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『+ 新春・VS正月!〜にょろりはありますか〜 + 』
留意・−8631



「明けましてー」
「おめでとうー」
「「「ございまっすっ!!」」」


 声を揃えて皆が挨拶を交わす。
 そう皆が――新春には欠かせないお祝い事の品、達が。


「今年は俺、お雑煮と一緒になったんだ」
「餅兄、アンタと一緒になれてあたい幸せ……!」
「おみくじさーん、なんでまた『凶後大吉』なんて微妙なもんを出したんですかー」
「そりゃあ『運次第』っつーもんですよ、お年玉の姉さん。あ、またまたうまい事言った! 座布団一つおくんなましー」
「俺、今年は迷子にならずにあの人の元に行けるかな……無理だよな。雪で宛先滲んじゃったもんな……」
「年賀状さん、郵便屋さんに祈りましょう! あの人の元に届けと!」
「シュー!!」
「今年のゲストは蛇の旦那! さあ始めましょう、頑張りましょう」


 彼らはわいわいがやがやと祝いの席を楽しむ。
 お年玉の姉さんが大人には酒を、子供達にはオレンジジュースを配りながらほのぼのと会話を交わす――そんな正月。


 今から始まるのは双六。
 『双六』である彼はその身体を部屋いっぱいに広げ、参加者を模した駒はスタート地点に立った。
 代表者である鯛は上座に立ち、マイクをヒレで掴みこう叫ぶ。


「では只今より、双六大会を始めまーす! ルールは簡単! さいころを振って止まったマスの指令に従うだけ! 危険な香りのあるマスもあるから皆、死ぬなよ、食われるなよー!!」
「「「「おーッ!」」」」
「優勝者は蛇の旦那よりお年玉倍増というプレゼントがあるそうだからこころしてかかれ!」
「「「うぉおおおおお!!」」」


 かくして双六バトルは幕を開けた。



■■■■■



「蛇……!」
「ちょ、ちょっと英里。なんでお正月グッズに釘付けなんですか!?」
「え? いや、こいつら可愛いではないか。朱里だって可愛いものは愛でたいだろう?」
「言い分は分かりますけど、ずっと蛇グッズをなでるとかどうなんですか、もう! ほら早く席に座りますよ!」
「えええ! 私はもうちょっと蛇たちを愛で――」
「英里」
「……くっ、これが終わったら思う存分撫でまくって愛でよう」


 ゲストの大蛇と蛇グッズの傍から中々離れない黒地に赤の着物を着た少女――人形屋 英里(ひとかたや えいり)を引きはがし、強制的に席に座らせるのは常に彼女の傍に居る少年、鬼田 朱里(きだ しゅり)。
 英里に片思い中の彼は例え相手が大蛇かつ蛇グッズであろうと彼女の気を引くものは嫌という考えを持っており、複雑な表情で英里を席に座らせた。もちろん自分はちゃっかりその右隣を占領し、彼女の左隣には英里に召喚された狐がちょんっと座っている。その狐に至っては朱里がこっそり油揚げで買収し、彼女の近くに出来るだけ他人を近寄らせるなという『お願い』をしている。
 朱里は無意識に深い溜息を吐き出す。英里が無邪気に場を楽しむのはいい。だけどやっぱり『自分以外に夢中』になる彼女を見ると……ヤキモチが湧いてしまうのは否めない。


「きゃあ、寒いー!」
「身、身が固まる……!」
「餅兄しっかり、あたいがしっかりと暖め――あああ! あたいまで寒く……!」
「蛇の旦那しっかりして下せぇ」
「……シュー……」
「誰でっか、気温を下げたのは! 旦那が冬眠しかかってますがな!」


 急に室内に吹雪が吹き荒れ、正月の品々が騒ぎ始める。
 もちろん参加者達の中で軽装だった者も身を震わせ、周囲を見渡す。誰か扉でも開いたのだろうか、そう思っていたのだが――そこに居たのはロシア帽にケープとコート、それから手袋とブーツという完全防寒の少女であった。彼女は氷の女王を先祖に持つといわれている娘――アリア・ジェラーティ。
 彼女が現れた事により戸を開いてもいないというのに吹雪が吹き荒れ、そのせいで紙はにじみ、餅は固まり、魚は凍り、爬虫類は冬眠しそうになり……と場は大混乱。


「えっと、あけましておめでとうございます。アリア・ジェラーティと申します。この度は召喚ありがとうございました」


 しかしそんな少女が一言目に発した言葉は至極真っ当なもので、お正月商品の中でも動けるものだけはなんとかぺこりとお辞儀をしたり、ジェスチャーで挨拶を返したのであった。
 ただし、少女の足元から氷柱が生えている状況だけはぶるりと寒気を抱いて。


「きゃはははは! 防寒魔法かけちゃえ〜!」
「おおー!!」
「ちょっとー、ワインないのぉ〜? お神酒? なにそれ美味しい?」


 ケラケラと笑いながら持参したワイン片手に温度を中和する魔法を掛けてくれたのはレナ・スウォンプ。異世界の魔女である。この場所に現れた時からすっかり出来上がっていた彼女は和風のからくり人形に酒を注いでもらいながらただただ笑って一人盛り上がっている。そんな彼女だからこそ、双六の話が出た時も「すごろく〜? なにそれ〜? やるやるー!!」と、即答であった。
 魔法を掛けてくれた彼女に感謝の意を示し、接待は止まらない。
 いつの間にか彼女の周りには酒だけではなく、色とりどりの正月特有の食べ物が並べられ、レナは至福のときを過ごしていた。
 そんな彼女に寒さの原因を作ったアリアは近付き、そしてどこからかアイスキャンディーを取り出すとそれをレナに差し出しながら、小さく微笑み。


「デザートにアイス、いる?」


 と、声を掛けたとか。


「双六ね……昔は某レーシングゲームや某電鉄ゲームで友達と盛り上がったわね」


 懐かしむようにそう口にしたのは『魔眼』という石化能力の瞳を持つ少女、石神 アリス(いしがみ ありす)。
 最初こそ周囲の状況に戸惑いを覚えたがそこはそこ。慣れてしまうと普段のように人間の品定めタイムを開始する。彼女は魅力的、彼もきっと素敵な石像になりそう。もちろんお正月商品達も面白いけれど石にしてしまうとそこら辺の品物と変わらない……などと心の中では不穏な事を考えている。
 実際、双六への参加は楽しそうなので異論はないのだが、友人達と盛り上がったゲームを回想すれば彼女自身の性格を現すように妨害メインの物凄くいやらしいプレイだった事が思い出された。当然遊びといえど勝負事には本気であるべきだと思っているので彼女は反省していないし、するはずもない。


 さて、やがて温度が通常に戻り多くの正月商品や人々が動きを取り戻し始めた頃、部屋の隅で今まで寒さに震えていた五歳児程度の少年二人――ただし犬耳と尻尾付き――が騒ぎ出した。
 赤髪に金の目を持つのは兄、羅意(らい)。金髪に金の目を持つのは留意(るい)。どちらも神使(神のつかわしめ)と呼ばれる神の眷属である。


「何故神の眷属である我らがこのような双六遊びに付き合わねばならんのだ!」


 と、兄、羅意が怒れば。


「何故つきあわねばならんのだー!」


 と、弟、留意が兄の真似をして怒ったふりをする。
 二人とも子供用の水干服を着て怒ってはいるが、目の前に広げられた玩具に本当はうずうずしており、けれどそこは神の眷属としては……等と自制している。弟の留意に至っては兄が怒っているのだから、自分も参加するべきではないと判断しているだけでただの真似であることはその尻尾が楽しそうに揺れているところから見て取れた。
 そんな彼らを寒さから護っていたのは二人の少年。外見は十二、三歳程度の黒髪短髪で、鏡合わせのように左右の色が違う「案内人」と呼ばれる少年達――スガタとカガミであった。


「君達神の眷属と言っても今修行中じゃない」
「本来なら神社を護る狛犬のくせに力が足りないからって放り出されたくせに」
「むきー!」
「むぅー!!」
「だから僕としては別に正月くらいお休みを貰ったって良いと思うんだけどね」
「俺はこの双六大会興味有るけどな。絶対に面白い事起こるだろうし」
「そこはもう全力で任せて下さいまし!!」


 スガタとカガミが双六を覗き込めば、広がった彼――「双六」がひょきっと手を生やし、親指を立ててにやりと笑った。
 正月の小物達が意思を持って動き回るこの世界。
 いくら神の眷属であろうとも精神年齢は五歳児ほど。興味を惹かれないわけが無く……。


「そ、そこまで言うのなら仕方ない! しょ、正月くらいは遊びに付き合ってやらんこともない。うん」
「やったー♪」
「留意、お前まさか最初から参加したかったのか!?」
「え、あ、そ、そんなことないんだぞ!」
「ええい、尻尾をぱたぱたさせるのはやめい!」
「あに者だって尻尾ぶんぶんふってるー!」
「っ――!!」


 弟に指摘されれば、兄は顔を赤らめぷいっと顔を背ける。
 なんだかんだと素直になれなかったことを恥じ、視線を逸らしたのだがその先には元気を取り戻した大蛇と蛇グッズ達。自分の身長よりもでかい大蛇を見ると、実は蛇苦手な兄弟はぶわっと涙を吹き出しそれから傍に居た案内人へとぴゃっと抱きついた。
 兄はカガミへ、弟はスガタへ。
 それはもう同時にしがみ付いてきた兄弟を抱きしめ、優しくあやすのがスガタ。首根っこを捉まえてにやにやと笑うのがカガミで。


「へー、蛇苦手なんだ、お前」
「は、離せー! 怖くなんかな、なぃ……」
「カガミ、羅意さん涙零しまくってるから」
「うわぁーん、怖いぃぃぃー!」
「弟の方は素直に怖がってるのにな」
「こ、怖くなんかないんだからなー! それよりも案内人! 折角なのだ、案内せい!」
「そこで偉ぶられた場合、俺としてはこう、大蛇の前に吊るしてやりたくな――」
「やめぇえぇぇぇえいいい!!」


 本気で大蛇に飲み込まれると危険を感じた羅意はひしっとカガミにしがみ付き、回避をしようとする。そんな兄を見ながら、弟もまた兄を真似しスガタに対してツンっとした表情で顔を背け両手を付いて離れようと試みるけれど。


「怖いなら抱っこしててあげますよ?」


 この言葉に逆らえるはずもなく、結局留意はスガタの腕に納まったまま双六の前へと行く事となった。



■■■■■



「さて、双六のマスについて説明しまーす!」
「「おおお!」」
「今回は全員に配った紙に指令を書いて頂きまして、それをランダムで置く形を取らせて頂いております。つーまーりー」
「「つーまーりー?」」
「自分で自分の首をきゅっと絞めても責任取れません」
「「「鯛の野郎、きりっとした顔で言いやがった!!」」」
「というわけで、そろそろ皆さん書き終えたと思いますのでシャッフルタイーム!! しゃかしゃかしゃか」


 からくり人形達が参加者に配った紙を一枚一枚丁寧に集め、そして代表者である鯛に渡し、紙を掻きまぜる。それを更に双六さんに渡し、彼は「合点承知!」と一言発するとマス命令が書かれたそれらを決して参加者には分からないよう裏側にしたまま低空飛行でマスの上へと並べた。
 その職人技とも言える素早さに皆両手を叩き合わせて喜ぶ。
 双六さんはそれはもう男前のイイ笑顔を浮かべたものだから、周囲の正月商品達(女性限定)は「きゃー!」と黄色い声を上げた。


「基本的に我々正月チームVS正月を祝い隊のグループ戦となります。もちろん駒自体は個人所有ではありますが、より早く、より多く先にゴールした方が勝ちとなります!」
「「おおおー!!」」
「相手の妨害にも負けず、運を味方に付けたもの勝ちということですね。さぁ、折角ですから大蛇の旦那からサイコロを投げて頂きましょう」
「シュー……」


 今年の干支である蛇がその尻尾を使い、サイコロを包むようにくるむと次いで勢いを付けて双六の上に一投する。それはコロコロと軽い音を立てながら転がり、やがて「六」を示した。
 周囲から早速の高い出目に拍手が送られる。だが双六に置いては必ずしも高い出目が良いマスだとは限らないのだ。
 やがてひっくり返されるマス。皆ごくりと唾を飲み込みながらそのマスに書かれている命令を読んだ。そこには――。


『空を飛べ』


 その瞬間、大蛇がとぐろを巻いていた場所が急にトランポリン仕様となり、賓客である大蛇と蛇グッズの皆は綺麗に空へを舞い上がったという。


「散らばる蛇ぐっず……一つくらい持って帰ってもばれない気がする」
「英里! 次は貴方の番ですよ!」
「なんでそんなに怒っているのだ」
「私だって英里がそんなに蛇グッズに執着する訳が知りたいところです」


 次は『正月を祝い隊』の番だと言う事で朱里は英里にサイコロを握らせる。彼女は大蛇と蛇グッズが必死に元の席へと戻ってくる様子を和やかに見守りながらそっと握らされたばかりのそれを振った。
 結果は「一」。駒が一つ進められ、改めてオープンされたそこに書かれていたのは――『お雑煮を十人分食え』であった。


「じゅ、十人!?」
「じゃあ、お雑煮であるあたいの出番だね。さあ、さあ、頑張って食いきっておくんなまし!」
「むぅ。食べるのは頑張れるが……これは着物ではちょっと厳しいな。……格好を崩すか」
「英里! はしたないです!」
「しかし動きにくいし、このままでは着物を汚す方が可能性として高い。それは困った問題になるだろう」
「そ、それはそうですが……」
「では、遠慮なく」


 雑煮の姐さんがずずいっと英里の前に寄り、箸も用意されたとなれば食べるしかない。
 椀は一つだが、此処は正月の場。きっと一杯食べつくせば次の椀が出てくるのだろうと英里は思いながら襷をあげ、着崩しをしようと試みる。しかしそれは折角着飾った英里を見て幸せになっていた朱里にとっては止めたくて仕方が無い行為である。結果としては汚れ問題の方が重要と考え、朱里は口を出せなくなってしまう。
 隣で黙々とお雑煮を必死に食べる英里。その正面では次の正月商品もとい年賀状がサイコロを振ったところで、「二」という数字を出した彼は『自分が一番格好いい、もしくは可愛いと思うキメ顔を披露』という困難にぶつかっていた。
 年賀状のキメ顔。……そもそも顔なんてあるのかという突っ込みはさておき、彼は必死にポーズを決める。ちなみにこのマス命令を書いた張本人といえば――。


「キャハハハ! 素敵! でももっと歯を見せて!」
「歯なんて年賀状にあるとお思いで!?」
「じゃあもっとくねっとしたポーズとか!」
「宛名が滲んじゃった俺になんて酷な指令!!」
「あ、そんなに泣くとまた滲むんじゃなぁい〜? キャハハハハ!!」
「ああああ! 本当だ! これではあの人の元に辿り着けないじゃないですかー!」
「ええー、あたしのせいじゃなぁーい」


 すっかり酒によってテンションが高いレナであった。
 彼女は無茶ぶりを年賀状に振りつつ、それはもう場を楽しんでいる。続いてこちらの番となり、朱里がサイコロを投げる。その出目は「四」。駒を進めた先の命令はというと――。


「『一発芸』……ですか」
「おお、それは我が書いたものであるよ。頑張って披露するよろし」


 盃がそれはもう楽しげに声を掛け、命令に従う朱里を待つ。
 彼は暫し何を披露すべきか考える。だがやがてピンッと何かを思い立つと持っていた音楽プレイヤーを作動させ、直接本体から音楽を流せるようセットした。そして流した音楽はボーカルオフにしたととあるアイドルグループがアルバムにて発表した新曲で。


「おや」


 伸び響く歌声は室内を満たし、人々と正月の品々の心を奪う。
 何杯目かに手をつけていた英里自身も腕を止め、顔を持ち上げてその歌声へを耳を傾けた。それはアイドルグループ「Mist」の癒し担当、アッシュのソロ曲。最近発売されたアルバムの中で唯一彼が持ち曲として歌っているものだ。他にもメンバー一人一人がソロ曲を持っているが彼がその曲を選曲したのには訳がある。――周囲には隠してはいるが朱里こそがそのアッシュ、その人だからだ。だからこそなんの違和感もなくその曲を歌い上げ、皆の注目を集めていく。


「あら、これ有線で流れていましたわね。たしか音楽番組でも紹介されていましたわ」
「私も知ってる。朱里ちゃん、やっぱりあのアイドルグループの――」
「――アリアさん、アリスさん。それは違いますよ。私、このアッシュさんの物真似は人一倍上手なんです」


 疑いを持ちかけた少女二人に対して歌を止め、朱里が素早く否定の言葉を掛ける。
 『物真似』という言葉に納得したかどうかは不明だが、朱里があまりにもにこにこといい笑顔でそれ以上の言及を許さないものだから彼女達は互いに顔を見つめあい、口を閉ざす事にした。
 その流れを見ていた英里は「隠れも大変だ」と思いつつ、本日六杯目の雑煮に箸を付けた。


 さてその後、またしても同じ『一発芸』のマスに止まってしまったおみくじが、必死に皆に対して「今年の運勢は云々かんぬん」と薀蓄を解き始める。しかしそれを真面目に聞くものは――あまり居なかった。


「では我が振るぞ!」
「あに者がんばれー」
「うむ。それでは……ていっ!!」
「あ、『四』」
「わ、我まで一発芸、だと!?」
「あに者ふぁいとー!」
「む、むむむ。よぉし、ここは神の眷属として素晴らしいものを披露してやろうではないか。皆、我を見るといいのだ!」


 小さな子供が犬耳と尻尾を生やした姿にしか見えない羅意だが、ふんっと胸を張りながら息を吸う。そして次の瞬間、ぼふんっと煙と共に変化の音を立てたかと思うと彼は――。


「おおー、あに者のおおかみすがたである! みなのもの、あに者をたたえろ!」
『我は羅意、皆崇めよ』
「あに者かっこいいー!」


 紅い炎を纏った二メートル級の大型狼へと変化した羅意に弟の留意がきゃっきゃっと楽しげに両手をたたき合わせて喜ぶ。これには「ほへー」っと正月の品々も彼を見上げ、中には神格に触れたことにより平伏するものも出てきた。
 子供姿では貫禄もなにもあったものではなかったが、本来の姿である獣形態を見せ付ければ羅意が神の眷属であるという事は一目瞭然であった。それでつい「凄い」と口に出した正月商品に触発され、気を良くした羅意はその獣の口から勢い良く火を吐き出し周囲を炙る。
 餅が「あちちちち! 膨らむ膨らむ!!」と叫び、「餅兄! そのまま雑煮であるあたいの中に飛び込んできて! 丁度娘さんがおかわりするところなの!」と雑煮が呼びかけるところはちょっとした漫才のようであった。


 さて、そんな風にしてはいても遊戯は続く。
 正月チームが終われば今度は留意へとサイコロが回ってきて、彼もまたそれを振った、が――。


「留意ー!! お前どうしてスガタに抱かれたままごろごろしておるのだ!! 神の眷属としての威厳はどーした!」
「だ、だってマス命令が『誰かにだっこされて一回休み』だから……」
「くっ、マス命令め……こんな風に弟を腑抜けにするとは……!!」
「それに、なでなでされるとやっぱり気持ちいいんだも〜ん」
「お前マス命令に従っておるのか、それとも自分がスガタに甘えたがっているのかどっちだ」
「ぎく……!」
「留意〜……今図星をついたような音が聞こえたぞ」
「そ、そんなことないもん! スガタに抱っこされてごろごろするのは命令だもん!」
「えええええいいい!! 納得できーん!」


 なんだかんだと言い争いあう兄弟達。
 先程は大型の獣姿を見せた羅意だったが、今はまた少年姿に戻っており、カガミに「落ち着け」と頭を撫でられつつ更に腰をホールドされながら膝の上に乗せられている始末。
 一部の者はまるで保育園のような風景だと思っただなんて、そんなそんな。


 さて順調に正月チームと正月を祝い隊チームとで交互に駒を進めていく。


「『次の番まで巫女になって踊れ』……私、踊るの?」


 ふとアリアが自分に当たったマス命令を読み上げ首をくっと傾ける。
 その愛らしい動作に正月の品々の中でも男と思われる面々がほんの少しでれっとしつつ、こくこくと頷いた。更に彼女がマス命令を読み上げたところでぽふんっと音が鳴り、双六の上にはきっちりと畳まれた巫女服が乗せられていた。


「……なぜ、巫女?」
「まあ、アリアさんにはお似合いの服ですわね」
「アリスちゃん、本当にそう思う?」
「ええ、着替えてみてくださいな。絶対に可愛らしい巫女さんになれますわ」
「え、ミコ? ミコってなになにー。あたしも見たいー!」


 マス命令に目を輝かせたのは正月の品々だけではない。
 可愛らしい少女――正しく言うと見目麗しい人物の石像――を好むアリスもまたアリアの巫女姿を心待ちにする。レナに至っては異文化の服装と言う事で食いつき、アリアが着替えるのを楽しみにしていた。
 そんな風に持ち上げられれば当然アリアも悪い気はせず、自分の周囲を一瞬で冷やし即席の更衣室を作り上げる。冷気が走った瞬間、正月商品達が「ひぃぃぃ!!」と恐怖に怯えたのは――まあ、置いておいて。
 やがてその中に彼女は入り、意外と慣れた手付きで巫女服を身に纏って出てくると感嘆の声が上がった。御祓い棒を手に持った少女の姿はやはり愛らしく、アリスもレナも目元を細めてうっとりと表情を緩める。だが、アリスの場合は石像の対象であった事は言うまでもない。
 彼女は次の自分の番が来るまでくるくると舞い、冷気を振りまく。
 舞い自体は美しく優美なものであるというのに、寒さだけが辛く、正月商品達がレナに泣きついた。魔女である彼女は酒が入ってノリノリ状態である為、にっこりと笑って惜しげもなく魔法を使う。
 「寒さに弱いなーんて駄目ねぇ、キャハハハハ!」、なんて笑いながら突っ込まれても寒さに弱いものは弱いのだ。


 サイコロは振り続けられ、マス命令に従う数も増える。
 他愛の無いマスに止まってほっとする者もいれば、食物にとっては危険な香りがするマスに止まって「げっ」と声を漏らしてしまう者もいて大変賑やかだ。


「あら、わたくしのマスは一位の方を妨害するマスですわね」
「おや、アリスさんのマスは一体何――おおっと出たぁああ!! 『一位の者と交代し、かつ好きな命令を下せる』マスだぁあ!!」
「好きな命令……」
「今一位なのは――おっと、これは意外にも我らがヒーロー、レナ・スウォンプ!!」
「ちょっとーヒロインじゃないのぉ〜?」
「まあ、素敵な女性が一位だったのですね。では駒をまず交代させて頂きまして……」


 言いつつアリスは自分とレナの駒を入れ替える。
 その後暫しの間顎に手を当て考え込む素振りをするも、彼女が美しい女性を目の前にしてする事など決まっているも同然で。


「レナさん」
「きゃははは、なぁにぃ〜?」
「折角ですから次の貴方の番まで愛らしい石像になっていて下さい」
「え? えええ!?」


 アリスが魔眼を利用し、レナを正面から見つめる。
 それをなんの防御魔法も障壁も張らぬまま見つめてしまったものだからレナは抵抗する事も出来ぬまま、その身体を灰色へと変え、見事な石像へと姿を変えてしまった。
 酔っていた事もあり、隙がありまくりだった彼女はそれはもう満面の笑みを浮かべた石像になり、アリスはそれはもう心からイイ笑顔を浮かべ。


「これぐらい華が無ければ面白くないですわ」


 うっとりと美女の石像を見つめる彼女の目と言葉にその場にいた殆どの者が己の背に寒気が走らせた。


 時間が刻々と刻み進めばその分楽しいマスに当たり、時にその者にとって最悪なマスにも当たる。
 ちなみに正月の品々が一番同情したモノの命令は『次の番まで温泉に入れ』。
 これだけ聞けばなんだか羨ましいとも思える。冬と言う季節でもあるし、身体を温めたいという気持ちは皆一緒。そう、大抵のものならばそれは幸せなマスだった。


「年賀状はん……」
「う、う、う……俺もう、あの人のところに行けない」
「うん、うん。今度は墨じゃなくて耐水性か油性のペンで宛先を書いてもらいましょ」
「……私、意地悪なマスに、しちゃった?」
「いや、年賀状でなければ問題なかったはずだ」
「英里に同意です。私もアリアさんの指令マスは普通の人ならば至福だったと思いますよ。普通の人だったら」
「わたくしとしては年賀状よりメールの方が最近は挨拶としては速いので便利なのですけどね」
「お、俺の年賀状としてのアイデンティティーが……!!」
「いいないいな、我も風呂に入りたいぞ!」
「われもあに者とどういじゃ! はいりたいぞー!」
「……えっと、お風呂に入りながら食べるアイスも美味しいの。……アリアお手製のアイス、いる?」


 突如現れた一人用の温泉を囲み、てんやわんや。
 年賀状がそれもう暗雲を背負いながら次の番まで入った頃にはすっかりあて先は溶けて流れ、「もう、俺、あの人のところに届かない……」と打ちひしがれている様子を皆で同情の眼差しで見つめた。


「うっぷ。流石に十人分の雑煮はきつかった……帯を解きたい」
「英里」
「分かってる。そんな事はしない。……しかし苦しいのは何とかしたいところだ。次のマスで何か都合の良いものが出る事を期待しよう」


 口元をそっと手先で押さえつつ英里は久しぶりに回ってきたような気がするサイコロを手にしてころんっと転がす。
 出目に従い、駒を進めればそこには伏せられたマスに当たり彼女はそれをそっと捲った。


『敵チームの代表者と丁半で運試し。勝ったら六マス進み、負けたら六マス戻る。どちらの場合も新しくマス命令をきけ』


「おや、これは私が書いたマスではないか」
「英里が書いたものですか。……ふむ、丁半って皆さん分かります?」
「「「「 当然 」」」」
「まあ、お正月の品々の方はそうでしょうね。他の方は?」
「わたくしはあまり詳しくありませんね。サイコロを使ったギャンブルだとは聞いていますが」
「――ぷはっ! やっと石化が解けたわよぉ! あ、あたしも知らな〜い!」
「私も知らない」
「レナさんとアリスさん、それにアリアさんは知らないと。そちらの小さな方々は」
「我は羅意だ! 小さいっていうな!」
「われはるいだ! 小さくなんてないもん!」
「――そちらの神の眷属様方は丁半を知っておられますか?」
「知っておるわ!」
「知ってるんだからな!」
「では知らない方に対して改めてご説明を。英里、私がしてもいいですよね?」
「ん? ああ、私は準備をしてるから朱里に任せた」


 俄然やる気を出している英里は襷を持ち上げ、「ツボ」と呼ばれる手でもてる程度の大きさの篭を正月商品の方々からお借りし、更に双六の予備として用意されていたもう一つのサイコロを受け取る。
 彼女がツボを振る役目――「ツボ振り」を努めるのは間違いな気がしたが、準備の間は好きなようにさせておく。


「まずは英里が一連の流れをやってください。それに沿って説明をします」
「承知した」
「このように小さな器の様な籠の中にサイコロを二つ入れます。そしてそれを床に押し当てながら勢い良く振り、サイコロの出目を隠しつつシャッフル致します」
「しゃっふる……ああ、かきまぜる、か」
「そして、ツボを振るのを止めた時その二つのサイコロの出目の合計が偶数か奇数かを当ててもらいます。偶数なら「丁」、奇数ならば「半」。これが丁半の簡単なルールです」
「今はなんだと思う?」


 にやり、と英里が挑戦的に笑む。
 それに触発された人々と正月の品々は皆一様に「丁!」「半!」と叫んだ。きりの良いところで英里はツボを開き、結果は「四−二」……つまり「丁(偶数)」である事を見せる。当たった者は無邪気にはしゃぎ、外れた者もルールが分かって「なるほど」と呟いていた。


「わ、我も今、絶対に丁だと思ったのだ!」
「われもー!」
「お前ら声を揃えて『半』って叫んでただろうが」
「叫んでたね。自信たっぷりと」
「口が勝手に喋っただけだ、我に責任はない!」
「ないのだ!」
「――この口はそんなに軽々しく責任転嫁をするのか」
「いひゃいいひゃい、かがみいひゃいー!」
「あに者のほっぺたがびろーんっと伸びてる……!」
「まあ、あれはカガミのスキンシップだから気にしなくていいよ」


 そんな神の眷属と案内人達のスキンシップ?を長閑に眺めつつ、英里は正月チームから代表者を求める。
 自分と勝負をするのは誰だと、それはもう気合の入れようが今までと違っていた。正月チームは気圧されかけるが、負けじと彼女の前に姿を現すものが一人――否、一匹。


「大蛇の旦那!!」
「と、蛇グッズはん達や!!」
「――シュー……!」


 文句なし、というか文句の付けようもなく正月チームの代表は大蛇とお付の蛇グッズに決定し、英里の目はついキランッと捕食者のように輝いた。朱里は己の頭が痛むのが止められない。これが終わったら絶対に英里を蛇から引きはがそう――そう心に決めながらツボ振りの役割を彼は受けた。
 サイコロがツボの中へと入れられ、朱里が手早く床に置いて円を描くように回し始める。カラカラとツボの中でサイコロが振られる音だけが響いた。
 そして訪れる勝負の時――。


「私は半だ」
「シュー……」
「旦那の言葉を訳させて頂きますと、『ならば我は丁だ』だそうです」
「決定ですね。では開きますよ」


 一発勝負の真剣勝負。
 正月らしく見合った二人――正しくは一人と数匹――は出てきたサイコロの出目をじっと睨む。そして勝利に笑ったのは。


「くっ!」
「シュー……!」
「えー、訳させて頂きますととてもシリアスに『我の勝ちだ』だそうです」


 がくりと敗者らしく項垂れる英里。
 そして勝者である大蛇は悠々と己のコマを口先ではさみ、六コマ進める。対して英里もしぶしぶと己の駒を六マス戻した。そして更に伏せられているマス命令をオープンする。


「『ジェットコースター並にスタート地点まで戻る』だと!?」
「英里、大分進んでたのに」
「誰がこんな鬼畜なマスを置いたのだ!」
「あ、我だ。何か問題あるか?」
「えっと、羅意とか言ったな。お前か!」
「我は遊びにも全力なのだ。何か文句あるか!」


 英里が赤毛の小さな神の眷属を見つめ、ぎりぎりと歯軋りしつつ自分の駒をスタート地点まで戻す。
 だがそれとほぼ同時に宴会場に響き渡る「ゴンッ!!」という激しい打撃音。皆一様にその物音の原因へと視線を向け、そして目を見開いた。


「蛇の旦那!?」
「何故、何故そないな姿になって――! 誰や、マス命令に『おとしだま』なんて平仮名で書いたんは!」


 そこにはとぐろを掻いたまま大きな玉に押しつぶされている大蛇の姿があり、正月チームの面々はさめざめとゲストである大蛇が目を回している姿に涙をはらはらと零した。
 だがそんなシリアスムードを読まず、ぴょこっと上がったのはとても小さな手で。


「それはわれなのである。おとしだまいっぱいもらえるかと思ったのだが、なぜ玉がおちてきたのかさっぱりなんだぞ!」
「――もしかして平仮名だったからお年玉じゃなくて」
「『落とし玉』、になったのか」
「良くやったのだ、留意!」


 留意が主張した事を更に説明するようにスガタとカガミが呆れたように言葉を続けた。
 狛犬兄弟はゲストの大蛇が気絶した事をきゃっきゃっと喜ぶ。「無邪気って怖いなぁ」と呟いたのは誰だったか。
 そんな状態でもレナだけは酒を煽りながらそれはもう心地よくケラケラと笑っていた。



■■■■■



「お菓子を貰ったぞ」
「もらったぞ!」
「良かったですね」
「お前ら完全にガキ扱いじゃねーか」


 英里が愛用のトランクから取り出してきたのは保存の効くお菓子。
 「げぃむには菓子と同居人が言っていたのでな」と彼女は勝敗が決まった後正月チームにも味方にもお菓子を配っていた。
 貰った狛犬兄弟はきらきらとそのお菓子を両手で掴みながら満面の笑みを浮かべ、そして早速袋を開いて食べ始める。羅意はカガミの膝の上、留意はスガタの膝の上で、だ。
 すっかり「神の眷属の威厳」とやらを無くしている事に彼らは気付かず、ただの子供のように「おいしい」とひたすら喜びながら貰ったばかりのそれを頬張った。


「結局引き分けか」
「良いんじゃない? どっちも楽しめたなら良い事でしょ」
「お年玉倍増なしか」
「カガミ、もしかして貰う気だったの?」
「基本的に貰えるもんは貰う主義」


 羅意の赤毛を撫でながらカガミはスガタににぃっと口端を持ち上げて笑う。その悪戯っ子の様な笑みを見つめてスガタはやれやれと肩を竦めた。
 何はともかく、今年もまた始まったばかり。


 新年明けましておめでとうございます。


 この言葉を今はしみじみと噛み締めながら羅意と留意から口に押し付けられる菓子を二人はぱくりと食べた。










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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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ソーン
【3428 / レナ・スウォンプ / 女性 / 20歳(実年齢20歳) / 異界職 / 異界人】


東京怪談
【7348 / 石神・アリス (いしがみ・ありす) / 女 / 15歳 / 学生(裏社会の商人)】
【8537 / アリア・ジェラーティ / 女 / 13歳 / アイス屋さん】
【8583 / 人形屋・英里 (ひとかたや・えいり) / 女 / 990歳 / 人形師】
【8596 / 鬼田・朱里 (きだ・しゅり) / 男 / 990歳 / 人形師手伝い・アイドル】
【8630 / 羅意(らい) / 男 / 5歳 / 神使】
【8631 / 留意(るい) / 男 / 5歳 / 神使】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、N.Y.E新春のドリームノベルの参加有難う御座いました!
 今回は体調不調によりいつもよりちょっとだけ納品が遅れ、いつものスピードを期待して下さった方は申し訳ありません!

 「やってみたいマス命令」ですが、当方の発注へのお願いの書き方が悪かったらしく「PCが仕掛けるもの」と思った方が数名いらっしゃいましたので急遽全員がマス命令を書くという内容に変更させて頂きました。

 多くのマス命令案を有難う御座いました。
 そして話の流れ上、反映出来なかった分に関しても個人的に楽しませて頂きました^^

 今回のEDは三種御座います。
 個別にコメントを残す事が出来ませんが、どうかそれらのお話もちょこっと覗いてもらえたら嬉しく思います。
 では失礼致します。
N.Y.E新春のドリームノベル -
蒼木裕 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年01月24日

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