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『雪吹く夜に。〜青年の叫び 』
久遠 栄ja2400

 ――吹雪、である。まるで冗談のような話だが、久遠ヶ原学園探偵倶楽部にこの冬に起きた出来事を表現するのに、何を置いてもまず語らなければならないのは、その事実だ。
 九神こより(ja0478)率いる探偵倶楽部が、冬休みを利用して強化合宿を行う事になったのは、この頃どうも探偵らしい事をしていないような、という部室での会話から始まった事だった。その会話は紆余曲折を経て最終的に、ならば学生らしく合宿をしようじゃないか、もちろん探偵能力を強化する強化合宿だ、という結論に落ち着いて。
 その合宿先が雪山ロッジになったのは、たまたまこよりの家が所有していたロッジが雪山にあったからである。九神家が所有しているそのロッジは、昭和ゴシック調のどことなく古さと懐かしさを感じさせる佇まいをしていて、近くの源泉から引き込んだ檜造りの温泉――と言っても、温度は低いので入るにはちゃんと沸かす必要があるのだが――があり、寝室には天蓋付ベッドが各部屋に備えられている、らしい。
 だからそこにすれば良いじゃないか、というこよりの気軽な言葉で雪山合宿が決まったと、久遠 栄(ja2400)が知ったのは出発日当日のことだった。否、恐らく聞いていたのだろうが、多分、いつもの冗談か何かだと思っていたのだろう。
 だから改めて、雪山で強化合宿をする、そうして自分は先に行ったこよりと柊 夜鈴(ja1014)の2人を追って、救助訓練をしながら向かう事になって居る、という事実を聞き、栄は呆然とした。

「え、なんで雪山……?」
「なんで、って言われても、なぁ……」
「こより達は先に行ってしまいましたし……」

 ゆえに木南平弥(ja2513)と真田菜摘(ja0431)にそう尋ねると、2人は互いの顔を見合わせる。明らかに、あまり深く考えていないことは明白だった。
 おいおいおい、と思う。学園内にすらちょっと危険なスポットも存在する久遠ヶ原ではあるが、場所が雪山となるとそれなりに装備も必要だし、準備だって抜かりなく行わなければならないはずで。
 一気に色々と湧き出してきた心配は、まず、目の前の平弥へと向けられた。

「なんぺー、その恰好で雪山に登るのか? この季節、そんな装備じゃ不味いって」
「いやでもこれ、大分重ね着しとんで?」
「真田も、せめてもう少し分厚い上着をだな……まさか、九神や夜鈴君もそんな軽装で出かけたのか?」
「は、はい! えっと、じゃあこより達の分も上着を購入、ですね。購買に売ってるでしょうか。ぁ、でもまず、久遠が足りるか……」

 オロオロとその場を行ったり来たりし始める菜摘を見て、先発隊である2人の大体の装備を察し、栄は「うおぉぉぉぉぉ」と頭を掻きむしる。雪山は、ちょっとお手軽に行って楽しめる行楽地ではないのだ。
 どうせこよりの事だから、深く考えず、或いは準備が待ちきれなくなって、さっさと出発してしまったのに違いない。一緒に行った夜鈴も夜鈴だ。日ごろから冷静でクールな夜鈴なのに、なぜこよりを止めるどころか、一緒に行ってしまったのだ。
 だが、ここで苦悩していた所で、すでに行ってしまったこより達が戻って来る訳ではない。そう、決意を固めてガバッと顔を上げると、手を取り合っていた菜摘と平弥が、ビクゥッ、と揃ってわずかに身を引いた。
 そんな2人にずいずいずいと詰め寄って、栄はきっぱり断言する。

「九神が心配だ。俺達も行くぞッ!」
「は、はい……えと、あの、上着は……」
「それは購入してからだ!」
「いや、2人とも子供やないんやし、そないに心配せんでも大丈夫ちゃう?」
「山は今夜から凄い吹雪だとネットで言ってたんだ。どうかすると、途中で巻き込まれて居るかもしれない」

 ちょっと呆れた口調の平弥に、栄はそう断言した。今夜から、とは言っても山の天気は変わりやすい。すでに吹雪になっていることも、十分に考えられる。
 知らず、栄は祈るように、こよりと一緒に居るはずの夜鈴へと心の中で呟いた。

(冷静な夜鈴君が居ればきっと大丈夫だろう。九神のことを頼んだぞ……)

 そんな栄の勢いに気圧されるように、菜摘が購買まで飛んでいってもこもこの上着を購入し、3人はロッジのある雪山へと出発した。気候は晴天。見渡す限り雲1つなく、吹雪等とは到底縁がなさそうな良いお天気である。
 とはいえ油断は出来ないと、先頭を行く栄の後ろからは、平弥と菜摘がのんびりと話しているのが聞こえてきた。

「空気は冷たいですけど、陽射しのお陰か案外暖かいですね」
「せやな。ロッジに着いたら雪だるまとか作ってもええかもな」

 それを聞きながら、栄は道なき雪道をざくざくと登る。一応は救助訓練、という事で敢えて登山道からは外れていた――もっとも、雪のお陰でどこが登山道なのかも解らない状態だったが。
 けれどもそのうち、気付けば太陽の姿が消えて、頭上が分厚い雲で覆われ始める。そうしてそろそろ中腹辺りかと、思った頃に空から白い物が降ってきたかと思うと、あっという間に吹雪になって。
 栄は思わず、荒れ模様の空を見上げて唸った。

「だから言わんこっちゃない!」
「まぁでも、こんぐらいやったらなんともないし」

 栄の言葉に、平弥が笑ってそう返す。とは言え顔色は半ば青褪めていて、強がっているのは明白だったのだが。
 とにかく、一刻も早くロッジに辿り着かなければならない。容赦なく全身を叩きつけてくる吹雪は、冷たいを通り越して切れそうなほど痛く、重ね着した上からでもどんどん体温が奪われて、手袋やブーツに覆われた手足の先の感覚がどんどんなくなっていく。
 ともすれば雪に見失いそうになる平弥や菜摘の姿を、時々振り返って確かめながら、必死に目を凝らして歩き続けた栄は、やがて立ち止まって辺りを見回した。見回し、先ほどから考えないようにしていたその事実を、ポツリ、呟いた。

「――マズイな。方角が判らない」
「ぇ……ッ! それってまさか、遭難したって事……ですか……?」

 菜摘がただでさえ青い顔を強張らせ、栄に確認する。それに頷くのはひどく、勇気の要る事だった。
 だが、事実は事実だ。菜摘もそれは判ったのだろう、一瞬だけ動揺した様子を見せた後、きゅッ、と強い眼差しで栄を見上げる。

「では何とかして、ロッジの場所を見つけなければなりませんね。久遠先輩、策はありますか?」
「いや――だがこう視界が真っ白だと、はぐれたら見つけるのは困難だ。全員、ロープを持って歩いたらどうだろう」
「そうですね。後、山で迷った時にはとにかく登るのが良い、と聞きますからとにかく上を目指してみてはどうでしょうか。――先に行ったこより達も、無事だと良いのですが」
「九神は大丈夫さ、きっと……きっと見つかるから焦らずに行こう」
「はい……。そうだ、木南さんはどう思い……木南さん!?」

 ふ、と意見を求めて視線を横へ流した菜摘が、驚愕に目を見張ったのに栄も眼差しを向けると、平弥がなぜか1人、雪だるまを作っていた。しかももう胴体は出来ていて、今は頭を作りかけている。
 慌てて菜摘と、両側から平弥を揺すぶった。

「なんぺーッ! 何をやってるんだ!?」
「木南さん、落ち着いて下さい!」
「は……ッ!?」

 それにようやく正気に戻り、平弥は作りかけていた雪だるまから手を離す。そんな平弥にも今までの話し合いを聞かせ、とにかく上を目指して、途中で登山道が見つかればそれに従って登る、という事で話が纏まった。
 栄は荷物の中からロープを取り出し、手にぎゅっと巻いて先頭に立つ。そうして後ろの菜摘と平弥が同じく、手にロープを巻いて握り締めたのを確認して、とにかく上だと思われる方へ歩き出した。
 時々、振り返って2人がちゃんとついてきているか、声をかけて確かめる。

「……はぁはぁ、なんぺーッ、真田はちゃんとついてきてるかッ!」
「だ、大丈夫、や……!」
「わ、私も……でも何だか眠くなって……」
「アカンッ! それは凍死フラグやで!?」

 幾度目かの菜摘の言葉に、平弥が切羽詰った声を上げた。雪山の事をよく知らない人間でも、寒い中で眠り込んでしまったら凍死する、という事くらいは判る。
 そこからは平弥と2人、ともすれば足が止まりがちになってきた菜摘を「寝るな、真田!」「寝たらあかんでッ!」と励ましながら歩き続けた。だが、そんな栄自身もまた、行けども行けども白だけが続く視界に意識が朦朧とし始め、寒さに感覚が麻痺し始める。

「……寝るな……寝たら起きれない……」
「ちょぉ……ッ! 栄もか!?」
「いや……俺は大、丈夫、だ……」
「全然大丈夫そうやあらへんで!?」

 平弥の言葉にそう返しながらも、栄は耐え難い睡魔が全身を包みこみ、意識を持って行こうとしているのを感じた。眠ればマズイと解っている、それでももう眠ってしまいたい――そんな感覚。
 不意に、ふわりと足元が浮いた気がした。ぐらりと大きく体が揺れて、けれども体勢を立て直す気力もなく、ついに栄はばさりと雪の中に倒れ伏す。
 その瞬間、栄はついに睡魔に捕らわれ、深い眠りに落ちて行ったのだった。





 ふわふわと暖かな感覚が、栄の全身を包みこんでいる。柔らかな布に包まれたような感触。自分を呼ぶ誰かの声が、ひどく懐かしい。
 辺りはどこを見回しても、真っ白で何も見えなかった。だが、探さなければならないのだ。こよりを。こより達のいるロッジを――

「…………はぁ、明かりが見えるな……」

 不意に、すぐ傍に赤い炎が揺らめいて居るのに気が付いて、栄は深い息を吐いた。先ほどまで吹雪だったと言うのに、今、彼の視界は昼間のように明るい。まして炎と来た。
 とうとう幻覚が見え出したのか、と思った。人はあまりに強く何かを求めると、その物の幻を見るという。まさか自分が体験するとは思わなかったが。

「栄君! 気がついたのか?」
「栄! 良かった……!」

 自分を呼ぶ声がまた、聞こえた。こよりの声だ、と認識する。あぁ、彼女を探さなければ。だがもう、動けない。
 ふふふ、と笑い声を漏らした。

「……最後に九神の幻を見れるならまあいいかな……」
「――何を寝ぼけてるんだ」
「あいたッ!?」

 不意に頭に鈍い痛みが走り、栄は悲鳴を上げて飛び起きる。そうしてから辺りを見回して、こよりを見て、夜鈴を見て、毛布に包まってココアを啜っている平弥を見て。
 ようやく事態を、理解する。理解して、ほぅ……と大きな、大きなため息を、吐く。

「暖かいぞ……助かったのか――ッは!? 真田は……ッ!」
「うぅ……ん……?」

 もう1人、眠りに落ち掛けていた菜摘の事を思い出し、叫ぶと同時に傍らから微かな呻き声が聞こえた。見下ろすとそこには菜摘が居て、今まさにゆっくりと瞳を開く所だ。
 菜摘はぼんやりした眼差しで回りを見回すと、状況を把握したようで、ほんのり頬を赤くした。もそもそと起き上がり、毛布の外の寒さに一瞬身を震わせてから、ぺこり、と深々頭を下げる。

「み、皆さんにはご迷惑をおかけしました……」
「良いんだ。なっつんが無事に目が覚めて、本当に良かった」
「いやぁ、ほんま、無事に着いて良かったわー……」

 こよりの言葉に平弥がしみじみと呟き、ココアをこくりと飲んだ。確かに、あの状況から無事にロッジに辿り着けたとは、奇跡そのものだ。
 菜摘がちょっと顔を赤くして、平弥と栄を見比べた。

「き、木南さんと久遠先輩が、ここまで運んで下さったんですか?」
「いや、運んで来たのは平弥君だよ。栄君と菜摘君は着いた時には、寒さですっかり眠り込んでいたからな」
「面目ない……」

 夜鈴の言葉に、栄は肩を縮こめる。最年長であり、後輩達を守るべき立場にありながら、その後輩に守られてしまったのはまったく、不覚だった。
 だが言うべき事は言わねばならない、とそもそもの発端であるこよりに向き直る。

「けど九神。思い立ったらすぐ行動は良いけどな……俺も真田も、先に行ったお前や夜鈴君が無事か、心配したんだぞ」
「ぅ……済まなかった」
「良いよ。――無事で良かった」

 そうしてごくごく真面目な顔で言った栄に、ぅ、とこよりは肩を竦めてそう、謝った。実のところ、そう素直に謝罪が返ってくると思って居なかった栄は、ちょっと目を見開いてから、笑う。
 心配はしたけれども、あんまり心配させないでくれとも思ったけれども、彼女が無事で良かった。詰まる所、それが一番大事なのだ。
 そうしてようやく、菜摘と栄にもココアをいれて、5人揃って暖炉の周りに座り、ようやくほぅ、と心から安堵の息を吐き、遭難中の話や、これからの合宿計画をどうするか? などと話しながら、ゆっくりと暖まった。もちろん、平弥の雪だるまエピソードも、こよりと夜鈴の知る所になったのは言うまでもない。
 それにしても、とちらり、外を見た菜摘がこくりとココアを飲み干して、言った。

「この吹雪は早々止みそうにありませんね。水や缶詰、もしもの為に多く持ってきましたがよかったです!」
「おぉ、さすがだな、なっつん」
「いえ、そんな……でもまずは温かい食事やお風呂を準備して、一段落つきましてから強化合宿を開始した方が良さそうですね」

 ちら、と見上げた菜摘の視線の先の柱時計は、気付はすっかり夕方を指していた。確かに気持ちを切り替える意味でも、心も身体も暖まってからの方が良いだろう。
 こよりもそう考えたのだろう、そうだな、と頷いたのに菜摘は嬉しそうに「了解しました! じゃあ、まずは食事を作ってきますね」と自身の荷物をぐっと持ち上げ、台所の場所を尋ねて向かおうとした。それに平弥が立ち上がり、皆の分のカップを集めて自身の荷物を持つと、一緒についていく。

「ワイも一緒に手伝うわ」
「ありがとうございます、木南さん」

 そんな会話を交わしながら、2人は台所へと消えていった。遭難しかけた2人が食事を作る、と言うのは何だか奇妙な気もするが、合宿前に割り振った当番がそうだったのだから、仕方がない。
 一体どんな料理が出てくるのだろう、平弥ならまたタコ焼きだろうかと、次第に良い匂いの漂って来る台所の方を見ながら話していたら、やがて大きなお盆を両手に持って、菜摘と平弥が戻ってきた。お盆からはほかほかと、暖かそうな湯気が立ち上っている。
 そうしてテーブルに並べられたお料理に、わぁ、と待っていた3人から歓声が上がった。

「すごいな。菜摘君、平弥君、これ全部君達が作ったのか?」
「作った、って言ってもほとんど、缶詰を温めたりとか、炒めたりとかしただけなんですよ」
「それでも、美味しくなるように頑張ったけどな。――せやこより、台所で小麦粉とか見つけたから、勝手に使わせてもろたけど……」
「あぁ、それは大丈夫だよ。日持ちのするものはいつも備蓄してあるんだ」

 平弥の申し訳なさそうな言葉に、こよりが笑って手を振る。普通に滞在するときならきっと、他の食材も用意してあるのだろう。
 だが今回は合宿で、しかもなぜか些かサバイバルゲーム風味だったため、メインは缶詰や携帯食料という味気ないものだ。だがそれにもかかわらず、実に美味しそうだった。
 さっそく揃って席につき、口に運んで見るとまたこれが、見た目よりもなお美味しい。味も勿論美味しいが、何よりこの吹雪の中では、暖かいものというのが実に、しみじみと美味しいのである。
 美味しい、美味しいと大好評でどんどんなくなる食事に、平弥と菜摘が「よっしゃ!」「やりましたね、木南さん!」とハイタッチした。そんな様子を見ながら忙しく箸を動かしていた栄は、おぉ、と並んだ皿の一つを見て目を丸くした。

「これは、ほかほかなたこ焼……! なんぺーの荷物の正体はまさかこれだったのか……?」

 たこ焼きと言うのは、たこ焼き用の鉄板がなければ作成出来ない料理である。 結構な重さだっただろうに、まさか雪山にまで持ってきているとは……と半ば尊敬の眼差しを向けると、いや、と平弥はぱたぱた手を振った。

「さすがに今回はふつーに缶詰やってんけどな。何でか、台所覗いたらタコ焼き用の鉄板があったし、つい……」
「それでも、恐るべき関西魂だな……」

 普通、つい、でたこ焼きは作成される物ではないだろう。なぜかたこ焼き用の鉄板があったという九神家の台所も不思議だが、そこでとっさにアレンジたこ焼きを作ってしまうとは、さすが平弥、タコ焼きを愛してやまない男である。
 ちなみにそのたこ焼きは、具こそ缶詰の焼鳥や魚といったものだったが、それはそれでなかなかの美味しさだった。料理はあっという間に無くなって、作った菜摘と平弥は嬉しそうに、満足そうに後片付けまで引き受けてくれる。
 だが、お腹が暖かく満たされると、途端に襲って来るのが眠気だ。まして暖炉は変わらず暖かな炎をともし続けているし、暖房も程よく体を温めてくれる。
 ふわぁ、とつい欠伸をしてしまったのは、何も栄だけではない。同じく、あちこちで眠そうに欠伸をしている仲間を見て、うーん、と身体を伸ばすと栄はよいしょと立ち上がった。

「風呂にでも入れば、眠気も覚めるだろう。火力は薪だったし、俺が風呂を沸かしてくるよ」

 風呂に入れば皆暖まるだろうしな、と頷きながら風呂場の方へ向かう。だが風呂場まで辿り着いてから、はた、と気付いて栄は立ち止まり、風呂場と、それから勝手口の用に外へと続く扉を見比べた。
 火力が薪だと言う事は、ご飯が出来るまでにちょっとうろうろしている間に薪を見つけたから、解っている。けれども薪だという事は、そりゃぁ当然というべきか、風呂焚き場は屋内ではなく屋外にあるのだろう。

(何故気づかなかった、俺……)

 上着も羽織らず、思い切り軽装で来てしまったことに、後悔した。だがまぁ動いている内に暖まるだろう、何しろ火を点けるのだからむしろ暑くなるかも知れない。
 そう思い、栄は湯船にぬるい温泉水を満たすと、栄やと気合を込めて風呂炊き場へ出て行った。幸い、完全な吹きッ晒しという訳ではなくて、申し訳程度の雪除けの屋根と壁ぐらいはある。
 だがそれだけだった。気温は完全に外と変わりないし、おまけに吹雪はまだ収まって居ないから、隙間風も容赦なく吹き込んでくる。

「ふぉぉぉぉぉッ、さむいぞ〜〜〜〜〜ッ!」

 己に気合を入れる意味も込めて、栄は屋根の向こうの寒空に向かって遠吠えした。そうすると何となく、全身に熱が回るような気がする。
 よし、と頷いて栄は薪を組み、藁を詰めて火を点けた。別に栄もこういった事に詳しい訳ではないが、撃退士でもあるし、何となくの知識を駆使すれば何とかなる物だ。
 その間にも容赦なく、風と雪が吹き込んでくる。そのたび、同じように叫んで気合を入れながら栄は火を熾し、湯船の温度を確かめたのだった。





 ようやく満足の行く温度に暖まり、暖炉の部屋へ戻るとそこには、誰も居なかった。

「あ、れ……? 九神、夜鈴君? なんぺーも真田も……どこに行ったんだ?」

 こくりと首を傾げてもう一度、部屋中を丹念に見回して見たものの、やっぱり仲間の姿はどこにもない。こういうのって何かのホラーゲームでなかったっけと、不意にそんな事を思い出した。
 吹雪に閉ざされた謎の洋館。少し目を離した隙に消えた仲間達。そうして1人取り残された主人公に迫る、謎の悪意――
 そこまで考えてから、ふる、と栄は頭を振る。ここはこよりの家が所有するロッジであって、謎の洋館などではない。
 だが、ならば皆はどこに消えてしまったのだろう? 念の為に台所も覗いて見たが、やはり、人気はどこにもなかった。
 再び暖炉の部屋へと戻ると、みんなの上着が消えている事に気付く。ならば皆で揃って、外に出かけたのだろうか――だがこんな吹雪の中に、一体どこへ?
 考えながら、うろうろ、うろうろ、暖炉の前を行ったり来たりする。とその時、ちょうどロッジの扉がバタンと開閉する音がして、姿の見えなくなっていた4人が戻ってきた。
 ほっと息を吐く。馬鹿なと思っては居たが、まさか本当に消えてしまったのではと、ちょっとだけ心配だったのだ。

「なんだ、皆どこに行ってたんだ? 戻ってきたら誰も居ないから、心配したよ」
「あぁ、栄、実は……」
「せや、栄は聞かへんかったか? さっき、めっちゃ不気味な声が聞こえてきてん!」
「――で、他に遭難している人が居る可能性もあるかな、って周りを見てきたんだよ」

 誰も居なかったけどね、と肩を竦めた夜鈴に、菜摘が改めてその事実を噛み締めたのだろう、ぶるっ、と大きく震えた。そんな4人に、「なんだって!」と栄は真剣な顔になる。
 先ほどの妄想が、再び頭の中に蘇った。確か、そう言うホラーゲームもあったはずだ。吹雪に閉ざされた謎の洋館。不気味な悲鳴。起こる、謎の事件の犯人はこの世ならぬ――
 いやいや、それは栄の妄想だ。妄想、のはずだ。そう思いながら、栄は自身が風呂焚きをしている間の事を思い出し、首を振った。

「風呂焚きをしている間は、そんな声は聞かなかったぞ」
「ほんまか!? あんだけはっきり聞こえてんで!?」
「ふむ――栄君には聞こえず、僕らには聞こえた……不思議だね」

 夜鈴が冷静にそう指摘した。その指摘はますます、その不気味な声とやらがまるで、この世ならぬ所から聞こえてきたのでは、と思わせる。
 だが栄の居た風呂焚き場は、一応囲いが作られているとはいえ、場所的にはロッジの中というよりは外に当たるのだ。中に居た平弥達に聞こえた声が、外に居た栄には聞こえない――そんな不思議な事が一体、現実的にあるのだろうか。
 ふむ、と両腕を組み、真剣に呟いた。またあの妄想が、頭の中を過ぎって、消える。

「俺にだけ聞こえなかった声……何かの事件か……? それとも、まさか……」
「まさか……? な、なんですか、久遠先輩……」

 菜摘が怯えた声で、確かめたくないけれども確かめずには居られない、といった様子で尋ねる。平弥もまた怯えた様子で、真剣に栄の言葉を待っているようだ。
 だが栄はその言葉に、躊躇うように視線を逸らして明言を避けた。そうして夜鈴に視線を送ると、こく、と頷いた彼は先ほどよりも深刻そうな声でこよりを振り返る。

「こより君。このロッジで過去に何か、事件があったとかは……?」
「さぁ……聞いた事はないが、何しろ古いからな。おかしな事件の1つや2つや3つや4つは、あってもおかしくはないかもな」
「ほな、その事件の呪い……とか……? はは、そんな、まさか……なぁ……?」

 同意を求める、というよりはむしろ誰かが否定してくれることを期待するかのように、周りを忙しなく見回しながら乾いた笑いを零した平弥は、けれども自分自身の言葉にますます顔を真っ青にする。そうして「いやまさかホンマに? え?」と慌てふためき出して。
 こよりの腕にしっかりとつかまって、というよりしがみついていた菜摘が、ぎゅぅっ、とその腕に力を込めた。

「こ、こより……じょ、冗談、ですよ、ね……?」
「うん……? いや、古いから何かあってもおかしくない、って言うのはホントだけどな」
「やっぱりか!」

 そうして菜摘が縋るように尋ねたのに、こよりがちょっと首をかしげて彼女を撫でながら、そう応える。それに、やっぱりか! と平弥がおろおろ、なぜか脱出ルートを探して部屋中を歩き回り始めた。
 ざぁぁぁぁぁッ、と菜摘の顔から血の気が引いていくのが、傍から見ていても解る。

「え……? ほ、本当にホラー……?」
「というか、イメージ的には殺人事件再び、かな、推理小説だと」
「や、やめてくださいよ、柊先輩!? で、でも……、もし一人一人無残な姿になったり、電話線が切られて外部連絡不可能とか……」

 そう、口に出してしまうと妙にリアルに、その光景が想像出来てしまうものだ。菜摘は自分で言っているうちに、それを想像してだんだん怖くなって来たらしく、がたがたと震え出した。
 わたわたと辺りを見回すと、菜摘は暖炉の前に置いてあった毛布をぎゅっと引っつかみ、ソファの上にぼすっ、と飛び乗る。そうして頭から毛布を被り、すっぽりと隠れてしまった。

「わ、私、寝ちゃいます! こ、怖いからここで寝るんじゃないですよ! 部屋に戻って鍵掛けたら余計に危ないとか、これっぽっちも思ってないですから!」
「そうだよね、それ、推理小説だとまっさきに被害者になるパターンだしね。でも毛布で姿が見えないと思ったら、次に毛布を剥いだ時には……って事も……」
「いやぁぁぁぁぁぁッ!? やめてくださいってば!」
「夜鈴、あんまりなっつんを驚かせるなよ」

 毛布を被って、端から見ても解るくらいにブルブル震えていた菜摘が、夜鈴の容赦ない追い討ち(?)に悲鳴を上げて飛び出してくる。そんな菜摘をぎゅっと抱きしめて、こよりが唇を尖らせた。
 こより君も言ってたじゃないか、と夜鈴は不満そうだったが、ひとまずは大人しく『悪かった』と菜摘に謝る。「いえ……」と首を振りながらも、菜摘の顔はやっぱり青い。
 何しろ結局、不気味な声の正体は判らず、謎は解けて居ないままなのだ。このままでは気味が悪い事は、変わらないのである。
 とはいえ、外に誰も居なかったと言うのだから、後はオカルトホラー的な何かか、偶然が生み出した産物としか考えられない訳で。不意にこよりがくるりと栄を振り返ると、ずい、と詰め寄ってきた。

「栄、本当に何も聞かなかったのか?」
「中に居た僕らが聞いてて、外に居た栄君が聞いて居ないのは、やっぱり不思議だよね」
「――と言われても、俺はずっと風呂焚きをしてたしなぁ……あぁ、あんまり寒かったんで、時々気合は入れてたけど」
「気合、ですか……?」
「ああ。寒いぞ〜〜〜ッ!! って叫んだら、何か暖かくなる気がしないか?」

 なかなか自分でも名案だった、と思いながらそう言った栄に、聞いていたみんなの唇の端がひく、と引き攣った。なぜそんな反応が返ってくるのか解らず、「おぉ?」と栄は首を捻る。
 だがふと、自分自身が言った事と、皆から聞いた状況を頭の中で整理した。平弥達だけが聞き、栄は聞かなかった謎の叫び声。平弥達は中に居て、栄は風呂炊き場のある外に居て――だとしたら?
 気付いてしまったその事実に、「あれ?」と首を傾げた。それから、ほんのちょっとだけどうするべきか宙を見上げてから、冷や汗交じりの引き攣り笑いを浮かべながら「もしかして」とまた皆の方を見て。

「――もしかして、俺の声、なのか? 皆が聞いたの……」
「やっぱり栄か!!」
「驚かさないでくださいよ!」
「栄、ホンマ頼むわ……ワイの寿命が縮んだで」
「まったく、傍迷惑も良い所だよね」
「おぉぉぉぉッ? 悪かった!」

 そう、呟いた瞬間に4人から向けられた言葉に、栄は慌てて謝った。まさかそんな事になっていようとは、栄だって夢にも思わなかったのだ、仕方ないではないか。
 だがやがて、何だか奇妙におかしくなって、皆でくすくすと笑い出す。これまでの疲労に、夜が遅くなって来たハイテンションもあったのだろう。

「とりあえず、栄は明日、罰ゲームな。あーあ、疲れた……なっつん、一緒にお風呂入らないか? 「はい、こより!」
「よし、じゃあ決まりだな。――あ、もちろん男子は覗くなよ」
「覗かへんわ! じゃあ、ワイらはその後から入るわ……っと、でももう冷めとるんちゃう?」
「じゃあ、また栄君が風呂焚きだね。もちろん、今度は叫ばないでくれよな」
「あーはいはい、解りました! じゃあ薪を足してくるから、ちょっと待っててくれ」

 そう言いながらぶちぶちと、栄は風呂炊き場に戻る。湯加減を見ると確かにもう少し温めた方が良さそうだと、外に再び出てぶるっと大きく震え。
 もちろん今度は叫ばないよう、せっせと薪をくべて温めていると、湯船の方からこよりと菜摘の楽しそうな声が聞こえてきた。このままここに居てはうっかりした事を聞いてしまいかねないと、そそくさと栄は非難する。
 そうしてこより達が上がった後、順番にお風呂に入ると、宛がわれた部屋のベッドに潜り込んだ。とにかく色んな事に疲れ切っていて、もはや合宿どころではなくて。
 だから翌日は揃って、昼過ぎまで眠り込んでしまいそうだったのだが、それを防いだのは菜摘だった。翌朝、ぱたぱたとロッジの中を走ってきた彼女が、栄を起こしに来たのだ。

「久遠先輩、起きて下さい。すごく綺麗な朝日ですよ」
「ぅ、ぅ……朝日……?」

 眠い目を擦りながらベッドから這い出して、何とか身支度を整え1階に降りると、他にも同じように起こされたらしい仲間と、眠たそうな顔を突き合わせた。ぷっ、と吹き出して「おはよう」と笑い合い、揃ってロッジの外に出る。
 そうして見上げた空に、息を飲んだ。一夜明けた雪山の上には、昨夜の吹雪が嘘のような青が広がっていて、そうしてまさに今昇りつつある朝日が空や、雪を輝かせている。
 ほぅ……と誰からとも知れず、ため息が漏れた。昨夜は大変だったけれども、この光景を見れただけでも、合宿に来た甲斐があったというものだ。
 だからしばし、揃って無言でその光景を、見つめる。朝日はそんな栄達をも包み込み、新たしい輝きを山中に降り注いでいた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴   / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 15  /    阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そうしてお言葉に甘えすぎて、お届けがもはや言い訳も出来ぬほど遅くなってしまいまして……本当に、ご迷惑とご心配をおかけいたしました……(土下座

探偵倶楽部の皆様での、冬山でのどたばたな(!?)強化合宿の物語、如何でしたでしょうか。
冗談好きな息子さんの、真面目なようなコミカルなような行動は、見事に皆様にホラーなひと時を提供したようです(笑
いやでも、叫ぶとちょっと気合が入るというか、暖かくなるような気はするのです、はい(こくり←
本当にお待たせしてしまいました分、少しでもお心に叶う優しい物語になっておりますでしょうか。

息子さんのイメージ通りの、楽しく、ちょっと不気味でホラーな雪のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
N.Y.E煌きのドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年02月07日

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