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『特攻、あけおめ! 〜子宝・清世編〜 』
百々 清世ja3082


 新年である。
 大晦日にテレビ中継のお寺の鐘を見ていると、ちょっと改まった気分になって、背筋の伸びるような気もしたものだ。
 ――だがそれもほんのわずかの間の事。

 清世はぼんやりとした頭で、ドアホンの激しい連打の音を認めた。
(ここ、俺のうちじゃねぇな……)
 清世は再び、優しい眠りの中へと身を沈める。
 だがすぐさま布団の端から、寒気が滑りこみ、清世は身震いした。
「おい、お前出て来い」
 隣のベッドで眠っていたアランが、足で器用に清世の寝る布団を持ちあげている。
「えーなんで……ここ、アランちゃんのうち……おにーさんに用のある人、来ない」
 再び枕に顔を埋める清世。その背中に、押しつけられるかかとの感触。
「行って来い。居候が」

 その間も、ドアホンは鳴り続けている。
「なんで俺が……」
 生欠伸をしつつ、ぺたぺたと清世は玄関へ向かう。……下着一枚の姿で。
「はいはいー今開けるよー」
 ロックを外し、手を掛けたドアが、清世の力でない力で引っ張られた。
「あけお……って、イケメンの裸ァ!?」
 立っていたのは戒だった。
「……おー、七種ちゃん……え、っと……あけおめ?」
 清世はかくりと首を傾けた。
「清にぃ、なんでアランの家で裸なんて……まさか……!」
 なんてこと! というポーズで2・3歩後退り戒がよろめく。
 それで大きく開いたドアの隙間から、外の寒気が流れ込み、裸の清世は身震いした。
「七種ちゃん、おにーさん寒い……」
「まずは服着ようぜ、清にぃ」
 突然真顔に戻った戒が冷静に指摘する。
「やだ。めんどい」
「風邪引いたらどうすんだ!」

 賑やかな声に漸くアランも起きてきた。
「アランちゃん、七種ちゃんがあけおめってー」
「おー、戒か。あけおめ」
 清世もアランも、まだはっきりとは目が覚めていないようだ。何処か緩慢な所作である。
「あけおめ! はよ顔洗って支度しろ。出かけるぜ!」
 戒の言葉に、清世は顔をしかめた。
「出かける? この寒いのに、何処へ……」
「良いから早く! 今日は日本の正月を満喫するんだぜ」
 戒だけがテンション高く、二人を追いたてる。


「いいかアラン。正月は着物を着なければならない、コレ日本の文化」
 そう言って戒は、びしっ! と、眼前のレンタル着物店を指さした。
(え、わざわざ着物着るの……めんどい……)
 戒に恨めしそうな視線を向けた清世が、突然思いついたように呟いた。
「そいえば七種ちゃん。正月はさー、年上が全部奢んなきゃなんねぇから、年食うとつらいよな」
 戒はその言葉に、何かを受け取った。
 ナイス連携、ナイス清にぃ。いい所に気がついた。
「そうだよな、清にぃ! 日本の文化では何人か集まったら、正月は全部年長者が面倒見ることになってるからな!」
 戒と清世がいやに澄んだ瞳で同時にアランを見た。……見た。
 アランが困惑の表情を浮かべる。
「何だその年上に不利な文化」
 そう、この中ではアランがが一番の年長者なのである。
(つまり今日は俺が全部奢りなのか。何でこんな文化が根付いてるんだ。ジャパニーズ怖え)
 しかしアランは英国紳士。紳士は如何なるときも余裕を持っていなければならない。
「よし、俺に任せておけ。金を惜しむケチな男は紳士じゃねえ」
「キャー! さすが紳士!」
「アランちゃん、ちょーカッコいい」
 いざ、レンタル着物店へ。

 事前に電話予約を入れていたので、手続きはスムーズに進む。
 清世は着付けを手伝う店の女の子に、ゆるく微笑みかける。
「ごめんだけど、ちょっと緩めしといてー」
「えっ、あ、はいっ」
 やや頬を赤らめながらも、清楚で愛らしい店員は襦袢の紐を調整してくれた。
「ありがとねー。おにーさん、きっちりしたの苦手だから」

 アランはばっちり仕上がった己の着物姿を、大きな鏡の前で確認する。
「着物まで似合う俺、マジイケメンだぜ」
 黒地の羽織と着物に、金髪が映える。渋めのワインレッドを基調にした帯を差し色に。敢えて日本人には難しい色合いを合わせてみる。
「おまたせー」
 ぱたぱたと出てきた清世は、軽やかなベージュの着物。羽織紐と帯の海老茶色が、アクセントになっている。
「戒はまだか。レディの支度に時間がかかるのは、何処の国でも一緒だな」

 それから待つこと暫し。
「おまたせ! 見よ、この完璧な乙女ぶりを!」
 漸く仕上がった戒が出てきた。クリーム地に淡い紫の小花が咲きこぼれる振袖だ。
 くるりと回ってみせると、長い袖がひらりと宙を舞う。
「おー七種ちゃん、きれいー」
 清世がぱちぱちと手を叩いた。
「清にぃもアランちゃんも、イケメン度アップだな!」
 戒の嬉しそうな表情に、アランも思わず釣られて笑みを浮かべる。
(こいつのこの、楽しい事には全力ッつう姿勢が、おもしれえんだよな)
「お前らも似合うぜ、流石俺達だな」
 笑いを堪え震える店員達を背に、3人は悠然と店を後にする。



 近くの神社はかなりの人出だった。
「やだ、つめたい……」
 柄杓で組んだ手水の水をちょろちょろと手に注ぎ、清世が身震いする。
 アランは口を漱ぐお年寄りを、不思議そうに眺めた。
 漸く辿りついた神前で、賽銭を投げ、二礼・二拍手・一礼拝。
 まあこの辺りは適当にやっている人も多いので、アランにとって紛らわしいことこの上ない。
 辺りを見回し、適当に合わせている。
(ここで願い事か。だがてめえの望みぐらいは自分で叶えるもんだぜ)
 ならば、神前での誓いはひとつ。
(今年も変わらず、あいつだけを愛し抜く。どんなことからも守ってやる)
 大事な妹の笑顔を思い浮かべ、アランは決意を新たにする。
 
 清世は手を合わせながら、神妙な表情のアランと戒を見比べる。
(あれ、おにーさん、特に願い事とかもねぇな……? あ、そだ。今年も可愛い子と仲良く出来ますようにー)
 ぱんぱん。
 その隣で戒は、人の流れが避けて通る程の気合を漂わせて目を閉じ、手を合わせていた。
「七種ちゃん、何お願いしたのー」
 明るく問う清世に、戒がクルリと踵を返す。
「願い事? そんなの、モテt……はっはっは言わせんなチクショウ」
 勿論内容は、乙女の秘密である。……まあそういうことにしておこう。

 神前を辞すると、後はお楽しみの屋台物色である。
「この安っぽいソースの匂い、たまらんな!」
「あ、七種ちゃん。ほらタコ焼きとか美味しそうじゃない?」
 戒と清世がいやに澄んだ瞳で同時にアランを見た。……見た。
「日本の伝統かよ……もう好きにしろ」
 アランは諦め顔で、袂から取り出した財布を清世に渡す。
「わーいアランちゃんありがとー」
「ゴチになりまーす!」

 熱々のタコ焼きを長い串につき刺し、戒が差しだす。
「清にぃ、あーん」
「七種ちゃん、あちゅい」
 はふはふはふ。
「お返しー。の、たい焼きー」
「やだ、齧ったら、たい焼きさんかわいそう」
 目をうるうるさせる戒に、清世がしょんぼりした顔になる。
「たい焼き……いらないの?」
「うそうそ! 半分こしよ、清にぃ」
 はふはふはふ。

 その間、アランは屋台を観察……しているはずもなく。
 普段から人目を引く容姿が、今日は着物。通りすぎる若いお嬢さんたちが、ちらちら横目でアランを見て行く。
 軽く流し眼をくれてやると、黄色い歓声と共に、小走りに駆けて行く。
「日本のレディの着物って、なかなか良いな」
 華やかな飾り帯の背中を見送り、アランは呟く。
 ――正月ってやつは、結構悪くないかも知れん。
 その後頭部に、柔らかな物体が飛んできた。
「アランーワタアメ買ってきてやったぞ!」
 手に取ったビニールの大きな袋は、軽くて弾力があった。
「なんだこれ、枕か」
「イギリスにはワタアメないのか?」
「あ? なんだこれ、こんなに詰めたら固まるじゃねえか」
 袋を開き、戒が綿飴を引っ張り出す。
「食べたら溶けるって! ほらほら」
「おい、やめろ、顔がべたべたになる!」
「おにーさんもちょーだい」
 なんだかんだで屋台も満喫。
 それなりにお腹も満足し、帰路につく。



 着物を返し、解放感と共に再びアランの部屋へと流れる。
 なんとなくテレビをつけ、炬燵に丸まりながら、蜜柑に手を伸ばすという、ある意味日本らしい光景だ。
 だがアランは、清世が勝手に部屋に持ちこんだ炬燵に、未だ慣れない。椅子文化の人間にとっては、かなり窮屈な代物だろう。
(あー、ワイン飲みてえな。でもまだ外が明るいか……)
 アラン、結構真面目である。
 実は日本では、正月は朝から飲んでも怒られない。残念ながらそういう点は教えてられていなかったらしい。
 清世はリモコンをぷちぷち押してチャンネルを変えてみるが、これと言って変わり映えのしない正月番組が延々と続く。
「あーもう、いい加減飽きるわ!」
 蜜柑を片手に戒が叫ぶ。
「おいおい、炬燵で蜜柑食べながら、テレビ見るのが日本の伝統ってお前さっき……」
 アランの抗議をあっさりスルーしつつ、戒は炬燵を離脱し、平たい箱を手に戻って来る。
「次! 日本伝統の双六!」
 いや箱にはしっかり『人生ゲーム』って書いてあるけど。

「このゲームはな、ある意味リアル人生並にうまくいかないのだぜ!」
 簡単に説明を受け、広げたボードの上にアランは目を走らせる。
「何だ、結婚とかあるのかよ。なんて酷いゲームだ」
「だからいいんだろ!!」
 カラカラカラ……。
 プラスチックのルーレットが周り、色とりどりのおもちゃの紙幣が飛び交う。
 単純なボードゲームだが、それだけにはまると白熱してくる。
「6出るな、6だけは出るな! よし、回避!」
 アランが車の形の黄色いプラスチックの駒を進める。6だと『結婚する。皆から祝いを回収する』という目に止まる所であった。
(例えゲームでも、よその女と結婚なんてしてたまるか!)
 アランの気合、恐るべし。
「あ? 『男の子の養子を貰う』だ? ……またかよ」
 アランは駒に青いピンを突き刺す。既に5本目だ。しかも全部青いピン。
「同乗者が男ばっかりなんだが、どういうことだよこれ」
 いっそ笑えてくる。大分お疲れのようである。
 そしてアランと同じマス目に、清世の青い車が止まった。
「おにーさん、もう子供いらない……」
 涙目の清世が、既にピンが林立する駒に、横から青いピンを捻じ込む。
 もうどう考えても、これ以上は無理という状態である。
 尚この後、清世の所では双子が2組生まれたりするのだが。

 戒は自分の黒い駒――プレイヤーを表すピンクのピンが一本だけ立っている――をふるふると進める。
「え、何、『ダイヤモンド鉱山を発見する』? 違うッそこはその手前に止まるべき!!」
 バンバンと机を叩き、戒が嘆く。盤上の赤い約束手形が、宙を舞った。
 手前のマス目とは、ついさっきアランが気合で回避した『結婚する』である。
「もう、いい。この資金を元に、政界に打って出る!」
 そこから戒の快進撃が始まる。
 鉱山の権利を元手に富を築き、学位を収め、政敵の罠をかわし、順調に政治家として成りあがった戒は、見事総理大臣となったのだ。
「こ、この悲しみを紛らせる為に、税金で遊んでやる……!」
 色々とツッコミどころのある台詞だが、それはともかく。
 ちなみにその時点でも、黒い駒にはピンクのピンが1本、哀しく突き立っていたという。



 人生ゲームは時間がかかる。
 経験した方なら判るだろうが、下手をすると1ゲーム2時間コースだったりするのだ。
 戦い終えて疲れ果て、炬燵に突っ伏していた戒が、突然ガバッと顔を上げた。
「そうだアラン! お年玉!」
「あ?」
 ワインを満たしたグラスを傾け、アランが振り向いた。
「日本の伝統。年長者はお小遣いを配るものなんだぜ」
 戒と清世がいやに澄んだ瞳で同時にアランを見た。……見た。
「ほらよ、持ってけバカ野郎」
 言われるがままに、アランは紙幣を封筒に入れて戒と清世に手渡した。
「わーい、アランありがとう」
「ありがとーアランちゃん」 
 はしゃぐ戒に反して、清世は封筒を眺めて暫し考える。
 清世にとって、アランの財布は元々自分の財布も同然だからである。
 中身が行ったり来たりしているだけなので、手元に紙幣があってもさほどの感慨はない。
(貰ったけど使い道ねぇな……まあ貰えるもんは貰っとくか)
 ごそごそとポケットにしまい込む。
 
 ワインの酔いとゲームの疲れが程良く回り、アランは小さく欠伸をした。
「流石に今日は色々遊んで疲れたな。そろそろ寝るとするか」
 清世が炬燵からわずかに顔を上げ、ぼんやりとアランを見遣る。
(2日連続でアランちゃんとこでお泊りとか……まあ、いいや)
 清世は戒を手招きする。
「七種ちゃん、布団あるから。おにーさんの横、おいで」
「百々の布団で二人は無理あるだろ、俺のベッド来い。三人で寝ようぜ」
 アランの言葉に、清世が不満そうに言った。
「えー、おにーさんはベッド入れてくれなかったのに」
「そりゃお前……二人だったら色々困るだろ?」
 にやりと笑って見せるアラン。

「ん? キミたち寝れるとでも思ってるのかね」
 寝室に引き上げようと立ち上がった二人のシャツの裾を、戒の両腕ががっしと掴む。
「いや待て、いい加減疲れてるし。もう寝ようぜ」
「七種ちゃん……なんかこわい……」
 二人を見上げる戒の目は爛々と輝き、気迫が籠る。
「決まってるだろ。今夜は徹夜で人生ゲーム、略して徹人! 日本の伝統舐めんじゃねえぞ!?」

 ボードの置かれた炬燵に、アランがぐったりと身体を預ける。
「おい、もう勘弁してくれよ……」
 清世は無言のまま、前後に揺れている。
「やだ。せめて……盤上で幸せを掴みたい……!」
 その後、戒は件の希望のマス目を目指し、部屋に朝の光が差し込むまでルーレットを回し続けたという。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1267 / 七種 戒 / 女 / 18 / インフィルトレイター】
【ja3082 / 百々 清世 / 男 / 21 / インフィルトレイター】
【ja8773 / アラン・カートライト / 男 / 25 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました!
緩く楽しいお正月満喫で、書いていてとても楽しかったです。
着物やゲームの駒の色など、こちらで勝手に遊ばせて頂いております。
イメージと違っていなければいいのですが。
尚他2件とは、冒頭部分の内容が若干変わっております。
併せてお楽しみいただければ幸いです。
N.Y.E新春のドリームノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年02月06日

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