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『雪吹く夜に。〜少女の後悔 』
九神こよりja0478

 ――吹雪、である。まるで冗談のような話だが、久遠ヶ原学園探偵倶楽部にこの冬に起きた出来事を表現するのに、何を置いてもまず語らなければならないのは、その事実だ。
 九神こより(ja0478)率いる探偵倶楽部が、冬休みを利用して強化合宿を行う事になったのは、この頃どうも探偵らしい事をしていないような、という部室での会話から始まった事だった。その会話は紆余曲折を経て最終的に、ならば学生らしく合宿をしようじゃないか、もちろん探偵能力を強化する強化合宿だ、という結論に落ち着いて。
 その合宿先が雪山ロッジになったことにも、実の所、だからあんまり深い意味は無い。たまたまこよりの家が所有していたロッジが山にあったのと、やっぱり季節は冬なんだから雪山の方が面白そうじゃないか、という実に気軽な気持ちだった。
 九神家が所有しているそのロッジは、昭和ゴシック調のどことなく古さと懐かしさを感じさせる佇まいをしていて、近くの源泉から引き込んだ檜造りの温泉――と言っても、温度は低いので入るにはちゃんと沸かす必要があるのだが――があり、寝室には天蓋付ベッドが各部屋に備えられている。そうして、もちろん悪戯好きのこよりの家が所有しているだけあって、各所に悪戯機能付だ。
 そんなロッジだったから、ちょうど良いからそこにすれば良いじゃないか、と彼女は実にお気軽な気持ちで、殆ど考えもしないまま、ただし悪戯機能のことだけは仲間に教えず、そう言った。そうしてそのままの流れで、このロッジで合宿する事になった――ただそれだけの話なのだ。

(なぜあの時、何も考えずにあんな事を言ったんだろうな)

 その九神家のロッジの中央に当たる、食堂も兼ねたリビングで柊 夜鈴(ja1014)と2人、優雅に暖炉の火なぞを眺めてココアを飲みながら、こよりはその時のやりとりを思い出し、そう小さなため息を吐いた。それはココアの湯気を揺らして、ふわりと溶けて消える。
 そう、こよりは気軽な気持ちだった。特に何も考えず、そしてこうしてロッジにやって来るまですらも特に準備をする事もなく、夜鈴と2人で「寒いッ!! さすが雪山だな、後発隊のみんなが来たら、雪合戦でもしないか?」「雪山と言えばサスペンスや推理小説の定番だよね」等と他愛のない話をしながら、ここまでやってきてしまい。
 それを、ロッジに着いてからほんの少しだけ――いや、本当にほんの少しだけ、しまった、と思った。こうして夜鈴と話していても、その後悔は膨らむ一方だ――ほんの少しだけ、だけれども。

(――なんで私はもっと綿密に、悪戯の計画を立てておかなかったんだ……ッ!)

 端で聞いている誰かが居れば、立てなくて良い、と全力で突っ込まれそうな思考だが、こよりは至って真剣だ。雪山というシチュエーション、悪戯機能満載のロッジ、大好きな仲間達――これ以上なく条件は揃っているというのに、なぜあの時のこよりは深く考えず、まぁその時に何か思いついた悪戯をすれば良いか、などと思ってしまったのだろう。
 それを思うたびに、こよりの眉は知らず知らず、難しく眉間に寄ってしまう。そうして、うぅぅ、と呻いたこよりの声を聞いて、向かいのソファでココアを飲んでいた夜鈴が、こより君? と首を傾げた。

「どうかしたのか?」
「へ……? ぁ、いや、何でもないんだ、うん。えっと、雪山を舞台にした推理小説の話、だったよな。ぇーっと……最近の物だと、○×△社から出てる学園物が、そうじゃなかったか?」
「あ、そうなのか。それは読んでないな。どちらかって言うと□△×書房から出てる探偵シリーズが好きで、確かその最新作が、雪山で遭難した主人公が命からがら見つけたロッジに逃げ込むと……って内容だった」
「へぇ、結構あるな。やっぱり、雪山が舞台だと密室が作りやすいからかな」

 慌てて記憶を辿り、直前の会話を思い出して答えを返すと、夜鈴がちょっと驚いた様に眉を上げてそう続ける。先ほどから彼女達はこうして、のんびりくつろいで後発隊の到着を待ちながら、他愛なく推理小説の話や、その中で実際に探偵として活かせそうなトリックの話をしているのだった。
 あぁ、この時間があればどれだけ悪戯が仕込めただろう。とはいえすでにやって来てしまったものは仕方ない。後は記憶を辿って、このロッジに備えられた悪戯機能がどこに、そうしてどんな物があったかを思い出し、何とかするしかないだろう。
 どうかすれば日頃の授業や任務よりもよほど真剣に考えながら、こくり、またこよりはココアを口に含んだ。それからちらりと柱時計を見上げ、そわそわと落ち着かなく手の中のマグカップをくるりと回す。
 後発隊である真田菜摘(ja0431)と久遠栄(ja2400)、木南平弥(ja2513)は、先に出発したこよりと夜鈴を遭難者と見立てて救助訓練をしながら、ここまでやってくる事になっていた。救助されるはずの2人がこんな所で優雅にココアを飲んでいては、すでに色んな前提がおかしいような気もするが、そう言う事になったのだから仕方ない。
 救助訓練を行いながら来るのだから、まっすぐ登ってきたこより達とは違って、ロッジに辿り着くまでの時間もかかるだろう。それにしても遅すぎるようなと、こよりはまた見上げた柱時計の示す時間に眉を寄せ、窓の外を見て。
 ぎょっ、と目を見開く。

「ひ、柊……吹雪になってる……」
「え……?」

 そうして言ったこよりの言葉に、首を傾げながら同じく窓の外へと視線を向けた夜鈴が、その光景を見て息を飲んだ。何となれば、先ほどまで冬晴れの青空が広がっていたはずの空はどんよりとした雪雲に覆われ、横殴りの雪が窓の外を流れて行っていたのだから。
 これ以上になくれっきとした、まごうかたなき吹雪だった。雪山の天気は変わりやすいというが、まさか本当にこんなに急変するとは、こよりも夜鈴も夢にも思っては居ない。
 しばし2人、無言で窓の外を見つめてから、はっと気付いて柱時計を振り返った。到着予定の時間は、とっくに過ぎている。
 学園はとっくに出発して、山には足を踏み入れているだろう。となれば彼らはまさに今、この吹雪の中に巻き込まれているのではないか……?
 同じ事を考えたのだろう、夜鈴が窓から目を離さないままぽつり、言った。

「みんな、大丈夫かな」
「――栄も居るし、大丈夫じゃないか?」
「そう、だね。栄君は多分、頼りになるだろうから――」

 3人の顔を思い浮かべながら、祈るように言ったこよりの言葉に、夜鈴の微妙な同意が返る。後発組の中では最年長で、冗談好きだが信頼も置ける栄だから、大丈夫だろう――
 そう、言い合いながらも僅かな不安が過ぎった胸を、こよりはそっと押さえたのだった。





 しばらくは何度も柱時計と睨めっこし、窓の外やロッジの扉をちらちら見ながら、まんじりとしない時間を過ごした。夜鈴も心配そうに、すっかり冷めたココアのマグカップを手の中でひたすら揺らしている。
 とはいえ時間が経つにつれ、その可能性に目を向けないわけには行かなかった。外が吹雪になっていたと、気付いた時から頭の片隅にあった可能性――つまり、後発隊の3人はこの吹雪に巻かれ、遭難してしまったのではないか、という事に。
 だが、それを口に出してしまうと途端、真実になってしまう気がする。だから何も言えないまま、いつしか窓に張り付いてじっと外を見つめていたこよりの後ろで、ふぅ、と夜鈴が息を吐くのが聞こえた。
 ん、と振り返ると夜鈴は、こよりと一緒に山を登った時に着ていた、もこもこのダウンコートを着ている。首にはしっかりとマフラーを巻き、手にはしっかりと防寒手袋をはめていて。

「さすがに遅すぎる。ちょっと、その辺りを回って見てくるよ」
「けどこの吹雪じゃ、柊が二次遭難しかねないぞ!?」

 夜鈴の言葉に、こよりは慌てて彼を止めた。とはいえ本音としては、こよりだって仲間を探しに行きたい気持ちで一杯である。
 この吹雪の中で、菜摘は、栄は、平弥は、無事に居るのだろうか。どこかで助けを待っているのではないだろうか――そう、心配になるのだ。
 ぽふ、とそんなこよりの頭を叩いて、夜鈴は「ロッジの周りをぐるっと見てくるだけだから」と断り、そのまま外に出ようとした。それに、自分もコートを着込んでついて行こうと動きかけたこよりは、バタン……ッ! と激しいドアの音に、はっとする。
 夜鈴と顔を見合わせ、慌てて玄関へと走っていった。待ち侘びていた後発隊の仲間達が、やっと到着したのだろう。
 果たしてこより達の期待通り、ロッジの玄関に居たのは3人の仲間達だった。だが――居た、と言う表現は正しくは、ない。

「なんぺー! 大丈夫か!?」

 真っ先に目に入った平弥の姿に、こよりは思わず悲鳴を上げた。彼は全身雪まみれになっていて、これ以上なく青ざめた顔でガチガチ歯を鳴らし、まさに命からがら、といった風情でロッジの玄関に転がり込んだきり、動く事も出来ないようだったから。
 だがそんな状況にあっても、ワイは大丈夫やけど、とようやく聞き取れる微かな声で、平弥は首を振った。そうして眼差しだけで後ろを振り返った、平弥の視線を追ったこよりは、再び悲鳴を上げる。

「なっつん、栄!」

 そこに居たのは、青白い顔で硬く目を閉じた栄と菜摘だったのだ。平弥がここまで引きずってきたのだろう、彼がぐったりと動けない理由は、寒さ以上にそのせいもある様だった。
 栄と菜摘は、こよりの悲鳴を聞いてもぴくりとも動かない。まさか、と最悪の事態が頭を過ぎったものの、大丈夫や、と平弥はこよりと夜鈴を安心させるように首を振った。
 ぱらぱらと、平弥のフードから雪が零れ落ちて、溶けて消える。

「眠ってるだけや。けど、はよあっためなヤバイかも」
「じゃあ、急いで暖炉の前に運ぼう。僕が栄君を運ぶから、こより君は菜摘君を」
「ああ、解った」

 夜鈴の言葉に頷いて、こよりは菜摘の両脇に腕を差し入れ、しっかりと持ち上げた。その拍子に、確かに菜摘が息をしていることが解って、ほっと泣きそうになる。
 そうして栄と菜摘を引きずって部屋へと戻る、2人の後ろからがちがちと歯を鳴らして震えながら平弥がついて来た。そうして暖炉の部屋に入って、その暖かさにほっとしたように、ようやく大きな息を吐く。
 いそいそと火の傍に近寄り、濡れた衣服を脱ぎ始めた平弥の横に栄と菜摘を寝かせ、もう一度息を確かめてから、同じく雪でぐっしょりと濡れた服を脱がせ、髪や顔をタオルで拭く。暖炉にはじゃんじゃん薪を投げ入れて、それとは別で部屋に付いている暖房を最強にセットした。
 そうして戻ってくると、2人の冷えた手足を夜鈴が手を当てて暖めている。凍傷になっていたりすると、程度によっては擦ると余計に大変な事になってしまうらしいから、注意が必要だ。
 戻ってきたこよりを見て、いったん手を止めた夜鈴が、やれやれ、と肩を竦めながら言った。

「本当は全部脱がせた方が良いんだけど」
「うーん。取り合えず濡れた服だけは脱がせたし――そうだ、客室に毛布があったはずだ。取ってくる」
「ワイも行こか?」
「ありがとう、なんぺー。でもまず、なんぺーが暖まってからな」

 申し出てくれた平弥に、微笑んで温かなココアのマグカップを渡し、こよりはロッジの2階へと駆け上がる。そうして手当たり次第に毛布を掻き集めると、階下に戻って栄と菜摘の上にばさりとかけた。
 そうして今度はこよりも一緒に、2人の身体を暖める。そうするうちに、ぅ、と最初に呻き声を上げたのは、栄だった。

「ぅ、ぅ……はぁ、明かりが見えるな……とうとう幻覚が見え出したのか……」
「栄君! 気がついたのか?」
「栄! 良かった……!」
「九神の声も聞こえるな……ふふふ、最後に九神の幻を見れるならまあいいかな……」
「――何を寝ぼけてるんだ」
「あいたッ!?」

 ほっとしたのも手伝って、つい半眼になったこよりがゲシッ、と頭にげんこつを落とすと、殴られた栄は今度こそ、悲鳴を上げて飛び起きる。そうしてから辺りを見回して、こよりを見て、夜鈴を見て、毛布に包まってココアを啜っている平弥を見て。
 ほぅ……と大きな、大きなため息を、吐く。

「暖かいぞ……助かったのか――ッは!? 真田は……ッ!」
「うぅ……ん……?」

 栄が叫ぶと同時に、傍らで眠っていた菜摘も微かな呻き声を上げ、ゆっくりを瞳を開いた。それからぼんやりした眼差しで回りを見回すと、状況を把握したようで、ほんのり頬を赤くする。
 もそもそと、起き上がった菜摘は毛布の外の寒さに一瞬身を震わせてから、ぺこり、と深々頭を下げた。

「み、皆さんにはご迷惑をおかけしました……」
「良いんだ。なっつんが無事に目が覚めて、本当に良かった」
「いやぁ、ほんま、無事に着いて良かったわー……」
「き、木南さんと久遠先輩が、ここまで運んで下さったんですか?」
「いや、運んで来たのは平弥君だよ。栄君と菜摘君は着いた時には、寒さですっかり眠り込んでいたからな」
「面目ない……けど九神。思い立ったらすぐ行動は良いけどな……俺も真田も、先に行ったお前や夜鈴君が無事か、心配したんだぞ」

 そう、栄にごくごく真面目な顔で言われて、ぅ、とこよりは肩を竦める。実のところ、無事かどうか、どころか彼女と夜鈴はとっくの昔にロッジについて、のんびりココアを飲みながら探偵談義に花を咲かせていたのだ。
 すべてが彼女のせいではないのだが、何となく申し訳なくなって、こよりはおとなしく「――済まなかった」と謝った。それにちょっと目を見開いてから、栄が「良いよ。――無事で良かった」と笑う。
 菜摘と栄にもココアをいれて、5人揃って暖炉の周りに座り、ようやくほぅ、と心から安堵の息を吐いた。そうして遭難中の話や、これからの合宿計画をどうするか? などと話しながら、ゆっくりと暖まる。
 それにしても、とちらり、外を見た菜摘がこくりとココアを飲み干して、言った。

「この吹雪は早々止みそうにありませんね。水や缶詰、もしもの為に多く持ってきましたがよかったです!」
「おぉ、さすがだな、なっつん」
「いえ、そんな……でもまずは温かい食事やお風呂を準備して、一段落つきましてから強化合宿を開始した方が良さそうですね」

 ちら、と見上げた菜摘の視線の先の柱時計は、気付はすっかり夕方を指していた。実のところ、強化合宿、といってもこよりの中に具体的な強化プランがあるわけではないのだが、確かに、気持ちを切り替える意味でも心も身体も暖まってからの方が良いだろう。
 そうだな、と頷くと、菜摘は嬉しそうに「了解しました! じゃあ、まずは食事を作ってきますね」と自身の荷物をぐっと持ち上げ、台所の場所を尋ねて向かおうとした。それに平弥が立ち上がり、皆の分のカップを集めて自身の荷物を持つと、一緒についていく。

「ワイも一緒に手伝うわ」
「ありがとうございます、木南さん」

 そんな会話を交わしながら、2人は台所へと消えていった。遭難しかけた2人が食事を作る、と言うのは何だか奇妙な気もするが、合宿前に割り振った当番がそうだったのだから、仕方がない。
 一体どんな料理が出てくるのだろう、平弥ならまたタコ焼きだろうかと、次第に良い匂いの漂って来る台所の方を見ながら話していたら、やがて大きなお盆を両手に持って、菜摘と平弥が戻ってきた。お盆からはほかほかと、暖かそうな湯気が立ち上っている。
 そうしてテーブルに並べられたお料理に、わぁ、と待っていた3人から歓声が上がった。

「すごいな。菜摘君、平弥君、これ全部君達が作ったのか?」
「作った、って言ってもほとんど、缶詰を温めたりとか、炒めたりとかしただけなんですよ」
「それでも、美味しくなるように頑張ったけどな。――せやこより、台所で小麦粉とか見つけたから、勝手に使わせてもろたけど……」
「あぁ、それは大丈夫だよ。日持ちのするものはいつも備蓄してあるんだ」

 平弥の申し訳なさそうな言葉に、こよりは笑って手を振った。さすがに生鮮食品などは滞在する時でないと置いておかないが、小麦粉や調味料の類は日持ちもするし、いちいち持ってくるのも面倒だから置いてあるのだ。
 とは言え今回は強化合宿だから、その生鮮食品も持ってきていない。若干、強化合宿というよりプチサバイバルゲームだが、探偵たるものいついかなる時でも冷静に行動出来るように、という建前はある。建前だけで、これもやっぱり深く考えたわけではなく、単にその方が面白そうだと思っただけなのだが。
 とまれ菜摘と平弥が作ってきた、その食事はそんな理由で、メインが缶詰や携帯食料という味気ないものにもかかわらず、実に美味しそうだった。さっそく揃って席につき、口に運んで見るとまたこれが、見た目よりもなお美味しい。
 味も勿論美味しいが、何よりこの吹雪の中では、暖かいものというのが実に、しみじみと美味しいのである。こよりや夜鈴はロッジの中に居たとはいえ、寒い雪山を登って来たことには変わりない。
 美味しい、美味しいと大好評でどんどんなくなる食事に、平弥と菜摘が「よっしゃ!」「やりましたね、木南さん!」とハイタッチした。そんな様子を見ながら忙しく箸を動かしていた栄が、おぉ、と並んだ皿の一つを見て目を丸くする。

「これは、ほかほかなたこ焼……! なんぺーの荷物の正体はまさかこれだったのか……?」
「いや、さすがに今回はふつーに缶詰やってんけどな。何でか、台所覗いたらタコ焼き用の鉄板があったし、つい……」
「それでも、恐るべき関西魂だな……」

 シリアスな顔を作ってしみじみ呟く栄と平弥の言葉に、こよりもまた「何でそんなものがロッジの台所に……?」と頭を抱えた。関西のご家庭ではたこ焼き機が常備されているものだと聞くが、ここは関西ではない、多分。
 とまれそんなたこ焼きも、具こそ缶詰の焼鳥や魚といったものだったが、それはそれでなかなかの美味しさだった。とっさにこんなアレンジたこ焼きを作ってしまうとは、さすが平弥、たこ焼きを愛してやまない男である。
 料理はあっという間に無くなって、作った菜摘と平弥は嬉しそうに、満足そうに後片付けまで引き受けてくれた。お腹が暖かく満たされると、途端に襲って来るのが眠気である。
 ふわぁ、とつい欠伸をしてしまったのは、何もこよりだけではない。同じく、あちこちで眠そうに欠伸をしている仲間の中で、うーん、と身体を伸ばした栄がよいしょと立ち上がった。

「風呂にでも入れば、眠気も覚めるだろう。火力は薪だったし、俺が風呂を沸かしてくるよ」

 風呂に入れば皆暖まるだろうしな、と風呂場の方へ去って行った栄を見送って、ふわぁ、とまたこよりは大きな欠伸をする。確かに、暖房もつけ、暖炉の火も絶やしていないとは言え、時間も遅くなり、吹雪も収まる気配を見せないせいだろう、少し冷えて来たようだ。
 ごし、と欠伸出で滲んだ涙を拭いながら、こよりは同じように眠そうな皆に声をかけた。

「寒いと何だか、いつもよりも眠く感じるのは何でなんだろうな?」
「うーん……そういえばそんな気がしますね。不思議です」
「寒いと筋肉が縮んで力が入るし、疲れるからじゃないか?」
「そうなんかなぁ。そういえば、寒いとこからぬくいとこに入ると、妙に――」

 言いかけた平弥が、なぜかそこで言葉を途切れさせた。ん? と不思議に思って目を上げ、平弥を見る。
 だがその眼差しの先で、平弥の顔はみるみるうちに青褪めていった。





「なんぺー?」

 いくら何でもおかしいと、声をかけたこよりに最初、返る答えはなかった。だがこよりのみならず、他の仲間も口々に「木南さん?」「平弥君、どうしたんだ?」と声をかけると、やがてぱくぱくと口を動かして。
 最初、その言葉は声になってはいなかった。だが何度も繰り返すうちに、声が、と言っているのが解る。
 夜鈴がその言葉を繰り返した。

「声が?」
「声がどうしたんですか、木南さん」
「何か……聞こえへん……? 不気味な声……ほら、また……ッ!」
「不気味な声……?」

 平弥の言葉に、しん、と静まり返って耳を澄ませると、確かに吹雪の音に紛れて外から不気味な、叫び声とも唸り声ともつかない音が聞こえて来るような気がする。否、平弥の言葉を聞いた後となってはそれはもう、こよりにも誰かの声にしか聞こえない。
 だが、こんな吹雪の夜の雪山に、探偵倶楽部の仲間以外に一体、誰がいるというのだ? だが、だったらこの不気味な声は一体、誰のものだというのだろう。
 さぁッ、と顔を青褪めさせたこよりを見て、平弥が「な? な? やっぱ聞こえるやろ?」と慌てふためき始めた。じっ、と黙って何やら考えていた夜鈴が、冷静にそんな2人に声をかける。

「こより君、平弥君。ひとまず、ロッジの周りを見て回ってみよう。もしかしたら僕らの他にも、うっかり吹雪に巻き込まれて遭難しかけた人間が居るのかもしれない」
「あ、ぁ……せやな。そう言えば……」
「よし、じゃあ見回ってみよう。なっつん、どうする?」
「わ、私もこより達と一緒に行きます!」

 こよりの言葉に、菜摘は同じく顔を青褪めさせながら慌てて立ち上がり、ぎゅっとこよりの腕にしがみついた。置いていかれてはたまらない、と言った慌てぶりの、菜摘の手の上に手を重ねる。
 そうして身支度をして、ぞろぞろと、恐る恐るロッジの外を一周してみたが、特にそれらしい人影はどこにも見当たらなかった。またあの声が聞こえはしないかと、聞きたくない気持ちも半分ながら耳を澄ませてみたが、吹雪の音に紛れてしまったのか、もう聞こえてこない。
 ほんの一周しただけなのに、すっかり身体の芯まで冷えてロッジに戻ると、風呂焚きを終えた栄がうろうろ、うろうろ、暖炉の前を歩き回っている所だった。戻ってきた4人を見て、ほっとした表情になる。

「なんだ、皆どこに行ってたんだ? 戻ってきたら誰も居ないから、心配したよ」
「あぁ、栄、実は……」
「せや、栄は聞かへんかったか? さっき、めっちゃ不気味な声が聞こえてきてん!」
「――で、他に遭難している人が居る可能性もあるかな、って周りを見てきたんだよ」

 誰も居なかったけどね、と肩を竦めた夜鈴に、菜摘が改めてその事実を噛み締めたのだろう、ぶるっ、と大きく震えた。そんな4人に、「なんだって!」と栄は真剣な顔になる。

「風呂焚きをしている間は、そんな声は聞かなかったぞ」
「ほんまか!? あんだけはっきり聞こえてんで!?」
「ふむ――栄君には聞こえず、僕らには聞こえた……不思議だね」

 夜鈴が冷静にそう指摘した。その指摘はますます、あの不気味な声がまるで、この世ならぬ所から聞こえてきたのでは、という誰もが抱いていた不安を強調する。
 だが栄の居た風呂焚き場は、一応囲いが作られているとはいえ、場所的にはロッジの中というよりは外に当たるのだ。中に居たこより達に聞こえた声が、外に居た栄には聞こえない――そんな不思議な事が一体、現実的にあるのだろうか。
 栄自身も、その事は良く解っているのだろう。ふむ、と両腕を組み、真剣な様子で呟いた。

「俺にだけ聞こえなかった声……何かの事件か……? それとも、まさか……」
「まさか……? な、なんですか、久遠先輩……」

 菜摘が怯えた声で、確かめたくないけれども確かめずには居られない、といった様子で尋ねる。知らず、こよりもゴクリ、と唾を飲んで真剣に栄の言葉を待っていた。
 まさか……まさか……?
 栄はその言葉に、だが躊躇うように視線を逸らして、答えを返さない。代わりに夜鈴が、先ほどよりも深刻そうな声でこよりを振り返った。

「こより君。このロッジで過去に何か、事件があったとかは……?」
「さぁ……聞いた事はないが、何しろ古いからな。おかしな事件の1つや2つや3つや4つは、あってもおかしくはないかもな」
「ほな、その事件の呪い……とか……? はは、そんな、まさか……なぁ……?」

 同意を求める、というよりはむしろ誰かが否定してくれることを期待するかのように、周りを忙しなく見回しながら乾いた笑いを零した平弥は、けれども自分自身の言葉にますます顔を真っ青にする。そうして「いやまさかホンマに? え?」と慌てふためき出して。
 まだこよりの腕にしっかりとつかまって、というよりしがみついていた菜摘が、ぎゅぅっ、とその腕に力を込めた。

「こ、こより……じょ、冗談、ですよ、ね……?」
「うん……? いや、古いから何かあってもおかしくない、って言うのはホントだけどな」

 そうして縋るように尋ねられたのに、こよりはちょっと首をかしげてしがみ付く菜摘を撫でながら、そう応える。実際に何か事件があったのか、あの不気味な声はその呪いなのか、単なる聞き違いなのかは解らないが、解らない以上は否定出来ないのも事実だ。
 やっぱりか! と平弥がおろおろ、なぜか脱出ルートを探して部屋中を歩き回り始めた。ざぁぁぁぁぁッ、と菜摘の顔から血の気が引いていくのが、傍から見ていても解る。

「え……? ほ、本当にホラー……?」
「というか、イメージ的には殺人事件再び、かな、推理小説だと」
「や、やめてくださいよ、柊先輩!? で、でも……、もし一人一人無残な姿になったり、電話線が切られて外部連絡不可能とか……」

 そう、口に出してしまうと妙にリアルに、その光景が想像出来てしまうものだ。菜摘は自分で言っているうちに、それを想像してだんだん怖くなって来たらしく、がたがたと震え出した。
 わたわたと辺りを見回すと、菜摘は暖炉の前に置いてあった毛布をぎゅっと引っつかみ、ソファの上にぼすっ、と飛び乗る。そうして頭から毛布を被り、すっぽりと隠れてしまった。

「わ、私、寝ちゃいます! こ、怖いからここで寝るんじゃないですよ! 部屋に戻って鍵掛けたら余計に危ないとか、これっぽっちも思ってないですから!」
「そうだよね、それ、推理小説だとまっさきに被害者になるパターンだしね。でも毛布で姿が見えないと思ったら、次に毛布を剥いだ時には……って事も……」
「いやぁぁぁぁぁぁッ!? やめてくださいってば!」
「柊、あんまりなっつんを驚かせるなよ」

 毛布を被って、端から見ても解るくらいにブルブル震えていた菜摘が、夜鈴の容赦ない追い討ち(?)に悲鳴を上げて飛び出してくる。そんな菜摘をぎゅっと抱きしめて、こよりは唇を尖らせた。
 こより君も言ってたじゃないか、と夜鈴は不満そうだったが、ひとまずは大人しく『悪かった』と菜摘に謝る。「いえ……」と首を振りながらも、菜摘の顔はやっぱり青い。
 何しろ結局、不気味な声の正体は判らず、謎は解けて居ないままなのだ。このままでは気味が悪い事は、変わらないのである。
 とはいえ、外に誰も居なかったのだから、後はオカルトホラー的な何かか、偶然が生み出した産物としか考えられない訳で。こよりはくるりと栄を振り返り、ずい、と詰め寄った。

「栄、本当に何も聞かなかったのか?」
「中に居た僕らが聞いてて、外に居た栄君が聞いて居ないのは、やっぱり不思議だよね」
「――と言われても、俺はずっと風呂焚きをしてたしなぁ……あぁ、あんまり寒かったんで、時々気合は入れてたけど」
「気合、ですか……?」
「ああ。寒いぞ〜〜〜ッ!! って叫んだら、何か暖かくなる気がしないか?」

 けろっ、とした顔でそう言った栄に、ひく、と唇の端が引き攣るのをこよりは感じた。それは、他の3人も一緒だったようだ。
 こより達だけが聞き、栄は聞かなかった謎の叫び声。こよりたちは中に居て、栄は風呂炊き場のある外に居て――
 栄もふと、何かに気付いた様に「あれ?」と首を傾げた。そうしてちょっと宙を見上げて、また皆の方を見て、もしかして、と冷や汗交じりの引き攣り笑いを、浮かべ。

「――もしかして、俺の声、なのか? 皆が聞いたの……」
「やっぱり栄か!!」

 思わずこよりは叫んでいた。そんな彼女も多少は状況を煽ったものの、驚かされた事には変わりない。
 他の皆も口々に、「驚かさないでくださいよ!」とか「まったく、傍迷惑も良い所だよね」「栄、ホンマ頼むわ……ワイの寿命が縮んだで」などと文句を言う。それに栄は「おぉぉぉぉッ? 悪かった!」と謝って。
 だがやがて、何だか奇妙におかしくなって、皆でくすくすと笑い出す。これまでの疲労に、夜が遅くなって来たハイテンションもあったのだろう。

「とりあえず、栄は明日、罰ゲームな。あーあ、疲れた……なっつん、一緒にお風呂入らないか? 「はい、こより!」
「よし、じゃあ決まりだな。――あ、もちろん男子は覗くなよ」
「覗かへんわ! じゃあ、ワイらはその後から入るわ……っと、でももう冷めとるんちゃう?」
「じゃあ、また栄君が風呂焚きだね。もちろん、今度は叫ばないでくれよな」
「あーはいはい、解りました! じゃあ薪を足してくるから、ちょっと待っててくれ」

 そう言いながらぶちぶちと栄が風呂炊き場に戻り、その間にこよりと菜摘は持ってきた合宿荷物から、お風呂セットを引っ張り出す。風呂場に行きがてら、リビングを通りかかったらソファの上で、柊と平弥がうとうとしていた。
 そうして順番にお風呂に入り、それぞれ宛がわれた部屋のベッドに潜り込む。とにかく色んな事に疲れ切っていて、もはや合宿どころではなかったのだ。
 だから翌日は揃って、昼過ぎまで眠り込んでしまいそうだったのだが、それを防いだのは菜摘だった。翌朝、ぱたぱたとロッジの中を走ってきた彼女が、こよりを起こしに来たのだ。

「こより、起きて下さい。すごく綺麗な朝日ですよ」
「ぅ、ん……朝日……?」

 眠い目を擦りながらベッドから這い出して、何とか身支度を整え1階に降りると、他にも同じように起こされたらしい仲間と、眠たそうな顔を突き合わせた。ぷっ、と吹き出して「おはよう」と笑い合い、揃ってロッジの外に出る。
 そうして見上げた空に、息を飲んだ。一夜明けた雪山の上には、昨夜の吹雪が嘘のような青が広がっていて、そうしてまさに今昇りつつある朝日が空や、雪を輝かせている。
 ほぅ……と誰からとも知れず、ため息が漏れた。昨夜は大変だったけれども、この光景を見れただけでも、合宿に来た甲斐があったというものだ。
 だからしばし、揃って無言でその光景を、見つめる。朝日はそんなこより達をも包み込み、新たしい輝きを山中に降り注いでいた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴   / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 15  /    阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
頂戴いたしましたラブレターのお返事(?)が、もはや言い訳も出来ぬほど遅くなってしまいまして……本当に、ご迷惑とご心配をおかけいたしました……(土下座

探偵倶楽部の皆様での、冬山でのどたばたな(!?)強化合宿の物語、如何でしたでしょうか。
悪戯好きのお嬢様ですから、今回も優しくて楽しい悪戯を――と思っておりましたら、何だかそんな余地もなく(?)、こんな様相となりました。
本当にお待たせしてしまいました分、少しでもお心に叶う優しい物語になっておりますでしょうか。
ちなみに恋をして頂けて居るのなら、相思相愛という事ですね!(何

お嬢様のイメージ通りの、楽しく、ちょっぴりホラーな雪のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
N.Y.E煌きのドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年02月07日

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