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『特攻、プレあけおめ! 〜敦志の凸風呂編〜 』
如月 敦志ja0941


 もうすぐ新年である。
 
 正確には、今日で今年が終わる。
 好奇心半分、そしてちょっとだけ神妙な気持ちも抱えつつ、とある不思議な洞窟にお参りした敦志は、散々な目にあって外に出てきたところだ。
 ひなこも後から心配そうについて出てくる。
 ここは『一年の反省をした後、その内容に応じて何かが降って来る』という触れ込みの洞窟だった。
 まあその噂通り、色々降ってきた訳だが。
 どういう訳か空気を読んで、ひなこの分も敦志が全て引き取る形になったのだ。

「やれやれ……酷い目にあったもんだ……」
 敦志は金盥の直撃を受け、ズキズキ痛む頭を押さえる。
「あの洞窟って、結局どんな意味があったんだろうねぇ?」
 ちなみにひなこは、洞窟で反省などはしていない。
 寧ろ反省しろということで水が滝のように落ちてきたのだが、それを敦志が引き受け、全身びしょ濡れである。
 ひなこが手渡してくれた暖かいお茶で一先ず暖をとったものの、濡れた衣服が張り付いて気持ち悪いことこの上ない。
「敦志くんほんとに大丈夫? このままだと風邪引いちゃうね」
「大丈夫、大丈夫。俺って結構丈夫で……ハクション!!」
 ひなこに気遣われるのは悪い気はしないが、このままでは本当に風邪をひいてしまう。
 そこで、ひなこはひらめいた。
「あ、そうだ、大八木さん。白川先生の家って知ってる?」
 キラキラした目で、傍らの梨香を見た。
「え? ええ、一応わかりますけど……」
「じゃあ決定! 先生の所でお風呂借りちゃおうよ!」
 ひなこが『計画通り』という笑顔を浮かべた。



 梨香は白川の家を把握していた。
「駅から近いな。結構いい所に住んでんだ」
 敦志が梨香の指さすマンションを見上げる。
「でも突然家に押しかけて平気かね……。しかも梨香ちゃん、連れてっていいのか?」
「もう来てしまいました」
 梨香が表情を変えずに呟く。というか、梨香が連れてきた訳で。
 勿論、敦志自身、言葉にしたほどの遠慮はない。寧ろ興味津々だ。
 既に移動で服はほぼ乾きかけていたが、なるべく早く暖まりたいという本音もある。

 ドアホンの軽快な音が響くと、ややあって白川が応答に出た。
 ひなこの元気な声。
「白川先生、こんばんはー! 依頼でちょっと困った事があって相談にきたんだけど、いいでっすか〜?」
 教師宅の襲撃としては、実に上手い口実である。

 ドアを開いた白川は、三人の様子を順に見比べる。
「一体お揃いでどうしたんだね?」
 大晦日の夕方である。掃除でもしていたのか、白川の格好はかなり油断したものだった。
 髪はざんばら、裾を垂らした厚手のシャツの袖はまくり上げられている。
 普段隙のないスーツ姿を見慣れている者にとっては、別人のよう。
 敦志が片手を突き出し、白川に迫る。
「……と、言うことで先生、風呂を貸してください」
「なんだね、藪から棒に」
 いきなり現れた学生が風呂を要求など、普通は驚くに決まっている。
「事情は後でゆっくり……ハァックション!!」
 とは言うものの、明らかに『ずぶ濡れが若干乾いた程度』という風情の敦志がくしゃみを繰り返す様子を見て、何かあったことは理解したらしい。
「とにかくここでは寒いな、中で話を聞こう。少し散らかっているのは勘弁してくれたまえよ」
 敦志を先頭に、三人が室内に続く。

 ひなこは敦志の服の裾を、無意識のうちに掴んでいた。
(白川先生のうちって、こんなのなんだ……)
 好奇心旺盛なひなこにとって、普段少し距離を感じる教師の家を襲撃することは一種の冒険だ。
 放送部の部長としては、面白いネタはいくつでも持っておきたいところでもある。
 まるで宝探しのように、くるくるとよく動く、すばしこそうな瞳が辺りを見回した。
(えへへ、こんなに上手く行くなんて、やっぱり来て良かったってことだよね♪)
 ひなこはワクワクしながら、リビングに足を踏み入れる。
「とにかく如月君、風呂はそっちだ。後で着替えを持って行くから」
「はい、有難うございます」
「栗原君と大八木君は、座って待っていなさい。お茶ぐらいは用意しよう」
 そこでひなこがはいっ! とばかりに片手を上げる。
「先生〜お腹すきましたぁー! ご飯奢ってくーださ〜いっ♪」
 白川がよろめく。
「……なんだね、突然」
「あ、敦志くんがお風呂借りてる間に、ゴハンの準備は手伝うよ? ね、大八木さん! 材料だけ提供してもらえたら嬉しいでぇす!」
 どういうことだと言いたげな風情で、白川がひなこを見遣った。



『ここに着替えを置いておくよ。私ので何とかなるだろう』
「あ、すみません、有難うございます!」
 ユニットバスの半透明の扉の外から聞こえる白川の声に、敦志が答える。
 他人の家のバスルームは、色々と勝手が違って面白いものである。
「へー、こんなシャンプー使ってんだ」
 敦志は置いてある様々な小物を手に取っては、ニヤニヤする。
 熱いシャワーで体も温まり、漸く人心地ついたようだ。
 
 脱衣場に出てきて、濡れた自分の衣服を改める。と、何かが転がり出た。
「育毛剤って……悪意すら感じるな……」
 謎の洞窟でトドメとばかりに降って来た小瓶を取り上げ、敦志が不快そうに眉を寄せた。
 普段前髪を上げているせいか、最近敦志はよく、生え際がやばいと仲間からからかわれている。――洞窟の主は、髪を大事にしろとでも言いたかったのだろうか?
 敦志は洗面台に壜を置くと、バスタオルをわしわしと思い切り動かして、髪の水分を拭き取る。
「ふー……」
 ため息と共に顔を上げると、見なくていいのにバスタオルに目を落としてしまった。
 真っ白い柔らかなタオルに残る、抜けた青い髪。
「……普通の、量だよな」
 なんとなく気になってしまう。
 片手で前髪をかきあげながら、真剣な目で鏡をのぞき込んだ。
「……そんな薄くなったりしてねぇよな……。なんか心配になってくるぜ……」
 大丈夫と信じていても、気になりだすと気になるものである。
「うん、御守りみたいなもんだ。念の為だよ、念の為」
 ブツブツ己に対してのいい訳を繰り返しつつ、ぱしゃぱしゃと小瓶の中身を髪に振りかける。
「でもあれだよな、白川センセだって普段オールバックだぜ? なんで俺だけ薄いとかヤバいとか言われるんだ……」
 丁寧に、念入りにマッサージ。
 ふと思いつき、洗面台の扉をそっとあちこち開いてみる。
「……使ってないのか。なんか腹立つな」
 育毛剤の小瓶を、脱いだ衣服のポケットにそっとしまい込む敦志であった。



 パタパタとスリッパを鳴らし、敦志がリビングに入って来た。
 白川から借りた着替えは、然程具合は悪くない。まあ身長差があるので、パンツの裾がちょっと余るのは仕方ない。
「先生、シャワーありがとうございましたー」
 白川が困惑したような顔を向ける。
「ああ……充分暖まったかね? ああそうだ、君が着ていた服を入れる袋を探して来ようか」
 口実をつけて場を逃れるような白川の様子を、敦志は不思議に思った。
 が、キッチンを覗き込み、その理由を知ることになる。

 そこは戦場だった。――少なくとも、ひなこにとって。
 フライパンを操る姿は、鬼気迫る迫力。
 あちこちに残る赤い物は、ケチャップか。
 調理台の周囲にはフライパンから飛び出したあれやこれやが飛び散り、様々な奮闘の痕跡が見てとれた。
 梨香はハラハラした様子で台布巾を握りしめ、少し距離を開けてひなこの様子を見守っている。
 敦志は一瞬唖然とするも、なんとか声をかける。
「あー……俺も手伝おうか……?」
 それなりに料理の技量に自信のある敦志から見れば、正直危なっかしくて見ていられない光景だった。
「ええと、もうちょっとだから! 敦志君は、座ってて!」
 ひなこがフライ返しを握りしめながら、精いっぱいの笑顔を見せる。

 自分で、作りたいのだ。
 敦志はその気持ちをいじらしいと思い、ひなこに任せることに決める。
(しかし先生……大晦日だってのに大変だな……)
 キッチンの惨状に思わず苦笑い。
「判った、頑張ってな。ただフライパンはちゃんと温めてから、一度濡れ布巾で冷やして使った方がいいと思う。卵料理は火加減次第だからな」
 ボウルに割られた卵を見て、敦志は何を作ろうとしているのかを予想したのだ。
 だが聞こえているのかいないのか、うんうんと頷くのが精いっぱいのひなこだった。


 リビングのテーブルに料理が並ぶ。
 オムライスにほうれん草のポタージュ、温野菜のサラダ。
 敦志が心配した割には、それなりにちゃんとした食卓である。
(盛り付けは案外、綺麗にできてるな)
 敦志は寧ろ途中経過から、この完成形に至ったことが不思議だった。
「さ、敦志君、食べて食べて! あ、先生も食べてくださいね!」
「はいはい、私はついでだね」
「そんなことないですよ〜!!」
 ひなこの元気な声が響くと、部屋の中までが明るくなるようだ。
 敦志は自分の目の前の皿を見つめる。
 ひなこの期待に満ちた眼差しを、横顔に痛いほど感じながら。
(……南無三!!)
 スプーンを取り上げ、口に運ぶ。
「あ……美味しい」
 敦志の表情がぱっと明るくなると、ひなこの顔も明るくなる。
「ほんとに? 敦志君、美味しい?」
 スプーンを手に、敦志が笑顔を向けた。
「うん、正直言って、ちょっと一時はどうなることかと思ったけど」
「ええっ、酷い!」
 ひなこがぷうっと頬を膨らませ、ネコのような瞳で見返して来る。
 ひなこの表情は、そんな風にころころと変わる。
 だから敦志は見飽きることがない。
「ははは、でも味はいいね。美味しいよ」
 手を伸ばし、ひなこの頭をよしよしと撫でてやる。
「えへへ。あたしだってやれば出来る子なんだからね?」
 得意そうにそういうひなこの表情は、花が咲いたように華やいだ。

「……さて、私達も頂くか」
「……そうですね、冷めないうちに」
 白川が澄まし顔でスプーンを取り上げた。
 梨香もそれにならう。
「先生なんですか。俺の顔に何かついてますか?」
「ああ、そうだね。目と鼻と口がついてるよ」
 少し顔を赤らめながら振り向いた敦志に、白川は意味ありげな笑顔で答える。
「あら、もう年が明けますね」
 梨香の声に、皆が時計を見上げた。
 テレビからは何処かのお寺の鐘の音が響く。
「先生、大八木さん、敦志君、明けましておめでとうございますー!」
 ひなこがちょっとおどけたように、ポニーテールの髪を揺らしてお辞儀する。
「明けましておめでとう、今年も宜しく」
「明けましておめでとうございます」
「おめでとうございますー。今年も宜しくな!」
 新たな年も、これまで以上の繋がりを。
 それは言葉にしなくても、きっと皆の胸にある願いなのだろう。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0941 / 如月 敦志 / 男 / 20 / ダアト】
【ja3001 / 栗原 ひなこ / 女 / 14 / アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
NPC邪魔じゃないですか……? と思いつつ、楽しませていただきました。
セットでご依頼いただいたもう一本と、段落単位で一部内容が変わっております。
併せてお楽しみいただければ幸いです。
改めまして、NPC共々、本年もよろしくお願い致します。
N.Y.E新春のドリームノベル -
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エリュシオン
2013年02月04日

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