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『【寄り添うもの】 』
白鳥・瑞科8402)&(登場しない)

 茶色く長い髪が揺れ、風を切る剣の音が聞こえた。
 そこは「教会」という組織のとある施設。その中の訓練場と呼ばれる部屋である。
 剣を振るっているのは白鳥瑞科だ。瑞科は今、新戦闘服と新調された武器を試しているところだった。
 瑞科の行っている訓練は、「教会」が教える剣術訓練の中でも、最も基本的な「型」と呼ばれるものだった。どのような武術にも大抵、「型」というものは存在する。「型」とは基本動作の集約である。何においても、基本とは大事なのだ。反復し、基本動作を体に覚え込ますために「型」は存在している。
 言い換えれば、「型」とは未熟な者が基本を習得するためのものとも言える。そう考えると、瑞科が訓練で「型」を行う必要性はほとんどないようにも思えるが、瑞科の訓練の大半は、この「型」によるものだった。
 それは単純な理由からだった。瑞科の訓練についてこられる者が、「教会」の中にもほとんど存在しないのだ。その為、瑞科の訓練は自らの動きを磨き上げる形のものが大半だった。
 ただ、瑞科の行う「型」は他の者が行うものとは違った。基本的に行っている事は変わらない。瑞科自身が作った「型」も存在するが、そういった意味でもない。
 「型」とは、決まった動きを決まった通りに行うものだ。その為、機械的で単調なものになるのが必然。そのはずなのに、瑞科の「型」は美しかった。
 剣を握る繊細な指先も、しなやかに躍動する四肢も、彼女の動きに合わせて揺れる髪も、全てが美を体現するために生み出されたかのように、洗練されていた。
 日本には、舞を神に奉納する事があると言うが、瑞科の「型」はそれに近いものがあるようにも思える。瑞科の「型」は祈りのようだった。
 最後に十字を切るように剣を振るい、瑞科はゆっくりと剣を鞘に納めた。
「素晴らしい出来ですわね」
 瑞科は満足げな表情で振り返った。
「そりゃー自慢の出来だからねー。これで文句をつけられちゃあ、やってらんないよー。後、もう二つ瑞科に見せたいとっておきのものがあるんだ」
 訓練場で唯一、瑞科の「型」を見守っていた人物、瑞科の新戦闘服と新調武器を仕立てたシスターが言った。
「あら、何かしら?」
 瑞科はシスターに歩み寄りながら、ここに来た経緯を思い出した。


 瑞科は、司令官である神父から連絡を受け、「教会」の施設であるここに来ていた。
 どういった要件なのですか、と瑞科が神父に尋ねると、
「重要な任務ですよ」
 と神父からは、はぐらかすような答えが返ってきた。
 ただ、全幅の信頼を置く神父が「重要な任務」というのだから、瑞科に断るという選択肢はない。そうして、この場所に来てみると、まず最初に瑞科はシスターに跳びつかれたのだった。
「会いたかったよー、瑞科ぁあ〜」
 シスターは瑞科の胸に顔を埋めるながら、そう叫んだ。この見た目は十代の小さくて可愛らしいシスターは、これでも凄腕の技術者だ。「教会」の武装審問官が使用する戦闘服や武器など、任務において必要となるあらゆるものの開発の指揮を取っているのが、このシスターなのだ。ついでに言うと、このシスターは、見た目はこんなだが、実年齢は瑞科より上である。そして、瑞科の事を溺愛してもいるのだった。
「それで、今回はどういったご用件ですの?」
 瑞科は丁重にシスターを胸から引き剥がすと、そう尋ねた。すると、「じゃじゃーん」と言いながら、シスターにこの新戦闘服と新調武器を手渡された訳だ。
 それはとてもありがたく、光栄な事なのだが、なぜ、自分には秘密にされていたのか、と疑問に思う。瑞科がその事を尋ねると、
「だって、瑞科を驚かせたかったんだもん。サプライズってやつだよー」
 と言う返事が返ってきた。
 この人はいつもこうですわね。神父様もこの人に付き合わなくてもいいですのに、と瑞科は心の中で、こっそり溜息をついたのだった。
 それからすぐに着替え、新戦闘服と新調武器を試してみたのだが、瑞科も満足の素晴らしい仕上がりだったという訳だ。
 見た目の上では特に以前のものと変わらなかったのだが、その性能は全く違った。
 腰下までの深いスリットの入った、ボディラインを浮き出させる戦闘用のシスター服は軽量化され、フィット感がアップしていた。瞳を閉じれば、何も着ていないかのような軽さで、驚くほど体に馴染んだ。シスター曰く、
「街中で目を閉じれば、露出狂の気分が味わえるよー」
 との事だったが、そんな痴女のような事は決して致しませんわ、とはっきり断っておいた。
 また、胸を強調するようなコルセットは、以前のものよりもさらに軽く、窮屈感が全くなかった。伸縮性もアップしており、瑞科の動きを邪魔することもない。
 純白のケープとヴェールは、どちらかと言えば実用性よりもシスターとして形式的につけているものだが、瑞科としてもそれらは気に入っていたし、何気に防弾加工などが施され、れっきとした防具としての一面も備えていた。
 太腿に食い込むニーソックスと膝まである編上げのロングブーツは、瑞科の美脚の魅力を最大限まで引き立てていた。絶対領域と呼ばれる部分がスリットから覗く様は、魅惑的で魅力的だった。それは鼻血ものの破壊力を持っていた。これは完全にシスターの好みだ。実際、シスターはそれを見て鼻血を噴いた事があるのだった。
 そして腕と手には、二の腕までの白い布製のロンググローブに、その上から手首までの革製のグローブをしている。白い方のグローブには、よく見ると刺繍がされており、翼を広げ微笑む天使と女神が描かれている。革製のグローブには、華美にならない程度に装飾がされており、中でも瞳と同じ青色の、深い海を思わせる宝玉が特徴である。グローブは、剣の柄をしっかり握るためにも、剣を打ち合った時に手を痛めないためにも重要である。また、それ自体にも防御力があり、ちょっとやそっとの攻撃では傷をつけることさえできない代物だ。
 そして最後に、新調された剣。重量や長さは、前のものと寸分違わず同じである。それらが少しでも変わってしまうと、長年、愛用してきている者としては、違和を感じてしまうのだ。ならば、何が変わったのかというと、頑丈さである。瑞科ほどの使い手が剣を振るうと、それだけで剣には相当の負担が掛かるのだ。実際、前の任務で瑞科の使っていた剣は、すでにかなり消耗していた。そのため、どんな激しい戦闘にも耐えられるよう、素材からこだわり、新しい剣を作ったのだ。
 瑞科は新しい戦闘服と武器に満足しながら、シスターの言う、もう二つのとっておきを眺めた。感心するような目で、瑞科がそれらを見ていると、
「実はもう一つサプライズがあるのだニャー」
 シスターはニャニャニャー、と節を付けて歌いながら、扉を指差した。
 瑞科は促されるように、そちらに視線を向けた。
 そこには昨日ショッピングを共にした同僚と後輩が立っていたのだった。


「どうして二人がここにいるんですの?」
 瑞科は少なからず驚いていた。ここは「教会」の施設なのだから、二人がいてもおかしくはないのだが、瑞科もこの二人も、互いに忙しい身なのだ。滅多に一緒の時間を過ごす事ができず、だからこそ、たまにかぶった休暇は三人で出掛けたり、一緒の時間を過ごすのだ。それが、昨日の今日で、こんな所で出会えるとは、瑞科は思っていなかった。
「あら、昨日ぶりね、瑞科」
「昨日ぶりですー、瑞科先輩!」
 しかし、二人は驚いた様子もなく、そんな挨拶を瑞科に投げ掛けてきた。
「どうしたの、二人とも?」
 瑞科が尋ねると、
「今日は瑞科の新しい戦闘服と新調した武器のお披露目があると聞いてね」
「遊びに来たのですー」
 どうやら二人は、ギリギリまで新戦闘服と新調武器の事を知らされていなかった瑞科とは違い、前から知っていたみたいだ。もしかしたら、昨日のショッピングの時にはすでに知っていたのかもしれない。
「昨日も新しいお洋服を買ってたのに、瑞科先輩ばっかりずるいですー」
「さて、せっかくの新戦闘服ですしね、その性能を私たちが試してあげるわ」
そこで、同僚は不敵に笑い、
「ただ、せっかくの新しい服ですものね。ボロボロにならないよう気をつけることね」
 二人の台詞を聞いて、やっぱり二人は昨日から知っていたのですわね、と瑞科は思った。
 瑞科は二人に真っ直ぐ視線を向けた。
「折角のお誘い、お断りする訳にはいきませんわよね」
 瑞科は笑みを浮かべていた。
 この二人相手なら、この前の任務のような退屈をする事はないですものね。


 三人が行っているのは、試合形式とは名ばかりの実戦だった。武器は模造剣などではなく、それぞれが愛用している武器を使用していた。
 瑞科は新調したばかりの、彼女の背丈と変わらない剣、ロングソードを、同僚は二メートルを超える槍、スピアを、後輩は彼女の見た目には似つかわしくないほど巨大な鎚矛、メイスをその手に握っていた。
 彼女たちの繰り出す攻撃は、どれも訓練とは思えない一撃だった。空気が震え、打ち合わされる武器からは激しく火花が迸り、何よりも三人の纏う圧力は、常人ならそれだけで失神してしまうほどのものだった。
 しかし、そんな激しい戦闘を行っているというのに、三人は皆、口元を僅かに吊り上げ、なんとも愉しそうな表情なのだった。
「それにしても、あの三人は本当に化け物級だよねー。でも、あんな訓練をして怪我でもしたら大変なんじゃないのー?」
 三人の戦闘訓練を部屋の隅で観ていたシスターが独り言を呟いた。
「いえ、彼女たちは、まだまだ本気を出していませんよ」
 すると、すぐ横からそれに対する返事が返ってきた。
「うおっ! いつの間に現れたにゃ?」
 シスターは慌てて、振り向いた。
「お久しぶりです。シスター」
 そこには微笑を浮かべた痩躯の男、神父が立っていた。
「ああ〜、びっくりした〜。あまり驚かせないで欲しいですよー、神父様」
「ふふふ、これはすみません」
 神父は相変わらずの微笑でシスターに軽く頭を下げると、三人の戦闘に視線を戻し、
「先程の質問の答えですが、彼女たちは怪我などしませんよ」
 はっきりとした口調で断言した。
「へー、それはどうしてですか?」
 あまりにもきっぱりと断言するので、怪我をしないのにはなにか仕掛けがあるのだろうか、とシスターはそう思った。
「それはですね。彼女たちを信頼しているからですよ」
「はにゃ?」
 神父の答えがあまりにも予想外で、シスターは思わず変な声を出してしまった。シスターは少し取り繕うようにしながら、
「え、ええと、どういう意味ですか?」
「彼女たちの実力は本物です。そして、その目も本物なのですよ。彼女たちは自分の実力も、相手の実力も見誤る事はないということです。だから、彼女たちは怪我をすることなど無い。少なくとも私はそう信じていますよ」
 それってつまり、怪我をしたら実力を見誤った自分のせい。自己責任って事なんじゃないの? もしかして神父様、責任逃れしてるー?
 シスターは戦闘服や武器を作る技術者だ。武装審問官のような戦闘能力はおろか、その知識も必要最低限のものしか持っていない。なので、実力を見極める目、などと言われてもよく分からない。シスターは思わず、神父にじろーっと疑いの目を向けた。
「ははは、その目は私の言葉を信じてないですね」
 目敏くシスターの視線に気付いた神父は、
「信じることは大切ですよ。なんせ、私たちは神に仕える神父とシスターなのですからね」
 そう言って、微笑みかけてきた。
 うーん、うまく誤魔化された気がするなー、とシスターが思っていると、
「それに、もうすぐ三人の訓練が終わりますよ」
 その言葉を受けて、シスターは三人の戦闘に視線を戻した。確かに三人の戦闘は終焉を迎えようとしていた。


 やはりこの二人は素晴らしいですわ。こんなに興奮する訓練はいつぶりかしら。
 瑞科は二人のスピアとメイスの攻撃を、流れる水のような、滑らかな動きで躱しながらそう思った。それに、この新戦闘服と、新調して頂いた剣も素晴らしいですわ。体がとても軽いですし、あの二人の攻撃をこんなにも受けたというのに、刃毀れひとつしていないなんて。
 瑞科は軽く後ろに跳躍して二人から距離を取ると、重心を落とし、二人を鋭く見据えた。
 けれど、この愉しい時間もそろそろ終わりに致しますわ。
 二人もそんな瑞科を見て、目つきを変えた。二人は分かっていた。このやり取りで、この訓練、瑞科との戦闘は終わる、と。
 二人の動きが変わった。先程までの動きも十分に常人を超えたものだったが、今の二人の動きは、そんな先程までの動きがウォーミングアップだった、とでもいうような、そんな圧倒的な鋭さと気迫を感じさせた。スピアを構える同僚からは鋭利な刃物のような、メイスを構える後輩からは全てをなぎ倒し押し潰すような、そんな圧力、殺気がひしひしと伝わってきた。
 しかし、そんな殺気に晒されて尚、瑞科は笑みを浮かべていた。いや、その笑みは今日の戦闘中で最も妖艶で嬉しそうな笑みだったかもしれない。
 瑞科の纏っていた圧力が爆発した。それは最早、人智を超えているように思えた。何者にも侵す事の出来ない絶対的な存在。瑞科の圧力は対峙した者にそう思わせるほどの、圧倒的なものだった。
 しかし、二人は止まらない。むしろ、さらに加速し、同僚はスピアを、後輩はメイスを構え、真っ直ぐ瑞科に向かう。
 それに対し、瑞科はゆっくりと重心を前へ傾けていき、そのまま前へ倒れてしまうのでは、と思えた瞬間。体の内に溜め込んでいたエネルギーを解放した。


 決着は一瞬だった。少なくともシスターにはそう見えた。いや、正確には決着の瞬間を捉える事が、シスターには出来なかった。
 三人の纏う雰囲気が変わったのまでは分かった。それまではシスターの目でも、なんとか捉える事が出来ていたのだ。しかし、雰囲気が変わったと思った瞬間、空気が爆発し、三人の姿を見失った。
 そして気付けば、三人は向かい合っていたはずなのに、背中合わせになっていた。そこで、先程までは瑞科が左側に、二人が右側にいたのが、入れ替わっているのだと気付いた。つまり、三人はすれ違いざまに最後の攻防を繰り広げたのだろう、とシスターは推測することができた。
 しかし、決着はどうなったのだろうか。シスターが、まるで時が止まったかのように、動きを止めていた三人を見詰めていると、すぐにその答えが判明した。
 瑞科が十字を切るかのように剣を振るのと同時に、二人の武器、スピアとメイスがその中心から、すっぱりと切断され、地面に落ちたのだ。
 勝利したのは瑞科だった。


「うん、素晴らしい訓練でしたよ、三人共」
 静まり返っていた部屋に、最初に響いたのは、そんな神父の声だった。
「神父様!」
 その声に最初に反応したのは瑞科だった。瑞科は嬉しそうに笑顔を浮かべ、
「いつからいらっしゃったのですか?」
 神父に駆け寄った。
「途中からね。三人の訓練の様子を見に来たんだよ」
「そうだったのですか。二人との訓練に集中し過ぎて、わたくしとした事が、まったく気付きませんでしたわ」
 瑞科は少し照れを隠すように、そう言った。ただ、いくら訓練に集中していたとはいえ、瑞科ほどの実力者に今まで存在を気付かれなかった神父は、やはり只者ではないのかもしれない。まあ、神父の影がただ薄いだけという可能性も拭い去り切れないが。
「ははは、私のことなど気にしなくてもいいのですよ。それより、新しい戦闘服も武器も、しっかり馴染んでいるようですね」
 神父はゆっくりと瑞科の纏う戦闘服と、腰の鞘に納まっている剣を見た。
「はい、とても満足していますわ」
「そうですか、それは良かったです」
 そんな二人の会話に、
「ふふふー、私の自信作ですからねー」
 シスターが胸を張りながら、言葉を挟んだ。
「はい、シスターには本当に感謝していますわ」
「えへへー、瑞科に感謝されちゃった」
 シスターはだらしない笑顔を浮かべたかと思うと、
「でも、あの二人はすっかり沈んちゃってるねー」
 そう言ったシスターの視線の先には、がっくりと肩を落とした二人が、どこか寂寥感を漂わせていた。それもそのはずだろう。怪我をしても自己責任という、ほぼ実戦と変わらない訓練だとはいえ、大事な武器を中心からすっぱり切り落とされてしまったのだから。
「さすがにやり過ぎでしたかしら……」
 瑞科が二人を見て、顔を引き攣らせた。すると、突然、物凄い勢いで二人が瑞科の元に駆け寄ってきた。その形相はまるで鬼のようだった。思わず脱兎の如く逃げ出そうとした瑞科に二人は詰め寄り、
「これはやり過ぎとか、そういうレベルを超えています! さすがの私もショックです……」
「そうですよ、瑞科先輩! 私の可愛いメイスちゃんを真っ二つにしちゃうなんて。私、私……、うぇえ〜ん」
 珍しく取り乱したかと思うと、完全に意気消沈し塞ぎ込んでしまった同僚と、珍しく瑞科に意見したかと思うと、突然泣き出してしまった後輩。そんな二人を見て、瑞科はシスターに目配せをし、小さく囁きかけた。
「少しやり過ぎてしまったみたいですわ……」
「そ、そのようだねえ……」
「こうなったら、さっさとネタばらしをしますわよ」
「あいあいさー」
 瑞科はシスターとそんな意味深な言葉を交わし、二人に向き直った。
「ね、ねえ、二人とも。少し見てもらいたいものがあるのですけれど」
「……悪いけど後にしてちょうだい」
「……私もパスですー」
完全に二人は抜け殻のようになってしまっている。瑞科はシスターに再度、目配せをして、
「そう言わずに。是非、見て下さいませ」
 さあ、今ですわよ! 瑞科はシスターに視線で合図を送った。任せてちょうだい、とでも言うように、シスターは不敵な笑みを浮かべ、どこに隠していたのか、重そうな箱をドンと二人の目の前に置き、その蓋を開けた。


 二人は億劫そうに箱を見て、中身に視線を向け、その中身が何なのか徐々に認識していくと、それに合わせるように、その虚ろな目に生気を取り戻していった。
「こ、これは……」
「もしかして、私たちの?」
 二人の視線がシスターに向けられた。シスターは誇らしげに胸を張り、
「お察しのとおり! これは二人の新調した武器でーす!」
 そう、箱の中には二人の新しいスピアとメイスが入っていた。二人は仕掛け人形のように、素早くそれぞれの武器を手に取った。二人は新しい玩具を買ってもらった子供のように、目を輝かせている。
 そんな二人の様子を見て、瑞科はひとまず安心し、次に、
「申し訳ありませんでしたわ。武器が新調されている事を知っていたとはいえ、二人の大事なスピアとメイスをあんな風にしてしまって」
 深く頭を下げた。いくら新しい武器が手に入ったとしても、それまで愛用していた武器への思い入れや愛情が消えるわけではないのだ。瑞科は心から、二人に対する謝罪の気持ちを感じていた。
「なんなら二人の手でこの剣をただの鉄屑に変えて下さっても」
 そう言って、瑞科は腰に提げていた剣に手をやった。
「ちょ、ちょっと待ったー! せっかく私が丹精込めて作ったのにー」
 慌ててシスターが止めようとする。それに対し、
「止めないでください。これはわたくしが受けるべき報いなのです」
 瑞科は強情にシスターの言葉を跳ね除ける。
 そんな二人のやり取りを見て、
「瑞科、そんな事をしなくてもいいですよ」
「そうですよー。そんな事をしたら、瑞科先輩の新しい剣さんがかわいそうです」
 同僚と後輩は、瑞科に剣を納めさせた。
「でも、それでは……」
 しかし、瑞科は俯き、まだ納得していないようだった。すると、二人は優しく微笑んで、
「それに、瑞科との訓練はとても愉しかったですから。あんなに愉しい訓練は久しぶりでした。だから、私のスピアもきっと満足しています」
「そうですよ。私のメイスちゃんなんて、満足どころか瑞科先輩の剣に斬られたんだーって誇らしく思っているに違いありません!」
 二人の言葉に瑞科は顔を上げた。
「ありがとう、二人とも」
「礼なんていらないわよ。私たちは瑞科と訓練ができて楽しかったんだから。瑞科だってそうでしょ?」
「ええ、もちろん!」
 瑞科は力強く答えた。
「瑞科からそう言ってもらえただけで、私たちは大満足だよ」
「そうですよー。私も楽しかったし、瑞科先輩に喜んでもらえてうれしいです!」
 三人がようやくいつもの調子に戻ってきたところで、
「うん、三人の絆はさらに深くなったようですね」
 神父は満足げに頷き、
「さあ、三人とも、お風呂を用意してあるので、汗を流してくるといいですよ。その後は美味しい食事が待っています」
 笑顔を浮かべ、そう言った。
「わーい、お風呂にごちそうですー!」
 後輩は跳びはねて喜びを露わにし、我一番に、とお風呂へと駆け出した。
「ちょっと、私たち以外にも仕事をしている人たちがいるのですから、少し落ち着きなさい」
 その後を、ああ見えて面倒見のいい同僚が、慌てて追いかけた。
「お風呂と食事の御準備まで、誠にありがとうございます」
 瑞科は神父に頭を深く下げた。すると、神父は、
「二人の武器がもう寿命だったのには気付いていたのでしょう?」
 瑞科にそう問いかけた。瑞科はゆっくりと頭を上げ、
「はい、最初に打ち合った時に、気付きました。ですが、だからと言って武器たちに、あんな風に最期を迎えさせていい事にはならないですわよね。それに、あの二人が自分たちの武器の状態に気付いていなかった訳がありませんから」
 瑞科が静かにそう言うと、
「ですが、愛用しているものを手放すタイミングというのは、誰もが苦悩するものです。そして、それが武器となると、そのタイミングは生死に直結してきます。瑞科君の判断を、私は優しさであり、あの武器たちに対する素敵な花向けだったと思いますよ」
 神父は慈しみの籠った、優しい笑顔を浮かべていた。
「ありがとうございます」
 瑞科は静かに頭を下げ、二人の後を追いかけて、部屋を後にした。


「あの娘たちはまだまだ強くなるねー」
 シスターが三人の走り去っていった方へ視線を向け、言った。
「そうですね。あの娘たちはまだまだ強くなりますよ」
 神父も同じ方に視線を向け、答えた。
 二人は同じ、親鳥が小鳥を見守るような、愛おしいものを見る目をしていた。
「あ、それと神父様。のぞきは駄目ですよー」
「そ、そんな事、私はしませんよ」
 珍しく慌てた様子の神父を見て、
「へへへ、冗談だってー」
 満足げにシスターは歯を見せた。やれやれ、と神父は軽く頭を振り、歩き出した。その後をシスターも追う。二人は並んで、部屋を後にした。
 訓練場に残されたのは、真ん中から別たれたスピアとメイスだけ。しかし、その二振りの武器は決して離れることはないとでも言うように、互いに寄り添い、重なり合っていたのだった。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
影西軌南 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年01月16日

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