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『愛しい恋人と共に温泉へ 』
翡翠 雪ja6883

 翡翠龍斗は年末、買い物に出掛けた時に偶然知り合いと出会い、白い封筒を差し出された。中に入っている二枚の券を見て、眼を丸くする。
「温泉宿の無料宿泊券をくれるのか? しかも二枚」
 知り合いが言うには商店街のくじ引きで当てたのは良いものの、上手くスケジュールが合わない為にどうしようか悩んでいたらしい。そこへ龍斗を見かけて、声をかけたのだ。
 知り合いはニヤニヤ笑いながら、せっかく二枚もあることだし誰か気になるコでも誘えば良い――と言う。
 龍斗が顔を真っ赤にすると、笑いながら去って行った。
「気になるコか…」
 龍斗の頭の中に浮かんだのは、最愛の女性の姿だった。思い切って携帯電話を取り出し、彼女に電話をしてみる。
「あっ、雪。その…温泉宿の無料宿泊券を二枚貰ったんだけど、良かったら俺と一緒に行かないか?」


●二人で温泉宿へ

 ブロロロッ…

 昔風のバスが遠ざかる音を聞きながら、龍斗と恋人の夏野雪は目の前に広がる雪景色を見て、言葉を失う。
 電車で一時間、そこからバスに三十分乗って、ここまで来た。初老のバスの運転手が、バスを降りた所から真っ直ぐ見える建物が温泉宿だと教えてくれた。ここから歩けば二十分ほどで到着するだろうが、積もっている雪の上を歩くとなるともっと時間はかかるだろう。
「凄い雪…ですね。…ここまで積もっているのは…はじめて見ました…」
 雪が一歩前に出ると、足首までズボッと埋まる。
「ゆっ雪、俺は雪国育ちだし、こういうのには慣れているんだ。転ぶと危ないし、雪さえ良ければその…おっお姫様抱っこで宿まで行こうか?…あっ、でも嫌なら言ってくれよ。雪が一人でも大丈夫と言うならば…」
 普段は閉じている眼をしっかりと見開きながら一生懸命に声をかけてくる龍斗を見て、雪は柔らかく微笑みながら頷いた。
「それじゃあ…よろしくお願いします。龍斗さま…」
「あっああ! 任せてくれ!」
 こうして龍斗は雪をお姫様抱っこしながら雪道を歩き、宿の前まで来た。しかし大きくてボロい旅館を見て、雪の表情が曇る。
「随分と…風情のある旅館、ですね…」
「そっそうだな…」
 誘った龍斗も微妙な表情を浮かべていると、旅館の中から女中らしき中年女性が出てきた。出迎えに来た女中は笑顔で、二人に中に入るように声をかけてくる。
 二人は旅館の中に入って受付を済ませると、部屋に案内された。外観はボロいものの内装はしっかりした和風で、古い感じが良い安心感を与えてくれる。部屋の中も綺麗で、二人の表情はほっとしたものになった。
 コートを脱いで荷物を置くと、先程出迎えてくれた女中が声をかけて部屋に入ってくる。すでに夕飯の準備が出来ていると言うので、ここまで来るのにお腹を空かせた二人はさっそく頂くことにした。
 大きな座卓に、次々と豪華な料理が並べられていく。宿は雪深い山の中にあるものの、すぐ近くには海もあって漁港があるので、山の幸・海の幸が所狭しと置かれた。
 二人は驚きつつも食べ始めると、料理の美味しさに自然と満面の笑みを浮かべる。
「美味いな」
「はい…! とても…素材のお味が…良いです…」
 夢中になって食べ進めると、ようやく落ち着いてきた。
 そこへ女中が温かいお茶のお代わりを持って来て、二人に温泉が宿の中にも露天にもあることを説明する。いつでも入れると聞いて、女中が去った後、すぐに雪は龍斗に声をかけた。
「龍斗さま…、後で露天の方の温泉に…行きましょうね…。せっかくですし、お外が良いです…」
「そうだな。雪が少し降っているけど、雪見温泉というのも楽しそうだ」
 窓の外に視線を向けると、薄暗い中に白い雪が静かに降っているのが見える。
「ふふっ…、楽しみです…」
 嬉しそうに微笑みながら、雪はエビの天ぷらを龍斗の口元に運ぶ。
「はい、龍斗さま…。あーん」
「ぶっ!? ゆっ雪、何をっ…!」
「先程から美味しそうに…、エビの天ぷらを食べて…いらっしゃったから…。龍斗さまのはもうありませんけど…、私のはまだ残っています…。遠慮なく…どうぞ…」
「そっそうか? それじゃあ、あっあーん…」
 龍斗は照れながらも口を大きく開けて、天ぷらを食い付く。
 そんな龍斗の姿を見て満足した雪は、再び外を見た。
「これだけ雪が積もっている上に…また雪が降ったら、明日も残っていそうです…。明日は雪遊びを…しましょうね…」
 いつもより表情が柔らかい雪を見ながら、龍斗は何度も首を縦に振る。しかし雪がとても可愛らしく見えてしまう為に、せっかく食べさせてもらった天ぷらの味がよく分からなくなっていた。それでも何とか夕食を全て平らげ、のんびりとした食後を過ごす。
「龍斗さま…、そろそろ露天風呂に…行きましょうか…」
 そう言って雪が部屋に置いてあった浴衣と綿入れ半纏を胸に抱えて立ち上がった時、龍斗は慌ててカバンの中に手を入れて小さな箱を取り出し、雪に向かって差し出した。
「あっあの、雪…。コレ、遅くなったけど、クリスマスプレゼント…」
「えっ…?」
 驚いて眼を丸くした雪は、じっと箱を見てみる。言われてみれば確かに、緑色の包装紙にはサンタクロースをソリに乗せたトナカイの模様があり、リボンは赤い。クリスマスらしいラッピングだ。
「本当はクリスマスに渡したかったんだけど、渡すタイミングがなくて…」
 龍斗はあたふたしながらリボンと包装紙を解き、中身を見せる。
「シルバーリング、ですね…。…キレイです」
 しかしただのシルバーリングではなく、美しくも繊細な雪の結晶の模様が彫られていた。自分の名前にちなんだプレゼントを見て、雪の胸の中にあたたかさが広がる。
 龍斗は心配そうに、雪の表情をうかがう。
「気に入って…くれたか?」
「もちろん…です。でも贈るのが遅くなったお詫びに…、龍斗さまからつけてください…」
 にっこり微笑んだ雪は着替えを床に置き、十本の指を広げて差し出す。
「うっ…!」
 困った挙句、龍斗は震える手で、雪の華奢な左手の薬指にシルバーリングをつけた。
「ありがとう…ございます、龍斗さま…。大事に…しますね…」
 左手を顔に寄せて、雪は嬉しそうに笑う。
 雪の可愛らしい笑顔を見て、龍斗は再び顔を真っ赤に染めるのであった。


●温泉パニック?!
 その後、龍斗は激しい動悸がした為に、少し頭を冷やしてくると言って部屋を出て行った。その背中に先に露天風呂に行くと声をかけて、雪は一人女湯に向かう。
 今日は宿泊客が少ない為に、女湯は雪一人だった。
「ここは混浴も…あるのですね…。…でも龍斗さまは…恥ずかしがって、逃げられるでしょう…」
 さっき恐るべきスピードで部屋を出て行った龍斗の姿を思い出し、雪は深く息を吐く。
 脱衣所で服を脱いでいると、ふと貸切状態であることを思い出す。
「本当は露天風呂ですし…、体にタオルをまこうと…思っていましたが…」
 誰もいないのならば、遠慮することはない。そう思い、小さなタオルを手に持って、露天風呂に入った。外に出た時は寒かったものの、湯を浴び、温泉の中に入ると体の芯から暖まる。
「ふう…、最高に気持ち良いです…。…こうして心休める時間もあるものだと…気づけたのはきっと…、あの人のおかげですね…」
 静かに降り続ける雪を見上げながら、遠い眼をした。こうやって恋人と共に旅行に来るのははじめてで、最初は戸惑い、緊張ばかりしていた。けれど龍斗と一緒に過ごしているうちに、だんだんと緊張がほぐれていくのを自分でも感じていた。驚くほど表情が豊かになる自分はきっと、彼のおかげだろう。
「…でも露天風呂を…龍斗さまとご一緒しなくて…、案外良かったかもしれません…」
 雪は暗い表情で透明な湯の下にある自分の体を見て、重いため息を吐いた。
「どうしてこう…色気が、私にはないのでしょう…? …せめて胸がもう少し…大きければ、龍斗さまもきっと…!」


 ――雪が妙なことを考えている間、龍斗は外に出て頭と体を冷やしていた。そしてようやく全身が冷えたので、部屋に戻って着替えを手に持ち、露天風呂に向かうことにする。しかしその途中で妙な寒気を感じ、大きなクシャミを二連発した。
「くしゅんっ、はっくしょいっ! ううっ…! 少し外に出すぎたかな?」
 その頃、雪が龍斗のことを思っていたのだが、当人は全く気付かず。鼻をすすりながら脱衣所へ入り、服を脱いだ。タオルで前を隠しながら、露天風呂に続く引き戸を開ける。そして白い湯けむりの中で人の背中を見つけて、気軽に声をかけた。
「お湯加減、どうですか?」
「…えっ? その声…龍斗、さま…?」
 しかし振り返ったのが雪であることを知り、龍斗の顔が引つる。
「雪っ!? 何故ここにっ…」
「だってここ…、女湯ですよ…?」
 幸いにも雪は温泉に肩までつかっており、そこから下は龍斗には見えない。しかし温泉に入って色っぽい艶が出た雪を見て、龍斗の頭に一気に血が上る。
「ゴッゴメン!」
 回れ右をした龍斗は慌てて脱衣所から自分の着替えと服を掴み、隣の男湯へ入った。そして衣類を脱衣所に投げ置いて露天風呂に入ったところ、薄く積もった雪で足を滑らせてドッポーン!と頭っから温泉に入る。
「まあ龍斗さまったら…。温泉に飛び込むなんて…、子供みたいです…」
 音だけを聞いた雪はクスクスと笑うが、お湯から顔を出した龍斗は激しくむせた。


 お風呂から上がった後、部屋に戻るとすでに布団が敷かれていた。しかし一つの布団に二つの枕だった為、二人は恥ずかしくなってお互いの顔が見れなくなってしまう。
「もっもう遅いし、そろそろ寝ようか」
「はっはい…」
 そして二人は布団に入る。けれど緊張しているせいか眠れず、雪はそっと龍斗に声をかけた。
「あの…龍斗さま。…良ければ手をつないで…くれませんか…?」
「あっああ…」
 布団の中で手をつなげると、雪は安らぎを感じて眠くなってくる。
 そして数分後。眠った雪を見た後、ようやく龍斗も眠った。


●一夜明けて
 翌朝は昨夜降った雪が積もっていたものの太陽が出ており、晴れていた。
 二人は朝食を食べた後、旅館の広い庭で雪遊びをすることにした。雪ダルマや雪うさぎを作ったり、旅館から雪かきスコップを借りてカマクラを作ったりする。二人が入れるぐらいの大きさのカマクラが完成すると、旅館の女中がお汁粉と生姜湯を二人に持って来てくれた。ありがたく受け取った二人は、カマクラの中で美味しく頂く。
 遊び終えると晴れた空の下の露天風呂に入り、その後で昼食を食べる。そして売店でお土産を購入し、旅館から出た。再びバスと電車に乗って住んでいる場所へ帰ってきたのだが、二人が到着した途端、白い雪が降り出す。
「雪、今回は付き合ってくれて、ありがとう。…もし良かったらなんだけど、またこうやって二人で出かけないか?」
 そう言いつつ手を握ってきた龍斗に向かって、雪は喜びの笑みを浮かべて見せる。
「…はい、あなた。どこまででも、付いていきます」


<終わり>


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja7594/翡翠 龍斗/男/高等部2年/阿修羅】
【ja6883/夏野 雪/女/高等部1年/アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 このたびはご依頼していただき、ありがとうございました。
 お二人のラブラブながらもほのぼのしたストーリーを書かせていただき、とても楽しかったです。
 末永く、仲の良い恋人であられることを、願っています。
N.Y.E新春のドリームノベル -
hosimure クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年01月30日

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