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『●雪に呑まれた/イヴ・カートライト 』
イヴ・カートライトjb0278

 静かに降る雪は、音を奪っていく。
 それなのに、この家がまだ、音に満ちているのは先程の来客者達のお陰だろう。
 イヴ・カートライト(jb0278)は、兄であるアラン・カートライト(ja8773)をリビングに残し、一人片付けをしていた。
 何しろ、人数が多かっただけに、食器の数も多い。
「計画したのお前だろ。可愛い事しやがって」
 後ろから近づいてきたアランが、にやにやと嬉しさを隠せぬ表情でイヴの頭を撫でる。
 その深紅の瞳は、何でも知っているんだ――とばかりに優しく光っていた。
「……煩いなあ、気安く触れないでくれよ」
 ピタリ、と一瞬だけ止まったイヴの手は、何事もなかったかのように食器を洗い続ける。
 同じ場所をくるくると洗っている事に気付いて、一瞬だけイヴの眉根がキツく寄せられた。
「誰かがあたしだって言ったの? 言ってないだろ」
(「可愛い俺の妹……。全く、昔から変わっていない――可愛いやつ」)
 世界一、幸せ者であると言う実感が、アランにはあった。
 可愛い妹が、自分の為にサプライズパーティを企画していたなんて――!
「いい加減にしろ、髪の毛が乱れる」
 ぴしゃり、と振り払われた手、アランが怒らせたか……と苦笑しながら、それでもやはり優しい眼差しでイヴを見つめる。
 イヴは鬱陶しい、とばかりにリビングを指差した。
「早く戻れ。あたしは洗い物があるんだ」
 その顔には、一切の表情が存在しない――渋々とアランが戻っていくのをイヴは見届け、そしてまた、シンクに向かった。
 振り払った手が、痺れたように痛んだ……温もりの所為か、それとも別のものか。

(「本当、に……」)

 爪を立てる、キィ―と不快な音がして、爪が削れていくのが分かる。
「さて、洗っちゃわないと」
 自分を鼓舞するようにイヴは口に出すと、スポンジを握りしめるのだった。

 一方、百々 清世(ja3082)はゆっくりとした足取りでアランの家へと向かっていた。
 女の子と言う『お姫様』を送り届ける『騎士』の役割を終えた清世はふと、アランの家の状態を予想する。
(「そう言えば、今、イヴちゃんと二人っきりかー」)
 出来るだけ、その時間が長引けば……更に歩みを落とし、空を見上げる。
 静かに瞬く星、女の子に聞かせる程度の知識しか持ち合わせていないものの、綺麗な事には変わりない。
(「一人って言うのが、さみしーけど」)
 静かに笑う……その仕草に驚いたように、通行人が此方を振りかえっていた。
 一人と言うのも、心穏やかでいいものだ――とは言え、アランの家への帰路が短くなる訳ではなく。
 第一、外に長く居るのは寒過ぎた、心も身体も。

「寒かったー。アランちゃん、あっためてー」

 白い息を吐きながら、勝手にアランの家のドアを開けて中に入ってきた清世にアランが鬱陶しげな視線を向ける。
 それは無いんじゃない? と心の中で清世は呟いた。
 気を使って、イヴちゃんには言わなかったのに、と更に呟く。
 ――ああ、気なんて、特に使ってはいないけれど。
「おいおい。酔うのはまだ早いぞ」
 立ちあがって、キッチンへと引っ込んだアランが自分用のワインと、清世用のチューハイを持ってくる。
 軽く二つの酒をあげて見せれば、清世は遠慮なく、とばかりにテーブルの前へと座った。

 乾杯! Cheers!

 ワイングラスと缶がぶつかり、音を立てる。
「今日はサンキュー、嬉しかった」
 二人で飲み直し、上機嫌のアランはワイングラスに口を付けた。
 でも、あのプレゼントは無いだろ……と目が言っている。
「俺、甘い物得意じゃねえのに」
「えー、でもパーティ、てゆったらこうゆう系でしょ?」
 笑ったまま、清世が首を傾げた。
 気の置けない間柄故に、弾むようなテンポで会話が続く。
 キッチンの方から、トントンと音が聞こえた――イヴが酒の肴を作っているのだろう。
「甘いの嫌いなの知ってるけど、俺の愛だから頑張って食べて」
「言われなくても食ってやるよ。時間掛けて完食するだろう、俺の紳士具合褒めろ」
 わー、すごーい、と棒読みで清世が笑った。
 全然褒めてねぇな、とアランが睨みつけるフリをするが……彼もまた、笑っている。

「余り飲み過ぎない方が良いよ、明日もあるんだからさ」

 肩を竦めて、生ハムとモッツァレラチーズの肴を出したイヴは、どうせ飲むんだろうけど、と呟いた。
「イヴちゃんも、一緒に飲むー?」
「あはは、また気が向いたらね」
 出来れば、リビングに居たくない……そんな気持ちが伝わったのか否か。
「イヴが酔ったら、どうするんだよ。やらねーぞ?」
「鬱陶しいからやめて。キッチンでコーヒー飲んでるから」
 アランを睨みつけて、清世へ笑みを向け、イヴはキッチンへと戻る。
 手を伸ばして、ヒーターを調整する……ドリップ式のコーヒーを淹れて、口を付けた。
 リビングの方から、他愛ないやり取りが聞こえる――。
 学校の事、依頼の事――。
 そして……。



「イヴが頷きさえすれば――学園を辞めて二人で渡米する予定だ。彼奴、中々頷いてくれねえけどな」
 上機嫌で本音を告げたアランに、清世がゆっくりと頷いた。
 二本目のチューハイのプルタブを引っ張り、中身に口を付ける。
 口の中で、パチパチと炭酸が弾けるのを楽しんだ。
「まじでー? 寂しくなるねー」
 特に引きとめる意味もない、自分は自分、他人は他人。
 それを分かっているからこそ、清世は止めないし、アランも口にしたのだろう。
 勿論、ワインと妹からのサプライズパーティが口を軽くしている、その事実はあるが。
「はは。でも、こうしてお前や他の奴らと過ごすのも楽しいし、気長に待つさ」
 アランがキッチンの方を、そこにいるだろうイヴへと視線を移す。
 カタリ、とソーサーとカップが擦れる音は聞こえたが、イヴからの返事はない。

(「アメリカに行きたくない訳じゃないけど……」)

 能天気に笑っているであろう、兄を思えば、カップを持つ手に力が入る。
 歪んだ兄妹愛に気付かない、その能天気さが羨ましく悔しかった。
 どうしようもない事を、吐き出す事も無く自分の中に閉じ込めてしまう。
 そうして、消化してしまうイヴは何も返事を返す事はない――感情と現実は別物だ。
 コーヒーと言う漆黒の中で、イヴの表情は歪んで映った。
 リビングからは途切れず、話し声が聞えている。
 渡米の話から、今日のサプライズパーティの話へ。

「それにしても……百々も何枚か噛んでるだろ、今日のパーティ」
 二本目のワインを開けながら、アランが鼻歌でも歌いそうな程の上機嫌で言った。
 祝って貰う事、他者の優しさに不器用なアランだが、やはり嬉しかったのだろう。
 少し、ピッチが早いんじゃないかと思いながら、清世がさぁね、と首を傾げる。
「ご想像にお任せしまーす」
「なんだよお前、つれないなぁ」
 笑ってまた、一口……酒は人を魅する悪魔である、と昔の人は言ったらしい。
 だが、この悪魔から逃れられる者など、いるのだろうか――?
 舌は滑るように踊り、言葉は湧き出てくる。
「あ、おつまみ貰うねー」
「……どうぞ。口にあうか、わからないけど」
 清世が箸を使って、ハムとチーズを口に入れる。
 オリーヴオイルの香りが、ふ、と鼻腔をくすぐった。
「俺の妹の料理、最高だろ?」
「うん、おいしー」
 清世が煙草を取り出せば、特別だぞ? とアランがプレゼントで貰ったライターを差し出した。
 イヴの似顔絵が描かれてある、世界に一つだけのジッポライターだ。
 メンソールの香りが、周囲に漂う。
「一口くれ」
「いいよー」
 アランが清世の煙草をもぎ取るようにして吸い、そしてまた、返す。
 どうやら、イヴの前で煙草を吸わないのは、アランも清世も同じようだった。

「最高の誕生日だった。まあ、ビックリしたけどな」
「そりゃぁ、サプライズだし? って、アランちゃんかなり酔ってるー」
 アルコールが十分にまわって、くらり、としたアランはなぁ、と甘い声を出した。
「お前さあ、泊まって行けよ。一緒のベッドで寝ようぜダーリン」
 猫が喉を鳴らすような、甘えた声だ。
 清世は苦笑しながら、その頭に手を伸ばし、金糸を撫でる。
「酔っぱらいと寝る趣味はねぇよ。また今度な、ハニー」
「酔ってねぇよ……」
 ワインを飲み干し、アランが軽く伸びをした。
 イヴもコーヒーを飲み干し、立ち上がるとリビングへ向かう。
「酔っ払いの世話、任せちゃってごめんねー」
「いいよ。気にしないで」
 いい子だねー、と清世がイヴの頭に手を伸ばし、撫でた。
 兄とよく似た金糸が、ゆらゆらと揺れる。
「アランちゃーん、起きてる? イヴちゃんに迷惑かけんなよ?」
「寝てねぇよ……。迷惑かけてねーし」
 ちょっと寝てたでしょ、酔い潰れてるし、と清世は心の中で反論する。
「これ、忘れてたけど」
「なんだよ……」
 差し出されたジュエリーボックス、アランがそれを受け取り、首を傾げた。
「おにーさん帰るまで、開けちゃ駄目よー」
「ハハ、有難う。可愛いな、お前」
 そう言いながら、既にアランの手によって開けられたジュエリーボックス。
 収まっているのは、清世が右耳につけているピアスと同じもの。
「お前な……」
 言った先から、と思わず苦笑した清世が口を開く。
 だが、アランはその場で左耳たぶのピアスを外し、付け替えた。
 シルバーループのピアスが、静かにリビングの明かりの下で揺れる。
「最高に似合うだろ?」
「俺が似合わないの、贈る訳無いでしょ」
 清世がアランのピアスに触れ、笑った。
 ペア・ピアスは友情の証、似合うと思ったからそれを買った……それだけだ。
 色々と難しく考えるのは、清世のやり方じゃない。

「遅くまで有難う。これからも仲良くしてやってくれると嬉しいよ」
 玄関まで見送りに来たイヴに、勿論、と清世は笑みを返す。
「こっちこそ、色々ありがとねー。また何かあったら、連絡ちょうだい。面白いこと好きだしー」
 その笑顔に、疎ましさや面倒くささと言った負の感情が滲んでいない事を知り、イヴは微笑んだ。
 清世が来ると、アランは楽しそうにしているのだ……これからも仲良くして欲しい。

(「そんな理由は――不謹慎かな?」)

 ずるいかもしれない、と思いながらもイヴは微笑む。
 清世がジャケットを羽織りながら、じゃあ、と手を振った。
「気を付けて帰ってね」
「はーい。イヴちゃんも、気を付けて」



 パタン……閉まったドアを少しの間見つめた後、イヴは静かに踵を返す。
 毛布でも持ってくるか……と考えたところで、イヴは力任せに抱きしめられ、ベッドルームへと連れ込まれた。
「酒臭い、君本当いい加減に……!」
 数年ぶりの体温、温か過ぎて涙が出そうになる。
 堪えながら、強く拳を握りしめた――爪が喰い込んでいたかったが、こんなもの、あの時の痛みに比べれば何て事無い。
「久々にお兄ちゃんと寝てくれ、ハニー」
 絶対に、お兄ちゃんなんて呼ぶものか――。
 そんなイヴの感情は、何時だってアランには届かない。
(「もういっそ、くたばれ」)
 心の中で悪態を吐く、それでも優しく微笑んで頭を撫で、頬に触れるアランの手が優しくて喉に引っかかったまま。
 ――この人はずるいままなのだと、理解する。
 ささやかな抵抗すら、まるで流れる川に小石を投げ込んだように……何も及ぼす事はない。
「なあ、いいだろ。ハニー?」
 うわごとのように呟いたアラン、既に深紅の瞳は瞼の奥で、見る事は出来ない。
 眠ってしまうなら、それでいい……そう、イヴは唇を噛んだ。
 きっと、歪んだ表情など見ずに済む。
 やがて――強張った表情は、笑みに変わり、静かに腕を抜けだしたイヴは毛布をアランにかけた。
 室内とは言え、冬は冷える……そっとアランの頭を撫でれば、アランの表情は和らいだ。

「御休み、メリークリスマス」

 明日は……一緒に過ごそうか。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3082 / 百々 清世 / 男性 / 21 / インフィルトレイター】
【ja8773 / アラン・カートライト / 男性 / 25 / 阿修羅】
【jb0278 / イヴ・カートライト / 女性 / 19 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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イヴ・カートライト様。
発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。

アラン様バースデーパーティ、後半戦お届けします。
全てを呑みこんだ、真っ白な雪の中はきっと、寂しくも心地よいのだと思います。
――そんな、イメージで書かせて頂きました。
心地よいけれど、苦しい……それがたとえ、愛おしさだとしても。
また、他の方々とは仔細が異なりますので、併せてお読み頂ければ幸いです。

では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
N.Y.E新春のドリームノベル -
白銀 紅夜 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年01月30日

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