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『雪吹く夜に。〜少女の祈り 』
真田菜摘ja0431

 ――吹雪、である。まるで冗談のような話だが、久遠ヶ原学園探偵倶楽部にこの冬に起きた出来事を表現するのに、何を置いてもまず語らなければならないのは、その事実だ。
 九神こより(ja0478)率いる探偵倶楽部が、冬休みを利用して強化合宿を行う事になったのは、この頃どうも探偵らしい事をしていないような、という部室での会話から始まった事だった。その会話は紆余曲折を経て最終的に、ならば学生らしく合宿をしようじゃないか、もちろん探偵能力を強化する強化合宿だ、という結論に落ち着いて。
 その合宿先が雪山ロッジになったのは、たまたまこよりの家が所有していたロッジが雪山にあったからである。九神家が所有しているそのロッジは、昭和ゴシック調のどことなく古さと懐かしさを感じさせる佇まいをしていて、近くの源泉から引き込んだ檜造りの温泉――と言っても、温度は低いので入るにはちゃんと沸かす必要があるのだが――があり、寝室には天蓋付ベッドが各部屋に備えられている、らしい。
 だからそこにすれば良いじゃないか、というこよりの気軽な言葉に、それもそうですね! と頷いたのは真田菜摘(ja0431)だけではない。久遠 栄(ja2400)だってまた、その話を聞いていたはずだから。

「え、なんで雪山……?」
「なんで、って言われても、なぁ……」
「こより達は先に行ってしまいましたし……」

 いよいよ出発というその日、まるで寝耳に水、と言った風でそう栄に尋ねられ、菜摘は木南平弥(ja2513)と思わず顔を見合わせた。彼ら3人は先に行ったこよりと柊 夜鈴(ja1014)の2人を追って、救助訓練をしながら向かう事になって居るのである。
 なぜ探偵倶楽部の合宿なのに雪山の救助訓練なのか、その辺りは冷静に考えると今一よく判らないが、そもそも探偵能力を強化するための合宿、と言うのも一体何をするのか、まったく見当がつかない菜摘である。とはいえ大好きな探偵倶楽部の皆と過ごせるのが楽しみだから、救助訓練を頑張ろう、と思っていたわけで。
 つまるところあまり深く考えてはいなかった菜摘達とは違い、栄は今になってようやく事態を把握し、心配が吹き出して来たようだった。それは先ず、目の前の平弥へと向けられる。

「なんぺー、その恰好で雪山に登るのか? この季節、そんな装備じゃ不味いって」
「いやでもこれ、大分重ね着しとんで?」
「真田も、せめてもう少し分厚い上着をだな……まさか、九神や夜鈴君もそんな軽装で出かけたのか?」
「は、はい! えっと、じゃあこより達の分も上着を購入、ですね。購買に売ってるでしょうか。ぁ、でもまず、久遠が足りるか……」

 次いで栄に指摘され、菜摘は購買の品揃えを思い出したり、お財布の中身を思い浮かべたり、オロオロその場を行ったり来たりした。「じゃあ先に行って待ってるな」と笑って夜鈴と一緒に出かけて行った、こよりのそれなりに冬装備だがラフな恰好を思い浮かべる。
 そんな菜摘を見て、先発隊である2人の大体の装備を察したらしい。栄は「うおぉぉぉぉぉ」とその場で頭を掻きむしり始めた。
 さすがにちょっとビクッとして、知らず、菜摘は平弥と手を取り合い、そんな栄を見守る。大丈夫だろうか、そんな思いが2人の胸に去来した。
 菜摘と平弥の眼差しの先で、栄はガバッと顔をあげる。ビクゥッ、ともう一度手を取り合い、揃ってわずかに身を引いた菜摘達にずいずいずいと詰め寄って、栄はきっぱり断言した。

「九神が心配だ。俺達も行くぞッ!」
「は、はい……えと、あの、上着は……」
「それは購入してからだ!」
「いや、2人とも子供やないんやし、そないに心配せんでも大丈夫ちゃう?」
「山は今夜から凄い吹雪だとネットで言ってたんだ。どうかすると、途中で巻き込まれて居るかもしれない」

 ちょっと呆れた口調の平弥に、栄がそう断言した。なるほど、そういう理由なら確かに、栄が心配する気持ちも解るが――夜からというのなら、まだ昼にもなっていないのだし、やはり大丈夫なのではないか。
 とまれ栄の勢いに気圧されて、菜摘は購買まで飛んでいって暖かそうなもこもこの上着を購入した。そうして3人連れ立って、ロッジのある雪山へと出発する。
 気候は晴天。見渡す限り雲1つなく、吹雪等とは到底縁がなさそうな良いお天気である。

「空気は冷たいですけど、陽射しのお陰か案外暖かいですね」
「せやな。ロッジに着いたら雪だるまとか作ってもええかもな」

 そんな事をのんびり話しながら、どの辺りが救助訓練なのか解らない気楽な登山気分で、先頭を行く栄の背中を見ながら、雪道をざくざく登った。救助訓練、という事で敢えて登山道からは外れていた――もっとも、雪のお陰でどこが登山道なのかも解らない状態だったが。
 けれどもそのうち、気付けば太陽の姿が消えて、頭上が分厚い雲で覆われ始める。そうしてそろそろ中腹辺りかと、思った頃に空から白い物が降ってきたかと思うと、あっという間に吹雪になった。

「だから言わんこっちゃない!」
「まぁでも、こんぐらいやったらなんともないし」

 栄の言葉に平弥が笑ってそう言ったけれど、半ば強がりなのは傍から聞いていた菜摘にも解った。何しろ全力で雪が吹き付けてきて、栄に言われて平弥より厚着をした菜摘だって寒いのだ。
 吹雪は容赦なく登り続ける3人に雪の礫を叩きつけ、冷たいを通り越して切れそうなほど痛い。風は重ね着した上からでもどんどん体温を奪い、手袋やブーツに覆われた手足の先の感覚がどんどんなくなっていく。
 ともすれば雪に見失いそうになる栄や平弥の姿を、必死に目を凝らして菜摘は歩き続けた。だがやがて栄が立ち止まり、「マズイな」と呟く。

「――方角が判らない」
「ぇ……ッ! それってまさか、遭難したって事……ですか……?」

 菜摘は顔を強張らせ、栄に確認した。それに沈痛な面持ちで頷く栄に、これが彼特有のジョークではないのだと理解する。
 それに、動揺したのは一瞬だった。きっと栄は今、色んな事で頭が一杯になっているはずだ。ならば菜摘が叶う限り、彼をサポートしなければ。
 菜摘はきゅッ、と強い眼差しで栄を見上げた。

「では何とかして、ロッジの場所を見つけなければなりませんね。久遠先輩、策はありますか?」
「いや――だがこう視界が真っ白だと、はぐれたら見つけるのは困難だ。全員、ロープを持って歩いたらどうだろう」
「そうですね。後、山で迷った時にはとにかく登るのが良い、と聞きますからとにかく上を目指してみてはどうでしょうか。――先に行ったこより達も、無事だと良いのですが」
「九神は大丈夫さ、きっと……きっと見つかるから焦らずに行こう」
「はい……。そうだ、木南さんはどう思い……木南さん!?」

 ふ、と意見を求めて視線を横へ流した菜摘は、驚愕に目を見張った。ずっと発言のなかった平弥は、なぜか1人、吹雪の中で黙々と雪だるまを作っていたのだ。しかももう胴体は出来ていて、今は頭を作りかけている。
 慌てて栄と、両側から平弥を揺すぶった。

「なんぺーッ! 何をやってるんだ!?」
「木南さん、落ち着いて下さい!」
「は……ッ!?」

 それにようやく正気に戻り、平弥は作りかけていた雪だるまから手を離す。そんな平弥にも今までの話し合いを聞かせ、とにかく上を目指して、途中で登山道が見つかればそれに従って登る、という事で話が纏まった。
 栄が荷物の中からロープを取り出し、手にぎゅっと巻いて先頭に立つ。後ろの菜摘と平弥も同じく、ぎゅっと手にロープを巻いて握り締めると、それを確認した栄はとにかく上だと思われる方へ歩き出した。
 時々、振り返って2人がちゃんとついてきているか、声をかけて確かめてくれる。

「……はぁはぁ、なんぺーッ、真田はちゃんとついてきてるかッ!」
「だ、大丈夫、や……!」
「わ、私も……でも何だか眠くなって……」
「アカンッ! それは凍死フラグやで!?」

 だが幾度目かに声をかけられた時、菜摘は酷い睡魔と戦っていた。寒い。そして眠い。このまま眠り込んでしまったらマズイと、菜摘にも解っては居るのだが、抗い難い睡魔は容赦なく菜摘に纏わり付き、意識を眠りの底に引きずり込もうとする。
 もはや自分がちゃんと歩けて居るのかも、判らなかった。時々「寝るな、真田!」「寝たらあかんでッ!」と声をかけてくれる、栄や平弥の声すらどこか遠いところから聞こえて来るように思える。
 不意に、ふわりと足元が浮いた気がした。ぐらりと大きく体が揺れて、握ったロープに引っ張られるままに菜摘は、何か大きくて柔らかいものの上に倒れ伏す。
 そうしてそのまま菜摘の意識は、深い眠りに落ちて行ったのだった。





 何か暖かなものに包まれていた。暖かくて、優しいもの。大切で、かけがえのない――

「うぅ……ん……?」

 菜摘は微かな呻き声を上げ、ゆっくりを瞳を開いた。それからぼんやりした眼差しで回りを見回すと、心配そうに自分を覗き込んでいる、大好きな仲間達がいて。
 あぁ、と思い出す。あの吹雪の中、自分は眠り込んでしまったのだ。それが気がつけばこんな所にいると言う事は、誰かが眠り込んだ菜摘を運んでくれたのだろう。
 ほんのり頬を赤くしてもそもそと起き上がり、包まれていた毛布の外の寒さに一瞬、身を震わせる。それから皆に向かって、ぺこり、深々頭を下げた。

「み、皆さんにはご迷惑をおかけしました……」
「良いんだ。なっつんが無事に目が覚めて、本当に良かった」
「いやぁ、ほんま、無事に着いて良かったわー……」

 こよりの言葉に平弥がしみじみと呟き、ココアをこくり、と飲む。確かに菜摘が覚えている限りでも、あの状況から無事にロッジに辿り着けたとは、奇跡そのものだ。
 それにしても眠り込んでしまうとは情けない、と菜摘はちょっと顔を赤くして、平弥と栄を見比べた。

「き、木南さんと久遠先輩が、ここまで運んで下さったんですか?」
「いや、運んで来たのは平弥君だよ。栄君と菜摘君は着いた時には、寒さですっかり眠り込んでいたからな」
「面目ない……けど九神。思い立ったらすぐ行動は良いけどな……俺も真田も、先に行ったお前や夜鈴君が無事か、心配したんだぞ」
「ぅ……済まなかった」
「良いよ。――無事で良かった」

 そう、ごくごく真面目に言った栄に、こよりが肩を竦めて謝ると、ちょっと目を見開いてから、栄が笑う。そうして菜摘と栄にもココアが渡されて、5人揃って暖炉の周りに座り、ようやくほぅ、と心から安堵の息を吐き。
 そうして遭難中の話や、これからの合宿計画をどうするか? などと話しながら、ゆっくりと暖まる。もちろん、平弥の雪だるまエピソードも、こよりと夜鈴の知る所になったのは言うまでもない。
 それにしても、とちらり、外を見た菜摘がこくりとココアを飲み干して、言った。

「この吹雪は早々止みそうにありませんね。水や缶詰、もしもの為に多く持ってきましたがよかったです!」
「おぉ、さすがだな、なっつん」
「いえ、そんな……でもまずは温かい食事やお風呂を準備して、一段落つきましてから強化合宿を開始した方が良さそうですね」

 ちら、と見上げた菜摘の視線の先の柱時計は、気付はすっかり夕方を指していた。遭難しかけた事でもあるし、気持ちを切り替える意味でも、心も身体も暖まってからの方が良いのじゃないだろうか。
 こよりもそう考えたのだろう、そうだな、と頷いたのに菜摘は「了解しました! じゃあ、まずは食事を作ってきますね」と自身の荷物をぐっと持ち上げ、台所の場所を尋ねて向かおうとした。それに平弥が立ち上がり、皆の分のカップを集めて自身の荷物を持つと、一緒についていく。

「ワイも一緒に手伝うわ」
「ありがとうございます、木南さん」

 そんな会話を交わしながら、2人は台所へと向かう。遭難しかけた2人が食事を作る、と言うのは何だか奇妙な気もするが、合宿前に割り振られた当番がそうだったのだ。
 平弥がマグカップを流しで洗っているうちに、菜摘は荷物から次々と缶詰を取り出していく。購買や商店街、その他色々で買い集めた缶詰に携帯食料は、その種類も様々だ。
 ずらりと並んだ缶詰を前に、さて、と菜摘と平弥は腕を組んだ。幸い炊飯器はあるからご飯は炊けるとして、缶詰をそのままお皿に移して温めて出すだけ、というのも芸がない。

「これなんかは、炒めてみたらどうやろ? ただ温めるんよりも香ばしくなってええんちゃうかな」
「そうですね! じゃあ、こちらの缶詰はちょっと水を加えて、スープ仕立てにして……」
「お、それええな!」

 1つ1つ話し合い、どうすればもっと美味しくなるか一生懸命考えながら、缶詰を料理へとアレンジする。平弥が棚から小麦粉や調味料などを見つけたので、それも使わせてもらう事にして。
 さらに、調理用具を探してあちこちの棚を覗いていた平弥が、ふと動きを止めたのに菜摘は首を傾げた。

「木南さん? どうかしましたか?」
「あぁ、うん……」

 言いながら彼がそこから取り出したのは、平弥の魂の友とでも言うべき器材。菜摘はそれに目を見張り、それからにこにこ笑って「木南さんの腕の見せ所ですね!」と大きく頷く。
 そんなこんなで、出来上がった料理を大きなお盆に乗せて、菜摘と平弥は皆の居る部屋へと戻っていった。あの暖炉の部屋が、食堂も兼ねているのだ。
 ほかほかと暖かな湯気の上がるお皿を、2人でテーブルに並べていくと皆から、わぁ、と歓声が上がった。

「すごいな。菜摘君、平弥君、これ全部君達が作ったのか?」
「作った、って言ってもほとんど、缶詰を温めたりとか、炒めたりとかしただけなんですよ」
「それでも、美味しくなるように頑張ったけどな。――せやこより、台所で小麦粉とか見つけたから、勝手に使わせてもろたけど……」
「あぁ、それは大丈夫だよ。日持ちのするものはいつも備蓄してあるんだ」

 平弥の謝罪に、こよりが笑って手を振った。そうしてさっそく揃って席につき、お皿に取り分けて食べ始める。
 菜摘と平弥も食卓につき、周りの反応を見ながら、自分達が作った料理を口にした。勿論ちゃんと味見をしたから味に問題がないのは解っているが、あの吹雪を乗り越えた後では、暖かいものというのが実にしみじみと美味しい。
 それは他の皆も一緒だったのだろう。こよりや柊だって、寒い雪山を登ってきた事には変わりなく、美味しい、美味しいと大好評で料理はどんどんなくなっていく。
 菜摘と平弥は、顔を見合わせてハイタッチした。

「よっしゃ!」
「やりましたね、木南さん!」

 そんな2人を見ながら、忙しく箸を動かしていた栄がふと、料理の1つを見て目を見張る。

「これは、ほかほかなたこ焼……! なんぺーの荷物の正体はまさかこれだったのか……?」
「いや、さすがに今回はふつーに缶詰やってんけどな。何でか、台所覗いたらタコ焼き用の鉄板があったし、つい……」
「それでも、恐るべき関西魂だな……」

 シリアスな顔を作ってしみじみ呟く栄に、笑う平弥だ。その傍でこよりが、なぜそんなものがと頭を抱えているのを見て、菜摘は何だか嬉しくなってくすくす笑う。
 そんなタコ焼きは、具こそ缶詰の焼鳥や魚といったものだったが、それはそれでなかなかの美味しさだった。そうして料理があっという間に無くなると、作った菜摘と平弥としても嬉しい。
 そうして後片付けを終えてまた暖炉の前に戻ると、途端、ひどい眠気が襲ってきた。お腹もいっぱいになり、程よく温もったからだろう。
 ふわぁ、とつい欠伸をしてしまったのは、何も菜摘だけではない。同じく、あちこちで眠そうに欠伸をしている仲間の中で、うーん、と身体を伸ばした栄がよいしょと立ち上がった。

「風呂にでも入れば、眠気も覚めるだろう。火力は薪だったし、俺が風呂を沸かしてくるよ」

 風呂に入れば皆暖まるだろうしな、と風呂場の方へ去って行った栄を見送って、ふわぁ、とまた菜摘は大きな欠伸をする。確かに、暖房もつけ、暖炉の火も絶やしていないとは言え、時間も遅くなり、吹雪も収まる気配を見せないせいだろう、少し冷えて来たようだ。
 ごし、と欠伸出で滲んだ涙を拭いながら、こよりが眠そうに言った。

「寒いと何だか、いつもよりも眠く感じるのは何でなんだろうな?」
「うーん……そういえばそんな気がしますね。不思議です」
「寒いと筋肉が縮んで力が入るし、疲れるからじゃないか?」
「そうなんかなぁ。そういえば、寒いとこからぬくいとこに入ると、妙に――」

 言いかけた平弥が、なぜかそこで言葉を途切れさせた。ん? と不思議に思って目を上げ、平弥を見る。
 だがその眼差しの先で、平弥の顔はみるみるうちに青褪めていった。





「なんぺー?」

 動きを止めてしまった平弥に、声をかけたこよりに最初、返る答えはなかった。だがこよりのみならず、菜摘達も口々に「木南さん?」「平弥君、どうしたんだ?」と声をかけると、やがてぱくぱくと口を動かして。
 最初、その言葉は声になってはいなかった。だが何度も繰り返すうちに、声が、と言っているのが解る。
 夜鈴がその言葉を繰り返した。

「声が?」
「声がどうしたんですか、木南さん」
「何か……聞こえへん……? 不気味な声……ほら、また……ッ!」
「不気味な声……?」

 平弥の言葉に、しん、と静まり返って耳を澄ませると、確かに吹雪の音に紛れて外から不気味な、叫び声とも唸り声ともつかない音が聞こえて来るような気がする。否、平弥の言葉を聞いた後となってはそれはもう、菜摘にも誰かの声にしか聞こえない。
 だが、こんな吹雪の夜の雪山に、探偵倶楽部の仲間以外に一体、誰がいるというのだ? だが、だったらこの不気味な声は一体、誰のものだというのだろう。
 さぁッ、と顔を青褪めたのが、自分でも解った。同じく青褪めているこよりを見て、平弥が「な? な? やっぱ聞こえるやろ?」と慌てふためき始める。
 じっ、と黙って何やら考えていた夜鈴が、冷静にそんな2人に声をかけた。

「こより君、平弥君。ひとまず、ロッジの周りを見て回ってみよう。もしかしたら僕らの他にも、うっかり吹雪に巻き込まれて遭難しかけた人間が居るのかもしれない」
「あ、ぁ……せやな。そう言えば……」
「よし、じゃあ見回ってみよう。なっつん、どうする?」
「わ、私もこより達と一緒に行きます!」

 菜摘は慌てて立ち上がり、ぎゅっとこよりの腕にしがみついた。万が一にも置いていかれて、1人っきりになった時にあの声を聞いて、うっかり怖い物を見てしまったりしたら――あぁ、想像もしたくない。
 こよりが、菜摘の手の上に手を重ねてくれた。そうして身支度をして、ぞろぞろと、恐る恐るロッジの外を一周してみたが、特にそれらしい人影はどこにも見当たらない。またあの声が聞こえはしないかと、聞きたくない気持ちも半分ながら耳を澄ませてみたが、吹雪の音に紛れてしまったのか、もう聞こえてこなかった。
 ほんの一周しただけなのに、すっかり身体の芯まで冷えてロッジに戻ると、風呂焚きを終えた栄がうろうろ、うろうろ、暖炉の前を歩き回っている所だった。戻ってきた4人を見て、ほっとした表情になる。

「なんだ、皆どこに行ってたんだ? 戻ってきたら誰も居ないから、心配したよ」
「あぁ、栄、実は……」
「せや、栄は聞かへんかったか? さっき、めっちゃ不気味な声が聞こえてきてん!」
「――で、他に遭難している人が居る可能性もあるかな、って周りを見てきたんだよ」

 誰も居なかったけどね、と肩を竦めた夜鈴に、菜摘は改めてその事実を噛み締めて、ぶるっ、と大きく震えた。あんなにはっきりと聞こえた声――なのに誰も居ないなんて、そんな事があるだろうか。
 どうしても、恐ろしい想像しか思い浮かばなかった。そんな4人に、「なんだって!」と栄は真剣な顔になる。

「風呂焚きをしている間は、そんな声は聞かなかったぞ」
「ほんまか!? あんだけはっきり聞こえてんで!?」
「ふむ――栄君には聞こえず、僕らには聞こえた……不思議だね」

 夜鈴が冷静にそう指摘した。その指摘はますます、あの不気味な声がまるで、この世ならぬ所から聞こえてきたのでは、という誰もが抱いていた不安を強調する。
 だが栄の居た風呂焚き場は、一応囲いが作られているとはいえ、場所的にはロッジの中というよりは外に当たるのだ。中に居た菜摘達に聞こえた声が、外に居た栄には聞こえない――そんな不思議な事が一体、現実的にあるのだろうか。
 栄自身も、その事は良く解っているのだろう。ふむ、と両腕を組み、真剣な様子で呟いた。

「俺にだけ聞こえなかった声……何かの事件か……? それとも、まさか……」
「まさか……? な、なんですか、久遠先輩……」

 確かめたくないけれども、確かめずには居られない。そんな気持ちで尋ねた声は、我ながらすっかり怯えていたのが良く解った。
 まさか……まさか……?
 栄はその言葉に、だが躊躇うように視線を逸らして、答えを返さない。代わりに夜鈴が、先ほどよりも深刻そうな声でこよりを振り返った。

「こより君。このロッジで過去に何か、事件があったとかは……?」
「さぁ……聞いた事はないが、何しろ古いからな。おかしな事件の1つや2つや3つや4つは、あってもおかしくはないかもな」
「ほな、その事件の呪い……とか……? はは、そんな、まさか……なぁ……?」

 同意を求める、というよりはむしろ誰かが否定してくれることを期待するかのように、周りを忙しなく見回しながら乾いた笑いを零した平弥は、けれども自分自身の言葉にますます顔を真っ青にする。そうして「いやまさかホンマに? え?」と慌てふためき出して。
 菜摘もだんだん恐ろしくなってきて、しっかりとつかまって、というよりしがみついていたこよりの腕を、ぎゅぅっ、と抱き締めた。

「こ、こより……じょ、冗談、ですよ、ね……?」
「うん……? いや、古いから何かあってもおかしくない、って言うのはホントだけどな」

 そうして縋るように尋ねたのに、こよりはちょっと首をかしげて菜摘を撫でながら、そう応える。肯定ではないが否定も出来ない、そう言う事だろう。
 やっぱりか! と平弥がおろおろ、なぜか脱出ルートを探して部屋中を歩き回り始めた。それを見た菜摘もまた、ざぁぁぁぁぁッ、と青褪める。

「え……? ほ、本当にホラー……?」
「というか、イメージ的には殺人事件再び、かな、推理小説だと」
「や、やめてくださいよ、柊先輩!? で、でも……、もし一人一人無残な姿になったり、電話線が切られて外部連絡不可能とか……」

 そう、口に出してしまうと妙にリアルに、その光景が想像出来てしまうものだ。菜摘もまた自分の言葉にそれを想像して、だんだん怖くなって来た。
 がたがた震えながらわたわた辺りを見回すと、暖炉の前に置いてあった毛布をぎゅっと引っつかみ、ソファの上にぼすっ、と飛び乗る。そうして頭から毛布を被ると、すっぽりと隠れた。

「わ、私、寝ちゃいます! こ、怖いからここで寝るんじゃないですよ! 部屋に戻って鍵掛けたら余計に危ないとか、これっぽっちも思ってないですから!」
「そうだよね、それ、推理小説だとまっさきに被害者になるパターンだしね。でも毛布で姿が見えないと思ったら、次に毛布を剥いだ時には……って事も……」
「いやぁぁぁぁぁぁッ!? やめてくださいってば!」
「柊、あんまりなっつんを驚かせるなよ」

 毛布の中でブルブル震えていた菜摘は、夜鈴の容赦ない追い討ち(?)に悲鳴を上げて飛び出すと、半泣きでこよりの腕に飛び込む。そんな菜摘をぎゅっと抱きしめてこよりが唇を尖らせたのに、こより君も言ってたじゃないか、と夜鈴は不満そうだったが、『悪かった』と謝ってくれた。
 「いえ……」と首を振りながらも、心は晴れない。何しろ結局、不気味な声の正体は判らず、謎は解けて居ないままなのだ。このままでは気味が悪い事は、変わらないのである。
 とはいえ、外に誰も居なかったのだから、後はオカルトホラー的な何かか、偶然が生み出した産物としか考えられない訳で。こよりがくるりと栄を振り返り、ずい、と詰め寄った。

「栄、本当に何も聞かなかったのか?」
「中に居た僕らが聞いてて、外に居た栄君が聞いて居ないのは、やっぱり不思議だよね」
「――と言われても、俺はずっと風呂焚きをしてたしなぁ……あぁ、あんまり寒かったんで、時々気合は入れてたけど」
「気合、ですか……?」
「ああ。寒いぞ〜〜〜ッ!! って叫んだら、何か暖かくなる気がしないか?」

 けろっ、とした顔でそう言った栄に、ひく、と唇の端が引き攣るのを菜摘は感じた。それは、他の3人も一緒だったようだ。
 菜摘達だけが聞き、栄は聞かなかった謎の叫び声。菜摘達は中に居て、栄は風呂炊き場のある外に居て――
 栄もふと、何かに気付いた様に「あれ?」と首を傾げた。そうしてちょっと宙を見上げて、また皆の方を見て、もしかして、と冷や汗交じりの引き攣り笑いを、浮かべ。

「――もしかして、俺の声、なのか? 皆が聞いたの……」
「驚かさないでくださいよ!」

 思わず菜摘は悲鳴の様に叫んでいた。他の皆も口々に、「やっぱり栄か!!」とか「まったく、傍迷惑も良い所だよね」「栄、ホンマ頼むわ……ワイの寿命が縮んだで」などと文句を言う。それに栄は「おぉぉぉぉッ? 悪かった!」と謝って。
 だがやがて、何だか奇妙におかしくなって、皆でくすくすと笑い出す。これまでの疲労に、夜が遅くなって来たハイテンションもあったのだろう。

「とりあえず、栄は明日、罰ゲームな。あーあ、疲れた……なっつん、一緒にお風呂入らないか? 「はい、こより!」
「よし、じゃあ決まりだな。――あ、もちろん男子は覗くなよ」
「覗かへんわ! じゃあ、ワイらはその後から入るわ……っと、でももう冷めとるんちゃう?」
「じゃあ、また栄君が風呂焚きだね。もちろん、今度は叫ばないでくれよな」
「あーはいはい、解りました! じゃあ薪を足してくるから、ちょっと待っててくれ」

 そう言いながらぶちぶちと栄が風呂炊き場に戻り、その間に菜摘とこよりは持ってきた合宿荷物から、お風呂セットを引っ張り出す。風呂場に行きがてら、リビングを通りかかったらソファの上で、柊と平弥がうとうとしていた。
 そうして順番にお風呂に入り、それぞれ宛がわれた部屋のベッドに潜り込む。とにかく色んな事に疲れ切っていて、もはや合宿どころではなかったのだ。
 だから翌日は揃って、昼過ぎまで眠り込んでしまいそうだったのだが、習慣のなせる技なのだろうか、菜摘はいつも通りに目が覚めてしまった。ベッドの上に置き上がって、朝の寒気にぶるっと身を震わせながら、何気なくカーテンの隙間から窓の外を見る。

「わ……ッ!」

 そうして菜摘はその光景に、思わず小さな歓声を上げた。昨日の吹雪は嘘のように輝く朝日が昇り始め、山や木々に降り積もった雪がその光に煌いて、まるで宝石箱の様に輝いているではないか。
 思わずその光景に見惚れてから、菜摘は慌てて身支度をすると部屋を飛び出した。そうしてぱたぱたとロッジの中を走り回り、皆を起こして回る――だって、こんな素敵な朝日を皆で見ないなんて、もったいない。
 眠い目を擦りながら起きてきた皆と一緒に、ロッジの外に出る。そうするとますます空が青く輝いて、山全体が光を放っているかのようで。
 ほぅ……と誰からとも知れず、ため息が漏れた。昨夜は大変だったけれども、この光景を見れただけでも、合宿に来た甲斐があったというものだ。
 知らず、菜摘は今年一年を振り返る。ドタバタしてて、楽しくて、暖かくて、素敵な一年。

(願わくば、もう少しだけこの幸福な時間を共に過ごしたいです……)

 そっと胸に手を置きながら、菜摘は祈る様に無言でその光景を、見つめる。朝日はそんな菜摘達をも包み込み、新たしい輝きを山中に降り注いでいた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴   / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 15  /    阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そうして、お届けがもはや言い訳も出来ぬほど遅くなってしまいまして……本当に、ご迷惑とご心配をおかけいたしました……(土下座

探偵倶楽部の皆様での、冬山でのどたばたな(!?)強化合宿の物語、如何でしたでしょうか。
純粋なお嬢様は、何やら、毎回みなさまに振り回されて居られるような気がしなくもなく……(笑
色々なものも抱えていらっしゃるお嬢様ですが、こんな素敵な皆様と一緒に居れば、いろんな物が吹っ飛んでしまいそうだなぁ、と思います。
本当にお待たせしてしまいました分、少しでもお心に叶う優しい物語になっておりますでしょうか。

お嬢様のイメージ通りの、おっかなびっくり面白ホラーな雪のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
N.Y.E煌きのドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年02月07日

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