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『春の海のように 』
夜来野 遥久ja6843


 北海道東部、寒さの厳しい街。
 鉛色の雪空の下、変わらぬ空気に軽く頭を振る。
 愛しき故郷、厭わしい血縁の鎖。
 ……などと重苦しく考えていたのは幾つの年までだろうか。
 己の中の優先順位が固まってしまえば、親戚縁者からの言葉など然したるものではなくなっていた。
 それは、家を出て撃退士としての道を選んだこの一年で、殊更、強いものに。



●白銀の如く、清廉に
 ――立派になって。
 その言葉を額面通りに受け取るほど、夜来野 遥久も幼くは無い。
 『撃退士』という仕事を快く思わない親戚一同からの挨拶・皮肉に、気づかぬ体で遥久は返礼する。
 粗野だ、野蛮だ、そういった認識らしい。
 しかし、久遠ヶ原学園に入った遥久は知っている。
 そんな撃退士こそが、どれだけの涙を止めてきたか。
 悲劇に間に合わないことさえある。
 たとえば、そう―― もし、この宴席においてディアボロが現れたら?
 ご老人達は逃げ惑うしかできない。
 本家も分家も当主も何も、天魔たちの目には意味を持たない。

 ――それにしても
 ふ、と親戚の声が遥久の耳を掠める。
 従弟である、月居 愁也についての口さがない噂。
 学力に難ありとのことで久遠ヶ原へ押し込められた彼は、何かにつけて注目の的のようだ。
「…………」
 そんな婦人たちへ、遥久は冷ややかな視線を送った。
 擁護に入ったとて、無駄であることは知っている。
 結局は愁也が『夜来野の手を煩わせる』という認識をされてしまうのだ。
 愁也がそんなヤワな男じゃないことは遥久も知っているし、かといって看過もしたくない――
 遥久の視線に気づいた婦人たちは、気まずそうに会釈をして、そそくさと場を離れていった。

「学園で主席を取ったらしいな、流石じゃないか」
「……それほどでも」
 まるで周囲へ聞かせるような実兄の声に、遥久はそっと顔を顰める。
 簡単なやり取りの中で細かに織り交ぜられる嫌味を、巧妙に避けながら。
 兄は遥久が撃退士になるということを良く思っていない――いちばん身近な親族、だ。
 そんなもの、自分へ直接ぶつければいいものを、八つ当たりのように愁也へ向けるからタチが悪い。
 ついに押し黙った遥久の胸を軽く小突き、「元気でやれよ」の一言を告げると、兄は親類の呼び声へと向かっていった。
「ふぅ…… 相変わらずだが、疲れるな」
 襟元を少し緩めて深く息を吐きだし、遥久は自室へと引き上げることとした。
 そのうち、愁也もやってくるだろう。
 そう見越し、あえて声はかけないで行く。



●紅蓮のように、燃える
「本年も、どうぞよろしくお願いいたします」
 赤い髪をびしりと後ろに流し、正装で本家・夜来野へ礼を通す愁也。
 夜来野の分家筋で、両親の名代として訪問していた。
 年末年始の、恒例行事。
 従兄弟である本家次男の遥久と仲が良いことから、両親から名代として放りだすように本家へ送りだされることが多く、形式だけの挨拶も板についている。
「昨年は、まったく会えなかったがなー」
「アッハッハッハ★」
 せっかくセットした髪を太い指でかき回され(人を幾つだと思ってんだ!?)、それでも軽薄な笑顔を張りつかせて愁也は返す。
 元々あまり頭はよろしくなく、その点から親戚から揶揄されることは慣れている。
 無理やりに近い形で久遠ヶ原へ突っ込んでおいて、会えないもへったくれもないだろが。
 本家だ分家だ後継ぎだ。くだらない、めんどうだ、そう思っていた時期もある。
 閉鎖された土地で生涯を過ごしていたなら、いつかは自分も毒されていたのかもしれなかった。

「……おい、愁也」
 耳に慣れた低音。そして低温。
「ご無沙汰してまーす」
 とびきりのスマイルで、愁也は振り向いてやる。

 ――今は。
 抗うことに燃え盛るだけではない炎を、誰かを暖めるための炎を、愁也は知っている。
「遥久ー」
 今も昔も、そしてきっとこれからも。変わらず隣に居るであろう、その背を追うであろう人物の部屋のドアを、愁也は変わらぬ声音でノックした。




 いつ来ても、整然としている遥久の自室。
 久遠ヶ原でのマンション暮らしも慣れたものだが、幼い時からを過ごした場所だけに、あれこれと思い出が噴き出してくる。
 招き入れた遥久もまた、親戚相手にげんなりとした風であった。
 愁也の訪れに肩の力を抜いたようで、「お疲れ」と互いに労う。

「相変わらず、本家長男様は俺のこと目の敵にしてんのな」
 『期待の弟が、分家のろくでもない従弟にそそのかされ撃退士なんかになってしまった』
 長男様の気持ちは解らなくもない。彼に限らず、親戚の幾人からもそんな視線は向けられているが、どうしようもないことだ。
 撃退士になったことも後悔していないし、と愁也は割り切っている。……気分を害さない訳ではない、が。
 最後の事は言葉に乗せず、愁也は遥久の机に飾られていた写真立てを手に取る。
 面倒なことを知らない子供たちの笑顔が、そこにあった。
 そんな時期も、あった。
「……すまんな」
 ぽん。
 大きな手が、乱された愁也の髪を撫でる。
 申し訳なさそうな遥久の声、動作に、愁也はコロリと気分を反転させた。
「気にすんなってー!」
 遥久を、困らせたいわけじゃない。
 けど、多弾ヒットで沈みかけた心を浮上させるに十分な手のひらの温度。
(……こうして、共に撃退士でいる今が充実してるよな。やっぱ)
 家のしがらみから離れても、別の形で繋がりを保てること。
 『血縁』だけに縋らず、肩を並べることが出来ること。そのためには、自分の努力が必要なこと。
 こんなにやりがいのある人生なんて、なかなか無い。

「今年も新鮮な毎日をお届けしてやるよ、期待しとけ?」
「今年も退屈せずに済みそうだ」

 従兄弟たちは笑いあい、そうして昔話に花を咲かせた。




 ――撃退士となって、もうすぐ一年か。

 会話が途切れたところで、遥久が口にした。
「正直、俺が真面目にガッコー通うとは思わなかったわ」
「……もっと早く目覚めていればな」
 愁也のあっけらかんとした感想に、遥久は眉間を押さえた。
 久遠ヶ原学園だから、というのは多分にあるだろう。
 あそこにいれば、退屈しない。
 様々な価値観の生徒が居て、教師が居て、あらゆる年齢の友人たちがいる。
 愁也にも、遥久にも、学園で出会った大切な人がいる。
「ホント、ホント! 撃退士を何だか勘違いしてくれた親戚一同にカンシャだな」
「お前は少し…… いや、たしかにな」
「だろっ 遥久も一緒になんて、考えられなかったしなー」
 どこまでもポジティブ。
 愁也が、一般の大学の卒業を危ぶまれ、アウルの力を頼りに久遠ヶ原への編入を推し進められた際の騒動を思い返してから遥久はそれを胸にしまう。
 当時、心配な気持ちはあった。
 それでも、安堵の気持ちも少なからず、あった。

『行こうぜ、遥久!!』

 愁也は、いつだってそうだ。
 周囲の目を気にせずグイグイ進む。
「充実した日々に生を実感できるのは、愁也のお陰かもな」
「え! 今、俺ほめられた!?」
「そう聞こえたか?」
「ちょっと待ってろ、録音するから。はい、もーいっかい!」
「…………」
「すんませんでした、調子に乗りました」
「……はは」
 遥久の視線一つで表情を変える、愛すべき親友。
 笑い、遥久はその額を指で弾いた。

 親友であり、従兄弟であり、そして撃退士としての頼れる相棒。

 変わらないと思っていた二人の関係に、もうひとつ、確かな物が増えた一年だった。
 願わくは、その絆がより強固なものとなるよう。
 自分たちのためだけじゃないその力を、もっと強いものとできるよう。
 年の初めに願い、誓う。




「さて。こんな窮屈な環境からは、さっさと逃げるに限る」
 愁也は前髪を後ろへかきあげて、子供の笑みを浮かべた。
 『逃亡先』を遥久に示せば、彼もまた忍び笑いを返す。

 当時は辛かったことも、今では笑い話。
 思い出の先を歩く今、広がる未来は自由に彩られている。
 ――愛しき故郷、厭わしい血縁の鎖。
 帰ってくることで実感することは多く、そして懐かしさに浸る時間は終わった。
 離れて暮らしていても、戻る場所はあり、血の繋がりが絶えることなどない。

 恒例行事の年末年始も、今までとはちょっと違った気持ちで臨むことが出来た。
 収穫は上々といえよう。
「今夜中に出発すれば、明日の昼過ぎには会えるだろうな」
 いつもなら愁也の発案を諌める遥久だが、本家としての義理は果たしている。
 親戚へ挨拶も済ませたし顔も見せた、後は両親や兄に任せればいい。
 遥久は応じる姿勢を見せ、素早く交通網を調べ上げる。

 北海道は広い。
 正直な話、関東方面へ向かうより北海道内の移動の方が時間がかかる。
 その中での最短ルート――多少の無茶も許容内――そこに向けての出発カウントダウン。

 実家に戻り、童心も戻ってきただろうか。
 悪巧みに、遥久までどこかワクワクしてくる。
 『遥久に見合うよう――』愁也は折に触れそんなことを言うが、自分こそ、そんな愁也に引き上げられて、今がある。
 決まると、愁也は手早くメールを打つ。
 場所は道南、北海道でも穏やかな気候の観光都市へ帰省している友人へ向けて。

『あけおめ! 初詣がてら遥久とそっち行くから遊ぼうぜー!』




「行こうぜ、遥久!」
「忘れものには気をつけろよ」
「大丈夫、土産はすべて本家においてきた」
「彼らへの手土産は?」
「(しまった、て顔)」
「途中で適当にピックアップするか……」

 かくして元旦早々の逃避行計画、始動。




【春の海のように 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6843 / 夜来野 遥久/ 男 / 27歳 / アストラルヴァンガード】
【ja6837 / 月居 愁也 / 男 / 23歳 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
年末年始と言えば、という重苦しいスタートからの軽やか逃避行、お送りいたします。
素敵な一年の、一歩となりますように!
N.Y.E新春のドリームノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年01月15日

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