『ひいらぐつき〜The Full Moon 』

常塚咲月（ja0156）

　『愛情とはからだとからだをよせて、さむさをあたためあうことなのだ。』――とある詩人の格言より――


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　ふぁ、と小さなあくびをしながら、次のページをパラリ、めくった。実家の部屋は離れにあって、静かだから読書には最適なのだが、静か過ぎてほんの少し眠くなるのが欠点だ、と思う。
　ちょうど訪れた連休を利用して、常塚　咲月（ja0156）が幼なじみと共に帰省したのは、つい昨日のことだ。半日を学園から京都までの移動に費やして、実家に戻るや否や待っていた家族の歓待でもみくちゃになって。
　その間に幼なじみの鴻池　柊（ja1082）はさっさと、情報屋の仕事に行ってしまった。とはいえ今回の帰省はむしろ、柊の仕事の都合に併せて咲月が引っ付いて帰ってきた様なものだから、彼女は今日も嬉々として、持って帰ってきた久遠ヶ原学園の図書館の本を、のんびり目を通している。

「ひーちゃん、いつ帰って来るかな〜……」

　歌うように呟きながら、また本のページをめくる。と、不意に目の端に何か、光が閃いたような気がして。
　ん、と視線を僅かに開けておいた障子の向こうの窓へ向ければ、途端、ゴロゴロゴロ……ッ！　と雷鳴が鳴り響く。ヒッ、とその音を聞いた瞬間、咲月は恐怖に大きく息を吸い込んで、見事にかちんと固まった。
　視線が、窓から離せない。そんな咲月の目の前で、再び稲光が雷雲の中を走る。

「………ッ！　ひ、ひーちゃん……ッ！」

　咲月はわたわたと携帯を掴むと、考えるよりも慣れた仕草で指を動かした。そうして縋るようにかけたのは、柊の携帯だ。
　ゴロゴロゴロ……ッ！
　また雷鳴が鳴り響く。それにびくりと身体を震わせたのと、呼び出し音が途切れたのは同時だった。
　途端、柊が何か言う前に、必死になって訴える。

「ひ、ひーちゃん……ッ、雷……ッ」
「ちょうど仕事が終ったから今から行く」
「ひーちゃん……ッ、ひーちゃん……ッ」
「月（ユエ）。すぐだから、ちょっとだけ待ってろ」

　ひたすら柊を呼ぶ怯え切った咲月に、彼はあやす様に語りかけたけれども、それは咲月にとって何の役にも立たなかった。だって、柊はここには居ないのだ。
　雷鳴が鳴り響く。そのたび、恐怖に震える咲月は、ついに恐怖のあまり声すら出てこなくなって、ただひたすら柊と自分を繋いでいる携帯をガタガタと握り締めた。
　「待ってろ」ともう一度告げて、柊が通話を切る。それにようやく、ああ、柊が来てくれるのだ、と理解して、やっと咲月は肩からほんの少し力を抜き、通話を切った。
　だが、それも長くは続かない。再び雷鳴が鳴り響けば、先ほど以上に咲月の中に、確かな恐怖が膨れ上がってくる。
　もはや読書どころではなかった。咲月は膝かけごと本を放り出し、肩からかけていたストールがするりと滑り落ちたのも気付かないまま、大慌てで押入れの中の僅かな隙間に潜りこみ、ぴしゃん、と中から襖を閉める。
　咲月は、雷が大嫌いだった。大嫌い、という言葉では表現し切れないほどに、雷を苦手としていた。
　だからそんな時、いつも潜りこむのは押入れだ。そうして幼なじみがやってくるのを、震えながらじっと待つのだ。

「ひーちゃん……ひーちゃん……ッ」

　祈る様に呟きながら、だから咲月はぎゅっと硬く目を閉じて、耳を塞いで彼を待つ。一体、柊はどこに居るのだろう。いつ頃帰ってきてくれるのだろう。
　それが解らないままただ待ち続けるのは、咲月には永劫の時間のように思えた。


●


　雷は、なかなか収まりそうになかった。それどころか、押入れの中にまで響き渡るぐらい、雷鳴は近く、激しくなってくる。
　そのたびにびくりと肩を跳ね上げながら、ぎゅっと目を瞑ってカタカタ震えている様子を、もし誰かが見ていたらきっと、身につけているフード付パーカーとショートパンツという服装も手伝ってか、酷く幼い子供のように見えただろう。
　一体、柊はいつ来てくれるのだろう？　あれからどれくらいが経ったのだろう。
　咲月には何一つ、解らなかった。解らないままずっと、震えていた咲月の耳に、不意に「月」と呼ぶ、耳慣れた柔らかい声が耳に滑り込んでくる。
　柔らかな、あやすような声色。

「月、出て来い。その状態で誕生日迎えるつもりか？」
「ひ……ちゃ……？」

　その声に弾かれたように、固く瞑っていた目を開けると、一体いつの間に襖が開かれていたのだろう、そこには待ち焦がれていた人が居た。と思った次の瞬間には、転がるような勢いで飛び出すと、まっしぐらに柊に抱きつく。
　ぎゅうッ、と柊の背に回した腕に、ありったけの力を込めた。そうして確かめるように、すがるように、何度も彼の名前を呼ぶ。

「ひーちゃん……ッ、ひーちゃんッ……柊……ッ」
「はいはい、ちゃんと此処に居るだろ」

　そんな咲月を、柊は揺らぐ事無く受け止め、抱き締めた。そうして何度も耳元でそう囁きながら、胡坐をかいた膝の上に咲月を抱き上げてくれる。
　僅かに開いた隙間に鼻を鳴らして、咲月はさらにぴったりと、わずかの隙間もないほどに柊に抱き付いた。ほんの僅かな場所からでも、全身で柊のぬくもりを感じたかったのだ。
　布越しに伝わる、お互いの体温が交じり合う。心臓の音が重なり合うような錯覚、まるで互いの境が溶けて消えてしまうかのような――
　それでも柊の腕の中、咲月の震えはなかなか収まらない。窓の外から聞こえる雷鳴は、わずかに遠く、小さくなってきてはいたけれども、まだまだしばらくは去る気配もなかった。
　筋金入りの雷嫌いの咲月である。幾ら柊が傍に居ようとも、そのぬくもりで余す所なく包み込まれていようとも、その恐怖は薄らぎはしても決して消える事はない。
　もっと、と縋りつく。もっと、もっと。もっと近くに。1つに溶けてしまうほどに。それでなければ、咲月は怖くてどうしようもない。
　――ふいに柊が、そういえば、と呟くように尋ねてきた。

「――月。俺が教えて……与えた日で……あの約束の日……覚えてるか？」
「覚えてる……。――忘れたりしないよ…？」

　しっかりと抱かれた柊の腕の中で、咲月は初めて身じろぎ、彼を見上げて不満を表明した。あんな大事な、特別な日を、咲月が忘れるわけがない。
　そんな咲月に、柊は少し、笑った。それにまた唇を尖らせて、咲月はあの日の夕方に思いを馳せたのだった。


●


　それは咲月がまだ小6だった頃の事だ。その当時、4つ年上の兄に一番懐いていた咲月は、いつも彼に甘えたくて、しょっちゅう付いて回っていた。
　だから、その日も咲月はただ、兄と一緒に遊びたかっただけなのだ。大好きな、大好きな兄。咲月が兄といつでも一緒に遊びたいように、兄もまた咲月といつでも一緒に遊びたいと思ってくれていると、彼女は無邪気に信じていた。
　――けれども、その日の兄は違った。否、きっと最初から、兄にとっての咲月は、咲月にとっての兄とは違ったのだろう。
　兄はその日、友達を家に連れてきていて、一緒にゲームをして遊んでいる所だった。そこに咲月が顔を出して、遊んで欲しいとねだったところ、兄は顔を真っ赤にして、語気も荒く怒鳴ったのだ。

『――ッ！　お前なんか嫌いや……！　要らへん……！！』

　その頃の兄にとっては、友達に妹と遊んでいると知られるのは、恥ずかしい事だったのだろう。今でこそその事を言われて弄られる度に『思春期やったからや……ッ！』と凹みながらも必死に主張するような、そんな年頃だったのだ。
　けれども咲月にとっては、大好きな兄に拒絶されたことに変わりはなかった。それは咲月にとって、世界に拒絶されたも同然の出来事で。
　――それから一体自分がいつ家を飛び出したのか、咲月はよく覚えて居ない。気付けば咲月は柊の家の前に居て、そうしてまさに玄関をあけようとしている所だった。
　それまでも咲月は、寂しくなれば柊の家に遊びに行って、柊や座敷に上がる前の舞妓や芸子の姐さん達と過ごすことが多かったのは事実だ。咲月にとってそこは、たくさんの人が居て、たくさんの人に相手をしてもらえる、ひどく楽しい場所だったから――そうして彼女は、端から見れば思わず目を見張るほどに仲の良い家族から与えられるだけでは足りないほど、愛情や人との触れ合いに飢えた子供だったから。
　だからきっと無意識に、柊の家に来てしまったのだろう。そんな咲月の目の前で、がらりと玄関扉が開いて、マフラーを巻き、上着を着た人が出てきて――彼女を見て、息を呑む。

「咲月……？」

　その頃はまだ『月』とは呼んで居なかった柊の、呆然とした声色に咲月は、ようやくそこに居るのが柊だと気付いた。気付き、今でこそ高1のGWに脅威の成長期を遂げて遥か頭上にあるものの、当時は自分とまったく同じ高さにあった柊の顔を、見た。
　途端――くしゃり、咲月の顔が歪んで、ひく、と喉を引きつったのが、解る。その時になってようやく咲月は、自分がずっと泣いていた事に気が付いた。
　そうと気付けばますます、涙が込み上げて来る。嗚咽しながら「兄さんが……ッ」と訴えた言葉は、けれども柊には届かなかったらしく、「え？」と首を傾げながら、咲月の口元へと耳を近付けてきた。
　そんな柊へと、咲月は喉を嗚咽で鳴らしながら必死に、押し殺した声を絞り出して訴える。

「……に、兄さん、が……要らないって……。要らないのやだ………やだ……ッ」

　そう、何とか言葉を紡ぐや否や、咲月はそれまで堪えていたものがぷっつりと切れたように、くしゃくしゃに顔を歪めてぼろぼろ、ぼろぼろ、大泣きをし始めた。そうして、全身を震わせるような悲痛な声で、やだ、と何度も何度も訴える。
　自分はこんなにも兄が大好きなのに、兄はそうじゃなかった事が悲しかった。咲月が兄を必要としているように、兄に咲月を必要とされたかった。
　どうして、と思う。どうして咲月が大好きな兄は、咲月を同じように大好きで居てくれないんだろう。どうして、要らないなんて――大嫌いなんて――ッ！
　故に咲月は嗚咽して、やだ、やだ、と泣き続ける。要らないのはやだ。嫌われるのはやだ。やだ、やだ、やだ………ッ！

「……ッ！　俺が！」

　ふいに柊が、泣き続ける咲月の肩を強く掴んで、そう叫んだ。その衝撃に、驚いた咲月は一瞬だけ泣き止んで、きょとんと目の前の柊に目を向ける。
　そんな咲月の心に、柊が紡いだ言葉が滑り込んだ。

「俺が、新しい名前をやる。咲月は満月。月は中国語で『ユエ』だ。特別な字として使え」
「ユエ……？」

　突然の柊の申し出に、咲月はますます不思議になって、涙で濡れた眼差しを瞬かせた。新しい名前。特別な、字……？
　咲月は「ユエ、ユエ……」と何度も柊のくれた名前を、口の中で転がした。『特別』は嬉しい。柊のくれた『特別』を、だから咲月は何度も何度も、噛み締める。
　そんな咲月にほっと息をついた柊は、さらに『特別』な『約束』を、くれた。

「咲月が俺達以外に心から必要だと思える人を見つけるまで、俺が『居場所』でいる」
「居場所……ひーちゃんが、一緒に居てくれるの……？」
「ああ。――だから、それまでは俺は咲月の『所有物』だ」

　その『約束』に、今度こそ咲月は目を見開き、不安と喜びのない混ぜになったような声色で、柊の言葉を繰り返した。それに、柊は確かに大きく、しっかりと頷いてくれる。
　柊が、咲月の居場所。いつでも、いつでも柊が咲月と一緒に居てくれる。そう――約束してくれる……
　胸の中をゆっくりと、喜びが満たしていくのが、解った。自分は、要らなくない。柊は、要らないなんて言わない。いつでも、どんな時でも柊は、咲月の傍に居てくれる。
　ゆっくりと、柊に手を伸ばした。そうして咲月は笑顔を浮かべ、ぎゅっ、と柊に抱きつく。

「――ひーちゃん……」
「ああ」
「ひーちゃん……」
「ああ、月」
「ふふ……ひーちゃん……」

　嬉しくて、凄く嬉しくて、それが間違いじゃないか確かめるように何度も、何度も彼の名を呼ぶ、咲月の細く冷え切った身体に柊は腕を回し、何度でも頷き、何度でも新しい名前で呼んでくれた。柊のぬくもりが伝わってきて、それがますます気持ち良く、咲月の心を安らがせる。
　ふふ、と咲月は嬉しくて、ただ名前を呼びながら、柊を抱き、抱かれ続けていた。その様を、静かに降り続ける雪だけが見つめていた。


●


　柊との関係が徐々に変わって行ったのは、あの頃からだ。少なくともあの後から、咲月は件の兄ではなく、柊の傍にずっと居るようになった。
　それはさながら、雛鳥が母を求めるように。片翼の鳥が、対の翼を求めるように――
　いつしか去っていた雷鳴に、ほぅ、と息をついて居たら、柊が咲月に声をかけた。

「――月？　寝たのか……？」
「起きてるよ……？」

　柊の言葉に、咲月は気持ち良く閉じていた目を開けて、不満げに呟いた。けれどもその口調も、とろんと見上げた眼差しも、眠たそうなのは咲月自身も承知している。
　だって、柊の心音や体温は凄く、気持ち良いから。触れているだけで、聞いているだけで気持ち良くて――そのうち眠たくなってしまうのだ。
　そんな咲月を見下ろす柊の顔には小さな、柔らかな苦笑を浮かんでいる。はいはい、とあやすように背を叩かれて、すり、と猫の子のように擦り寄った。
　家族仲が決して悪いわけじゃなく、むしろ物凄く良い方なのに、それでも咲月にとって与えられる愛情は、ぬくもりは足りない。砂漠で水を求める人のように、いつでも咲月は誰かのぬくもりと愛情に飢えて、与えられる事を求めている。
　だからこそ余計に咲月は、時々は『極度に』寒がってそれ以上のぬくもりを柊に求めることすら、あった。咲月の全ての初めてすら、興味本位で柊にあげた程に。それ以降もその関係は続いて居て、それがどこか歪んでいる事も理解はして居て。
　歪んだ、危うい、けれどもだからこそ居心地の良い関係。一緒に居るのが当たり前、という言葉ですら表現できない程に、こうして触れ合っているのが最初から自然な有り様であったかのように。
　――ふいに咲月はうっすらと目を開け、呟いた。

「雪の音……」
「ん？　――雪、降り始めたのか……」
「――ずっと５人は、一緒だって……思ってたのに……」
「月……？」

　寝息のように呟いた、咲月に柊があの日のように咲月の口元へと耳を寄せながら尋ねる。だがそれに答える暇もなく、咲月は眠りの中に滑り落ちた。
　――興味本位で柊に抱かれたのは、咲月自身が自分に必要性や、興味を抱いて居ないからだ。だからこそ無防備に、無頓着に、柊を求め、受け入れ、奪う。
　けれども、彼女の2人の幼馴染は、違う。彼らは咲月とは違う人だから、妬け付くような羨望を、いつでも2人に抱いている。
　夢の中で、柊の言葉が聞こえた、気がした。

「――俺が咲月達を守る。誰かを裏切り、切捨てる事になっても。『ひいらぐ』の意味を持つ俺が――」
（……うん……）

　それに咲月は頷きを、返す。実際には彼女の口から漏れたのは、安らかな寝息だったのだけれども。
　柊が嘘をつかない事を、咲月は知っていた。彼の背中にある、無惨な裂傷痕がその証拠だ――久遠ヶ原学園に来る前に在籍していた大学で、柊が咲月を庇ってついた。
　だから柊は、嘘をつかない。絶対に、永遠にだって咲月のもので居てくれて、居場所で在り続けてくれて、守り続けてくれる。
　そう、おもいながら咲月は柊のぬくもりに包まれ、安らかで深い眠りに落ちて行った。そんな離れに降り続ける、雪はまだしばらくの間、止む気配は見えそうになかった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号　／　　ＰＣ名　　／　性別　／　年齢　／　　　　　職業　　　　　】
　ja0156　　／　常塚　咲月　／　女　　／　18　　／　インフィルトレイター
　ja1082　　／　鴻池　柊　　／　男　　／　20　　／　アストラルヴァンガード

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月と申します。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そうしてお届けが非常に遅くなってしまい、本当に申し訳ございません（土下座

お嬢様の、約束の場所を振り返る物語、如何でしたでしょうか。
ええ、うん、その、はい、中々に中々なご関係で……いらっしゃるのですね……（（（
あまりアレな事にもソレな事にもなりませんでしたが、大丈夫でしたでしょうか（何を聞いている

お嬢様のイメージ通りの、さやかな願いのノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します（深々

N.Y.E煌きのドリームノベル

蓮華・水無月

エリュシオン

2013年01月10日