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『脱走トナカイ救出作戦 』
千獣3087

「毎度済まんが、トナカイを──」
 連れ戻してくれ、と言いかけ、『PMHC(ペットメンタルヘルスクリニック)けもののきもち』に足を踏み入れたマッチョおやじ・ブラックサンタは院内の惨状に目を丸くした。ここが毛色の変わった動物病院というより、診察室の扉が異世界にリンクしまくっている節操のないパワースポットなのは承知している。たった今、その一つから出てきたのだから。しかし、これは──
「怪獣でも暴れたか?」
 思わず呟くと、受付であったあたりを覆っていた椅子やテーブルやマガジンラックの残骸ががらがらと崩れ、中からブラックサンタに劣らぬ筋骨隆々の大男と、その太い腕にかばわれた目つきの悪い中年女──どちらも壊滅的に白衣が似合わない──が現れた。
「いよう、遅いご登場だねぇブラックじじい?」
 人呼んで霊道の魔女こと怪人白衣ババア、PMHC院長・随豪寺徳(ずいごうじ・とく)の機嫌はすこぶる悪そうだ。
「ねえ、言ってなかったっけ? うちは躾のなってないペットはお断りしてんだ」
「おいおい、『これ』をうちの枝角野郎がやらかしたってのか!? あいつは毎年仕事前のプレッシャーに負けて逃げ出すくらいのヘタレで、こんな暴力沙汰を起こす度胸なんざ──」
「ないのはわかってるさ」
「ブラックさんのトナカイ君は、泣きながら逃げ回ってただけなのです」
 ブラックサンタの抗議をあっさり肯定する院長に、助手の大男・只乃久朗(ただの・くろう)がつけ加える。
「いったい、何がどうなって……」
 状況の掴めない彼が聞かされた話は、こうだ。
 とある診察室の扉から悲鳴を上げて飛び出してきた人語を喋るトナカイと、彼を追い回すぼんやりとした影──目撃した久朗によれば、象ほどもあるトナカイに見えたという──がクリニック内で傍若無人な鬼ごっこを繰り広げた末、別の扉に飛び込んでいった、と。
「……済まん」
「済まんで済んだら警察いらないから。ともかく、そっちのトラブルはそっちで解決しとくれ……と、言いたいところだが。どうせアレだろ、速攻解決しないとクリスマスにサンタクロースに変身できなくて俺様と世界の良い子達困っちゃう、ってんだろ?」
 棘のある口調ではあるが、白衣ババアは協力してくれるらしい。
「どの扉に入ったかは判ってるし、あんただけじゃ手が足りないだろうから、バイト招集してやんよ」

 そんなわけで、以下の募集となる。

■動物好きな方、大募集!■
 ヘタレなトナカイを正体不明の巨大トナカイから救助していただくお仕事です☆
 勤務地;『けもののきもち』第八診療室。どこぞの街にリンク。
 どこぞの街;中世ヨーロッパ風の小規模な市街。住民は基本的に温厚。郊外に礼拝堂と共同墓地と温泉あり。
 トナカイ;プレッシャーに弱いヘタレ。♂。上記街中を逃げ回っているが、いずれ郊外に追い出される見込み。
 巨大トナカイ:上記トナカイをなぜか追い回している。一般人にはぼんやりとした影としか認識できない。


「……あんなふわっとした内容で大丈夫なのか?」
 ふるまわれたジャンジャーティーをすすりつつ、もっともな疑問を投げるブラックサンタに、
「こんなうさんくさいネタに応募してくるのは異能の持ち主くらいだよ。ちなみに」
 白衣ババアは悪相を更に歪めて、もとい、悪戯っぽくつけ加えた。
「街の住民、二足歩行の犬だってさ」

 

○全員集合

「バロッコ……?」
「ご、誤解するでないぞ千獣(せんじゅ)、我輩、初めての道を散策しておっただけで!」
 『けもののきもち』にやって来た千獣の腕に飛び込んできたのは、例によって迷子だったらしき魔わんこ・バロッコである。どこでどうしていたやら、お決まりの言い訳を喚く姿は蜘蛛の巣まみれ、涙目で小刻みに震えている。
「そう、なんだ……バロッコ……荒ぶる、魔物、だったんだよね……?」
「や、だからな、断じて道に迷ってなど──ふむ? ああ、いかにも我輩、荒ぶりまくりであったぞ!」
「だったら、獲物、追うの、得意、だよね……?」
「はっ! 当然であろう。ひとたび狙わば逃すまじ!」
 弁明の必要がないと悟るや、とたんに意気軒昂なバロッコである。依頼内容を聞かされ、逸りたつ。二人に近づいてきたジェイドック・ハーヴェイも、苦笑して退散した。
「協力、して、くれる……?」
「よかろう! したが、派手に動き回ればそのぶん腹が、なんだ、麺を欲すると申すか──」
 意味するところを理解し、千獣は頷いた。
「終わったら……また、あの、続き……しよう……?」
 そうこうするうちにアルバイト最後の一人、東雲緑田(しののめ・ぐりんだ)が到着し、白衣ババアと助手に見送られた一同は第八診療室の扉をくぐった。


○役割分担

 扉の向こうは、大混乱だった。
「怪物が出たぁ!」
「鹿のお化けと靄のお化けよ!」
「おかーさん、どこー!?」
 彩色された板石を敷き詰めた広場を右往左往しているのは、二足歩行の犬、犬、犬──
 服装からして殆どが一般市民のようだが、ところどころに制服姿も見受けられる。その中のグレートデーンとマスティフの強面コンビが一行に気づき、手を振った。
「よう、待ってたぜ」
「こっちだ!」
 話は既に通っているらしい。挨拶そっちのけで地図を広げ、街の概要を説明してくれた。
「──と、まあ、こんなとこだ。郊外に追い出してくれるなら、この道を行ってくれ」
 それは俺が、とブラックサンタが唸る。
「うちの阿呆の不始末は、俺の不始末だからな」
「私と、バロッコ、も、やる……」
 千獣も名乗りを上げた。
「狩りは……チームワークが、大事」
「ああ、うん、念の為言っとくと、うちの奴は捕まえるだけな?」
 言わいでもの心配をするブラックサンタに、大丈夫、と千獣は頷いた。
「謎トナカイさんは僕にお任せください」
 すい、と手を挙げたのは魔法使い緑田だ。ひとまわり小さく見えるのは気のせいだろうか。
「今回予算不足ですので、緑田体を張りました。連絡、通訳、アナライズと果たしてみせます」
 前半はよくわからないが、後半はありがたい申し出だ。皆、否やはない。
 と、広場から放射状に伸びる道の一つから、制服シェパードが駆け込んできた。
「避難誘導の手が足りないの! 誰か──」
「では、俺がやろう」
 応えたジェイドックを見上げ、シェパードはにこりと笑った。
「あなたの声、響きそうね。お願いするわ」
「よし、それじゃあ後は──」
 見下ろすマスティフの視線に動じることなく、ウラは可愛らしく小首をかしげ、しかし尊大に言い放つ。
「あたし? あたしは出番まで好きにさせてもらうわ。自分の身は自分で守れるし」
「それもいいさ。たぶん、お仲間もできるだろう」


○作戦開始

 千獣とバロッコはトナカイの匂いを辿り、小綺麗ながらほんのり犬くさい街を走っていた。
 残された痕跡は右に飛び左に跳ね、追われる側の動揺を物語っており、蹄の形に抉れた敷石や、何らかの衝撃に崩れかけた建物は、追う側の見境なさを表している。できるだけ早く、街の外で待機しているブラックサンタのところへトナカイを追い立てねばならない。
「餌、以外で……獣が、獣を、追う、理由……縄張り、とか……恋、とか……しか、思い、つかない、けど……」
「で、あるな」
 とはいえ繁殖期としては、
「季節、外れ……」
 なのだ。ただ、巨大トナカイはその仮称どおりの規格外だし、常識にあてはまらないのかもしれない。
「ま、直に確かめればよか──ッくしょい! むう、なんだこれは?」
 バロッコのくしゃみに飛ばされ、千獣の鼻先にゆらりと漂って来たのは、
『しーきゅーしーきゅー、コチラ緑田。追跡組サン、聞コエマスカ?』
 半透明親指サイズなぜか二頭身の緑田その人であった。
『謎となかいサン忠犬通リヲ北上中、へたれサンソノ前方約100mヲ猟犬通リニ向カッテイマス。次ノ角右折デ商店街ヲ突ッ切ルトかっといん可能デス。おーばー』
 伝えるだけ伝えると、ミニ緑田は消滅した。
「バロッコ……!」
「いざ、参らん!」

 久々に見る逃亡トナカイは、やっぱりいつものトナカイだった。
 お助け、とか、なんで俺ばっかり、といった泣き言を並べつつ疾走してくる。後方から巨大トナカイも現れた。
「ふ、四つ足の分際で人語を操るとは生意気である!」
 己の風体を棚に上げ、魔わんこは案外鋭い牙を剥いた。
「おとなしく我輩に従うがよい!」
 突如足もとに飛び込んできた黒白毛玉に、トナカイが悲鳴を上げる。
「ぎゃぁぁ! 変なの増えたぁ!」
「無礼者! 我輩を誰と心得る!」
 超小型犬のちょこまかとせわしない動きに翻弄され、トナカイはあっさりと進路を変えた。
 千獣はその背後を守りながら、避難しそびれたのか好奇心が勝ったか、往来に出てこようとする住人に呼びかけた。
「中に、居て、危ない、から……!」
 彼女達が割って入った僅かな時間に、巨大トナカイはかなり距離を詰めていた。一刻も早く、舞台を移さねばならない。
 それにしても、と肩越しに振り返り、千獣は思った。
 敷石を砕かんばかりの荒々しさにもかかわらず、巨大トナカイにあまり興奮の色が見られない。逃げるトナカイが目を血走らせ、口の端に泡をこびりつかせていたのとは対照的だ。抱いているのが好意か敵意かは、未だ定かではない。ただ、尋常ならざる執着は感じられる。なにか、心をざわつかせるような強い執着が。
 住宅がまばらになり、舗装された道が終わり、アーチ型の門をくぐると、いきなり視界が開けた。広々とした冬枯れの原が、なだらかな傾斜を描いて低い丘に続いている。
「この枝角阿呆が!」
 待ち構えていたブラックサンタの怒号にまじって、トナカイの言い訳が聞こえる。
 バロッコのきんきん声がひときわ高く響いた。
「奴は止まらんぞ! 気をつけろ!」
 千獣は踵を返しざま、体を低くし横に飛んだ。その手から疾風刃が放たれる。透明な鎖を突進する巨体の首に絡ませ、渾身の力で引き留めた。巨大トナカイは依然読めない表情のまま、角を振りたて、後足で立ち上がり、抗うだけ抗った後、地響きをたてて倒れた。


○巨大トナカイの正体

 聖獣装具に絡め取られた巨大トナカイは力尽きたのか、さっきまでの勢いが嘘のように横たわっている。ブラックサンタにどやされ、べそをかくトナカイに、反応する様子もない。
 ほどなく任務完了の報を受けたジェイドック、ウラも合流した。
「それにつけても、こやつは何者だ?」
 千獣の肩によじ登ったバロッコが、鼻を鳴らす。
「お待たせしました、アナライズ完了です」
 いつのまにか緑田がいた。かなりやつれた感じだが、体格は元に戻っている。
「ざっくり言いますと、謎トナカイさんは、へたれトナカイさんになれなかったトナカイさん達が原料です」
「なれなかった、って……?」
 千獣の問いに、緑田は頷き、言葉を継いだ。
「サンタさんの橇を引くのは、愛と平和と勇気と希望に満ちた、たいへん名誉なお仕事だそうです」
「ああ。なんとなく、読めたぞ」
 呟いたのは、ジェイドックである。
「そんな狭き門なら、こう毎年毎年逃げ出して騒ぎを起こしていれば、なりたくてもなれなかった奴らは面白くないだろう」
「ちっ、そういうことかよ……けどまあ可哀想だが、いまのとこ、この阿呆を上回る素質の主は出てねえからなあ」
 ブラックサンタさえも憮然となった。
 当の『阿呆』にとっても思わぬ理由であったようだ。ただまばたきしているだけの、自分になりたかった同朋におずおずと近づいていった。
「あの、ごめん……ごめんなさい……俺、仕事が嫌なんじゃないんだ。ほんとだよ。ただ、俺……怖くてさ。今年もちゃんとこなせるかなって、考えるとほんと、怖くなっちゃって、いてもたってもいられなくなって……だから、その、君を、君達を傷つけるつもりはなかったんだ。ほんと、ごめん……」
 トナカイがぽたぽたと涙を落として謝るにつれ、千獣は鎖に手応えがなくなるのを感じていた。
「──縮んでおるな」
 誰に言うともなくバロッコが述べる。 
 泣いて詫びるトナカイに、動かぬまま小さくなってゆくトナカイ──
 どうにも湿っぽくなってきた折りも折り、パチン! と鼻先で小さな雷が鳴り、二頭は飛び上がった。弾みで互いの鼻づらが触れる。
 ヒヒッという独特な笑い声に、場の視線がウラに集まった。
「まあ落ち着きなさいよ。誰も死んでないのにお通夜みたいじゃ、変よ?」
「あとですね、補足させていただきますと」
 今度は緑田だ。
「謎トナカイの形をとって、牡であるへたれさんを追い回しているうちに、愛憎渦巻いちゃって牝っぽい雰囲気になった模様です」
「ほぅら、やっぱり女じゃない?」
 あたしの言うことに間違いはないのよ、とウラが胸を張る。照れて前足で地面を掘るへたれトナカイに、ちょうどいいサイズにおさまった牝トナカイがそっと寄り添う様に、
「おや、こうしてはいられませんね」
 緑田はどこからか屋台を引っ張り出した。可視領域を越えた早業で提供するは、上空にヤドリギが浮いた動物カップル用ラーメンだ。
「おう、麺であるな!」
 好物の登場に鼻をひくつかせ、魔わんこがはしゃぐ。
「千獣、千獣!」
「うん……」
 千獣は、次第にがっしりと逞しくなるトナカイを、彼に歩み寄るサンタクロースを、形を解き光り輝く靄となって彼らのまわりを漂うトナカイ達の想いを眺めていた。あの異様な執着はもはや感じられない。贈り物を満載した橇がふわりと宙に浮く。
 もしかしたら、あのトナカイはもう逃げないかもしれない。
 ふと、そんな気がした。


 ──で。
「おやっ、さん……?」
「いつもの頼む、である!」
 注文するなら合い言葉を、との要望に応じるが早いか丼が現れ、
「麺は赤と緑の特製どんぐり粉、スープはこっくりミルク仕立て、なぜか湿気らない素敵なジンジャークッキー添えクリスマスラーメン二丁、お待ち!」
 冬の野原の屋台で麺をすする一人と一匹の図となった。
「我輩、よく下僕に味音痴などと失敬千万な誹謗中傷を受けるのであるが」
 縮れ麺を器用に頬張るバロッコが、傍らの千獣を振り仰ぐ。
「なに、熱い冷たい、気に入る気に入らぬの違いがわかれば十分味わえているのである。食する者が満足すれば、それは単なる補給ではなく食事である! 満足の度合いが高い物こそが美味なる物なのである!」
「ん……」
 千獣はわずかに首をかしげた。正直、美味い、味わう、という感覚はいまひとつわからない。けれどもその定義の垣がそんなにも低いのであれば、遠い記憶の、腹がくちくなるまで平らげ木のウロで眠りについた昔から、自分は『食事』をしていたことになる。
「そう、なら……いい、ね……」
 噛み締め、飲み込み、胃の腑に落ちる温かさに、千獣はうっすらと目を細めた。
「さもあろう! そんなわけで、おやじ、替玉バリカタである!」
「はい喜んで!」
 風にまぎれて、はるか彼方で澄んだ鈴の音が聞こえた。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3087/千獣(せんじゅ)/女性/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3427/ウラ・フレンツヒェン/女性/14歳/魔術師見習にして助手】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性/25歳/賞金稼ぎ】
【6591/東雲緑田(しののめ・ぐりんだ/男性/22歳/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】

NPC
バロッコ/魔わんこ
随豪寺徳(ずいごうじ・とく)/PMHC院長
只乃久朗(ただの・くろう)/PMHC助手


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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千獣様
この度はたいへんお待たせ致しまして、誠に申し訳ございませんでした。
ご参加、ありがとうございます。
おかげさまで、巨大トナカイからへたれトナカイを守ることができました。
魔わんこの意見は大雑把すぎですが、そんな考えもありかな、と。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願い申し上げます。
N.Y.E煌きのドリームノベル -
三芭ロウ クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2013年02月04日

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