろう。
 老人は大きな袋を引きずり、身を縮めて星空を見上げた。
「……寒そうだね」
「ですね」
 藤花より先に、焔がポケットから缶スープを取り出した。
 藤花の恋人は本当に優しい人なのだ。
「これ、よかったらどうぞ」
「……いただいていいのかね?」
「少しは温まると思います」
 老人はしわだらけの両手を出し、焔の右手からカイロ代わりの缶スープを受け取る。
「ありがとう」
 こんな綺麗な夜に寒さで震えている人を放っておけない。
 星明りの下、人相までははっきり見えないけれど、老人を包む雰囲気は不思議とやわらかい。
「君たちにとって今年一番の思い出は何だったかな?」
 焔と藤花は顔を見合わせた。
 今年一番の思い出。
 答えは決まっている。
「焔さんと」
「藤花ちゃんと」

「共にいく誓いをしたこと」

 声は重なる。
 ちらと隣をうかがうと、焔は耳まで赤くしていた。
 老人はひげで覆われた目鼻をくしゃっとゆがませ、
「聞いて安心したよ」
 抱えた袋に手を突っ込み、むむ、とうなる。
「大丈夫ですか」
「あぁ、大丈夫だ。……ほら」
 老人が袋から取り出したのは、星だった。
 しわしわの手に握られた輝きが、二人の前に差し出される。
 金色の星は藤花に。
 浅葱色の星は焔に。
「ありがとうございます……!」
 ガラスに似た透明感。でも重さはない。
 そっと手のひらの上で揺らすと、星は幻想的な輝きを宿してゆらめく。
「その想いを大切に」
 老人は下手なウィンクをして消えた。
「え」
 身を隠す場所なんてないのに、跡形残さず消えてしまうなんて。
 二人は冬草を踏みしめ、老人が倒れていないか確かめる。
 かすかな風が吹き、鈴の音が聞こえた気がした。
「まさか、本当のサンタクロース?」
「そうかもしれませんね」

 これほどの星の下ならば、奇跡が降りてくるのも不思議ではない。
 老人の正体はわからないけれど、手の中に星は確かに残っている。何よりの証拠。この夜の証。
「これをツリーに飾ってもいいけど……」
「交換しませんか?」
 藤花の提案に焔がうなずく。
「そうだね」
 この星はきっと二人の宝物になる。確信に近い予感がある。
 焔に金色の星を。
 藤花に浅黄色の星を。
 星が互いの手に渡った途端、先ほどまでとは違うきらめきが生まれた。
「焔さん、見てください、これ」
「俺のも……何か映ってるみたいだ」

 星の中に見えたのは、大切な場面の数々だった。
 この一年の思い出が結晶となって、閉じ込められている。
 目で追った愛しい姿も、少しずつ近づく距離も、未来を夢見て告げた言葉も。
 こんな星の下でたくさん話して、キスを交わした。
 思い出せば頬が熱くなる。
 二度と戻らない時間。でもすべて本当に起こったこと。愛する人は今も隣にいて。

 っくしゅん。

 くしゃみをした焔に、藤花はポケットの缶を渡す。少し冷めてしまったけれど、でもまだ冷えきってはいない。
「風邪ひかないようにしてくださいね」
「うん。……帰ろうか。と、その前に」
 焔が真面目な表情で藤花を見つめる。
「俺、ずっと藤花ちゃんの一番星でいられるかな」
「もちろんです」
 軽い軽いキス。冷たい鼻と唇が触れ合う。
 見失うことなんてない。
 互いの想いの印を掲げ、二人は高原からの下り坂を歩き出す。


★誓い

「ツリーの上に飾る星は、なくてもいいかもしれませんね。代わりにこんなに素敵な星を手に入れたんですから」
 焔がいたずらっぽく笑い、キッチンから何か運んできた。クッキー生地のようだ。まだ焼いていなかったらしい。
「もしかして」
「そう、もしかして、だよ〜」
 焔が生地を麺棒で延ばし、大きな星型を切り出す。オーブンに入るまでは、まだやわらかく頼りない星だ。
「藤花ちゃんも飾りつけ手伝ってね」
「はい」
「アイシングとアラザンでデコレーションしよう」

 焼き上がったジンジャーの香りの星がツリーの上に収まったのは真夜中過ぎのことだった。
「ついにクリスマスツリー完成だね」
「よかったです」
 リースのそばで二人は寄り添う。
 ヤドリギの下で愛を誓った恋人たちは永遠に結ばれる。言い伝えはきっと本当だ。どんな障害も越えてみせる。
 二人の願いは一つ。
「共に生きる、共に行く――」
 誓いの口づけは長く、情熱的なものとなった。
 特別な一夜。まだ眠くはない。藤花は焔に身をゆだねる。
「サンタさんに御馳走、用意しなくちゃね」
「はい。お礼しないとですね」
 優しい気持ちのお返しに、優しい気持ちが返ってくる。そしてまた新たな優しい気持ちが生まれる。
 そんな連鎖がずっと繰り返されるなら、クリスマスが去っても一年中幸せに過ごせるはずだ。
 きらめく十二月の魔法は永遠に続く。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ja0292 / 雪成 藤花 / 女 / 14 / アストラルヴァンガード】
【ja5378 / 星杜 焔 / 男 / 17 / ディバインナイト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 ご依頼いただきありがとうございました。
 今年生まれた恋がすこやかに育ちますように。
 もうすぐやってくる新しい年も、たくさんの幸運が降り注ぎますように。
N.Y.E煌きのドリームノベル -
朝来みゆか クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年01月08日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.