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『真白き道に、足跡を 』
各務 与一jb2342


 しんしんと、雪が降る。
 闇夜から舞い降りる白いそれは、とてもとても幻想的。
 吐き出す息が、ふわりふわりと形になっては消えてゆく。
 遠く、低く、鐘の音が響く。深い余韻をもたらす。
 それは人の心に巣食う煩悩を消し去るものなのだそうだ。




「寒いけど、自分で歩くのって楽しい! 見て見て、雪が降ってる!」
 美しく波打つ黒髪を一つにまとめ、臙脂色の和服姿の各務 浮舟――葵が、幼子のように両手を広げ、はしゃぐ。
 次から次へと興奮の言葉が飛び出してくる。
「綺麗だね、真っ白で、ふわふわしててさ。ふふ、ちょっと子供っぽかったかな?」
 真っ白な心で、ふわふわと。――まるで葵みたいだ。
 さすがにそれは飲み込んで、双子の兄である各務 与一――薫は穏やかな微笑みのまま、葵の手を取った。
「こっちにおいで、葵。その辺りは滑るから危ないよ」 
 故あって、本名を隠して生活する二人だけれど、今は、二人きりの今は、本来の名で呼び合える。
「むぅ…… 大丈夫よ」
「葵は、何でもそういうから」
 閉鎖的な旧家から飛び出した二人。二人きりで飛び出した。
 頼れるものは互いしかなく、だからこそ強くあろうという思いは深い。
 そんな妹の気持ちごと、薫は自身の長いマフラーでくるくると葵を包み込む。
「ふふ、こうしていると暖かいね、葵」
「……うん」
 一本のマフラーで繋がれ、葵は大人しくなる。
(薫の、匂い……)
 長い睫毛を伏せ、大好きな香りを胸一杯に吸い込んで。
「へへっ お兄ちゃん、あったかーい」
「葵!?」
 繋がれた手から、そのまま腕を絡めるまでに密着する葵に、薫は目を丸くする。
「しょうがないなぁ」
 驚きを柔らかな笑みに変え、コツリと頭と頭を合わせて。
 降りしきる雪の中、薫と葵は寄り添うように、歩き始めた。




 目的とする寺院へ近づくにつれ、人が増え、……出店? まで、賑わいを見せ始める。
 こんな夜中なのに、なんて活気にあふれているんだろう。
 こんなに寒いのに、なんて笑顔ばかりなのだろう。
 旧家に生まれ、厳格な親に育てられ、こういった行事に兄妹揃って来ることはまったくなかった。
 ゆっくりと周囲を見渡しながら、歩くことなんて。

 葵は頬を紅潮させ、物珍しげにあちこちを覗く。
 そんな横顔を見守ることが、薫の心を暖める。
「やっと、こうして二人で来れたね」
「うん。外の世界って、とっても素敵!」
(一番はやっぱり、薫だけれど)
 心の声は、ないしょないしょ。
「けどね、一つ不満なの」
「なにがだい?」
「煩悩があるから、人生は楽しいんだってば!」
 煩悩を打ち消す鐘の音へ、モノ申す!!
 キリッと言ってのける葵へ、薫はクスクスと笑った。
「でも、鐘は突くだろう?」
「それはもちろん!!」
 ワクワクを隠さない瞳は、煩悩を越えた何かのように、輝きを返した。




 除夜の鐘を鳴らすために行列へ並んで。
 参拝のために、また並んで。
 人波にもまれ、ぶつかっては謝ったり笑ったり。
 不思議な夜だ。
「あ…… 日付、変わっちゃった」
 携帯のアラームを止め、葵が呟く。
「……葵? 葵? 今の」
「あけましておめでとう、お兄ちゃん♪」
「今のアラーム音、俺の声……」
「一番、よく録れた声をセレクトしてるんだよー」
「……あけましておめでとう」
 色々と聞かなかったことにして、薫は新年の挨拶を告げた。


 ――カラン、カラン

 紅白の綱を振り、鈴を鳴らして。
「ええっと、お賽銭、を投げるのよね」
 前の人たちが小銭を放っているのを目にしている。大丈夫。
 葵は和服の袖へ手を入れ――
「小切手は……ちがうね、葵」
 やんわりと、止められた。
 薫が葵の手のひらへ硬貨を落とす。
「でも、これじゃあ薫のお願いごとになっちゃう」
「それはないよ。俺のものは、葵のものだ」
「うーん?」
 納得できるような、うまく言いくるめられたような??
 なにはともあれ、参拝である。まだまだ後ろには人が並んでいる。
 綺麗な姿勢、二人揃って二礼二拍――

(今年も葵と共にいられる事。どんな苦難も二人で乗り越える事――)

 固く目をつぶり、薫が心に抱くのは、誓いにも似た願い。
 そんな心も露知らず、隣で葵は片目を開き、整ったその横顔を盗み見していた。

(だって、神様に祈ったって、自分で叶えなきゃ意味ないもの。有り難みがないよね! ――あっ)

 薫が視線に気づいたらしく、こちらを振り向くタイミングで葵は慌てて願い事のフリ。
 そして、最後の一拝。


「随分熱心だったね。葵はどんなお願いをしたんだい?」
 参列から外れながら、薫。
「健康第一、商売繁盛!」
「はは それは素敵なお願いだね」
 元気に腕を振り上げる葵。楽しい学園生活を送ろうとするなら、間違ってはいないだろう。
「そういう薫は?」
「それは、秘密だよ」
「もぅっ ずるーい!」




 参拝を終えて気の抜けたところで、ようやく寒さを感じ始めてきた。
 縁日のように参道へ立ち並ぶ屋台、中には年越しソバなどを出している店もある。
 あちらこちらに顔を出しては火で暖まりの繰り返し。
 どこから来たの?
 あのお守りは買った?
 他愛も無い会話、雑踏が楽しい。

「あ、甘酒! 懐かしいな」
「雛祭りで飲んだよね」
「うん、こういう時にも飲むものなのね」
 振る舞いをしているところへ、二人は向かっていった。
 両手を暖め、葵は香りを楽しむ。
「お似合いのカップルだねぇ!! こいつもおまけにつけてやろう」
 そうして差し出されたのは、紙に包まれたホカホカの酒まんじゅう。
 薫と葵は一瞬、互いの顔を見合わせて――

「自慢のお兄ちゃんです!」
 
 葵が、グイッと薫の腕を引き、満面の笑顔でそう答えた。
 酒まんじゅうをくれたおじさんは、目を丸くした後に大きく笑い、もう一つ酒まんじゅうをオマケしてくれた。




「来年も、再来年も、一緒に来よう。ずっと一緒にいたいからさ」
「うん。ずーっと、ね」

 並んで歩く、この距離が、関係が、変わらずにあることを。
 どうか。
(どうか、揺るがぬものにできるだけの、見あった力を手に入れられるよう――)
 葵の胸の内を、薫は知っているだろうか。
 兄と共に在るために、家の干渉を絶つために、抱く強い思いを。
 幸せそうに、穏やかな表情で酒まんじゅうを頬張る薫。その隙に、葵はそっと半歩下がる。
「ていや!!」
「わぁ!?」
 背後へ回り込んだ葵が、渾身の抱きつきアタック!!
「えへへ、妹からの愛だよ」
 除夜の鐘を突いたところで、葵の煩悩は掃えません!!
 後ろから回された手を、薫はぎゅっと握る。
 大胆な葵に、振り回されることも多いけど…… 振り回されて、楽しいことも多くて。
(葵が一緒に居てくれるから、俺は俺でいられる)
「見て、葵」
「なぁに? 薫」

 薫の言葉に、その背から葵がヒョイと顔を出す。

「道が……真っ白だ。まだ、誰の足跡もついてない」
「……うん」

 言わんとすることを察して、葵は抱きしめる手に力を込めた。
「一緒に、進もうね」
「あぁ」
 誰に強要されるでなく、道を選んでいく。進んで行く。
 大切な、半身とともに。


 きっと来年も、再来年も、それから先も。




【真白き道に、足跡を 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb2342 / 各務 与一 / 男 / 17歳 / インフィルトレイター】
【jb2343 / 各務 浮舟 / 女 / 17歳 / 陰陽師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
素敵な双子さんの新たな一歩、お届け致します。
これから多くの足跡を残してゆく、楽しい日常の幕開けとなりますように。

N.Y.E新春のドリームノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年01月28日

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