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『自由への青写真 』
小野友真ja6901


 冬休みも終わり、学園も通常の落ち着きとドタバタを取り戻した頃のこと。

「折角鍵貰ったんやし、ご挨拶に行かへん?」

 小野 友真が加倉 一臣へ見せたのは、そっけないキーホルダーのついた、一本の鍵。
 2012年の暮れ、友人たちとの忘年会に巻き込んだ学園卒業生から巻きあげた――否、プレゼント交換で手にした、事務所の合い鍵である。
『社会見学の場所の一つとして参考になれば。いつでも遊びにおいで』
 渡し主は、たしかにそう言った。
「そういや、お年玉もらい損ねたしな。というのは冗談として」
 正月に、一臣の地元で会えたのは幸運としか言えない。
 二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。




 ――筧 撃退士事務所
 真新しいプレートがはめ込まれた、マンションの一室。
 鼻歌交じりに、主が鍵を差し込む。
 午前中の仕事を終え、一息ついて午後からは後回しにしていたデスクワーク。
 気合を入れるために、近くのコンビニでスナック菓子類を大量に調達している。
「たーだいまー」
 誰も待つ人のいないワンルーム、解っていても習慣はそう簡単に抜けないものだ。

「おかえり!」

 ばさ。
 明るい声が返り、筧 鷹政は手にしていたビニール袋を落とした。
 入ってすぐの応接セットに腰かけた友真が、合鍵を掲げている。
「お出迎えしようと思って……」
「あ、えーと ありがとう…… ようこそ??」
 照れ笑いする友真へ、頭に多くの疑問符を並べながらも鷹政が応じる。
 たしかに合い鍵は渡したし、いつでもおいでとも言った。
 事務所の場所も伝えてある、けど、まさか。
「あ、お土産もあるんやでー!」
 友真は腰を浮かせ、他方の手で携帯を操作。

 ――ガラッ
「ご挨拶の鰹節持って来ました」
「ご紹介に預かりました、鰹節です」
「何してるの!?」

 開錠スキルで窓を開け、部屋の奥から一臣登場。
 キリッと表情を揃える二人へ、今度こそ遠慮なく鷹政が笑った。


 一臣が、そっと窓を閉め、玄関から入り直す。
「だって、忘年会で筧さんがフラグを立てるから……」
「『心臓に悪いから正当な手段で』って、フラグ回収せぇってことやん?」
「ご丁寧なお仕事、痛み入ります……」
 鷹政は目頭を押さえた。
「新年目標を立てつつ未来の事考えてたら、筧さん思い出してん。見学させてもろて、ええですか?」
 ちゃんとしたお土産もあります、と友真が来客対応用お菓子セット、一臣はコーヒーギフトを持参している。
「いいけど…… もちろん構わないけど。周到だなぁ……!」
「あ。アポ無しで大丈夫でした?」
 一臣の一言が、鷹政の腹筋にトドメを刺した。




 元々は事務所としてだけに借りていたワンルーム。
 今は鷹政も元の住まいを引き払い、ここで生活している。
「ここだけ、ですか」
「ですです。来客対応の他は事務処理だけだから、そんなに場所は要らないんだ」
 奥にはソファベッドと備え付けのクローゼット。それに簡易キッチン――生活空間は、たったそれだけ。
「これは…… お嫁さん無理ですね」
「さらっと酷い感想をありがとう」
 お嫁さん以前に、一般的な女子は入り口でUターンすると思う。
「所長ー 午後の予定は、どうなってはりますかー」
 びしっと敬礼の友真に、場の空気は粉砕された。
「所長!?」
「だって、事務所のお偉いさん…… ボスのが、ええですか?」
「筧ボス!!」
 友真の発言へ、一臣も便乗する。
「じゃなくて。ちゃんと、お手伝いしたくて来たんですよ。真面目に社会見学です」
 なかなか本題に入れなかったが、ようやっと。
「なるほど」
 一臣は大学部四年だ。先の事を見据える時期なのかもしれない。


 コーヒーメーカーにスイッチを入れながら、鷹政が大雑把に仕事の流れを説明する。
「フリーランスと一口に言っても活動形態はそれぞれだから、あくまで俺の場合は、って前置きするけど」
 応接セットの裏側が書棚になっており、天魔に関する資料がファイリングされている。
「人脈含めて連絡ルートは全部、スマホに入れてるし、パソコンっても情報入手のメールとか、資料収集用だね」
「それは…… スマホを海に落とすフラグですか」
「立ててません」
 真顔で喰いつく友真へ、鷹政は崩れ落ちた。
 ちゃんとスマホは防水加工である。いや、そこじゃない。
「俺、依頼が無い時にはフリーでITデザイン系の仕事してるけど…… そういうのも、何か役立ちます?」
「役に立たない経験は無いと思うよ。俺も高校時代に続けてたラーメン屋のバイトが、まさかこんな形で活きるとは……」
「「ちょ、そこ詳しくww」」

 幸か不幸か、今日は珍しくデスクワークの日。
 それまでの依頼で対峙した天魔データの落としこみや、経費領収書の整理などなど。
「こっちのデスク、借りていいですか?」
 パソコンの設置されたデスクの向かい側は、綺麗に何も置かれていない。
 鷹政から整理用の書類を受け取った一臣がワークチェアを引きながら訊ねる。
「あぁ、……うん、自由に使って」
 間をおいて、鷹政が応じる。
(……ここ、だったか)
 反応で、一臣は感じ取った。恐らくは、鷹政の相棒が使っていたデスクだったのだろう。
 『綺麗』にされている理由にも納得できた。
 やや緊張しながら、腰を下ろす。
「依頼者さんとは、ここでいっつも話し合うんですか??」
 応接セットで領収書の整理をしていた友真は、そんな一臣には気づくことなく話しかけた。
(これ、経費で通るんやろか)
 あからさまに生活用品だろう、と思われる項目を眺めつつ。
「駆けこみで時々来る感じかな。大抵は、俺が出向くから」
「筧さんは、企業相手が多いんですっけ」
 過去、学園に持ち込んできた依頼を思い返しながら一臣が会話に加わる。
「だねぇ。財界の大御所に顔見知りがいるから、あれこれ流れてくる。あとはフリーランス相手の情報屋とかね」
「それッポイ……!!」
 財界の大御所。
 情報屋。
 なんて胸躍るキーワードか!! 友真の大きな瞳が震えた。
「あとは、そうだなぁ。企業撃退士を雇うってぇと、それなりの大きさの会社だろ。それができない企業と、顔繋ぎ持っておくと何かと便利」
「あー」
 わかる気がする。
 一臣は頷く。
 『フリーの仕事』であっても、出来が良ければ『是非、次も』そうなる。
 そうして、人脈は広がって行くのだろう。
「俺ね、人を大事にするヒーローになるんが夢なん!!」
 はいはーい! 友真が手を挙げ、話の続きをせがむ。
「細やかな気配りは、色んなところで重要になってくると思う」
 仕事を選び、アフターケアも任意で動けるのがフリーの特徴であるから。
 『その場限り』を口惜しく思うなら、きっと、依頼主と納得のいくまでの付き合いをしていけるだろう。
 報酬外のアレコレも、時には背負うこともあるけれど。
「……お見合いですね」
「それは言わないでください……」
 昨年6月に、『依頼後』のアレコレに巻き込まれ、学園へ半ば自棄の『合同結婚式依頼』を持ち込んだフリーランス・筧です☆
 あれは……盛大でした。
 友真の指摘に、鷹政は遠い目をして、キッチンへと向かう。
 コーヒーのいい香りが事務所内に広がっていた。
「学園での依頼は一期一会だけど、いつか、大きな標になるような出会いがあるといいよね」
「俺は」
 コトリ、淹れたてコーヒーを手元に置かれ、一臣は鷹政を見上げた。
「全部、目を通してます。あの、報告書」
「そ、っか……」
 企業相手ではなく、鷹政が学園へ持ち込んだ依頼の一つ。
 夏から始まった一連の事件。
 真新しい事務所のプレートが、一つの収束を示しているものだった。




 自由であるということ。
 自ら責任を持ち、誰を責めることはできないこと。
 己の能力、それが全て。それがフリーランス。
「どれだけ能力が高くたって、一人じゃ依頼はこなせないからね」
 今は出来る仕事に絞っている。
 壁掛けのスケジュールボードに走り書きされているのは、どこかしらとの連携、あるいは些細な護衛任務だった。
「未来の仕事仲間に期待して下さいな」
「今だって、頼りにしてるよ?」
 軽めに告げる一臣へ、鷹政も本音とも冗談ともつかぬ口調で応じる。

 ――頼む。この世界で生きてく覚悟ってヤツを後続に見せてくれよ。

 一臣は、知っているだろうか。
 あの時の、あの一言が、どれだけ鷹政の心に響いていたか。
 今も強く、支えとなっているか。
 たった二人で始めた、フリーランスの事務所。
 替えの効かない相棒を喪い、眼前が真っ暗になって―― それでも自分は生きているということを、嫌というほど突きつけられた。
 自分が生きている意味と、正面から向き合わせてくれた。

「就職試験、用意しといてなー!」
 茶菓子の準備をしながら、友真は天真爛漫な笑顔で。
「試験!?」
「学園卒業後は事務所に入れて貰って、勉強したいん! そしたら、キッチリ独立して……」
 いつか、胸を張って一臣の隣へ。
 言外に夢を語る友真に、「ほう」と鷹政は目を細める。
「腰かけ扱い……ね」
「ちっ、違う違う、そやないん!!」
「はは、わかってる。からかってゴメン」
 くしゃくしゃと友真の髪を撫でまわし、鷹政は一臣を振り向いた。
「加倉君、いいの? 長期間、俺が小野君をお預かりしちゃって」
 一臣は、盛大にコーヒーを噴きだした。




「筧さん…… 仕事ためすぎ」
「テヘペロ☆」
「可愛くないです、33さい!!」
 2人が事務所を訪れたのは昼過ぎ。
 3人がかりで仕事を終えた頃には、もう夕方となっていた。
 かなり、雑談による脱線もあったが。
 集中が途切れ、ピザの宅配も頼んでしまったが。
 ドッと疲れた一臣が溜息を吐き、反省していない鷹政へ、友真が言葉の精密殺撃を放った。
 玄関先で呻く33歳へ、一臣は向き直る。
「卒業後は、フリーの撃退士一本でやっていこうと思ってます」
「楽な選択じゃないし、俺もまだまだ一人前には遠いけど……『学園』以外の形で、場所で、一緒に戦えるといいね」
 パン、気合を注入するかのように、鷹政が一臣の背を叩いた。
「もちろん。20年先まで現役ですよね!」
「本気で先が長いな!?」
 20年後か、鷹政は口の中で呟く。
 深く先を考えることはなかったが―― たぶん、現役だろう。
 年齢に応じてアウルの力は弱くなるというが、ならば経験で戦えばいい。
「あ、小野君、就職試験には土下座通用しないからね!」
「しませんーーー って、筧さん、その情報どこで仕入れたんですか……」
「ふっ、俺の人脈を甘く見てもらっては困る」
「「あぁ……」」
 一臣と友真は、ほぼ同時に鷹政と交友のある教諭を思い浮かべた。
 個人情報を漏らす人物ではないが、試験結果自体は学園の報告に上げられている。
 鷹政も進級試験に携わる依頼を斡旋していたから、事後報告ついでに調べることができたに違いない。
 まさか、ここで話題にされるとは思わなかったけれど。

「今日はありがとう。またおいで」
「ピザ、ゴチでした!」
「また実地研修に来ますね!!」
「君達……」




 ――俺も頑張らないとなあ
 冬の夕空へ、大きく伸びをしながら一臣が口にする。
「俺もー! 置き去りはいややで、一臣さん」
「はは」
 年上に囲まれてるせいで、何かと背伸びしがちな友真。
 自信を持ちたいと、精一杯の努力をしていることは、よく知っている。
 わかってる、無理はするな、そのどれもが違う気がして、一臣は言葉なく、その頬に柔らかなパンチ。
「内定、取り付けられると良いな」
「雇うお金、筧さんにあるやろか」
「そこが重要だな……」
 事務所で目にした、幾つかの依頼解決報告書――プライバシーとは別にまとめた天魔情報を話題に乗せながら、二人は未来へ続く道を辿った。




【自由への青写真 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5823/加倉 一臣 /男/25歳/インフィルトレイター】
【ja6901/小野友真  /男/17歳/インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
筧 撃退士事務所へようこそー!!
……こう来るとは思ってませんでした。
すみません、ホント狭いところですみません。
いつか卒業したら……、人生設計の参考となれば幸いです。

N.Y.E新春のドリームノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年02月05日

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