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『特攻、あけおめ! 〜紳士・アラン編〜 』
アラン・カートライトja8773


 新年である。
 大晦日にテレビ中継のお寺の鐘を見ていると、ちょっと物珍しくて、背筋の伸びるような気もしたものだ。
 ――だがそれもほんのわずかの間の事。

 アランはドアホンが激しく連打される音に、小さく舌打ちをした。
(誰だよ、こんな朝っぱらから)
 無視するか。だが、チャイムはやむ気配もない。
「おい、お前出て来い」
 ベッドの脇に敷かれた布団を、足で持ちあげた。
「えーなんで……ここ、アランちゃんのうち……おにーさんに用のある人、来ない」
 ごそごそと布団を被る背中に、踵をぐりぐり押し当てる。
「行って来い。居候が」

 アランは朝が苦手だ。
 可愛い妹が起きろと言ってくれれば、すぐに起き上がらないまでも、楽しい目覚めが訪れるはずだ。
 だが、今はそうじゃない。
 昨夜清世と二人で騒いで飲んで、それからどうしたっけ?
 一応ベッドと布団に分かれて寝ている辺り、割と寝るまではちゃんとしていたような気はする。

 そんなことをぼんやり考えていると、漸くチャイムの音が止んだ。直後に、玄関から女の声が響いた。
「あけお……って、イケメンの裸ァ!?」
 アランは漸くベッドの上で半身を起こす。
「……戒?」

 だるい身体を引き摺って出て行くと、目をこすりながら清世が戻ってきた。
「アランちゃん、七種ちゃんがあけおめってー」
 その後ろから戒が顔を覗かせる。
「おー、戒か。あけおめ」
「あけおめ! はよ顔洗って支度しろ。出かけるぜ!」
 何を言ってるんだ、こいつは。アランはほんの一瞬、軽い殺意を覚えた。
「出かける? この寒いのに、何処へ……」
「良いから早く! 今日は日本の正月を満喫するんだぜ」
 戒だけがテンション高く、二人を追いたてる。


「いいかアラン。正月は着物を着なければならない、コレ日本の文化」
 そう言って戒は、びしっ! と、眼前のレンタル着物店を指さした。
(え、わざわざ着物着るの……めんどい……)
 戒に恨めしそうな視線を向けた清世が、突然思いついたように呟いた。
「そいえば七種ちゃん。正月はさー、年上が全部奢んなきゃなんねぇから、年食うとつらいよな」
 戒はその言葉に、何かを受け取った。
 ナイス連携、ナイス清にぃ。いい所に気がついた。
「そうだよな、清にぃ! 日本の文化では何人か集まったら、正月は全部年長者が面倒見ることになってるからな!」
 戒と清世がいやに澄んだ瞳で同時にアランを見た。……見た。
 アランが困惑の表情を浮かべる。
「何だその年上に不利な文化」
 そう、この中ではアランがが一番の年長者なのである。
(つまり今日は俺が全部奢りなのか。何でこんな文化が根付いてるんだ。ジャパニーズ怖え)
 しかしアランは英国紳士。紳士は如何なるときも余裕を持っていなければならない。
「よし、俺に任せておけ。金を惜しむケチな男は紳士じゃねえ」
「キャー! さすが紳士!」
「アランちゃん、ちょーカッコいい」
 いざ、レンタル着物店へ。

 事前に電話予約を入れていたので、手続きはスムーズに進む。
 清世は着付けを手伝う店の女の子に、ゆるく微笑みかける。
「ごめんだけど、ちょっと緩めしといてー」
「えっ、あ、はいっ」
 やや頬を赤らめながらも、清楚で愛らしい店員は襦袢の紐を調整してくれた。
「ありがとねー。おにーさん、きっちりしたの苦手だから」

 アランはばっちり仕上がった己の着物姿を、大きな鏡の前で確認する。
「着物まで似合う俺、マジイケメンだぜ」
 黒地の羽織と着物に、金髪が映える。渋めのワインレッドを基調にした帯を差し色に。敢えて日本人には難しい色合いを合わせてみる。
「おまたせー」
 ぱたぱたと出てきた清世は、軽やかなベージュの着物。羽織紐と帯の海老茶色が、アクセントになっている。
「戒はまだか。レディの支度に時間がかかるのは、何処の国でも一緒だな」

 それから待つこと暫し。
「おまたせ! 見よ、この完璧な乙女ぶりを!」
 漸く仕上がった戒が出てきた。クリーム地に淡い紫の小花が咲きこぼれる振袖だ。
 くるりと回ってみせると、長い袖がひらりと宙を舞う。
「おー七種ちゃん、きれいー」
 清世がぱちぱちと手を叩いた。
「清にぃもアランちゃんも、イケメン度アップだな!」
 戒の嬉しそうな表情に、アランも思わず釣られて笑みを浮かべる。
(こいつのこの、楽しい事には全力ッつう姿勢が、おもしれえんだよな)
「お前らも似合うぜ、流石俺達だな」
 笑いを堪え震える店員達を背に、3人は悠然と店を後にする。



 近くの神社はかなりの人出だった。
「やだ、つめたい……」
 柄杓で組んだ手水の水をちょろちょろと手に注ぎ、清世が身震いする。
 アランは口を漱ぐお年寄りを、不思議そうに眺めた。
 漸く辿りついた神前で、賽銭を投げ、二礼・二拍手・一礼拝。
 まあこの辺りは適当にやっている人も多いので、アランにとって紛らわしいことこの上ない。
 辺りを見回し、適当に合わせている。
(ここで願い事か。だがてめえの望みぐらいは自分で叶えるもんだぜ)
 ならば、神前での誓いはひとつ。
(今年も変わらず、あいつだけを愛し抜く。どんなことからも守ってやる)
 大事な妹の笑顔を思い浮かべ、アランは決意を新たにする。
 
 清世は手を合わせながら、神妙な表情のアランと戒を見比べる。
(あれ、おにーさん、特に願い事とかもねぇな……? あ、そだ。今年も可愛い子と仲良く出来ますようにー)
 ぱんぱん。
 その隣で戒は、人の流れが避けて通る程の気合を漂わせて目を閉じ、手を合わせていた。
「七種ちゃん、何お願いしたのー」
 明るく問う清世に、戒がクルリと踵を返す。
「願い事? そんなの、モテt……はっはっは言わせんなチクショウ」
 勿論内容は、乙女の秘密である。……まあそういうことにしておこう。

 神前を辞すると、後はお楽しみの屋台物色である。
「この安っぽいソースの匂い、たまらんな!」
「あ、七種ちゃん。ほらタコ焼きとか美味しそうじゃない?」
 戒と清世がいやに澄んだ瞳で同時にアランを見た。……見た。
「日本の伝統かよ……もう好きにしろ」
 アランは諦め顔で、袂から取り出した財布を清世に渡す。
「わーいアランちゃんありがとー」
「ゴチになりまーす!」

 熱々のタコ焼きを長い串につき刺し、戒が差しだす。
「清にぃ、あーん」
「七種ちゃん、あちゅい」
 はふはふはふ。
「お返しー。の、たい焼きー」
「やだ、齧ったら、たい焼きさんかわいそう」
 目をうるうるさせる戒に、清世がしょんぼりした顔になる。
「たい焼き……いらないの?」
「うそうそ! 半分こしよ、清にぃ」
 はふはふはふ。

 その間、アランは屋台を観察……しているはずもなく。
 普段から人目を引く容姿が、今日は着物。通りすぎる若いお嬢さんたちが、ちらちら横目でアランを見て行く。
 軽く流し眼をくれてやると、黄色い歓声と共に、小走りに駆けて行く。
「日本のレディの着物って、なかなか良いな」
 華やかな飾り帯の背中を見送り、アランは呟く。
 ――正月ってやつは、結構悪くないかも知れん。
 その後頭部に、柔らかな物体が飛んできた。
「アランーワタアメ買ってきてやったぞ!」
 手に取ったビニールの大きな袋は、軽くて弾力があった。
「なんだこれ、枕か」
「イギリスにはワタアメないのか?」
「あ? なんだこれ、こんなに詰めたら固まるじゃねえか」
 袋を開き、戒が綿飴を引っ張り出す。
「食べたら溶けるって! ほらほら」
「おい、やめろ、顔がべたべたになる!」
「おにーさんもちょーだい」
 なんだかんだで屋台も満喫。
 それなりにお腹も満足し、帰路につく。



 着物を返し、解放感と共に再びアランの部屋へと流れる。
 なんとなくテレビをつけ、炬燵に丸まりながら、蜜柑に手を伸ばすという、ある意味日本らしい光景だ。
 だがアランは、清世が勝手に部屋に持ちこんだ炬燵に、未だ慣れない。椅子文化の人間にとっては、かなり窮屈な代物だろう。
(あー、ワイン飲みてえな。でもまだ外が明るいか……)
 アラン、結構真面目である。
 実は日本では、正月は朝から飲んでも怒られない。残念ながらそういう点は教えてられていなかったらしい。
 清世はリモコンをぷちぷち押してチャンネルを変えてみるが、これと言って変わり映えのしない正月番組が延々と続く。
「あーもう、いい加減飽きるわ!」
 蜜柑を片手に戒が叫ぶ。
「おいおい、炬燵で蜜柑食べながら、テレビ見るのが日本の伝統ってお前さっき……」
 アランの抗議をあっさりスルーしつつ、戒は炬燵を離脱し、平たい箱を手に戻って来る。
「次! 日本伝統の双六!」
 いや箱にはしっかり『人生ゲーム』って書いてあるけど。

「このゲームはな、ある意味リアル人生並にうまくいかないのだぜ!」
 簡単に説明を受け、広げたボードの上にアランは目を走らせる。
「何だ、結婚とかあるのかよ。なんて酷いゲームだ」
「だからいいんだろ!!」
 カラカラカラ……。
 プラスチックのルーレットが周り、色とりどりのおもちゃの紙幣が飛び交う。
 単純なボードゲームだが、それだけにはまると白熱してくる。
「6出るな、6だけは出るな! よし、回避!」
 アランが車の形の黄色いプラスチックの駒を進める。6だと『結婚する。皆から祝いを回収する』という目に止まる所であった。
(例えゲームでも、よその女と結婚なんてしてたまるか!)
 アランの気合、恐るべし。
「あ? 『男の子の養子を貰う』だ? ……またかよ」
 アランは駒に青いピンを突き刺す。既に5本目だ。しかも全部青いピン。
「同乗者が男ばっかりなんだが、どういうことだよこれ」
 いっそ笑えてくる。大分お疲れのようである。
 そしてアランと同じマス目に、清世の青い車が止まった。
「おにーさん、もう子供いらない……」
 涙目の清世が、既にピンが林立する駒に、横から青いピンを捻じ込む。
 もうどう考えても、これ以上は無理という状態である。
 尚この後、清世の所では双子が2組生まれたりするのだが。

 戒は自分の黒い駒――プレイヤーを表すピンクのピンが一本だけ立っている――をふるふると進める。
「え、何、『ダイヤモンド鉱山を発見する』? 違うッそこはその手前に止まるべき!!」
 バンバンと机を叩き、戒が嘆く。盤上の赤い約束手形が、宙を舞った。
 手前のマス目とは、ついさっきアランが気合で回避した『結婚する』である。
「もう、いい。この資金を元に、政界に打って出る!」
 そこから戒の快進撃が始まる。
 鉱山の権利を元手に富を築き、学位を収め、政敵の罠をかわし、順調に政治家として成りあがった戒は、見事総理大臣となったのだ。
「こ、この悲しみを紛らせる為に、税金で遊んでやる……!」
 色々とツッコミどころのある台詞だが、それはともかく。
 ちなみにその時点でも、黒い駒にはピンクのピンが1本、哀しく突き立っていたという。



 人生ゲームは時間がかかる。
 経験した方なら判るだろうが、下手をすると1ゲーム2時間コースだったりするのだ。
 戦い終えて疲れ果て、炬燵に突っ伏していた戒が、突然ガバッと顔を上げた。
「そうだアラン! お年玉!」
「あ?」
 ワインを満たしたグラスを傾け、アランが振り向いた。
「日本の伝統。年長者はお小遣いを配るものなんだぜ」
 戒と清世がいやに澄んだ瞳で同時にアランを見た。……見た。
「ほらよ、持ってけバカ野郎」
 言われるがままに、アランは紙幣を封筒に入れて戒と清世に手渡した。
「わーい、アランありがとう」
「ありがとーアランちゃん」 
 はしゃぐ戒に反して、清世は封筒を眺めて暫し考える。
 清世にとって、アランの財布は元々自分の財布も同然だからである。
 中身が行ったり来たりしているだけなので、手元に紙幣があってもさほどの感慨はない。
(貰ったけど使い道ねぇな……まあ貰えるもんは貰っとくか)
 ごそごそとポケットにしまい込む。
 
 ワインの酔いとゲームの疲れが程良く回り、アランは小さく欠伸をした。
「流石に今日は色々遊んで疲れたな。そろそろ寝るとするか」
 清世が炬燵からわずかに顔を上げ、ぼんやりとアランを見遣る。
(2日連続でアランちゃんとこでお泊りとか……まあ、いいや)
 清世は戒を手招きする。
「七種ちゃん、布団あるから。おにーさんの横、おいで」
「百々の布団で二人は無理あるだろ、俺のベッド来い。三人で寝ようぜ」
 アランの言葉に、清世が不満そうに言った。
「えー、おにーさんはベッド入れてくれなかったのに」
「そりゃお前……二人だったら色々困るだろ?」
 にやりと笑って見せるアラン。

「ん? キミたち寝れるとでも思ってるのかね」
 寝室に引き上げようと立ち上がった二人のシャツの裾を、戒の両腕ががっしと掴む。
「いや待て、いい加減疲れてるし。もう寝ようぜ」
「七種ちゃん……なんかこわい……」
 二人を見上げる戒の目は爛々と輝き、気迫が籠る。
「決まってるだろ。今夜は徹夜で人生ゲーム、略して徹人! 日本の伝統舐めんじゃねえぞ!?」

 ボードの置かれた炬燵に、アランがぐったりと身体を預ける。
「おい、もう勘弁してくれよ……」
 清世は無言のまま、前後に揺れている。
「やだ。せめて……盤上で幸せを掴みたい……!」
 その後、戒は件の希望のマス目を目指し、部屋に朝の光が差し込むまでルーレットを回し続けたという。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1267 / 七種 戒 / 女 / 18 / インフィルトレイター】
【ja3082 / 百々 清世 / 男 / 21 / インフィルトレイター】
【ja8773 / アラン・カートライト / 男 / 25 / 阿修羅】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました!
間違った日本の伝統体験、大変お疲れ様でした。
着物やゲームの駒の色など、こちらで勝手に遊ばせて頂いております。
イメージと違っていなければいいのですが。
尚他2件とは、冒頭部分の内容が若干変わっております。
併せてお楽しみいただければ幸いです。
N.Y.E新春のドリームノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年02月06日

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