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『ヤドリギの下で【千夜&夕乃】 』
夏木 夕乃ja9092

 ヤドリギの下で

 僕は
 私は

 君を待つ――

 吐く息は白く、頬を撫でる風はその身を芯から冷やしていく。
 待ち合わせた日は、クリスマス。
 ドキドキと高鳴る胸を押さえて、深呼吸。手にはプレゼント。

 彼は
 彼女は

 どんな顔して駆けてくるのか。

 僕は
 私は

 君を待つ――

 ***

 乾燥した空気にのってメロディーが響いてくる。
 どこまでも軽快に。
 どこまでも愉快に。
 おもちゃ箱を開けるようなどきどき。
 おもちゃ箱に手を伸ばすようなわくわく。

 掴んで引き寄せ、そっと開いた手の中に
 貴方は何を得ているだろう――

「千夜さん。次はあれ、あれは何?」
 屋外遊園地。
 不思議と園のゲートを潜った瞬間から空気が華やぎ、冷たく撫でる風が頬を擽っていくように感じる。
 夏木夕乃は、オレンジ色のコートを翻し腕を目一杯伸ばすと、その先にあるジェットコースターを指さす。
「…あれは、ほら」
 手にしていた蛇腹状のパンフレットを開いた日下部千夜は、覗き込んでくる夕乃に園内を走るレールをなぞって説明する。
 こくこくと真剣な眼差しで千夜の指先を追いかけて頷く姿がちょっと小動物っぽくて可愛い。
「じゃあ、園の中がよく見えるね」
 ……撃退士の動体視力なら見えなくも、ない、だろうか? 反射的に思案し首を傾げた千夜の腕を取って
「行こう!」
 と夕乃は引っ張った。

 ――ガァァッ!!
 きゃぁぁっ!
 ローラーが回る鈍い音と、最前列から流れてくる悲鳴。迫ってくる風は、ゴォォッと耳を襲う。
 遊園地自体初めてだと言っていた恋人の様子を、千夜はちらと伺った。
「きゃー!」
 超笑顔で両手離し出来る強者。
 千夜は、その笑顔に安堵して、安全バーを握っていた片方の手を離し、夕乃の頭をぽすりと押さえつけた。
 きょとりと、こちらを見た夕乃に口角を引き上げる。
「帽子、飛ばすなよ」
 くしゅりと軽く帽子の上から頭を撫でると、夕乃は慌てて両手で深く帽子を被り直した。耳が赤いのはきっとこの冷たい風のせいだろう。
 
「園は良く見えたか?」
 アトラクションから降りると、千夜は微かに頬を緩ませて意地悪な質問をする。
 夕乃は、ふわっと頬を染め
「み、見えたよ。細かいところ、まで、はっきり…と、」
 むぅっと強がって答え始めたものの、最後には自分で言っていておかしかったのか、ぷっと吹き出してしまう。
 愉快そうに笑いながら「でもね」と千夜を見上げる。
「流れていく景色は色んな色が混じって綺麗だと思ったよ」
「……そう、か」
 予想しない答えに心躍る。夕乃の小さな発見は千夜を暖かに出来る。

 ***

「なるほど。この中央の台をぐるぐるすると、土台だけではなくてカップも回るんだね」
「あぁ。そうだが、あまり……」
 その忠告は少々遅かったようだ。
「よーし! 頑張るぞー」
「…っ!」
 大きなシルバートレイをイメージした土台に、大きなコーヒーカップ。
 オルゴールのような愛らしい音をバックに、くるくる回る。
 くるくるくるくる……。
 カップごとにそのスピードは違ってハイスピードなカップが一つ。
 土台が回る、カップが回る、世界が回る。

 ――……ぴとっ
「千夜さん、大丈夫?」
 つい夢中で夕乃はカップを回してしまった。
「……ああ、問題ない」
 そういってさっきから僅かばかりの笑みを浮かべてくれるものの、夕乃は殆ど強引に休憩へと持ち込んだ。
 売店が並ぶ一角に席を陣取り、飲み物を千夜に渡す。
「さっきの真っ逆さまに落ちるやつも、実は苦手だった、とか」
「そんなことはない…」
 きちんと隠せていると思っていたのに。夕乃の指摘には内心どきりとする。
「そーかなぁ」
「ああ。夕乃は楽しくなかったのか?」
「すっごく! 楽しかった」
 ぱぁっと直ぐに満面の笑みを浮かべる夕乃に満たされる。
「それなら、何も問題ない」
 当たり前だ。
 夕乃が、嬉しい、楽しい、を素直に体現しまっすぐに伝えてくれる。それがあるのに、自分がそれを幸せに思わないはずはない。
「次は何だ?」
 ストローを口の端っこで支えて、千夜は組んだ足の上に園内地図を開いた。
「次はね」
 夕乃は、言ってその隣に座ると喜々として指先をその上で踊らせる。
「どれに乗ってないかな」
「…ここと、これじゃないか?」
 地図を持っていた手を離して、夕乃の手を掴むと、その指先を借りて、とん、とんっと指さした。
「……ん?」
「っ!」
 じっと重ねられた手に釘づけになっていた夕乃の頬をカップが掠める。
 反射的に肩を跳ね上げた夕乃に、千夜は俯いて口元を覆う。
「もう! 千夜さんの意地悪!」
 ぷぅっと頬を膨らませて立ち上がった夕乃は、千夜の手からカップを奪い取って
「罰として残りは没収! 全部あたしが飲む」
 宣言と同時に、ストローに口を付ける。付けたあとで「あっ」と思い至り、さらに顔が赤くなったが、普段は控えめな表情しか見せない千夜がくつくつと微かではあれ肩を揺らして笑っているので、まぁ、悪くはない。
 ぷいっと顔を逸らして、そのまま笑っている千夜を、ちらりと盗み見る。
 表情に乏しかった彼に笑みを与えているのは、自分であることが幸せだ。
 さっき重なった手の先には、青いビーズの指輪が光る。
 千夜の誕生日の日、夕乃が贈ったものだ。

 まるで夕乃自身を大切にするのと同じように、大切にしてもらっているそれを見ていると、幸せな気持ちで満たされる。
 その感情に釣られて、へへっと意図せず溢れ出てしまった笑いに、夕乃は慌てて口を塞ぎ照れ臭さに顔を逸らす。
 反らした先を歩いていたのは、楽しげな親子だ。
 笑い合い、ぶら下がるようにその腕を取り、子どもなんて今にも踊り出しそうだ。絵に描いたような、そんな陳腐な言葉が良く似合う。
「――……」
 不意に夕乃は瞳を細める。笑みではなく苦悶。
「夕乃、行こう」
 すっとあまりにも良いタイミングで、夕乃とその視線の先へと割り込んだ千夜は、手を取り指を絡めると握りしめる。
 じんわりと暖かな熱を共有し、二人同じ体温で繋がった。
「え?」
「だから、行こう」
 ぐっと身体を引き寄せられて肩がぶつかる。腕に寄り添う形になると、濃緑色のコートから大好きな千夜の香りがする。
 夕乃が見上げると、千夜は微笑む。
 全てを見透かされているようで、嬉しくも恥ずかしい。
「えっと、次は」
「お化け屋敷だろ?」
「うん、行こう!」

 ***

 〜ひゅぅどろろろ〜ん♪
 とりあえず、定番の効果音に迎えられる。定番すぎるから玄関先にある呼び鈴程度の効果だ。
 これからお化け屋敷に入りますよ、っと。
「暗いね」
「……あぁ」
「なんか、生暖かいね」
「あぁ」
「なんか、出そうだね」
「お化け屋敷だからな」
 足の下に感じるのは土の感触。
 恐る恐る踏み出し、半ば引きずるようにするものだから自らの足音が、ずっ……ずっ……と怖音となり室内に響く。
「音が響くね」
「あぁ」
「なんか聞こえるねぇ」
「あぁ」
「なんか、出そうだね」
 いきなり既視感だ。
 千夜は、同じ受け答えをしそうになり堪えると夕乃を見た。
「…怖いのか?」
「オバケナンテコワクナイ」
「そうか――」
 では、どうして片言なんだ。夕乃。
 言えない言葉を押し殺した笑いと共に飲み込んだ。
 お化け屋敷の鉄則。自分より怖がっている人が一緒だと割と怖くない。
 落ち着いてみれば、単純な仕掛けが多い。火の玉、井戸から出てくる皿屋敷の幽霊、ろくろ首目新しくはない。
 だが……がたんっ!
 正面の壁が翻り、お岩さんの形相の女性が飛び出してくるのと、同時に――
 ――ザッ!!
 落ちてきた天井。反射的に千夜は一歩引き臨戦態勢。アイスブルーの光が……
「千夜さん!」
 殆ど脇腹の方から身体を張って夕乃は千夜へと抱きつく。
「っ!」
 声を殺してそのまま夕乃の身体を受け止めると壁に背中をついた。
「けほっ」
 痛みはないが埃がはらはらと落ちる。
「大丈夫? 千夜さん」
「…平気だ」
 ありがとう、そう続けて夕乃の帽子と肩に掛かった埃を払いのけ、大丈夫だと重ねて頬を撫でた。

 ***

「……ほら」
「大丈夫だよ」
 二人を乗せたゴンドラはゆっくりと観覧車の一番高いところへと導いていく。差し込んでくる西陽に、夕乃は頬を朱色に染め、残っていた水滴が宝石のように煌めいていた。
 千夜はそれを綺麗だと思ったが、濡れたままにはしておけない。最後に乗ったウォータースライダーからの飛沫に気持ち良いと最高の笑顔を見せてくれたとしても、だ。
 がたん!
「っ!」
 二人が片方へと寄ってしまうから、ゴンドラは平行を保てず傾く。その衝撃に夕乃は、尻餅をつくように座席に落ち、千夜はそれに覆い被さるようにガラスに手を突いた。
「――……」
 意図せず見つめあってしまう。
 心臓の音が聞こえなければいい。
 呼吸が届かなければいい。
 互いの瞳の中にいる自分は、本当になんて甘い顔をしているんだろう。

 ――触れたい

 刹那行われる自制心との葛藤。
「せ、千夜さん」
「……ぁ」
 鏡を見なくても分かる。確実に二人とも真っ赤だ。
 突然の思いつきのように夕乃が延ばした腕の先。その先に見えたのは
「巨大迷路、だったか?」
「地図にあったよね」
 二人して今日何度も覗き込んだ園内図の一角に広がる迷いの森。
「そこで最後かな?」
 どちらともなく口にした台詞はどこか切ない。
 その日一日が充実していればしているほど、黄昏時が寂しく映る。
 それを振り払うように、二人は今日の楽しかったことを振り返った。
 今度は小さな手のひらの園ではなく。観覧車の頂上から見下ろすパノラマサイズの遊園地だ。

 ***

 巨大迷路もクリスマス仕様。
 背丈よりも高い常緑樹の壁は、イルミネーションで彩られ、各所におかれるオーナメントも聖夜にちなんだもの――
 そう、まるで巨大なクリスマスツリーの中に入り込んでしまったような気がする。
 ほふっ
 吐く息は辺りを闇が支配すると共に白さが増す。
「寒い?」
 千夜に問われて夕乃は首を振ったが、もっとこっちにと引き寄せられ千夜に寄り添う。
 腕を絡め。手を重ね。指を絡める。
 もっと、もっと近づく方法は他にないだろうか? もっともっと近くに、もっともっと側に。
 きゅっと指先に力を込めれば、同じだけか、それ以上で返ってくる。

 ずっと、続けば良い道のりは突然終わりがやってきた。
 怖いくらい静かな場所。清浄とした空気。
 突然道は開かれ視界がクリアになる。
「わぁ……」
 なだらかな斜面は小高い丘となり、その中央にはアーチ型のゲート。柊の深緑の葉と赤い実で彩られ、控えめな光が灯り天辺には宿り木が。
 吸い寄せられるように足は自然と丘を登る。
「……夕乃」
 自然と向き合った二人の瞳は絡み合う。
 とくん、とくん、とくん
 自らの鼓動が耳の奥に響く。
 千夜は、何か言った方が良いのか遅疑逡巡した夕乃の両方の肩を静かに抱いた。腕で囲まれたこの空間は二人だけの物だ。
「夕乃と共に来ることが出来て本当に楽しかった」
 あたしもだと口にしたいのに、喉の奥が乾くような、唇の先が震えるような不思議な高揚感に戸惑い声が出ない。
 そんな夕乃の頬を両手でそっと包み込み、瞳を細める。愛しそうに見つめてくる瞳の吸引力。
 微かに頬を撫でていく指先の小さな動き。
 その全てに、吸い込まれていく――
「愛している、夕乃。これからもお前と共にいたい」
 ふわりと全身が熱くなる。
 まるで、魔法の言葉を紡がれたように彼しか見えなくなる。
 声が出ない。
 喜びと戸惑いで指先が震える。
 ぎゅ……っ
 千夜の胸元を小さな手がしっかりと握り、殆どもたれ掛かるように背伸び――

 あたしもだよ

 どうか、この思い伝わって。
 やっと届いた唇への温もり、舞い降りる雪の精には奪わせない。

 掴んで引き寄せた小さな世界。この腕の中にあるものは決して変わることのないもの。

 リンリンリン
 クリスマスの奇跡は、今この瞬間も二人で居ること。


【終】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7997/日下部千夜/男/16/インフィルトレイター】
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エリュシオン
2013年01月15日

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