▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『雪花 』
アリア・ジェラーティ8537)&ふじひめ(NPC5051)

 一日目。
 見つけた場所は古びた神社だった。さして珍しいものでもないし、賑わっている風もない。冬の最中の平日昼間、小春日和の日差しが静まり返る境内を照らしている。アリアはその独特の青い髪に乗せたロシア風の温かそうな帽子を押さえ、右を見、左を見、正面に向き直った。
 神社だ。何の変哲もない。ただアリアが何度か辺りを見渡したのは、物珍しい、という気持ちもあったのだが、それとは別に酷く曖昧に「何かが居る」ような奇妙な気配を感じたせいでもあった。神域であればそれは珍しいことではないのかもしれないが、それにしても雑多な気配が漂っている。
 花とも木とも、あるいは青臭い、草の匂いともつかない。
 例え難い「におい」に、しかしアリアはすぐ詮索を取りやめた。
 目の前には本殿があり、鈴があり、賽銭箱がある。神社でやるべきことといえば一つだろう。
(お参り…しておこうかな)
 どんな神様が棲んでいる神社かは分からないが、ご利益があれば儲けものだ。それくらいのアイディアではあるが、アリアは手袋に覆われた手でごそごそとコートのポケットをまさぐった。――しばらくそうして右と左のポケットを探っていたが、どうやらちょうど良さそうな小銭を見つけられなかったらしい。が、少しだけ思案した後、小さな歩幅でちょこちょこと賽銭箱へ近づいていく。
 吊り下げられた紅白の紐を揺らすと、誰も居ない境内に、からん、と鈴の乾いた音が響く。
 そうやって参拝の準備を整えたアリアが、賽銭箱の前で取り出したのはビニル袋で包装済みのアイスであった。それを3本。そっと賽銭箱の上に置き、満足げにうん、と頷いてから、拍手を二度。

 ――その日は、それだけでアリアは境内を後にした。



 二日目。
 何となしに再び、アリアは小さな神社を訪れていた。特に面白かった、というのでもないが、珍しいものを見つけた、という気持ちはあったかもしれない。その日も賽銭箱の前に、今日は包装済みのアイスをひとつだけ奉納しておく。拍手も早々に済ませて、アリアがその日駆け寄ったのは絵馬の奉納台だ。決して多い、とは言えずともそれなりには絵馬が並んでいる一角では、冬の寒風に木製の絵馬がからからと音をたてていた。
 ぶら下がった絵馬を眺めると無しにしばらく眺め、やがてアリアは絵馬をひとつ手に取る。手袋をはめた手で器用に備え付けのマジックペンのキャップを外し、迷うことなくさらさらと一言。

『商売繁盛』

「…これで…よし」
 小さく呟いて、見栄えの良さそうな場所を陣取ることにする。ぶら下げた絵馬の出来を眺めてひとつ頷き、アリアはくるりと踵を返した。鳥居をくぐり、帰ろうとしたのだが、何故だろうか。奇妙な視線を感じたような気がして、振り返る。
 首を傾げた後、アリアが目を留めたのは桜の若木だった。境内には桜が幾らか植えられていて、そのうちの一本から――突き刺さるような視線を感じる。
 冷たさは感じるが、決して悪い気配ではない。アリアはそっと、その若木に手を触れた。――そういえば神社の境内で時折鼻先を掠める人ならぬモノの気配は、この桜の若木のにおいにもどこか似ている。
「…だれ?」
 問いかけには応えは無かった。ただ、境内を冷たい風が吹き抜けていくばかりだ。アリアはその冷たさにも身を竦ませもせず――コートにケープ、手袋にブーツという防寒完全武装ゆえだったのかもしれないが――、ただじっと桜の若木の枝のひとつを見上げ続ける。
 どれくらいそうしていたのか。沈黙を破ったのは結局他の誰でもない、アリア自身だった。ふぁ、とひとつ欠伸をして、彼女は心の底からの本音を口に出す。
「…飽きちゃった」
 誰かに聞かせる意図があった訳ではない、のだが。樹上から、嘆息とも、愚痴ともつかない微かな音が聞こえたように思う。アリアの独白への反応なのかどうかはいまいち確証が取れず、一度首を傾いだ後、アリアはふとした気紛れと思いつきだけで、若木にそっと手を触れた。

 ――冷たい空から氷の粒が集まる。冬の日差しを浴びて、雪と呼ぶにはあまりに明確な姿を得たそれらは、桜の若木に一度びっしりと集まると、即座にアリアの声なき意思を受けて形を変えた。繋がり、千切れ、散らばり、広がる。
 イメージは一瞬。氷の造形も一瞬だ。
 アリアが瞬きをする間に、桜の若木には満開の花が咲いた。ただし、全て冬の日差しを受けてキラキラ輝く氷の花だ。

「…うん」
 自らの造形に満足した様子でひとつ、頷いて。
 彼女は改めて踵を返し、鳥居をくぐって去って行った。




 そして、三日目。
 アリアは三度、神社を訪れていた。勿論、単なる気紛れによるところも大きいが、昨日感じた視線が気になったことがひとつ。そしてそれとは別に、通りがかりにどうにも気になるものを見てしまったことも理由ではあった。
 昨日、桜の若木に彼女が咲かせた氷の花は、一瞬の気紛れから形作ったものである。アリアの「力」を得ていない限り、それはただの氷に過ぎず――つまり、今日の様な小春日和の、冬の最中にしては暖かな日和であれば、疾うに溶けていてもおかしくないのだが。
「咲いてる」
 昨日の氷の花はそのまま。
 日差しの中、まるで何事もなかったかのように当たり前のように、きらきらと輝いていた。
 鳥居をくぐってその事実に気付いたアリアは小首を傾げる。そこへ、
「――お前」
 背後からだった。突然声をかけられ、アリアはくるりと振り返る。――人ならざるものをそれと感知できる彼女には、振り返る前から薄々察しがついていた。多分「これ」は、人ではない何かだ。
 はたして振り返ったそこに居たのは、とりあえず、見目だけであれば和装の女だった。ただし顔は長い黒髪と手にした扇子で隠されて見えず、玉砂利の上に覗く足元はこの寒い中、素足である。
「この氷の花を咲かせたのは、お前でしょう。言い逃れなんて出来なくてよ。わたくし、昨日この目で見ていたのですからね」
「昨日、見てたの、あなた?」
「そうよ。お前ときたら、こちらが見えているのかと思ったら、突然こんなものを咲かせてさっさと帰ってしまうのだもの」
 こんなもの、と言いながら彼女が手にした扇子で桜の若木を指し示す。が、決して怒っている訳ではなさそうで、その証拠に扇子で隠した口元から、隠しきれない笑みが零れていた。
「わたくしはふじひめ。このしがない神社の祭神よ。お前は?」
「アリア。…アリア・ジェラーティ」
 アリア、でいいよ、と告げると、眼前の女は尊大に頷いた。当たり前だ、とでも言いたげである。が、ふんぞり返っている眼前の女――ふじひめ、と名乗ったどうやら「神様」らしい相手にもアリアは眠たそうな目を向けただけで、彼女は若木を指差し、ずっと気になっていたことを口にした。
「…何で、氷…私、何もしてないから、溶けると思ったのに」
「あら。綺麗だと思ったから保存しておいたのよ。…さすがに兄様がお目覚めになる頃には溶かしておかないと不味いでしょうけれど」
 綺麗だ、と言われれば。まぁ、悪い気はしない。ただ、片手を腰に手を当て、ふじひめは今度は少しばかり苦笑したようだった。
「…ただ、賽銭箱にアイスを入れるのはやめてやって頂戴。ウチの神主見習い達が困惑していたわ」
「美味しくなかった…?」
 問いを返すと、ふじひめは一拍間を置いてから――ころころと、笑い出した。
「とんでもない。わたくしは頂いていないけれど、ウチの人間どもは散々困惑した癖にしっかり食べて、『美味しい』って言い合っていてよ。ただ、そうねぇ、今度は直に売りつけておやりなさいな」
 神様が直々にそう言うのなら、それでいいのだろう、多分。アリアは微かに笑みを浮かべて頷いた。
「そうする」
 そうなさいな、と素っ気なくふじひめは頷いて、それから踵を返して去って行こうとする。慌てて、アリアはその背に声をかけた。
「あ、待って」
「…何かしら」
「これ」
 ――差し出したのは、包装もされていないむき出しのアイスキャンディである。不思議そうにふじひめが首を傾げる。
「……? 何かしら」
「食べてない、って言ってたから」
「ああ、別にわたくしは食べたい訳では――」
「食べないの…?」
 途端にアリアの表情に僅かに暗い色が差したのに気が付いたのだろう。ああ、と小さく嘆息して、ふじひめは首を横に振った。
「…わたくし、人間の食べ物には左程興味が無いのだけれど。それが奉納だと言うのならば、食べて差し上げてよ」
 ――何とも、とことん上から目線である。おまけに彼女は、アイスキャンディを受け取ってから少し思案して、一言。
「……兄様の分も頂けるかしら」
 この神様、割と図々しいらしい。

 美味しい? と問いかけると、高飛車な女神様は「まぁまぁね」と満足そうに頷いた。綺麗に全部食べ終えてからの発言であるから、言葉の方はあまり説得力が無い。おまけに続けて、
「他にもあれば奉納していくとよくてよ。商売繁盛の保証をしてあげる」
「…ほんと?」
「町内限定でね」
 付け加えられた一言に、アリアが微妙な表情を浮かべる。
「限定、なんだ」
「町の外には力が届かないのよ。わたくし、この町の神なんですもの」
 そういうものなのだ、と告げられれば、アリアもそういうものかと納得するより他にない。が、そう言いつつも、無口ながらアリアがしょげ返っているのは一目瞭然で、ふじひめはふむ、と一度思案してから扇子をぱたりと閉じた。
「…お前がわたくしを楽しませてくれれば、そうね。…町の外の稲荷に口を効いて、もう少し広範囲の加護を与えても、良くってよ」
「楽しい、こと? …ふじひめちゃん、は」
 ――「ちゃん」? いえ、いいけど。一瞬、彼女が不服そうに呟いた気がしたがアリアは深く気にしない。
「何が楽しいと思うの…?」
「そうね」
 扇子を再びぱちり、と開いて、顔を隠しながら彼女は顔を仰向ける。
 今日は小春日和、冬の最中ではあるが降り注ぐ日差しは温かくて、柔らかだ。
「ふふふ、例えば、こんな日に雪を降らせてみたり、ちょっとくらい町の連中を困らせるのは楽しそうね。色々氷漬けにしてみたり――なんて、無理に決まっているわよね」
「そう? そんなことで、いいの?」
「……え?」
「いいよ、ちょっと待ってて」
 商売繁盛の神様であるお稲荷さんへの口利きが約束、とあって。存外にアリアは張り切ってしまったものらしい。途端空が薄暗くなり、空気がぴんと張りつめ始める。ふじひめは一瞬呆気にとられた様子でその姿を見守っていたが、いよいよ本当に空から白いものが舞い始めると。
 ――心底可笑しそうに、笑い出した。
「参った、参ったわ。わたくし、冗談の積りだったのに。…仕方がないわねぇ」
「商売繁盛――」
「ええ、約束するわ。…でもその前に」
 彼女は、雪の降る桜の若木を見上げる。氷の花は、まだ咲いたままだ。これから降る雪でさらなる雪化粧としゃれ込むことになるのだろうか。それを見上げながら、彼女が扇子で虚空を仰ぐ。途端、びゅう、と強い風が辺りを襲った。

「…少しくらい堪能してからでも構わないでしょう、折角の雪なのに」
「…雪合戦でも、する?」
 それともかまくら? とアリアが問えば、ふじひめはどうやら笑ったようだ。
「勿論、両方よ。わたくしは欲張りなの。お前も付き合いなさい。…そのうちウチの連中も帰ってくるから、賑やかになるわよ」
 誘われれば、否やを言う理由も見当たらない。アリアは微笑んで、差し出されたふじひめの白い手を取る。「神様」の手は冷やりとしていたが、鼻先を掠めていく初夏の陽だまりを想わせる花の香りがアリアにはしっかり伝わっていたので、何だか悪い気はしなかった。






 ちなみに、その後。雪の中を息切らせて神社へ帰還した神主見習いと巫女見習いから、ふじひめはみっちり説教を喰らっていたようだったが。
 散々雪を堪能して帰路についたアリアは、そんなこと知る由もないのであった。





PCシチュエーションノベル(シングル) -
夜狐 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年01月28日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.