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『脱走トナカイ救出作戦 』
ウラ・フレンツヒェン3427

「毎度済まんが、トナカイを──」
 連れ戻してくれ、と言いかけ、『PMHC(ペットメンタルヘルスクリニック)けもののきもち』に足を踏み入れたマッチョおやじ・ブラックサンタは院内の惨状に目を丸くした。ここが毛色の変わった動物病院というより、診察室の扉が異世界にリンクしまくっている節操のないパワースポットなのは承知している。たった今、その一つから出てきたのだから。しかし、これは──
「怪獣でも暴れたか?」
 思わず呟くと、受付であったあたりを覆っていた椅子やテーブルやマガジンラックの残骸ががらがらと崩れ、中からブラックサンタに劣らぬ筋骨隆々の大男と、その太い腕にかばわれた目つきの悪い中年女──どちらも壊滅的に白衣が似合わない──が現れた。
「いよう、遅いご登場だねぇブラックじじい?」
 人呼んで霊道の魔女こと怪人白衣ババア、PMHC院長・随豪寺徳(ずいごうじ・とく)の機嫌はすこぶる悪そうだ。
「ねえ、言ってなかったっけ? うちは躾のなってないペットはお断りしてんだ」
「おいおい、『これ』をうちの枝角野郎がやらかしたってのか!? あいつは毎年仕事前のプレッシャーに負けて逃げ出すくらいのヘタレで、こんな暴力沙汰を起こす度胸なんざ──」
「ないのはわかってるさ」
「ブラックさんのトナカイ君は、泣きながら逃げ回ってただけなのです」
 ブラックサンタの抗議をあっさり肯定する院長に、助手の大男・只乃久朗(ただの・くろう)がつけ加える。
「いったい、何がどうなって……」
 状況の掴めない彼が聞かされた話は、こうだ。
 とある診察室の扉から悲鳴を上げて飛び出してきた人語を喋るトナカイと、彼を追い回すぼんやりとした影──目撃した久朗によれば、象ほどもあるトナカイに見えたという──がクリニック内で傍若無人な鬼ごっこを繰り広げた末、別の扉に飛び込んでいった、と。
「……済まん」
「済まんで済んだら警察いらないから。ともかく、そっちのトラブルはそっちで解決しとくれ……と、言いたいところだが。どうせアレだろ、速攻解決しないとクリスマスにサンタクロースに変身できなくて俺様と世界の良い子達困っちゃう、ってんだろ?」
 棘のある口調ではあるが、白衣ババアは協力してくれるらしい。
「どの扉に入ったかは判ってるし、あんただけじゃ手が足りないだろうから、バイト招集してやんよ」

 そんなわけで、以下の募集となる。

■動物好きな方、大募集!■
 ヘタレなトナカイを正体不明の巨大トナカイから救助していただくお仕事です☆
 勤務地;『けもののきもち』第八診療室。どこぞの街にリンク。
 どこぞの街;中世ヨーロッパ風の小規模な市街。住民は基本的に温厚。郊外に礼拝堂と共同墓地と温泉あり。
 トナカイ;プレッシャーに弱いヘタレ。♂。上記街中を逃げ回っているが、いずれ郊外に追い出される見込み。
 巨大トナカイ:上記トナカイをなぜか追い回している。一般人にはぼんやりとした影としか認識できない。


「……あんなふわっとした内容で大丈夫なのか?」
 ふるまわれたジャンジャーティーをすすりつつ、もっともな疑問を投げるブラックサンタに、
「こんなうさんくさいネタに応募してくるのは異能の持ち主くらいだよ。ちなみに」
 白衣ババアは悪相を更に歪めて、もとい、悪戯っぽくつけ加えた。
「街の住民、二足歩行の犬だってさ」

 

○全員集合

 ウラ・フレンツヒェンは壊れた家具の山をしげしげと眺め、時間をつぶしていた。
 さっさと出発すればいいのに。このあたしを待たせるなんて、いい度胸じゃない?
 けれどもまあ、魔術を学ぶ者としては、この空間──『けもののきもち』──に漂う妖しい気配は悪くなかった。あの目つきの悪い募集主、魔女を自称するだけのことはあるかもしれない。
 と、山の向こうで話し声がした。
 覗いてみると、いま一人の募集主ブラックサンタと、虎頭人身の獣人ジェイドック・ハーヴェイだ。
「トナカイに追われるトナカイ、か。あいつ、以前はトロルに気に入られていたんだっけ。妙なやつに好かれるみたいだし、今回もその類じゃないのか?」
 ブラックサンタが答える前に、ウラは割って入った。
「それ、女じゃね?」
 愛らしい唇から蓮っ葉な台詞がこぼれる。大男二人をぎょっとさせたのが痛快で、細い喉から「クヒッ」と笑いがこみあげた。
「あたしの推測はこうよ。巨大トナカイはメスで、へたれトナカイに告白したくて追い回してるんじゃないかしら?」
「そういえば……トロルもメスだったな」
 なにか嫌な記憶でも蘇ったのだろうか、ジェイドックは憂鬱そうだ。
 そうこうするうちにアルバイト最後の一人、東雲緑田(しののめ・ぐりんだ)が到着し、白衣ババアと助手に見送られた一同は第八診療室の扉をくぐった。


○役割分担

 扉の向こうは、大混乱だった。
「怪物が出たぁ!」
「鹿のお化けと靄のお化けよ!」
「おかーさん、どこー!?」
 彩色された板石を敷き詰めた広場を右往左往しているのは、二足歩行の犬、犬、犬──
 服装からして殆どが一般市民のようだが、ところどころに制服姿も見受けられる。その中のグレートデーンとマスティフの強面コンビが一行に気づき、手を振った。
「よう、待ってたぜ」
「こっちだ!」
 話は既に通っているらしい。挨拶そっちのけで地図を広げ、街の概要を説明してくれた。
「──と、まあ、こんなとこだ。郊外に追い出してくれるなら、この道を行ってくれ」
 それは俺が、とブラックサンタが唸る。
「うちの阿呆の不始末は、俺の不始末だからな」
「私と、バロッコ、も、やる……」
 千獣も名乗りを上げた。
「狩りは……チームワークが、大事」
「ああ、うん、念の為言っとくと、うちの奴は捕まえるだけな?」
 言わいでもの心配をするブラックサンタに、大丈夫、と千獣は頷いた。
「謎トナカイさんは僕にお任せください」
 すい、と手を挙げたのは魔法使い緑田だ。ひとまわり小さく見えるのは気のせいだろうか。
「今回予算不足ですので、緑田体を張りました。連絡、通訳、アナライズと果たしてみせます」
 前半はよくわからないが、後半はありがたい申し出だ。皆、否やはない。
 と、広場から放射状に伸びる道の一つから、制服シェパードが駆け込んできた。
「避難誘導の手が足りないの! 誰か──」
「では、俺がやろう」
 応えたジェイドックを見上げ、シェパードはにこりと笑った。
「あなたの声、響きそうね。お願いするわ」
「よし、それじゃあ後は──」
 見下ろすマスティフの視線に動じることなく、ウラは可愛らしく小首をかしげ、しかし尊大に言い放つ。
「あたし? あたしは出番まで好きにさせてもらうわ。自分の身は自分で守れるし」
「それもいいさ。たぶん、お仲間もできるだろう」


○散策、そして

 思わせぶりな物言いの大型犬に背を向け、ウラは小綺麗ながらほんのり犬くさい街を歩いていった。
 非常時なせいか、表通りの洒落たカフェやブティック、花屋に本屋、どこも扉を閉ざしている。
 そこで、裏道に入ってみた。こちらも人影──正確には犬影──はなかったが、どう使うのか想像できない雑貨を並べた露店があったり、街路樹脇のベンチに耳と尻尾を誇張した描きかけの似顔絵が置かれていたり、自動給餌器と骨型ガムが融合したみたいな奇妙なオブジェが立っていたりと、暇つぶしにはもってこいだった。
 気づけば、袋小路にいた。
 目の前には喫茶店を兼ねた、小体な洋菓子店がある。ちょうど小腹の空いたウラはいそいそと入ってみたが、ショーケースは空っぽだった。かすかに漂う甘い香りが腹立たしい。
「店を開けておいて売り物がないって、どういうこと?」
 スカートを揺らし、両手を腰に当てて憤慨するウラに声がかかったのは、そのときだ。
「お客様かしら? ただいま文字通り開店休業中よ」 
 見ると、売場横の喫茶室からビションフリーゼが顔を覗かせている。
「オーナーは全商品持参で差し入れに行っちゃったの。万一に備えて竃の火まで落としてしまったものだから、お茶も飲めなくてよ」
「なら、おまえはなぜ居るの?」
「こんな路地の奥なら、体の大きいお化けは入れないでしょう? だから避難かたがた勝手にお留守番」
 常連だというふわふわした犬は、手にした刺繍を見せて笑う。天窓から午後の光が差し込む喫茶室は、なかなか快適そうだ。
 そこへ、
「あーやっぱ留守かぁ」
「店ほったらかしなんて、らしいよねえ」
 パピヨンやらポメラニアンやらマルチーズやらヨーキーやらがぞろぞろとやってきた。
「今夜はクリスマスイブなのに、オーナー、どうすんだろ」
「どうもこうも、お化けを退治しなかったらケーキ無しだろ」
「そんなの嫌ぁ〜!」
 優秀なパティシエらしきオーナーの噂を聞くにつれ、ウラの空腹感は増していった。
 よって、唐突に出現した半透明親指サイズなぜか二頭身の緑田に、へたれトナカイ保護及び巨大トナカイ捕縛を告げられたウラは、急いで街の外へむかったのであった。


○巨大トナカイの正体

 住宅がまばらになり、舗装された道が終わり、アーチ型の門をくぐると、いきなり視界が開けた。広々とした冬枯れの原が、なだらかな傾斜を描いて低い丘に続いている。
 任務完了の報を受けたウラ、ジェイドックが合流したときには、巨大トナカイは千獣の聖獣装具に絡め取られ、地に横たわっていた。もはや力も尽きたか、さんざん追い回していたトナカイがすぐ近くにいるというのに、じっと動かない。
「それにつけても、こやつは何者だ?」
 千獣の肩にしがみついたバロッコが、鼻を鳴らす。
「お待たせしました、アナライズ完了です」
 いつのまにか緑田がいた。かなりやつれた感じだが、体格は元に戻っている。
「ざっくり言いますと、謎トナカイさんは、へたれトナカイさんになれなかったトナカイさん達が原料です」
「なれなかった、って……?」
 千獣の問いに、緑田は頷き、言葉を継いだ。
「サンタさんの橇を引くのは、愛と平和と勇気と希望に満ちた、たいへん名誉なお仕事だそうです」
「ああ。なんとなく、読めたぞ」
 呟いたのは、ジェイドックである。
「そんな狭き門なら、こう毎年毎年逃げ出して騒ぎを起こしていれば、なりたくてもなれなかった奴らは面白くないだろう」
「ちっ、そういうことかよ……けどまあ可哀想だが、いまのとこ、この阿呆を上回る素質の主は出てねえからなあ」
 ブラックサンタさえも憮然となった。
 当の『阿呆』にとっても思わぬ理由であったようだ。ただまばたきしているだけの、自分になりたかった同朋におずおずと近づいていった。
「あの、ごめん……ごめんなさい……俺、仕事が嫌なんじゃないんだ。ほんとだよ。ただ、俺……怖くてさ。今年もちゃんとこなせるかなって、考えるとほんと、怖くなっちゃって、いてもたってもいられなくなって……だから、その、君を、君達を傷つけるつもりはなかったんだ。ほんと、ごめん……」
 トナカイがぽたぽたと涙を落として謝るにつれ、千獣は鎖に手応えがなくなるのを感じていた。
「──縮んでおるな」
 誰に言うともなくバロッコが述べる。 
 泣いて詫びるトナカイに、四肢を投げ出し倒れたまま小さくなってゆくトナカイ──
 ウラは、さっきから面白くなかった。
 なんなの、この愁嘆場は!
 なめらかな頬をぷっと膨らまし、周りの大人達をじろりと睨む。少女らしい潔癖さにかかれば、
 なりたくてもなれなかった? なら所詮そこまでってことでしょ。己の器を認められず、逆恨みで醜態を晒すなんて!──で、あった。
 とはいえ、ずばりと切って捨てるだけではつまらない。
 そこで、代わりに軽く指を鳴らし、二頭のトナカイの間でパチン! と小さな雷を鳴らしてやった。驚いて跳ね上がった弾みに互いの鼻先が触れ、明らかにどぎまぎしている様子が愉快で、ヒヒッと独特な声が漏れる。場の視線が彼女に集まった。
「まあ落ち着きなさいよ。誰も死んでないのにお通夜みたいじゃ、変よ?」
 流れが変わった事に満足し、ウラは言った。
「あとですね、補足させていただきますと」
 今度は緑田だ。
「謎トナカイの形をとって、牡であるへたれさんを追い回しているうちに、愛憎渦巻いちゃって牝っぽい雰囲気になった模様です」
 指さす先には、照れて前足で地面を掘るへたれトナカイに、ちょうどいいサイズにおさまった牝トナカイがそっと寄り添っていた。
「ほぅら、やっぱり女じゃない?」
 あたしの言うことに間違いはないのよ、とウラは胸を張る。
「おや、こうしてはいられませんね」
 緑田はどこからか屋台を引っ張り出した。可視領域を越えた早業で提供するは、上空にヤドリギが浮いた動物カップル用ラーメンだ。
「おう、麺であるな!」
 好物の登場に鼻をひくつかせ、魔わんこがはしゃぐ。
「ふむ。実によいタイミングだったよ」
 豊かな鐘の音に似た声に、ウラは振り返った。
 どうやら、ブラックサンタはなるべき状態になれたようだ。お馴染みの衣装をまとった福々しい老人が、癇に障るくらい慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「どれ。よい子には何を差し上げようかのう」
 優しげな声に、ウラは小さな頭をつんと反らせた。
「冗談でしょ。聖人にプレゼントを貰うほど落ちぶれちゃいないわ」
「ほほう。では、適切に行使された魔術への対価、ということで如何かな」
 そういうことなら、話は別だ。
「……そうね、クリスマスパーティーで遊んで行けるなら、それでいいわ。ケーキとかお菓子とかあるんでしょ」
「うむうむ。では、君が気になっていた店に行くとよい」
 すべてお見通し風な口調にはカチンときたが、提案じたいは悪くない。
 ウラは、次第にがっしりと逞しくなるトナカイを、彼に歩み寄るサンタクロースを、形を解き光り輝く靄となって彼らのまわりを漂うトナカイ達の想いを眺めやった。贈り物を満載した橇がふわりと宙に浮く。
 もしかしたら、あのトナカイはもう逃げないかもしれないわね。
 ふと、そんな気がした。


 ──で。
「メリークリスマス!」
「お招きありがとう!」
 本日貸切の札を下げた袋小路の洋菓子店は、甘い匂いと晴れ着の犬達でいっぱいだ。
 リースやモールで可愛らしく飾られた喫茶室は、オーナーこと強面のドーベルマンが出来上がった菓子を持って現れる度どよめいた。
 ウラは常連客達とトランプに興じ、合間にクロカンブッシュのツリーから小さなシュークリームをつまんだ。キャラメルの香ばしさとカスタードの濃さがたまらない。手札を確認し、泡立てたホットココアをひとくち飲んでから、高らかに宣言する。
「上がり! またあたしが王様ね!」
 そして、ちょうど運ばれてきた、サンタクロースとトナカイと橇の飾りが乗った三段のケーキを上機嫌で指し示した。
「あのケーキを所望であるぞ。そこの犬ども、あたしにかしずきなさい!」
 歓声と悲鳴が入り交じる中、どこか遠くで澄んだ鈴の音が聞こえた。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3427/ウラ・フレンツヒェン/女性/14歳/魔術師見習にして助手】
【3087/千獣(せんじゅ)/女性/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性/25歳/賞金稼ぎ】
【6591/東雲緑田(しののめ・ぐりんだ/男性/22歳/魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】

NPC
バロッコ/魔わんこ
随豪寺徳(ずいごうじ・とく)/PMHC院長
只乃久朗(ただの・くろう)/PMHC助手


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ウラ・フレンツヒェン様
この度はたいへんお待たせ致しまして、誠に申し訳ございませんでした。
ご参加、ありがとうございます。
おかげさまで、巨大トナカイとへたれトナカイの和解が成りました。
犬の街の散策、楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願い申し上げます。
N.Y.E煌きのドリームノベル -
三芭ロウ クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年02月04日

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