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『夢の中の千夜一夜 』
青空・アルベールja0732

 新年最初に見る夢を、人は初夢と呼ぶ。
 初夢から、一年の運勢を占ったりする人もいるくらいだ。
 でも、どうやらこの初夢、少し勝手が違うみたいで……?


 青空・アルベールは自分の姿を見下ろして、目をぱちくりしていた。
「……あれ、どうして私、婚礼衣装を……?」
 青空が身にまとっていたのは、ふんだんにレースを使い、パニエでうんとスカートを膨らませた純白のドレス。胸元はあまり開きすぎず清楚な感じになっているあたり、いかにも確かに婚礼のための装束だ。
 ちなみに念の為に言っておくが、青空は本来男子である。ただ、たしかにそのドレスに包まれた肢体は、ささやかではあるがちゃんと胸の膨らみがあった。
「たしか今日は部活で……」
 そう言いながら、いつもそばにいるにゃんこのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
 ――なんだかおかしい気がする。でも、何がおかしいのだっけ……?
 そう自分に問いかけていた時、
「ベル子!」
 そう言って駆け寄ってきたのは、こちらも正装に身を包んだ小野友真。普段は同じ部活、同じヒーロー志願の仲間なのだが、なぜだろう、今日はやけに格好良く見える。
 そんな青空=ベル子の思いを知らず、近づいてきた少年はわずかに頭を抱えながら、一つため息をつく。
「ベル子、とうとう今日になってもうたな」
「ゆーま君かっこいい、ってベル子……?」
 一瞬何か言おうと思ったのだけれど、友真=ユーマに名前を言われて、ストンと何かがベル子の胸の中に滑り落ちた。
「あ、あーっ! そだそだ、そうだった! 今日、結婚式だった!」
 誰と誰の?
 ユーマと、ベル子の。
 ベル子はこのブレイバーズ国の王女で、ユーマはその隣国の王子様。二人は幼馴染だったのだけれど、親である王が半ば強引に二人の婚姻を推し進めたのだ。
 いわゆる、政略結婚というやつ。
 でもふたりとも、まだ結婚なんて考えられる年齢ではなくって。
「……このままやと、ホンマに結婚させられてしまうで。まじ、どないしよか」
 ユーマがちょっぴり情けない声を出す。
 二人して国王の前で土下座するしかないんかな……?
 ユーマの国では、土下座は一番格式高く、そして同時に一番へりくだった侘びの入れ方である。特にユーマの土下座は彼の国でも一、二を争う程の美しい土下座で有名だった。
「それにしてもベル子、その服よく似合ってる……って言ってる場合ちゃうのはわかってるんやけど。でもこんなこと父上に知られたら……」
「ユーマもかっこいいけどたしかにそんな場合じゃないのだ……」
 二人してブルリと震える。王子と姫であるからには、当然それぞれの親は王様で、よほどのことがない限り言葉を覆させるのは困難だろう。
 どうしよう。
 二人は考えるけれど、やはり震えるしかないのだった。


 とか何とか言っているうちにあっという間に婚礼の宴までの時間もわずかになり、城の中も外も慌ただしくなってくる。見たことのないような装束を纏った男女や、美味しそうな香り漂う料理を持ったメイドたちが行ったり来たりして和やかに談笑したりしている。
 いかにも晴れやかな宴を祝福するために集められていて、それも二人の心をどことなく曇らせる一因となっていた。
 と。
「あれー? そこにいるのはユーマと……もしかしてベル子姫様? おー、おにーさんラッキーかも」
 そう言ってふらりと現れたのは、近在の国で評判の踊り子だった。いくらか面識のあるユーマはぱっと顔を輝かせる。
「キヨセおにーさん! もしかして宴に呼ばれてたん?」
「ん、そゆこと。ブレイバーズ国王のたってのお願いでね」
 百々清世=キヨセと呼ばれた若い踊り子は、小さくウィンクを投げかける。
「……んー、それにしても、せっかくの婚礼なのにふたりとも浮かない顔みたいだけどー? てゆかベル子ちゃんの相手ってユーマ王子だったんだ?」
 キヨセは驚いたなぁ、という表情を浮かべた。
(まだ結婚とか、そういうコト考えてそうには見えなかったけど……ま、いっか)
「んー、そ、そうなんだ。ま、いろいろあって」
 歯切れの悪いユーマの言葉に、ぬいぐるみで顔を隠しながらベル子も小さく頷く。
「……もしかして、結婚……あんま乗り気でない?」
「!」
 キヨセが尋ねる。ズバリの指摘に思わず二人は顔を見合わせたが、ややあって小さく頷いた。
「……ベル子のことは好きやけど……恋人とか妻やなくて、同志、って感じやねんもん」
「私もそう思うのだ……好きだけど、恋愛ではないのだ……」
 ユーマとベル子はおずおずと、その言葉に返答する。
「でも、父上たちの決めたこと……国の事情も絡んでくるから、簡単に断ることもできなくて……でも、結婚とか、まだ私には早いし……」
 ベル子は悩んでいる。ユーマも、同じような悩みを抱えて、モヤモヤと考えているようだった。キヨセはふうっとため息をつく。
「お偉いさん、っていうのも大変ねー?」
 ちょっと皮肉った、無責任にも聞こえる言葉。
「嫌なら、結婚なんかしなきゃいいのに。そういうわけにもいかないんでしょ? おにーさんだったら絶対やだなー、そういうの」
「!」
 キヨセの言葉はたしかに無責任かもしれないけれど、ひどく核心をついていて。でも、とユーマもベル子も思う。
「そんなに簡単に、断れない……!」
 ほんの僅か涙を浮かべるベル子。涙もろい彼女は、色々と悩んでいるのだ。両親、嫁ぎ先、そしてユーマ。ベル子自身、どうしていいかわからなくて。
「うん、それに確かにおにーさんの言うことは正しいんやけど、もし俺が断ってベル子が悪い、みたいになったら……傷つくのはベル子やろ」
 ユーマが言う。小心者でビビリのユーマだけれど、女の子を泣かせたくない、そんな騎士道精神――いやヒーロー精神を忘れているわけもなく。
「……土下座もなんか違うしね。さすがに婚礼の席でやったらまずいと思うのだ、色んな意味で……」
 ベル子も思いやる心遣いを忘れてはいない。
「それじゃあさ、おにーさんにちょっとした考えあるんだけど……乗ってみる?」
「……え?」
 少年少女は目を丸くする。しかしキヨセは、
「ま、俺に任せてみ?」
 そう笑った。いかにも、何かを企んでいるような顔で。


 やがて始まったのは、華やかな宴。
 両国王はもちろんのこと、今日の主賓たる王子と王女も揃っている。
(さっきの大丈夫かな……)
 ベル子はまだ少し心配そうにしていたが、
「こういう時は博識なおにーさんにお任せしたほうが案外大丈夫かもしれんから……大丈夫、もしもの時はやっぱり土下座を……」
 ユーマがそう言ってベル子の背をポンと叩いてやる。
 不安でないといえば、嘘になる。
 でも、もうここまで来たらあとは成るように成れ、だ。キヨセの浮かべたイタズラっぽい笑顔がちょっと気にかかるといえばそうなのだけれど、大丈夫と信じなければ、いっそうベル子を不安にしてしまう。
 そしてそれは、彼が目指す『ヒーロー』としては失格なのだ。
 ユーマはベル子の手をそっと握り、安心感を与えようとする。何も知らない来客たちは、それを見て初々しいと微笑むけれど、そういう色めいたことではない。それは彼ら自身が一番わかっている。
(やっぱり自分でちゃんと言って、式を取りやめてもらおう。そうしないと、みんなが不幸になる)
 ベル子がそう思って唇の端を噛む。父親である王に、そのことを言おうと顔をあげた。が、
「では次の余興は……おおそなたか」
 王が呼んだのは、近在いちの踊り子――キヨセ。
「今日は姫と王子のために、一曲披露してくれぬか。ハレの日ゆえ」
 王がそう言うと、キヨセはにっこりと微笑んだ。
「なら、俺の得意とする――剣舞を」
 キヨセは曲刀をすっと手に持ち、背後にいた楽団に目配せをする。
 舞踏には音楽がつきもの、彼の得意とする剣舞はオリエンタルな香り漂うもので、キヨセの服装もやや露出度が高く、いかにもエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
 音楽もそれに合わせ、シタールなどの楽器を使ったものだ。
「随分と評判の舞い手らしいですな」
「ええ、ユーマも気に入っているようで」
 のんびりとした両国王の会話。
 その一方で今か今かとジリジリやきもきするのはベル子とユーマの二人。
(さっき、踊り始める前に……おにーさん、目配せしてたな)
 ユーマは考える。それはきっと何かをするという合図。
 でも、一体何を――
 そう思った瞬間だった。

 ガシャーン!
 大きな音が、大広間に響き渡った。


 何事か、と周囲にいた紳士淑女がざわざわし始める。
 見れば、キヨセが剣舞に使っていた曲刀、これが【はずみで】、大広間の中央にあるシャンデリアを直撃したのだ。
 剣舞の際、手から刀が離れることは少なくない。放り投げて掴んで――いわゆるジャグリングのテクニックも要求される。
 もちろん、キヨセもその腕には自信があったはずだ、ではなぜ?
 そこまで考えて、ユーマが顔を上げる。見れば、キヨセはいつものイタズラっぽい目を光らせて、ユーマに目配せしていた。
「そういうこと、か……ベル子、行こう! 今の、この混乱しているうちに!」
「えっ?」
 驚いているベル子の手をしっかり掴み、そして頷く。ベル子もようやく合点がいったようで、ああと頷き返した。そうやって握り合うその手はわずかに震えていて、自分たちがこれから何をしようとしているのか、ちゃんとそれはふたりともわかっているのだった。
 でも、今の自分たちに、この結婚という単語はあまりにも重いし、なにより不安ばかりが先に立つ。それならば、逃げてしまえば――
(父様、ごめんなさい)
 心のなかで詫びの言葉を入れながら、ベル子とユーマは走りだした。
 大広間はいま、踊り子の(故意の)ミスで混乱している。ざわついている中を走り抜けるのは大変だけれど、機転を利かせて頭からすっぽりとかぶったテーブルクロスがある意味で役に立ったようだ。
 普段なれば不審かもしれないが、何しろ今日は祝いの席。少しくらいとっぴな格好をしていても、様々な旅芸人なども多く誘われているので気づかれにくいのだ。おそらくは余興のための旅芸人とでも思われたのだろう、多少は怪しまれたようだが思った以上に難なく抜け出すことができた。
「はあ、はあ……おにーさんには感謝せなあかんな」
「だね。でも、これからどうしよう?」
 城の外、ここまで来れば人混みに紛れてしまうような場所で二人はひと息つく。
 正直、計画性なんて全くない逃避行だから、これからどうすればいいかなんてちっとも考えてなかった。
「んー、とりあえずどこかで着替えたほうがよくね? その格好はさすがに目立つし」
「キヨにーちゃん!」
 ベル子が声の主にぱっと顔を嬉しそうにする。キヨセも、どうにかこうにか無事に抜け出してきたのだ。手には質素な、ウールで出来た庶民的な服装。
 たしかにこのままの格好ではあまりに目立つだろう。その辺りも考えての差し入れだった。二人はありがたくそれらを受け取って手早く着替える。
「お金は大丈夫、こんな事もあろうかと、ってな」
 ユーマが手にしているのは金貨の入った革袋。普段からお忍びで城下町をウロウロしているという庶民派王子様だからこその持ち物だ。
「でもどうしようか? 行くあてはあんまりないのだ……」
 ベル子は少しくらい顔。と、ユーマがポンと手をうった。
「そう言えば、昔ベル子って金髪剣士さんに一目惚れしてへんかったっけ?」
 近在でも結構有名な金髪の剣士。武器が剣ではなく、釘バットという面妖な装備ではあったが、逆にそのせいもあってか知名度は非常に高かった。普段は諸国をめぐって傭兵まがいの仕事もしているということだが、今はどこにいるのだろう?
 金髪の剣士を思い出すと、ベル子の顔が一気に赤くなった。
「……うん、あの騎士様超強くてマジ素敵なんだ。一度、もっと近くでお会いしてみたいな……」
「じゃあ、まずはベル子ちゃんの初恋の君とやらを探しに行くー? おにーさんもついていくよ」
 キヨセもニンマリと笑顔を浮かべる。
「ユーマもどうするのだ……? このままではお父上の顔に泥を塗ることになるし、国には戻れないだろう?」
 ベル子は不安そうにユーマを見やる。
「んー……ちょっと考えてることあってな。海に行きたい」
「うみ?」
 キヨセとベル子は目をパチクリさせる。
「うん、有名な海賊がおるらしいって聞いてて。そう言うの興味あるんー!」
「海賊かぁー、それもかっこいいな! 夢どんどん膨らむな!」
 ベル子がそういう。
 ……と、頭の奥そこからなにか音が聞こえてきた。
 これはチャペルの鐘?
 いや、これは――学校のチャイム……!?


「あいたっ」
 そこはいつも見慣れた「ブレイバーズ」の部室。
 友真はキョロキョロと周囲を見回す。さっきまで見ていた、やけにリアルなあれは、夢だったのだろうか……?
「ベル子……?」
 思わず口から吐いて出る言葉。その言葉に、近くにいた青空がビクッとする。同じように夢からさめたばかりのような、そんな感じだ。
「青空……が、オヒメサマ、か」
 清世もそう言って、わずかにため息。
 三人がどんな夢を見たのか、それはご想像にお任せして。
 ただ、青空はわずかに引きつった顔で、涙をほんのり浮かべて、小さく呟いた。
「やめて、あんまこっち見るなこっち見るなー……!」

 今年もブレイバーズの仲間たちは仲の良いスタートである。


━ORDERMADECOM・EVENT.・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0732 / 青空・アルベール(ベル子) / 男(女) / 高等部二年 / インフィルトレイター(ブレイバーズ国王女)】
【ja3082 / 百々 清世(キヨセ) / 男 / 大学部三年 / インフィルトレイター(踊り子)】
【ja6901 / 小野友真(ユーマ) / 男 / 高等部二年 / インフィルトレイター(隣国の王子)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
このたびは発注ありがとうございました。
夢のなかでのドタバタと、現実のPC間の人間関係をほのかに絡めたフィクションは、こちらとしても楽しく執筆させてもらいました。
恋人さんのいる人は、大切な人との素敵な一年を。
そしてフリーの方も、素敵な出会いがありますことを、お祈りします。
N.Y.E新春のドリームノベル -
四月朔日さくら クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年01月30日

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