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『【狂獄】鬼の手毬歌 』
三島・玲奈7134)&クレアクレイン・クレメンタイン(8447)&エヴァ・ペルマネント(NPCA017)

「下らない事で悩むな!」

 それは、とある昼下がりの事である。東京の一角に事務所を構える草間興信所、その窓から突然、激しい怒声が響き渡った。
 ご近所中に響けとばかりの、ガラスをも震わせる、それはそれは見事な怒声である。その余りの激しさに、怒鳴られた相手である三島・玲奈(みしま・れいな)は文字通り、びくりと大きくソファの上で飛び上がった。
 だが、玲奈のそんな反応も意に介さず、怒鳴った当人である草間興信所の探偵は、ふん、と鼻息も荒く吐き出すと、まだ言い足りない様子でぎろり、と玲奈を睨みつける。が、適当な言葉が出てこなかったのだろう、結局探偵はもう一度忌々しげな息を吐き出すに留めると、どっかとソファに座り直した。
 そうして、まったく何の用で来たのかと思えば、とぶつぶつ文句を言っている探偵を、玲奈はそっと見る。果たして自分はそんなに彼を激怒させるような、とんでもない事を言っただろうか? と己の記憶を辿ったが、どうにも納得が行かない。
 過去、どころかこの世に生まれる前からの様々な事情によって、玲奈の現在の容姿はとても、人間とはかけ離れたものになっている。それどころか、玲奈という存在そのものがまず、人間とは言い難い。
 だから、元の人間に戻りたい。その為の方法を調べて欲しいと、草間興信所を尋ねて調査を依頼しようとした途端、先のように探偵に大声で叱りつけられたのである。
 やっぱり、納得が行かなかった。だから玲奈は「でも」と不機嫌な探偵を見て、食い下がる。

「今のままじゃ恥ずかしいよ」
「お前は馬鹿か!」

 途端、また飛んでくる激しい怒声に、びくりと肩を竦めた。一体なぜ、自分がこんなにも怒られなければならないのだろう、拭い切れない不満が玲奈の胸のうちに後から、後から湧いてくる。
 それをもちろん、探偵も察していただろう。だが相手は語気を緩めるどころか、ますます強くして、玲奈を叱責する。

「それは甘えだ! 姿が醜くても頑張ってる人はいる。お前が言ってるのは、そういう人たちすべてに対する侮辱だ!」
「でも、あたしのはそんなんじゃ‥‥」
「やかましい! 人の役に立てず社会のお荷物でしかないんなら、いっそ土にでも帰ったらどうだ?」

 探偵は徹頭徹尾、玲奈の言葉に耳を貸すことなく言い切ると、これ以上話す事はないとばかりにデスクに戻ってしまった。それきり、玲奈の事など完全に無視して書類仕事を始めてしまう。
 そんな探偵を、玲奈は恨めしげに、悲しげに見つめた。

(そこまで言わなくても良いじゃん‥‥)

 幾ら何でも、思いやりのなさ過ぎる言葉ではないか。確かに彼は探偵であってカウンセラーではなく、玲奈に優しく接する義務などどこにもないが、それにしたって他にもっと、言い様はないのだろうか。
 冷たい言葉が、ぐさりと玲奈の胸に深く突き刺さった。だが、その一方で玲奈は、彼の言ってる事は確かに正しいのかもしれない、とも思い始めていて。
 しばし、沈黙した後に玲奈は、胸の奥から込み上げてくる涙を堪えながら、ぐっと顔を上げて探偵を見た。

「解った、ごめん。有難う‥‥」
「解れば良い。じゃあな」

 ふぅ、と息を吐いた探偵が、ようやく顔を上げて玲奈を見る。その、どこか呆れたような顔をもう一度見て、玲奈は悲しそうに草間興信所を後にした。





 虚無の境界。その、静寂と悪意に満ちているはずの場所では今、祭壇から沸き立つ怒りの波動に満ち満ちていた。

「キューバ基地壊滅の恨み! 必ずや、奴らの首をここへ持ち帰ってくるのだ」
「は、相応に惨い死を」

 憤懣やるかたない、というよりはもはや怒り心頭と言った風情で、下された命令にエヴァ・ペルマネントが深々と頭を下げる。年齢不詳の女性に見えるエヴァの面に、浮かぶ表情は怒りとは程遠かったが、だからと言って取り立ててその命令を果たすのに抵抗があるわけでもない。
 エヴァは、そういうものだった。そうして今は命じられるままに『奴ら』を――三島玲奈とその夫、クレアクレイン・クレメンタインを殺害する事が、エヴァの為すべき事だった。
 相応に惨い死を。それが、エヴァに彼らの死を命じた人の望みである。惨い死を。そして2人の首を、御前へ。

「キューバを奪還した仕返しだ。サッカーボール替わりに蹴り飛ばしてくれるわ」

 未だ激昂は収まらぬ様子で、祭壇の上では今もぶつぶつと、怨嗟の声が紡ぎ出されている。その声は、言葉は虚無の境界中に満ちて、空気を震わせる。
 そんな主に深々と頭を下げて、エヴァは御前から姿を消した。





「人間に戻るのは不可能?」
「うん‥‥あたしの甘えだって言われた‥‥」

 三島家で玲奈の帰りを、そしてその結果を今か、今かと待ち侘びていたクレアは、ようやく帰ってきた玲奈から草間興信所での話を聞き、愕然と声を上げた。あまりの出来事に次に紡ぐべき言葉が見当たらず、そうしてそれを聞かされた時の玲奈の気持ちを思い計れば、胸が痛いほどだ。
 そんなクレアの悲痛の表情に、草間興信所から今までずっと我慢していた、玲奈の涙の堰が切れた。クレアの胸に縋りつき、大粒の涙をぽろぽろと零し始める。

「わぁぁぁぁ‥‥ん〜〜〜〜ッ」

 一度零れ始めた涙は、あっという間に止めようもない勢いを持って溢れ出し、玲奈は夫の胸に顔を埋めて号泣した。本当は探偵の言葉を聞いたときからずっと、彼女の胸の中にはそれくらいに深く、激しい悲しみが宿っていたのだ。
 泣き続ける玲奈を、クレアはどうしてやる事も出来ず、ただ強く抱き締めた。今更、玲奈が人間に戻れないからといってクレアの愛が揺らぐことはないが、彼女がどんなに人間に戻りたいと願っていたか、良く知っているからこそこの結末が痛ましい。
 痛いほどの沈黙と、玲奈の泣き声が三島家にしばし、降り積もった。だがやがて、クレアは妻をしっかりと抱き締めて、強い口調で決断する。

「判った! 潔く死のう。自ら死を選択出来る。それが人間の尊厳だ」
「‥‥うん。一緒にあの世で暮らそうね」

 そうしてクレアの告げた言葉に、玲奈は大きく目を見開いた後、泣きながら笑って大きく頷いた。玲奈の苦しみと悲しみを理解し、運命を共にしようとしてくれる、夫の気持ちが嬉しく、愛おしい。
 今度はクレアも一緒に泣きながら、互いの涙を拭い合い、励まし合って遺書を書いた。そうして二度と戻る事のない我が家を、せめても綺麗に片付けてから、永遠の別れを告げる。
 それから2人が向かったのは、とある展望レストランだった。最後の晩餐にと、火山の火口を見下ろす素晴らしい眺望の、この展望レストランを予約したのだ。
 レストランのすぐ傍を登山鉄道が走っていて、見晴らしは確かに悪くない。火口を見下ろせる位置にはあるものの、安全性もしっかり保たれた立地はなかなか人気らしく、ちら、と入り口を覗いただけでも楽しげに食事をする人々で溢れていて。
 だが、そこでも玲奈とクレアのささやかな願いは、残酷に拒絶される。

「大変申し訳ございませんが、そちらのお客様はご遠慮頂きたく――」
「‥‥あたし、ですか?」
「大変申し訳ございません」

 そう、丁寧ながらもきっぱりとウェイターに頭を下げられ、玲奈は入店を拒否されたのだ。幾ら予約をしてあると言っても、大変申し訳ございません、の一点張りである。
 仕方なく、玲奈とクレアはレストランを後にして、その建物の屋上へと向かった。当然ながらクレアだけは「シェフがお料理をご用意してお待ちしております」と入店を促されたのだが、夫妻での最後の晩餐にとやってきたのに、クレアだけが料理を食べて何になると言うのだ。
 胸の内に、こみ上げて来る虚しさと侘しさがあった。ひたひたと満ちてくるその感情に、身を任せながら2人は屋上に佇み、眼下に広がる火口を見下ろす。
 本来なら今頃、美味しい料理を2人で味わって、その幸せを胸にあの世へと旅立つはずだったのだ。それなのに自分達には、そんなささやかな望みすら許されないのか。
 ふいに、クレアが屋上の片隅に設置されていた自動販売機の所へ行くと、飲み物を買い込んで戻ってきた。実におあつらえ向きに、屋上にはアルコールの自動販売機が設置されていたのだ。
 クレアが買い込んできたのは、カップ酒。そのうちの1つを玲奈へと投げて、自らもカップ酒の蓋を開け、ぐいっと勢い良く飲み始める。

「丁度火山ガスも出て来た。呑み終えたら着いてこい」
「――うん」

 そう言ってヤケ酒を煽り始めたクレアに頷き、玲奈も渡されたカップ酒をごくごく飲んだ。思い描いていた最後の晩餐からは、あまりにも程遠い侘しい酒盛り。
 だが今の自分達には、結局、この程度が相応しいのかもしれない。そう思いながらあっという間に1杯目のカップ酒を飲み干し、2杯目へと突入する2人を、物陰から覗いて嗤う影がある――エヴァだ。
 相応に惨い死を。主に命じられた言葉を胸の内で繰り返し、エヴァは階下のレストランへと電話する。先ほど、玲奈が入店拒否をされたあの、展望レストランだ。
 はい、と出た相手に「もしもし」と語りかけた声色は、驚くべき事に、玲奈そのものだった。

「さっきはよくも、あたしを入店拒否してくれたわね。許さないわ。そこに爆弾を仕掛けてやったんだから」
『え‥‥ッ!? お、お客様‥‥ッ!』
「起爆スイッチはあたしが持ってる。一番良い席で、あんた達が木っ端微塵になるのを見学してるわ。じゃあね!」

 そう言って、エヴァはぷつりと電話を切った。そうして、何も知らぬままどんどんカップ酒を空けていく玲奈とクレアにまた嗤い、闇の中へと消えていった。





 すべてのカップ酒を空にした2人は、仲良く手を繋いで建物を降り、火山口へと登り始めた。辺りは真っ暗で道も良く見えなかったが、火口から漂ってくる火山ガスの、硫黄の匂いが2人を導いてくれる。
 今となってはあの火口に身を投げ入れ、ガスに巻かれて死ぬことだけが、2人にとっての安らぎだった。そう思えば硫黄の嫌な匂いも、彼らを新たな未来へと導く芳しい香りに感じられる。
 アルコールもしっかり回って、千鳥足で2人は一歩、一歩、火山口へと登っていく。が、そんな彼らの背後から突然、強い光が幾つも、幾つも向けられた。
 山の下から、頭上から。突然の事に、一体何が起きているのか解らず、手を取り合い混乱するクレアと玲奈に、拡声器で呼びかける声があった。

『我々は警察だ! 君達は完全に包囲されている! 大人しく投降するんだ!』
「警察? 投降? どういう事だ?」
「まさか‥‥また、あたしのせい? あたしがこんな姿だから‥‥」
「そんな馬鹿な!」

 こうまで立て続けに問題が起これば、嫌でも弱気になる玲奈の肩を、クレアはぐっと強く抱き締めた。抱き締め、とにかく一刻も早く逃げて目的を果たさなければと、玲奈の手を引いて火山口へと走り出す。
 だが、それでなくとも千鳥足。まして四方八方から強いライトに照らされて、すっかり目が眩んで視界が効かない。

「ああ‥‥ッ!」
「きゃあぁぁぁぁ‥‥ッ!」

 ぐらり、足元が揺れたと思った瞬間、玲奈とクレアの身体が大きく横に倒れた。酔って足がもつれた所に、落ちていたごろりと大きな石を踏んでしまい、完全にバランスを崩してしまったのだ。
 だが、ただ倒れるだけには留まらない。彼らが倒れた方向は、まさにすぐ傍を走っている、登山鉄道のレールの上だったのだ。
 レールは火山の急勾配を避けて山肌よりも遥かに低い場所を走っており、そこに向かって落下していく様子はまさしく、下界へと落ちて行くかの如く見えた。あっ、と慌てて警察達が駆け寄って覗き込むと、まさにその瞬間、大きな音を立てて登山列車が通過していく。

「いかん。急げ‥‥!」

 慌てて線路へと降りる道を探しに走り出した警察から、見えない影の中に潜んでいたエヴァは、すべてが上手く行ったとほくそ笑んだ。とん、と足元に転がっている、丸いものを2つ、蹴る。
 それはさながらボールのように、ころころ転がり、通貨列車の窓から零れる光に照らされては闇に沈んだ。沈み、また光の中へと浮かび上がる。
 その、浮かび上がった玲奈とクレアの虚ろな顔を見て、エヴァはまた嗤い、大切に抱きかかえて闇の中へと消えていった。それとちょうど入れ替わるように、警察達がようやく現場へと辿り着く。
 だがもちろん、直前までそこに居たエヴァの存在は、警察に気付かれる事はなかった。警察達は、首のなくなった夫妻の遺体は発見したものの、なにしろ登山列車に巻かれての轢死なのだから、見つからなくても仕方がない、と考えたのだ。
 とはいえ、本来彼らが出動した理由である、爆弾の起爆スイッチも見つからない。そちらは手を尽くして捜索が続けられ、同時に捜査の手は三島家へも及び。

「これは――遺書か?」
「やっこさん、元々、死ぬ気だったんですね」

 『私達はこの世界に適応出来ませんでした』。そう書かれた置手紙を発見した警察は、顔を見合わせてそう話し合った。
 ならば、せめて最後くらい優雅な晩餐をと、予約したレストランに入店を拒否された恨みが、あの爆破予告へと繋がったのだろうか。それとも、世を儚んだ夫妻が1人でも多くの道連れをと考えた、はた迷惑な自殺だったのだろうか?
 警察達は話し合ったが、答えなどもちろん、出るはずもなかった。





 虚無の境界には、愉悦の声と、ぼん、ぐしゃ、と何かを蹴りつけるような音が響いていた。

「流石、我らに楯突く愚者。よく弾むわ」

 エヴァに献上された『モノ』を、己の宣言通りサッカーボール代わりに思う存分蹴り回し、主はひどく満足げだ。ついに腹いせと、復讐が叶ったのだからそれも、当然といえる。
 ぐしゃ、べしゃ。
 ぼん、どす。
 鈍い音がしばし、虚無の境界に響き渡る。その間もずっと傍に控えていたエヴァは、ようやく満足したらしい主に名を呼ばれ、はい、と顔を上げた。

「これをこやつらの両親に送れ。興信所名義でな」
「畏まりました」

 主からソレを受け取って、エヴァは深々と頭を下げる。そうして主命を果たすべく、御前から姿を消したエヴァに満足そうに頷いて、主はまた残酷な愉悦に満ちた笑い声を響かせた。





 その日、送られてきた宅配便は、草間興信所からの物だった。だが、興信所から一体何が送られてきたと言うのだろう?
 まったく心当たりがなくて、戸惑いながらも両親は受け取りの判子を押し、しばし箱を前に首をひねる。だがとにかく開けてみれば解るだろうと、ダンボールを開けた瞬間2人は、中を見て絶句した。
 虚ろな眼差しをただ宙に向けている、玲奈とクレア。最初は呆然と、麻痺したような真っ白な思考でただ見つめているだけだった両親は、やがて事態を悟って悲しみと怒りを爆発させた。
 そっと、壊れ物を扱うように取り出して、ぱたぱたと大粒の涙を落とし、泣く母。その雫はただ虚しく、娘の顔を濡らすだけだ。
 その光景に、父が怒気も荒く吐き捨てた。

「よくも‥‥八つ裂きにしてくれるわッ!」
「ええ。総力戦発動よ! 対興信所!」

 その怒号に押されたように、ころころと転がっていく変わり果てた2人をまた泣きながら見つめ、母も父の言葉に頷く。その声は、怨嗟に満ち満ちていた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /       PC名       / 性別 / 年齢 /     職業     】
 7134   /      三島・玲奈      / 女  / 16  / 猟奇!悶絶!暴力二女
 8447   / クレアクレイン・クレメンタイン / 女  / 19  / 王配

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きまして、本当にありがとうございました。
また、大変お待たせしてしまいまして、本当に申し訳ございませんでした。

お嬢様達の、なにやら急転直下から急転直下な物語、如何でしたでしょうか。
ぎりぎり、というよりは全力でマイルドに表現してみましたが、なかなか、その、うん。
とてもお茶の間では放送出来ない光景ですよね‥‥(表現がおかしい

お嬢様達のイメージ通りのノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年01月08日

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