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『凛と、鞘走る 』
鍔崎 美薙ja0028

廻る歳月は眼に見えず、けれど確かにこの身を過ぎ去っていく。
身の内に流れる熱き血潮は、歳月と同様、己を形作る確かな基盤。
日は厳正なる苛烈さを以って、遍く全ての流れを照らすのみ。

――貴女の道行きを、初日はどう見届けるのだろう?



神社の朝は早い。
冬ともなれば、未だ中天に月読の坐す時分に褥を畳むことも、けして珍しくはなく。
特に今宵、節目たる言祝ぎの夜。境内には夜通し篝火が焚かれ、広く門戸が開かれていた。
「…といっても、訪れる客人なぞおらんのじゃがのう」
賑わう中心部より少し離れた、交通網も整わぬ立地。
ましてや、祭神は戦神。さらには分社に過ぎぬこの社では、参詣客など望むべくも無く。
白い小袖に緋袴を履き、千早を羽織った巫女姿。
吹きっ晒しの社殿より境内を眺め、美薙はからりと笑った。
大和撫子というには些か豪快な笑い方にも、何処と無く凛とした風情を失わないのは。
とある地に連綿と続いた、古き名家の血の為せる技だろうか。

遠い故郷。
今は帰る事の出来無い、懐かしき――其れは、物理的な意味だけではなく。
東の彼方より暁闇に塗り替えられていく空、社殿を白く染める先駆けの光を浴びながら、過去に思いを馳せる。
己の命運を変えた、忘れようの無い、あの。



社殿に大きなトラックが横付けされ、大人達が俄かに忙しない空気を醸し出す。
普段なら相手をしてくれる祖母の姿も見えず、退屈を持て余していた幼き己。
退屈凌ぎを求めて彷徨ううち、トラックに凭れ同じ様に退屈そうな顔をした男を見つけて。
にこり、眼を輝かせて話しかけた。

――これ、おじさんの車?何処まで行くの?
――おじさ…えぇとね、とっても遠い所だよ。お嬢ちゃんの知らない所。

おじさん、の呼称に強面を引き攣らせながらも、無邪気で不躾な問いに答えを返してくれる運転手。
根は良い輩なのだろう、態々しゃがみ込み、己の低い目線に合わせてくれる。
楽しそうに聞き入る少女と、面白可笑しく語る男。暇を持て余していた、という互いの利害の一致。
どんなところなの、なにがあるの――質問は、矢継ぎ早に止め処無く。
嘗ての己には、聞くもの全てが珍しく、世界は引っ繰り返した玩具箱のようで。
行ってみよう、そう思う幼き心を、いったい誰が責められようか。

皆が寝静まった深夜、眠い目を擦りながら布団を抜け出す。
気に入りの鞄一杯に詰め込んだ、好物の菓子や宝物。
居間から拝借しておいた座布団を丸め、形代として布団に突っ込んで、準備は完璧。
荷物が全て運び出された所為か、持ち主が適当なだけなのか、鍵のかかっていない荷台に潜り込み。
僅か置かれていた箱の一つに、身を落ち着ける。

――こういうの、何て言うんだっけ。

わくわくする心が問いかける。
以前誰かが言っていたような、何処かで聞いたような。
そう、あれは確か――

――『家出』!

ゴンッ。
勢い良く立ち上がりかけて、箱の蓋で頭を打つ。
涙目で悶え蹲るうち、いつしか、呻き声は寝息に変わって。
日の昇る前に動き出すトラック、終ぞ、荷台が開かれることは無く。
空が白む頃合には、とうに県境を遥か後にしていた。
煌く玩具箱の夢に遊ぶ、眠り姫をその背に乗せたまま。

本来なら成功しないであろう、幼き目論み。
幾つかの偶然が重なり合い、己にも思いもかけぬ結末を齎す事になるとは露知らず。



辿り着いた見知らぬ地。
止まった荷台から滑り降りると、美薙は待ち切れない様子で駆け出した。
眼に映る何もかもが興味深く、あちらこちらとふらふら彷徨う。
小腹が空けば、菓子をつまんだ。それでも、どんどんと増える宝物で、鞄は常に一杯で。
広がる世界が楽しくて堪らなかった――そう、最初のうちは。

俄かに、降り出す雨。忙しなさを増す人熱れ。
次第に激しく叩き付ける雨粒は、寄る辺のない少女にも残酷なまでの公平さを以って降り注ぐ。
素性の知れぬ少女に優しくするには、此処は余りにも余裕の無い都会だった。
似た様な境遇の者など、吐いて捨てるほどの。

飢えと疲労で倒れ、搬送された病床にて。
意識を取り戻した美薙に突きつけられた現実は、幼き心には受け入れ難いものだった。
強力な天使、突如出現したゲート――話には聞いていた、透き通る紗越しだった御伽噺が、今は。
叩き付けた豪雨以上の激しさで、これは現実なのだと知らしめる。

トラックに潜み家出した、まさにその日だった。
――帰る家が、故郷ごと失われたのは。


それから。
世界に放り出されてからの、8年間。
最下層を這い回る日々。如何してこんな事に、と呆然とする暇も無く。
日本全土を転々と渡り歩き、必死に生にしがみついた。
運が良かった、貴方だけでも無事で、等と。暖かな対応が、無かったわけじゃない。
同情を多分に含んでいても、それは偽りの無い言葉だったのだろう。
ただ、受け取るだけの余裕が、此方に無く。
差し出された温もりは、衝撃と罪悪感で覆われた心の表面を、虚しく上滑りしていくのみ。

手当たり次第に天魔を恨んだ事もあった、己のみ生き残ってしまったことを嘆いた事も。
その度に拠所にしてきた、温かな故郷の記憶。
それさえも、移ろう時は無情に奪い去っていって。
これ以上取り溢さないように、欠片でも失わないようにと、いつしか祖母の口調を真似始め。
時に詰られるほどの尊大な態度も、己が立ち位置を確立する為の戦装束。

今は物を乞い泥を啜る身上だとしても、故郷に、家族に胸を張れる己で居たい。
たとえ虚勢であったとしても、凛と立つ性根だけは折るまい、と――



一条の光が差す。
何時の間にか閉じていた瞼の、その上からでも感じられる、鋭く灼き尽くす白い光。
眼を開き真っ向から睨み据え、美薙は姿勢を正す。
ただただ生きていた、生き抜くことに必死だった8年。
折れず曲がらず此処まで来れたのは、今も懐にそっと仕舞ってある、大切な記憶と。
挫けそうになる度に、囁くように、祈るように。
時には歯を食い縛り、何千何万と唱えた、根幹たる教え。
優しくも謹厳な祖母が、毎日繰り返し唄ってくれた通りに。

拍手を打つ。高らかに響き渡る余韻が、身に残響として反射する間に。
胸を張り、背筋を伸ばし、清廉なる空気を肺深く吸い込んで。

――己に恥じる事を許すな、己を信じよ 己を糺せ
――或るモノから目を逸らすな、見極めよ
――如何なる時も神刃を奉ずる、鍔刀<ツバサキ>であると心得よ

独特の韻律、長く吐き出す一息のもとに唱えきる。
幼き記憶は朧気で、実家に伝わる祝詞など唱えられようはずもない。
故に、此れが己の祝詞。天なる神に、遠き故郷の地に、今は亡き人々に。


8年前のあの日、意気揚々と出かけた『家出』は、未だ終わりをみないまま。
今はまだ帰れない、だから。
「もっと、強くなろうぞ」
喪った、祖母や故郷の人々の分まで。
前を向き、必死に生きて行く為の強さを。そして。
「そして必ず――帰る」
遠い故郷、九州の地に向け、新たに誓う。
たとえ悩み傷付き、疲れ果て地に臥すことがあろうとも。
何度でも凛と立ち上がり、けして歩みを止めはすまい、と。

挑むような眼差しで相対するは、天を照らし坐す大御神。
どうぞ照覧あれ、我が生き様を。そう、睨み据える視線で吼え。
濡羽色の髪を四方より弄ぶ隙間風に、くるり、背を向けて社務所に駆け込む。
「まずは英気を養うのじゃ…!」


七つの武器を自在に操りし、戦神を奉ずる七迅神社。
今年最初の客人は、炬燵で寝扱けて風邪を引いた美薙の、見舞客であったそうな。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0028 / 鍔崎 美薙 / 女 / 16歳 / アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご縁を頂き、有難うございました。
遠き故郷へ続く旅路、立ち位置はしっかりと確認出来たでしょうか。

壮大なる家出、帰れない故郷、明日をも知れぬ我が身。
急転直下の人生を、惑いながらも凛と進んでいく。
そんなイメージで執筆させて頂きました。

基本的になんでも来い、とまで仰って頂けましたので、
想像が暴走気味になってしまいましたが、お気に召して頂けますと僥倖です。
N.Y.E新春のドリームノベル -
日方架音 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年01月11日

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