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『きみの一番星 』
星杜 焔ja5378

★聖夜へのカウントダウン

 十二月。一年の終わりが迫り、月、火、水、木……あわただしく時間が過ぎてゆく。
 季節は駆け足で真冬に突入し、クリスマスがやってくる。
 三百六十五日の中に特別な記念日が増えた今年。
 去年とは違う一日になる予感を抱き、星杜焔はエプロンの紐を締めた。
 友人たちへ配る予定のシュトーレンと、恋人のためのクリスマスプディング作りに取りかかる。
 キッチンに甘い香りが立ち込める。
 隣の部屋では雪成藤花がテーブルに向かっている。
 クッキー生地を休ませ、焔はお湯を沸かす。
 ハイビスカスにオレンジピール、シナモン、アップルを配したハーブティーをいれる。
「藤花ちゃん、お茶飲む?」
「いただきます。焔さんもちょっと休みませんか」
「うん。ちょうど一区切りついたところだよ〜」
 恋人の小さな気遣いが嬉しい。

 味見をしながらお菓子を作っていたせいで空腹は感じないが、喉が渇いた。
 焔はカップの半分を一息に喉に流し込む。藤花は一口ずつゆっくり味わっている。
「おいしいです」
「よかった」
 やわらかく藤花が微笑む。焔も微笑み返す。
「あ、焔さんも一言書きますか?」
 かわいらしい便箋を差し出された。
「何て書こう……」
 藤花の達筆の隣にどんな言葉を並べればいいのか。照れが先に来て、文章が浮かばない。
 渡されたペンを握ったまま、焔は考える。来年もよろしく、は気が早いか。

 テーブルの上のキャンドルはまだ火を灯していない。顔を上げ、はたと気づいた。
 二人で用意したクリスマスツリーの、てっぺんにあるべきものがない。
「ねぇ、藤花ちゃん。俺気づいたんだけど……」
「何ですか?」
「……星がないよ」
「星、ですか」
 首をかしげて窓の方角に目をやった藤花が、ああ、と両手を合わせる。
「ないですね、確かに……」
「クリスマスツリーに星は必須、だよね……」
「そうですよね」
 雪を模した綿、ソリを引くトナカイのオーナメントがモミの枝を飾る。てっぺんには何もない。
「探しに行きますか?」
 思いがけない提案だが、断る理由はない。他でもない恋人の誘いなのだから。


★はぐれ星捜索隊

 冷たく乾いた風が頬をなでる。
「足元、気をつけてね」
「はい」
 焔は右手をコートのポケットに収め、左手を藤花の右手とつないだ。
 二つの体温を分け合い、歩幅をそろえる。足音が重なる。
「星のありそうなところ……どこかな?」
「そうですね。静かな場所にあるんじゃないでしょうか」
「静かな場所か〜」
 ざわめく繁華街では明るさが邪魔をして、星を見つけられそうにない。
 静けさを求め、二人は街を離れる。空と大地が近づく場所を目指す。

 十二月の海岸通り。海からの風が遠慮なく二人に吹きつける。
 一定間隔で設けられた街灯のおかげで惑うことはないが、散歩に適した場所かと問えば、決してそうではない。
 ヘッドライトであたりを照らし、猛スピードで車が走り去る。
 焔は車道側に立ち、藤花をかばう。
 寄り添った部分は温かいが、逆の手や耳など、無防備な部分がじんじんと冷えてくる。
「さむ……」
 焔は首をすくめる。ハイネックのインナーにコートを羽織っただけの軽装だ。
 布地を重ねたミルフィーユのような服に、レース編みのケープをかぶった藤花は、ふわりと風にさらわれそうだ。
 飛ばされないよう守りたい。でも、強く抱き締めたなら折れてしまいそうで。
 髪に飾った花はきっと季節の花なのだろう。藤花自身が冬に咲くたおやかな花に見える。
 清廉な白と青の組み合わせがよく似合っている。そういえば今日の服をほめてないな、と焔は思う。
「かわいいね」という言葉が女の子の栄養になるのだと、以前は知らなかったことも今は知っている。
 口を開こうとしたそのとき、
「思ったより冷えますね」
 藤花に先を越された。同じタイミングで何か言いかけるのはきっと二人、気が合う証拠だ。
「うん」
 藤花の腕がより深くしっかりと焔の腕に絡む。触れ合った箇所から、藤花の優しさが流れ込んでくる。
 友人から妹に似た存在に変わり、かけがえのない領域へ。
 どこまで歩いていくとしても、この手は離さない。
 吐く息が真白く染まる。
 柵の向こうに目をやれば海は黒く、得体の知れない深さをたたえている。
 夏と冬、昼と夜で全く貌を変える海。見たままの一面が全てではないことを豊かさと呼ぶのだろう。
 人間も同じだ。綺麗なだけではない、奥まで深く知ってなお目をそむけずにいられる関係を結べば、それは本物の絆となる。
「砂浜に星、落ちてないでしょうか」
「残念だけど……」
 波音が低く響く。
「そういえば焔さん、さっき何か言いかけてましたよね?」
「……その服似合ってるね、って言ってなかったから……」
 焔は語尾をにじませる。
「ありがとうございます」
 焔の左で、咲きこぼれる青い花が瑞々しさを増す。

「何か光ってますね」
 華奢な指先が白い光をさす。
 声を弾ませる藤花を落胆させるのは心苦しいが、焔は目をこらし、正直に答える。
「う〜ん……多分、自動販売機だね。あそこで分かれ道になってるみたい」
 近づくにつれ、白い光は無骨な正体を現す。焔の読みどおり、自動販売機だった。
 まぶしい電光表示に目を細めながら、二人は立ち止まる。
「カイロ代わりに何か買おうか〜」
「そうしましょう」
 缶のポタージュスープを四本買い、一つは焔のポケットに、二つは藤花のポケットに入れた。
 布越しの温かさがこわばった体をほぐす。
 一本は開封し、順番に口をつける。
 焔が作ればもっと二人の舌に合う味わいになるけれど、ぜいたくも言っていられない。
 飲み終えて空になった缶をゴミ箱に投じ、行こうか――行きましょうか――二人同時にうなずく。
「疲れてない? 大丈夫?」
「大丈夫です。まだまだ歩けます」
 藤花の胸元でアクアマリンのペンダントがきらめいた。
 二人は海沿いの道を離れて横に折れた。舗装が途切れ、砂利道が伸びる。
 地図がなくてもひるむことはない。
 ゆるやかな傾斜を上ってゆくと、道の両脇の森林が途切れ、景色が開けた。


★夜空からのお客様

「わぁ……」
 広々とした高原の上、満天の星が二人を待っていた。
 三百六十度、黒い天蓋をびっしりと埋める星たち。ひときわ輝く一等星から、はかなげに点滅する小さな光まで数えきれない。
 つないで星座を描くなら、幾とおりもの線が引ける。
「いろんな星座が作れそうですね」
「うん。俺もそう思ってた」
 遠く宇宙の片隅で生まれた光が、長い時間をかけて地球までたどり着く旅を思えば、ここまで歩いてきた今夜の時間など短い。
 ツリーに飾る星がこんなところにあるはずがない。そう思っても焔は口にしない。恋人の瞳を曇らせたくはないから。
「一つくらい落ちてこないでしょうか」
 焔にとっては恋人の瞳こそが、星の輝きにも匹敵する宝石なのだ。
 ああ、そういえば彼女の想いを知ったのも、こんな星いっぱいの高原でだったな、と思い出す。

 っくしゅん。

 近くで聞こえたどちらのものでもないくしゃみは――
「おっと。邪魔したかね」
 猫背の老人が発したらしい。
 高原に先客はいなかったはずだ。いつの間に現れたのだろう。
 老人は大きな袋を引きずり、身を縮めて星空を見上げた。
「……寒そうだね」
「ですね」
 焔は右ポケットを探り、温かさを保つ缶を取り出した。
 本来は手料理を振舞いたいところだが、何の設備もない野外では無理な相談だ。
「これ、よかったらどうぞ」
「……いただいていいのかね?」
「少しは温まると思います」
 老人はしわだらけの両手を出し、焔の右手からカイロ代わりの缶スープを受け取る。
「ありがとう」
 こんな綺麗な夜に寒さで震えている人を放っておけない。
 星明りの下、人相までははっきり見えないけれど、老人を包む雰囲気は不思議とやわらかい。
「君たちにとって今年一番の思い出は何だったかな?」
 二人は顔を見合わせた。
 今年一番の思い出。
 答えは決まっている。
「藤花ちゃんと」
「焔さんと」

「共にいく誓いをしたこと」

 声は重なる。
 焔の頬が熱くなる。きっと耳まで赤くなっているだろう。寒さのせい以上に、慣れない言葉を口にしたためだ。
 老人はひげで覆われた目鼻をくしゃっとゆがませ、
「聞いて安心したよ」
 抱えた袋に手を突っ込み、むむ、とうなる。
「大丈夫ですか」
「あぁ、大丈夫だ。……ほら」
 老人が袋から取り出したのは、星だった。
 しわしわの手に握られた輝きが、二人の前に差し出される。
 金色の星は藤花に。
 浅葱色の星は焔に。
「ありがとうございます……!」
 ガラスに似た透明感。でも重さはない。
 そっと手のひらの上で揺らすと、星は幻想的な輝きを宿してゆらめく。
「その想いを大切に」
 老人は下手なウィンクをして消えた。
「え」
 身を隠す場所なんてないのに、跡形残さず消えてしまうなんて。
 二人は冬草を踏みしめ、老人が倒れていないか確かめる。
 かすかな鈴の音が聞こえた気がした。
「まさか、本当のサンタクロース?」
「そうかもしれませんね」

 これほどの星の下ならば、奇跡が降りてくるのも不思議ではない。
 老人の正体はわからないけれど、手の中に星は確かに残っている。
「これをツリーに飾ってもいいけど……」
「交換しませんか?」
 藤花の提案に焔は賛成する。
「そうだね」
 この星は、ただのオーナメントよりももっと別の大切な何かのような気がするのだ。
 藤花に浅黄色の星を。
 焔に金色の星を。
 星が互いの手に渡った途端、先ほどまでとは違うきらめきが生まれた。
「焔さん、見てください、これ」
「俺のも……何か映ってるみたいだ」

 星の中に見えたのは、大切な場面の数々だった。
 この一年の思い出が結晶となって、閉じ込められている。
 止められない胸の高鳴りも、喉の奥で迷ってなかなか言えなかった言葉も、離したくないと強く願った一瞬も。
 こんな星の下でたくさん話して、キスを交わした。
 思い出せば頬が熱くなる。
 二度と戻らない時間。でもすべて本当に起こったこと。愛する人は今も隣にいて。

 っくしゅん。

 くしゃみをした焔に、藤花がポケットの缶を渡してくれた。
「風邪ひかないようにしてくださいね」
「うん。……帰ろうか。と、その前に」
 焔が真面目な表情で藤花を見つめる。
「俺、ずっと藤花ちゃんの一番星でいられるかな」
「もちろんです」
 軽い軽いキス。冷たい鼻と唇が触れ合う。
 見失うことなんてない。
 互いの想いの印を掲げ、二人は高原からの下り坂を歩き出す。


★誓い

「ツリーの上に飾る星は、なくてもいいかもしれませんね。代わりにこんなに素敵な星を手に入れたんですから」
 ふっきれたように言う藤花に、焔はほくそ笑み、用意しておいたクッキー生地を披露する。
「もしかして」
「そう、もしかして、だよ〜。藤花ちゃんも飾りつけ手伝ってね」
「はい」
「アイシングとアラザンでデコレーションしよう」

 焼き上がったジンジャーの香りの星がツリーの上に収まったのは真夜中過ぎのことだった。
「ついにクリスマスツリー完成だね」
「よかったです」
 リースのそばで二人は寄り添う。
 ヤドリギの下で愛を誓った恋人たちは永遠に結ばれる。言い伝えはきっと本当だ。どんな障害も越えてみせる。
 二人の願いは一つ。
「共に生きる、共に行く――」
 誓いの口づけは長く、情熱的なものとなった。
 腕の中の藤花はおとなしく焔に身をゆだねている。
「サンタさんに御馳走、用意しなくちゃね」
「はい。お礼しないとですね」
 優しい気持ちのお返しに、優しい気持ちが返ってくる。そしてまた新たな優しい気持ちが生まれる。
 そんな連鎖がずっと繰り返されるなら、クリスマスが去っても一年中幸せに過ごせるはずだ。
 きらめく十二月の魔法は永遠に続く。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5378 / 星杜 焔 / 男 / 17 / ディバインナイト】
【ja0292 / 雪成 藤花 / 女 / 14 / アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご依頼いただきありがとうございました。
 今年生まれた恋がすこやかに育ちますように。
 もうすぐやってくる新しい年も、たくさんの幸運が降り注ぎますように。
N.Y.E煌きのドリームノベル -
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エリュシオン
2013年01月08日

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