『脱走トナカイ救出作戦 』

東雲・緑田（6591）

「毎度済まんが、トナカイを──」
　連れ戻してくれ、と言いかけ、『PMHC（ペットメンタルヘルスクリニック）けもののきもち』に足を踏み入れたマッチョおやじ・ブラックサンタは院内の惨状に目を丸くした。ここが毛色の変わった動物病院というより、診察室の扉が異世界にリンクしまくっている節操のないパワースポットなのは承知している。たった今、その一つから出てきたのだから。しかし、これは──
「怪獣でも暴れたか？」
　思わず呟くと、受付であったあたりを覆っていた椅子やテーブルやマガジンラックの残骸ががらがらと崩れ、中からブラックサンタに劣らぬ筋骨隆々の大男と、その太い腕にかばわれた目つきの悪い中年女──どちらも壊滅的に白衣が似合わない──が現れた。
「いよう、遅いご登場だねぇブラックじじい？」
　人呼んで霊道の魔女こと怪人白衣ババア、PMHC院長・随豪寺徳（ずいごうじ・とく）の機嫌はすこぶる悪そうだ。
「ねえ、言ってなかったっけ？　うちは躾のなってないペットはお断りしてんだ」
「おいおい、『これ』をうちの枝角野郎がやらかしたってのか！？　あいつは毎年仕事前のプレッシャーに負けて逃げ出すくらいのヘタレで、こんな暴力沙汰を起こす度胸なんざ──」
「ないのはわかってるさ」
「ブラックさんのトナカイ君は、泣きながら逃げ回ってただけなのです」
　ブラックサンタの抗議をあっさり肯定する院長に、助手の大男・只乃久朗（ただの・くろう）がつけ加える。
「いったい、何がどうなって……」
　状況の掴めない彼が聞かされた話は、こうだ。
　とある診察室の扉から悲鳴を上げて飛び出してきた人語を喋るトナカイと、彼を追い回すぼんやりとした影──目撃した久朗によれば、象ほどもあるトナカイに見えたという──がクリニック内で傍若無人な鬼ごっこを繰り広げた末、別の扉に飛び込んでいった、と。
「……済まん」
「済まんで済んだら警察いらないから。ともかく、そっちのトラブルはそっちで解決しとくれ……と、言いたいところだが。どうせアレだろ、速攻解決しないとクリスマスにサンタクロースに変身できなくて俺様と世界の良い子達困っちゃう、ってんだろ？」
　棘のある口調ではあるが、白衣ババアは協力してくれるらしい。
「どの扉に入ったかは判ってるし、あんただけじゃ手が足りないだろうから、バイト招集してやんよ」

　そんなわけで、以下の募集となる。

■動物好きな方、大募集！■
　ヘタレなトナカイを正体不明の巨大トナカイから救助していただくお仕事です☆
　勤務地；『けもののきもち』第八診療室。どこぞの街にリンク。
　どこぞの街；中世ヨーロッパ風の小規模な市街。住民は基本的に温厚。郊外に礼拝堂と共同墓地と温泉あり。
　トナカイ；プレッシャーに弱いヘタレ。♂。上記街中を逃げ回っているが、いずれ郊外に追い出される見込み。
　巨大トナカイ：上記トナカイをなぜか追い回している。一般人にはぼんやりとした影としか認識できない。


「……あんなふわっとした内容で大丈夫なのか？」
　ふるまわれたジャンジャーティーをすすりつつ、もっともな疑問を投げるブラックサンタに、
「こんなうさんくさいネタに応募してくるのは異能の持ち主くらいだよ。ちなみに」
　白衣ババアは悪相を更に歪めて、もとい、悪戯っぽくつけ加えた。
「街の住民、二足歩行の犬だってさ」

　

○全員集合

「それじゃあそろそろ出発……おや、一人足りないね」
　白衣ババアが呟いた瞬間、
「話は全て聞かせてもらいました！」
　景気よくスパーンと扉を開けて、東雲緑田（しののめ・ぐりんだ）が登場した。ちなみに壊れた家具の山から。
「どこにでもドア繋げるねえ、あんたは」
「でも緑田さん、ちょっとお疲れっぽいのです」
　呆れ顔の院長を会釈でかわし、ブラックサンタに駆け寄る緑田は、なるほど、久朗の言う通りなんだかよれた感じであったが、
「はい、全て聞かせていただきましたとも！」
「お、おお」
　強面おやじもたじろぐテンションは相変わらずだ。ごつい両手を掴んでかきくどく。
「この東雲緑田、サンタさんの為に誠心誠意尽くさせていただきます、えぇ、ええ！　だからこの愛の大不況を、勇気とか希望で満たしてください！　是非！」
　彼が必死なのも無理はない。昨今の世情から、緑田はピンチが続いていた。使命を果たすべく魔女っ子に任命しようとするや、小さいお子さんからは不審者扱い──まあ、これは元からと言えなくもないので、ならばと望みを託した大きいお友達も、何を怖れてかノリが悪い。
「僕はあんなぽっと出大人気の生き物とは無関係なのに──」
「おっと、我輩の悪口はそこまでである！」
　きんきん声に、緑田は我に返った。いつのまにか、肩に黒白チワワが乗っていた。ただの愛玩動物でないことは、すぐさま判った。皆まで言うな、と潤んだ目が語っている。ぐるぐる眼鏡の奥の涙をそっと拭い、緑田が力強く頷くのと、手を放されたブラックサンタがほっとするのと、院長が苛々と声をかけたのはほぼ同時であった。
「──いいかな、もう？　とっとと出かけとくれ」
　そんなこんなで、白衣ババアと助手に見送られ、一同は第八診療室の扉をくぐった。


○役割分担、そして

　随豪寺院長は演出と思ったようだが、実は緑田が家具の山から出てきたのは偶然であった。
　ドアは『繋げた』のではなく、正確には『繋がっちゃった』のだ。
　なにしろ彼は、廊下側から待合室の戸を開けたつもりだったのだから。
　──まあ、よくあることだ。気にしてはいけない。
　そんな訳で、皆と一緒に第八診療室に入った筈が、気がつけば緑田は小綺麗でほんのり犬くさい街の往来に一人ぽつんと佇んでいた。
　否、正確には一人ではなかった。
　前方に鳴き喚くトナカイの後姿が見えるということは。
　背後から不吉な地響きがするということは。
　緑田はくるりと振り向いて、
「あぁ、これは」
　よろしくないかもです、と言い終わる暇もあらばこそ、真正面から巨大トナカイの太い蹄に蹴散らされた。
　かしゃん、と妙に軽やかな音とともに粉々に砕けた緑田は、しかし、その四分の一ほどがトナカイの毛皮に取りつく事に成功した。一粒一粒がミクロンレベルの緑田であり、獣毛をしっかと握りしめている。一方、舗装路にぶちまけられた残る四分の三はするするとスムーズに寄り集まって、分量が足りないぶん、本来サイズより少々小ぶりな緑田を形成した。
「頑張ってくださいね」
　巨大トナカイと共に去る自分達へエールを送り、緑田はよっこらせと立ち上がると、服の埃を払った。
「さて、皆さんはいったい何処に」
　ちなみにここまでの展開は通りに面したとある窓からばっちり目撃されており、たまたまやり手の興行主だったことから、後日犬の街は一大怪奇ブームに沸き返るのだが、それは緑田の与り知らぬことであった。
　
　勘を頼りに歩き出した緑田は、何度か角を曲がるうちに着衣二足歩行の犬達が右往左往する、彩色された板石を敷き詰めた広場に辿りついた。
「怪物が出たぁ！」
「鹿のお化けと靄のお化けよ！」
「おかーさん、どこー！？」
　服装からして殆どが一般市民のようだが、ところどころに制服姿も見受けられる。
　そのうちのグレートデーンとマスティフの強面コンビと一緒に、はぐれた仲間達がいた。
「やれやれ、間に合ったようですね」
　緑田は雑踏をするりするりと抜け、会話が拾えるところまで距離を詰める。
　話は既に通っているらしい。地図を広げ、街の概要を説明している最中だった。
「──と、まあ、こんなとこだ。郊外に追い出してくれるなら、この道を行ってくれ」
　それは俺が、とブラックサンタが唸る。
「うちの阿呆の不始末は、俺の不始末だからな」
「私と、バロッコ、も、やる……」
　千獣も名乗りを上げた。
「狩りは……チームワークが、大事」
「ああ、うん、念の為言っとくと、うちの奴は捕まえるだけな？」
　言わいでもの心配をするブラックサンタに、大丈夫、と千獣は頷いた。
　そこで、緑田もすい、と手を挙げ参加する。
「謎トナカイさんは僕にお任せください。今回予算不足ですので、緑田体を張りました。連絡、通訳、アナライズと果たしてみせます」
　正確には『張っちゃった』のだが、今現在アナライズに大忙しであり特にツッコミもなかったので、詳細は省いていいだろう。
　と、広場から放射状に伸びる道の一つから、制服シェパードが駆け込んできた。
「避難誘導の手が足りないの！　誰か──」
「では、俺がやろう」
　応えたジェイドックを見上げ、シェパードはにこりと笑った。
「あなたの声、響きそうね。お願いするわ」
「よし、それじゃあ後は──」
　見下ろすマスティフの視線に動じることなく、ウラは可愛らしく小首をかしげ、しかし尊大に言い放つ。
「あたし？　あたしは出番まで好きにさせてもらうわ。自分の身は自分で守れるし」
「それもいいさ。たぶん、お仲間もできるだろう」


○巨大トナカイの正体

　千獣とバロッコに、追いつ追われつのトナカイ達の現在位置を伝えた後、緑田も街の外に向かった。
　途中でジェイドックとウラにも連絡を送る。
　住宅がまばらになり、舗装された道が終わり、アーチ型の門をくぐると、いきなり視界が開けた。広々とした冬枯れの原が、なだらかな傾斜を描いて低い丘に続いている。
　巨大トナカイは千獣の聖獣装具に絡め取られ、じっと横たわっていた。さきほど彼を蹴散らした勢いは既になく、ブラックサンタにどやされ、べそをかくトナカイに反応する様子もない。ほどなく、ジェイドックとウラが合流した。
「それにつけても、こやつは何者だ？」
　千獣の肩にしがみついたバロッコが、鼻を鳴らす。
　その答えを知っているのは、続々帰還するミクロ緑田を取り込んで、じわじわと元の体格に戻りつつある緑田だけだ。膨大かつ複雑な情報に圧倒され、今度は些かやつれてきていたが、ともかく口を切る。
「お待たせしました、アナライズ完了です」
　もっとも、人語に組み立て直すのはまた別問題だ。どうにかして、それも端的に伝えようとするならば、超訳しかない。
「ざっくり言いますと、謎トナカイさんは、へたれトナカイさんになれなかったトナカイさん達が原料です」
　相当なざっくり加減だが、やむをえまい。
「なれなかった、って……？」
　千獣の問いに、緑田は頷き、言葉を継いだ。
「サンタさんの橇を引くのは、愛と平和と勇気と希望に満ちた、たいへん名誉なお仕事だそうです」
「ああ。なんとなく、読めたぞ」
　呟いたのは、ジェイドックである。
「そんな狭き門なら、こう毎年毎年逃げ出して騒ぎを起こしていれば、なりたくてもなれなかった奴らは面白くないだろう」
「ちっ、そういうことかよ……けどまあ可哀想だが、いまのとこ、この阿呆を上回る素質の主は出てねえからなあ」
　ブラックサンタさえも憮然となった。
　当の『阿呆』にとっても思わぬ理由であったようだ。ただまばたきしているだけの、自分になりたかった同朋におずおずと近づいていった。
「あの、ごめん……ごめんなさい……俺、仕事が嫌なんじゃないんだ。ほんとだよ。ただ、俺……怖くてさ。今年もちゃんとこなせるかなって、考えるとほんと、怖くなっちゃって、いてもたってもいられなくなって……だから、その、君を、君達を傷つけるつもりはなかったんだ。ほんと、ごめん……」
　トナカイがぽたぽたと涙を落として謝るにつれ、千獣は鎖に手応えがなくなるのを感じていた。
「──縮んでおるな」
　誰に言うともなくバロッコが述べる。　
　泣いて詫びるトナカイに、四肢を投げ出し倒れたまま小さくなってゆくトナカイ──
　どうにも湿っぽくなってきた折りも折り、パチン！　と鼻先で小さな雷が鳴り、二頭は飛び上がった。弾みで互いの鼻づらが触れる。
　ヒヒッという独特の笑い声に、場の視線はウラに集まった。
「まあ落ち着きなさいよ。誰も死んでないのにお通夜みたいじゃ、変よ？」
「あとですね、補足させていただきますと」
　流れが変わったのに乗じ、緑田も割って入る。
「謎トナカイの形をとって、牡であるへたれさんを追い回しているうちに、愛憎渦巻いちゃって牝っぽい雰囲気になった模様です」
「ほぅら、やっぱり女じゃない？」
　照れて前足で地面を掘るへたれトナカイに、ちょうどいいサイズにおさまった牝トナカイがそっと寄り添う様に、あたしの言うことに間違いはないのよ、と、ウラが胸を張る。
「おや、こうしてはいられませんね」
　緑田は袖をひと振り、魔法の腕輪を屋台に変えた。可視領域を越えた早業で提供するは、上空にヤドリギが浮いた動物カップル用ラーメンだ。食べやすいようスープはぬるめ、麺は短めの気配りも忘れない。
「おう、麺であるな！」
　好物の登場に鼻をひくつかせ、魔わんこがはしゃぐ。
　緑田は、次第にがっしりと逞しくなるトナカイを、彼に歩み寄るサンタクロース──もはやブラックサンタの面影はない──を、形を解き光り輝く靄となって彼らのまわりを漂う元謎トナカイを眺めやった。贈り物を満載した橇がふわりと宙に浮く。
　もしかしたら、へたれトナカイさんはもう逃げないかもしれませんね。
　ふと、そんな気がした。


　──で。
「おやっ、さん……？」
「いつもの頼む、である！」
　やや不審げな千獣とバロッコの合い言葉に応じ、緑田はさっと丼を差し出した。
「麺は赤と緑の特製どんぐり粉、スープはこっくりミルク仕立て、なぜか湿気らない素敵なジンジャークッキー添えクリスマスラーメン二丁、お待ち！」
　季節限定でもいつものとはこれ如何に──まあ、決まり文句ですからね。
　冬の野原にラーメンの香りが漂う。
　語らいつつ仲良く麺をすする客をほほえましく眺めていた緑田は、夕空に視線を転じた。
「できればサンタさんにも召し上がっていただきたかったのですが……」
　ブラックでなくなった時点で秒単位の激務開始では、致し方あるまい。世界中の良い子達が待ちわびてているのだ。
　緑田は、彼だけが把握している巨大トナカイの超訳なしの分析内容を思い出していた。
　確かに、今は愛の大不況だ。
　けれど、負のエネルギーなどという括りに収めきれない『あれ』ですら、愛によって昇華に導くことができた。
　なにより、彼は独りではない。愛を信じる者すべてが仲間だ。
　ならばいたずらに嘆かず、粛々と使命に取り組むことこそが、不況打開の有効策なのかもしれない。
　彼の使命、それは夢と希望と愛と勇気と──
「おやじ、替玉バリカタである！」
　せっかくのまとめをぶち壊したのは、鼻で丼を押しやる魔わんこであった。
　が、そんなことを気にする緑田ではない。
　ラーメンもまた、愛の一形態なのだから。
「はい喜んで！」
　風にまぎれて、はるか彼方で澄んだ鈴の音が聞こえた。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【6591／東雲緑田（しののめ・ぐりんだ／男性／22歳／魔法の斡旋業兼ラーメン屋台の情報屋さん】
【3087／千獣（せんじゅ）／女性／17歳（実年齢999歳）／獣使い】
【3427／ウラ・フレンツヒェン／女性／14歳／魔術師見習にして助手】
【2948／ジェイドック・ハーヴェイ／男性／25歳／賞金稼ぎ】

NPC
バロッコ／魔わんこ
随豪寺徳（ずいごうじ・とく）／PMHC院長
只乃久朗（ただの・くろう）／PMHC助手


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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東雲緑田様
この度はたいへんお待たせ致しまして、誠に申し訳ございませんでした。
ご参加、ありがとうございます。
緑田様が体を張ってくださったおかげで、巨大トナカイの正体が判明しました。
昨今の魔女っ子事情にめげず、今後とも頑張っていただきたいです。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願い申し上げます。

N.Y.E煌きのドリームノベル

三芭ロウ

東京怪談

2013年02月04日