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『雪吹く夜に。〜少年の混乱 』
木南平弥ja2513

 ――吹雪、である。まるで冗談のような話だが、久遠ヶ原学園探偵倶楽部にこの冬に起きた出来事を表現するのに、何を置いてもまず語らなければならないのは、その事実だ。
 九神こより(ja0478)率いる探偵倶楽部が、冬休みを利用して強化合宿を行う事になったのは、この頃どうも探偵らしい事をしていないような、という部室での会話から始まった事だった。その会話は紆余曲折を経て最終的に、ならば学生らしく合宿をしようじゃないか、もちろん探偵能力を強化する強化合宿だ、という結論に落ち着いて。
 その合宿先が雪山ロッジになったのは、たまたまこよりの家が所有していたロッジが雪山にあったからである。九神家が所有しているそのロッジは、昭和ゴシック調のどことなく古さと懐かしさを感じさせる佇まいをしていて、近くの源泉から引き込んだ檜造りの温泉――と言っても、温度は低いので入るにはちゃんと沸かす必要があるのだが――があり、寝室には天蓋付ベッドが各部屋に備えられている、らしい。
 だからそこにすれば良いじゃないか、というこよりの気軽な言葉に、それもそうやな、と頷いたのは木南平弥(ja2513)だけではない。久遠 栄(ja2400)だってまた、その話を聞いていたはずだから。

「え、なんで雪山……?」
「なんで、って言われても、なぁ……」
「こより達は先に行ってしまいましたし……」

 いよいよ出発というその日、まるで寝耳に水、と言った風でそう栄に尋ねられ、平弥は真田菜摘(ja0431)と思わず顔を見合わせた。彼ら3人は先に行ったこよりと柊 夜鈴(ja1014)の2人を追って、救助訓練をしながら向かう事になって居るのである。
 なぜ探偵倶楽部の合宿なのに雪山の救助訓練なのか、その辺りは冷静に考えると今一よく判らないが、そもそもが探偵能力を強化するための合宿、と言うコンセプトも冷静に考えると何をすれば良いのかよく判らないので、目的があるだけマシだろう。むしろ雪山での救助訓練、というのもいつもと変わった感じで面白そうである。
 そんなわけで、つまるところあまり深く考えてはいなかった平弥達とは違い、栄は今になってようやく事態を把握し、心配が吹き出して来たようだった。それは先ず、目の前の平弥へと向けられる。

「なんぺー、その恰好で雪山に登るのか? この季節、そんな装備じゃ不味いって」
「いやでもこれ、大分重ね着しとんで?」
「真田も、せめてもう少し分厚い上着をだな……まさか、九神や夜鈴君もそんな軽装で出かけたのか?」
「は、はい! えっと、じゃあこより達の分も上着を購入、ですね。購買に売ってるでしょうか。ぁ、でもまず、久遠が足りるか……」

 栄の指摘に、オロオロとその場を行ったり来たりし始める菜摘を見て、先発隊である2人の大体の装備を察したらしい。栄は「うおぉぉぉぉぉ」とその場で頭を掻きむしり始めた。
 さすがにちょっとビクッとして、知らず、平弥は菜摘と手を取り合い、そんな栄を見守る。大丈夫だろうか、そんな思いが2人の胸に去来した。
 平弥と菜摘の眼差しの先で、栄はガバッと顔をあげる。ビクゥッ、ともう一度手を取り合い、揃ってわずかに身を引いた平弥達にずいずいずいと詰め寄って、栄はきっぱり断言した。

「九神が心配だ。俺達も行くぞッ!」
「は、はい……えと、あの、上着は……」
「それは購入してからだ!」
「いや、2人とも子供やないんやし、そないに心配せんでも大丈夫ちゃう?」
「山は今夜から凄い吹雪だとネットで言ってたんだ。どうかすると、途中で巻き込まれて居るかもしれない」

 さすがにちょっと呆れた口調になってしまった平弥に、栄はそう断言した。なるほど、そういう理由なら確かに、栄が心配する気持ちも解るが――夜からというのなら、まだ昼にもなっていないのだし、やはり大丈夫なのではないか。
 とまれ栄の勢いに気圧されるように、菜摘が購買まで飛んでいってもこもこの上着を購入し、3人はロッジのある雪山へと出発した。気候は晴天。見渡す限り雲1つなく、吹雪等とは到底縁がなさそうな良いお天気である。
 だが、やっぱり心配し過ぎちゃうかな、と平弥がのんびりして居られたのは、登り始めてからの、ほんのしばらくだけだった。

「空気は冷たいですけど、陽射しのお陰か案外暖かいですね」
「せやな。ロッジに着いたら雪だるまとか作ってもええかもな」

 そんな事をのんびり話しながら、どの辺りが救助訓練なのか解らない気楽な登山気分で、雪道をざくざくと登る。救助訓練、という事で敢えて登山道からは外れていた――もっとも、雪のお陰でどこが登山道なのかも解らない状態だったが。
 けれどもそのうち、気付けば太陽の姿が消えて、頭上が分厚い雲で覆われ始める。そうしてそろそろ中腹辺りかと、思った頃に空から白い物が降ってきたかと思うと、あっという間に吹雪になった。

「だから言わんこっちゃない!」
「まぁでも、こんぐらいやったらなんともないし」

 栄の言葉に、笑ってそう言ったのは、半ば強がりだった。何しろ全力で雪が吹き付けてくるのだ、そりゃぁ寒い。
 けれどもそれも、ロッジに着くまでの事だ。あと少し頑張れば暖かい場所に着くのだし、そうしたら「いやぁ、難儀やったなぁ」と笑えば良いだけの話、で――
 だが吹雪は容赦なく、その余裕すらも削り取っていく。全身に叩きつけられる雪の礫は冷たいを通り越して切れそうなほど痛く、風は重ね着した上からでもどんどん体温を奪い、手袋やブーツに覆われた手足の先の感覚がどんどんなくなっていく。
 徐々に、余裕がなくなっていくのが、解った。それでもロッジが見つかるまではと、ともすれば雪に見失いそうになる栄や菜摘の姿を、必死に目を凝らして歩き続け。

「――マズイな。方角が判らない」
「ぇ……ッ! それってまさか、遭難したって事……ですか……?」

 ぎりぎりの所で張り詰めて居た平弥の糸は、不意に立ち止まった2人のそんな言葉を聞いた瞬間、ぷつり、と切れた。遭難。そうなん……?
 はは、と乾いた笑いが知らず、平弥の口から漏れる。何かが、走馬灯の様に頭の中を駆け巡った。

(あぁ……そうや、ロッジに着いたら雪だるま作ろ、って言うてたんやっけ……?)

 不意にそう思い出し、平弥はその場にしゃがみこんで雪玉を作り出した。適当な大きさの雪玉を作って、ころころと転がして大きくして……

「なんぺーッ! 何をやってるんだ!?」
「木南さん、落ち着いて下さい!」
「は……ッ!?」

 両側から栄と菜摘に揺すぶられ、平弥は作りかけていた雪だるまから手を離した。ちなみに胴体は出来ていて、後は頭を作るだけだ。
 だがそんな場合ではない、とようやく正気に戻った平弥は、栄と菜摘の話に加わった。遭難してしまった物は仕方ない。問題は、どうやってロッジを見つけるかだ。
 何しろこの吹雪だから、相手の姿を見失わない方が難しい。故に栄が荷物の中からロープを取り出して、3人でしっかり掴んでとにかく、山を登って行く事にする。
 先頭を行く栄が、時々振り返って平弥達に声をかけた。

「……はぁはぁ、なんぺーッ、真田はちゃんとついてきてるかッ!」
「だ、大丈夫、や……!」
「わ、私も……でも何だか眠くなって……」
「アカンッ! それは凍死フラグやで!?」

 幾度目かの菜摘の言葉に、ざぁッ、と血の気が引く。雪山の事をよく知らない人間でも、寒い中で眠り込んでしまったら凍死する、という事くらいは判る。
 だがそれは菜摘だけではなかった。平弥と2人、ともすれば足が止まりがちになってきた菜摘を「寝るな、真田!」「寝たらあかんでッ!」と励ましていた栄も、次第に、語調が怪しくなってきたのだ。

「……寝るな……寝たら起きれない……」
「ちょぉ……ッ! 栄もか!?」
「いや……俺は大、丈夫、だ……」
「全然大丈夫そうやあらへんで!?」

 ついにばたりと栄が倒れると、それに引きずられて菜摘もその背に崩れ落ちてしまった。そうして2人揃って雪の中、青白い顔でしっかりと目を閉じてしまったのを見て、ヤバい、と平弥の背筋を冷たい物が滑り落ちる。
 本格的に、危険な状態だった。一刻も早く2人を暖かい所に運ばなければならない――そう、思って焦った眼差しを右へ、左へと走らせると、意外なほど近い場所に人工の明かりが見える。
 まさか、と思って目を擦り、確かめて見るとやはりそれは、どうやら目指すロッジの物のようだった。例えそうではなかったとしても、灯りがあるという事は、人がそこにいると言う事だ。

「うぉぉぉぉ……ッ!」

 平弥は全身に気合を込め、眠り込んだ2人をまさに火事場の馬鹿力で引きずって、雪の中を歩き始めた。そうしてロッジの入り口まで辿り着くと、文字通り、死に物狂いで扉を開けて、中に転がり込んだのだった。





 しばらくは、周りの様子を確認する余裕もなかった。とにかく、助かったという安堵が胸を満たし、だが寒さで歯の根もろくに合わず、ガチガチ震えながらそこにただ蹲って居る事しか出来ない。
 そんな平弥に、不意にかけられた声があった。

「なんぺー! 大丈夫か!?」

 ――こよりの声だ。では自分は間違いなく、目的のロッジに辿り着く事が出来たのだ。
 平弥はぎしぎしと身体を鳴らしながら眼差しを上げ、驚いた顔のこよりと夜鈴を見る。そうして彼女達を安心させようと、掠れた声を絞り出した。

「ワイは大丈夫やけど……」
「なっつん、栄!」

 栄と菜摘を振り返りながら紡いだ言葉に、こよりがさらに悲鳴を上げ、顔を青褪めさせる。そんな彼女に「大丈夫や」と平弥は首を振った。
 ぱらぱらと、フードに張り付いていた雪が零れ落ちて、溶けて消える。

「眠ってるだけや。けど、はよあっためなヤバイかも」
「じゃあ、急いで暖炉の前に運ぼう。僕が栄君を運ぶから、こより君は菜摘君を」
「ああ、解った」

 夜鈴の言葉に頷いて、こよりが菜摘の両脇に腕を差し入れ、しっかりと持ち上げた。その隣で夜鈴も、栄の両脇に腕を差し入れ、持ち上げる。
 そうして栄と菜摘を引きずって部屋へと戻る、2人の後ろからがちがちと歯を鳴らして震えながら、平弥も何とか立ち上がってついて行った。そうして4人の後から入った、部屋の暖かさにほっとして、ようやく大きな息を吐く。
 いそいそと火の傍に近寄り、濡れた衣服を脱ぎ始めた平弥の横に、栄と菜摘が寝かされた。そうして雪でぐっしょりと濡れた服を脱がされ、髪や顔をタオルで拭かれている。
 こよりが暖炉にじゃんじゃん薪を投げ入れて、暖房のリモコンを操作しに行った。その間にも2人の冷えた手足を夜鈴が手を当てて暖めるのを見ながら、平弥は乾いたタオルで自分の髪を拭き、暖炉の火に手をかざす。
 しみじみ、暖かかった。その温もりを心行くまで噛み締めていたら、戻ってきたこよりと夜鈴が会話しているのが、聞こえる。

「本当は全部脱がせた方が良いんだけど」
「うーん。取り合えず濡れた服だけは脱がせたし――そうだ、客室に毛布があったはずだ。取ってくる」
「ワイも行こか?」

 ぱっと部屋を出て行こうとしたこよりに、そう声を掛けると彼女は「ありがとう、なんぺー。でもまず、なんぺーが暖まってからな」と微笑み、温かなココアのマグカップを渡した。すまんな、と素直に好意を受け取って、掌を暖める様にマグカップを両手で包み、再び暖炉の傍に腰を下ろす。
 すぐに戻ってきたこよりは、抱えていた山ほどの毛布を栄と菜摘の上にばさりとかけると、夜鈴と一緒に2人の身体を暖め始めた。そうするうちに、ぅ、と最初に呻き声を上げたのは、栄だ。

「ぅ、ぅ……はぁ、明かりが見えるな……とうとう幻覚が見え出したのか……」
「栄君! 気がついたのか?」
「栄! 良かった……!」
「九神の声も聞こえるな……ふふふ、最後に九神の幻を見れるならまあいいかな……」
「――何を寝ぼけてるんだ」
「あいたッ!?」

 ほっとしたのだろう、半眼になったこよりがゲシッ、と頭にげんこつを落とすと、殴られた栄は今度こそ、悲鳴を上げて飛び起きる。そうしてから辺りを見回して、こよりを見て、夜鈴を見て、毛布に包まってココアを啜っている平弥を見て。
 ほぅ……と大きな、大きなため息を、吐く。

「暖かいぞ……助かったのか――ッは!? 真田は……ッ!」
「うぅ……ん……?」

 栄が叫ぶと同時に、傍らで眠っていた菜摘も微かな呻き声を上げ、ゆっくりを瞳を開いた。それからぼんやりした眼差しで回りを見回すと、状況を把握したようで、ほんのり頬を赤くする。
 もそもそと、起き上がった菜摘は毛布の外の寒さに一瞬身を震わせてから、ぺこり、と深々頭を下げた。

「み、皆さんにはご迷惑をおかけしました……」
「良いんだ。なっつんが無事に目が覚めて、本当に良かった」
「いやぁ、ほんま、無事に着いて良かったわー……」

 こよりの言葉に改めてその事実を噛み締めて、平弥はしみじみと呟き、ココアをまたこくり、と飲んだ。あの状況から無事にロッジに辿り着けたとは、奇跡そのものだ。
 菜摘がちょっと顔を赤くして、平弥と栄を見比べた。

「き、木南さんと久遠先輩が、ここまで運んで下さったんですか?」
「いや、運んで来たのは平弥君だよ。栄君と菜摘君は着いた時には、寒さですっかり眠り込んでいたからな」
「面目ない……けど九神。思い立ったらすぐ行動は良いけどな……俺も真田も、先に行ったお前や夜鈴君が無事か、心配したんだぞ」
「ぅ……済まなかった」
「良いよ。――無事で良かった」

 そう、ごくごく真面目に言った栄に、こよりが肩を竦めて謝ると、ちょっと目を見開いてから、栄が笑う。そうしてようやく、菜摘と栄にもココアをいれて、5人揃って暖炉の周りに座り、ようやくほぅ、と心から安堵の息を吐き。
 そうして遭難中の話や、これからの合宿計画をどうするか? などと話しながら、ゆっくりと暖まる。もちろん、平弥の雪だるまエピソードも、こよりと夜鈴の知る所になったのは言うまでもない。
 それにしても、とちらり、外を見た菜摘がこくりとココアを飲み干して、言った。

「この吹雪は早々止みそうにありませんね。水や缶詰、もしもの為に多く持ってきましたがよかったです!」
「おぉ、さすがだな、なっつん」
「いえ、そんな……でもまずは温かい食事やお風呂を準備して、一段落つきましてから強化合宿を開始した方が良さそうですね」

 ちら、と見上げた菜摘の視線の先の柱時計は、気付はすっかり夕方を指していた。確かに気持ちを切り替える意味でも、心も身体も暖まってからの方が良いだろう。
 こよりもそう考えたのだろう、そうだな、と頷いたのに菜摘は嬉しそうに「了解しました! じゃあ、まずは食事を作ってきますね」と自身の荷物をぐっと持ち上げ、台所の場所を尋ねて向かおうとした。それに平弥が立ち上がり、皆の分のカップを集めて自身の荷物を持つと、一緒についていく。

「ワイも一緒に手伝うわ」
「ありがとうございます、木南さん」

 そんな会話を交わしながら、2人は台所へと向かう。遭難しかけた2人が食事を作る、と言うのは何だか奇妙な気もするが、合宿前に割り振られた当番がそうだったのだ。
 マグカップを流しで洗っているうちに、菜摘が荷物から次々と缶詰を取り出していく。その種類は様々で、ごくありふれた缶詰から、一体どこでこんな物を見つけたのだろう? と首を捻ってしまうほど、奇妙な物も入っていた。さすが久遠ヶ原学園、としか言い様がない。
 ずらりと並んだ缶詰を前に、さて、と平弥と菜摘は腕を組んだ。幸い炊飯器はあるからご飯は炊けるとして、缶詰をそのままお皿に移して温めて出すだけ、というのも芸がない。

「これなんかは、炒めてみたらどうやろ? ただ温めるんよりも香ばしくなってええんちゃうかな」
「そうですね! じゃあ、こちらの缶詰はちょっと水を加えて、スープ仕立てにして……」
「お、それええな!」

 1つ1つ話し合い、持てる限りの最大限の技術と知識を駆使して、缶詰を料理へとアレンジする。棚を覗いてみたら、小麦粉や調味料などを見つけたので、それも使わせてもらう事にして。
 さらに、調理用具を探してあちこちの棚を覗いていた平弥は、ふと、隅の方に見慣れた器材を発見して目を見張った。平弥の魂の友とでも言うべきそれ。何故こんな所にあるのかは不明だが、見つけてしまった以上、手を伸ばさずには居られない。
 そんなこんなで、出来上がった料理を大きなお盆に乗せて、菜摘と平弥は皆の居る部屋へと戻っていった。あの暖炉の部屋が、食堂も兼ねているのだ。
 ほかほかと暖かな湯気の上がるお皿を、2人でテーブルに並べていくと皆から、わぁ、と歓声が上がった。

「すごいな。菜摘君、平弥君、これ全部君達が作ったのか?」
「作った、って言ってもほとんど、缶詰を温めたりとか、炒めたりとかしただけなんですよ」
「それでも、美味しくなるように頑張ったけどな。――せやこより、台所で小麦粉とか見つけたから、勝手に使わせてもろたけど……」
「あぁ、それは大丈夫だよ。日持ちのするものはいつも備蓄してあるんだ」

 平弥の謝罪に、こよりが笑って手を振った。そうしてさっそく揃って席につき、お皿に取り分けて食べ始める。
 平弥と菜摘も食卓につき、周りの反応を見ながら、自分達が作った料理を口にした。勿論ちゃんと味見をしたから味に問題がないのは解っているが、あの吹雪を乗り越えた後では、暖かいものというのが実にしみじみと美味しい。
 それは他の皆も一緒だったのだろう。こよりや柊だって、寒い雪山を登ってきた事には変わりなく、美味しい、美味しいと大好評で料理はどんどんなくなっていく。
 平弥と菜摘は、顔を見合わせてハイタッチした。

「よっしゃ!」
「やりましたね、木南さん!」

 そんな2人を見ながら、忙しく箸を動かしていた栄がふと、料理の1つを見て目を見張る。

「これは、ほかほかなたこ焼……! なんぺーの荷物の正体はまさかこれだったのか……?」
「いや、さすがに今回はふつーに缶詰やってんけどな。何でか、台所覗いたらタコ焼き用の鉄板があったし、つい……」
「それでも、恐るべき関西魂だな……」

 シリアスな顔を作ってしみじみ呟く栄に、笑う平弥だ。彼自身もなぜこのロッジにそれがあったのかは不思議だったのだが、見つけた以上は作らねばなるまい。
 そんなタコ焼きは、具こそ缶詰の焼鳥や魚といったものだったが、それはそれでなかなかの美味しさだった。そうして料理があっという間に無くなると、作った平弥と菜摘としても嬉しい。
 そうして後片付けを終えてまた暖炉の前に戻ると、途端、ひどい眠気が襲ってきた。お腹もいっぱいになり、程よく温もったからだろう。
 ふわぁ、とつい欠伸をしてしまったのは、何も平弥だけではない。同じく、あちこちで眠そうに欠伸をしている仲間の中で、うーん、と身体を伸ばした栄がよいしょと立ち上がった。

「風呂にでも入れば、眠気も覚めるだろう。火力は薪だったし、俺が風呂を沸かしてくるよ」

 風呂に入れば皆暖まるだろうしな、と風呂場の方へ去って行った栄を見送って、ふわぁ、とまた平弥は大きな欠伸をする。確かに、暖房もつけ、暖炉の火も絶やしていないとは言え、時間も遅くなり、吹雪も収まる気配を見せないせいだろう、少し冷えて来たようだ。
 ごし、と欠伸出で滲んだ涙を拭いながら、こよりが眠そうに言った。

「寒いと何だか、いつもよりも眠く感じるのは何でなんだろうな?」
「うーん……そういえばそんな気がしますね。不思議です」
「寒いと筋肉が縮んで力が入るし、疲れるからじゃないか?」
「そうなんかなぁ。そういえば、寒いとこからぬくいとこに入ると、妙に――」

 言いかけて、平弥はふと言葉を途切れさせ、耳を澄ませた。何か、聞こえたような気がしたのだ。吹雪の音ではない、それに混じって聞こえる――これは、誰かの声――悲鳴――?
 そう、気付いた瞬間さぁッ、と顔が青褪めていくのが、自分でも判った。





 一度それと意識してしまうと、もうその声を無視することは出来なかった。悲鳴のような、不気味な叫び声。こんな吹雪の雪山で、一体、誰がこんな恐ろしげな声を出しているというのだろう?

「なんぺー?」

 声をかけてきたこよりにも、何と応えれば良いのか判らなかった。だがこよりのみならず、他の仲間にも口々に「木南さん?」「平弥君、どうしたんだ?」と声をかけられ、何か言わねばとぱくぱく口を動かして。
 やっと、声が、という言葉を搾り出す。だがそれ以上が出てこず、ただその単語を繰り返す平弥の言葉を、夜鈴が繰り返した。

「声が?」
「声がどうしたんですか、木南さん」
「何か……聞こえへん……? 不気味な声……ほら、また……ッ!」
「不気味な声……?」

 平弥の言葉に、しん、と皆が静まり返った。そうしてさぁッ、と顔を青褪めさせたこよりを見て、やっぱりあれは間違いじゃなかったのだ、と知る。
 そうと判ったら、途端に恐ろしさが込み上げてきた。

「な? な? やっぱ聞こえるやろ?」
「こより君、平弥君。ひとまず、ロッジの周りを見て回ってみよう。もしかしたら僕らの他にも、うっかり吹雪に巻き込まれて遭難しかけた人間が居るのかもしれない」
「あ、ぁ……せやな。そう言えば……」

 じっ、と黙って何やら考えていた夜鈴の言葉に、初めてその可能性に気付く。よし、とこよりが頷いた。

「じゃあ見回ってみよう。なっつん、どうする?」
「わ、私もこより達と一緒に行きます!」

 菜摘も青褪めていたものの、置いていかれてはたまらない、と言った様子で慌てて立ち上がり、ぎゅっとこよりの腕にしがみついた。そうして身支度をして、ぞろぞろと、恐る恐るロッジの外を一周する。
 だが、それらしい人影はどこにも見当たらない。またあの声が聞こえはしないかと、聞きたくない気持ちも半分ながら耳を澄ませてみたが、吹雪の音に紛れてしまったのか、もう聞こえてこない。
 ほんの一周しただけなのに、すっかり身体の芯まで冷えてロッジに戻ると、風呂焚きを終えた栄がうろうろ、うろうろ、暖炉の前を歩き回っている所だった。戻ってきた4人を見て、ほっとした表情になる。

「なんだ、皆どこに行ってたんだ? 戻ってきたら誰も居ないから、心配したよ」
「あぁ、栄、実は……」
「せや、栄は聞かへんかったか? さっき、めっちゃ不気味な声が聞こえてきてん!」
「――で、他に遭難している人が居る可能性もあるかな、って周りを見てきたんだよ」

 誰も居なかったけどね、と肩を竦めた夜鈴に、菜摘が改めてその事実を噛み締めたのだろう、ぶるっ、と大きく震えた。そんな4人に、「なんだって!」と栄は真剣な顔になる。

「風呂焚きをしている間は、そんな声は聞かなかったぞ」
「ほんまか!? あんだけはっきり聞こえてんで!?」
「ふむ――栄君には聞こえず、僕らには聞こえた……不思議だね」

 夜鈴が冷静にそう指摘した。その指摘はますます、あの不気味な声がまるで、この世ならぬ所から聞こえてきたのでは、という誰もが抱いていた不安を強調する。
 だが栄の居た風呂焚き場は、一応囲いが作られているとはいえ、場所的にはロッジの中というよりは外に当たるのだ。中に居た平弥達に聞こえた声が、外に居た栄には聞こえない――そんな不思議な事が一体、現実的にあるのだろうか。
 栄自身も、その事は良く解っているのだろう。ふむ、と両腕を組み、真剣な様子で呟いた。

「俺にだけ聞こえなかった声……何かの事件か……? それとも、まさか……」
「まさか……? な、なんですか、久遠先輩……」

 菜摘が怯えた声で、確かめたくないけれども確かめずには居られない、といった様子で尋ねる。知らず、平弥もゴクリ、と唾を飲んで真剣に栄の言葉を待っていた。
 まさか……まさか……?
 栄はその言葉に、だが躊躇うように視線を逸らして、答えを返さない。代わりに夜鈴が、先ほどよりも深刻そうな声でこよりを振り返った。

「こより君。このロッジで過去に何か、事件があったとかは……?」
「さぁ……聞いた事はないが、何しろ古いからな。おかしな事件の1つや2つや3つや4つは、あってもおかしくはないかもな」
「ほな、その事件の呪い……とか……? はは、そんな、まさか……なぁ……?」

 同意を求める、というよりはむしろ誰かが否定してくれることを期待するかのように、周りを忙しなく見回しながら平弥は乾いた笑いを零す。だが、どこからも否定は返らない。
 それどころか一度言葉にすると、まるでそれが真実のように思えてきて、平弥はますます真っ青になった。頭が、パニックを起こすのが判る。

「いやまさかホンマに? え?」
「こ、こより……じょ、冗談、ですよ、ね……?」
「うん……? いや、古いから何かあってもおかしくない、って言うのはホントだけどな」
「やっぱりか!」

 菜摘が縋るように尋ねたのに、こよりはちょっと首をかしげてしがみ付く菜摘を撫でながら応えたのを聞いて、平弥はおろおろ、脱出ルートを探して部屋中を歩き回り始めた。こういう時はたいてい、雪山に閉じ込められて1人ずつ……というのがセオリーだ。
 ざぁぁぁぁぁッ、と菜摘の顔から血の気が引いた。

「え……? ほ、本当にホラー……?」
「というか、イメージ的には殺人事件再び、かな、推理小説だと」
「や、やめてくださいよ、柊先輩!? で、でも……、もし一人一人無残な姿になったり、電話線が切られて外部連絡不可能とか……」

 そう、口に出してしまうと妙にリアルに、その光景が想像出来てしまうものだ。先ほどの平弥がそうだったように、菜摘も自分で言っているうちにそれを想像してだんだん怖くなって来たらしく、がたがたと震え出した。
 わたわたと辺りを見回すと、菜摘は暖炉の前に置いてあった毛布をぎゅっと引っつかみ、ソファの上にぼすっ、と飛び乗る。そうして頭から毛布を被り、すっぽりと隠れてしまった。

「わ、私、寝ちゃいます! こ、怖いからここで寝るんじゃないですよ! 部屋に戻って鍵掛けたら余計に危ないとか、これっぽっちも思ってないですから!」
「そうだよね、それ、推理小説だとまっさきに被害者になるパターンだしね。でも毛布で姿が見えないと思ったら、次に毛布を剥いだ時には……って事も……」
「いやぁぁぁぁぁぁッ!? やめてくださいってば!」
「夜鈴、あんまりなっつんを驚かせるなよ」

 毛布を被って、端から見ても解るくらいにブルブル震えていた菜摘が、夜鈴の容赦ない追い討ち(?)に悲鳴を上げて飛び出してくる。そんな菜摘をぎゅっと抱きしめて、こよりが唇を尖らせた。
 こより君も言ってたじゃないか、と夜鈴は不満そうだったが、ひとまずは大人しく『悪かった』と菜摘に謝る。「いえ……」と首を振りながらも、菜摘の顔はやっぱり青い。
 何しろ結局、不気味な声の正体は判らず、謎は解けて居ないままなのだ。このままでは気味が悪い事は、変わらないのである。
 とはいえ、外に誰も居なかったのだから、後はオカルトホラー的な何かか、偶然が生み出した産物としか考えられない訳で。こよりがくるりと栄を振り返り、ずい、と詰め寄った。

「栄、本当に何も聞かなかったのか?」
「中に居た僕らが聞いてて、外に居た栄君が聞いて居ないのは、やっぱり不思議だよね」
「――と言われても、俺はずっと風呂焚きをしてたしなぁ……あぁ、あんまり寒かったんで、時々気合は入れてたけど」
「気合、ですか……?」
「ああ。寒いぞ〜〜〜ッ!! って叫んだら、何か暖かくなる気がしないか?」

 けろっ、とした顔でそう言った栄に、ひく、と唇の端が引き攣るのを平弥は感じた。それは、他の3人も一緒だったようだ。
 平弥達だけが聞き、栄は聞かなかった謎の叫び声。平弥達は中に居て、栄は風呂炊き場のある外に居て――
 栄もふと、何かに気付いた様に「あれ?」と首を傾げた。そうしてちょっと宙を見上げて、また皆の方を見て、もしかして、と冷や汗交じりの引き攣り笑いを、浮かべ。

「――もしかして、俺の声、なのか? 皆が聞いたの……」
「栄、ホンマ頼むわ……ワイの寿命が縮んだで」

 思わず平弥は、へなへなとへたり込んでいた。他の皆も口々に、「やっぱり栄か!!」とか「驚かさないでくださいよ!」とか「まったく、傍迷惑も良い所だよね」などと文句を言う。それに栄は「おぉぉぉぉッ? 悪かった!」と謝って。
 だがやがて、何だか奇妙におかしくなって、皆でくすくすと笑い出す。これまでの疲労に、夜が遅くなって来たハイテンションもあったのだろう。

「とりあえず、栄は明日、罰ゲームな。あーあ、疲れた……なっつん、一緒にお風呂入らないか? 「はい、こより!」
「よし、じゃあ決まりだな。――あ、もちろん男子は覗くなよ」
「覗かへんわ! じゃあ、ワイらはその後から入るわ……っと、でももう冷めとるんちゃう?」
「じゃあ、また栄君が風呂焚きだね。もちろん、今度は叫ばないでくれよな」
「あーはいはい、解りました! じゃあ薪を足してくるから、ちょっと待っててくれ」

 そう言いながらぶちぶちと栄が風呂炊き場に戻り、こよりと菜摘がお風呂セットを取りに行く。残された平弥と夜鈴は、はは、と顔を見合わせると、揃ってソファにどっかと沈み込んだ。
 知らず、うとうとしてしまっていたのだろう。平弥はこより達に起こされて順番にお風呂に入ると、宛がわれた部屋のベッドに潜り込む。とにかく色んな事に疲れ切っていて、もはや合宿どころではなかった。
 だから翌日は揃って、昼過ぎまで眠り込んでしまいそうだったのだが、それを防いだのは菜摘だった。翌朝、ぱたぱたとロッジの中を走ってきた彼女が、平弥を起こしに来たのだ。

「木南さん、起きて下さい。すごく綺麗な朝日ですよ」
「ぅ……朝日、か……?」

 眠い目を擦りながらベッドから這い出して、何とか身支度を整え1階に降りると、他にも同じように起こされたらしい仲間と、眠たそうな顔を突き合わせた。ぷっ、と吹き出して「おはよう」と笑い合い、揃ってロッジの外に出る。
 そうして見上げた空に、息を飲んだ。一夜明けた雪山の上には、昨夜の吹雪が嘘のような青が広がっていて、そうしてまさに今昇りつつある朝日が空や、雪を輝かせている。
 ほぅ……と誰からとも知れず、ため息が漏れた。昨夜は大変だったけれども、この光景を見れただけでも、合宿に来た甲斐があったというものだ。
 だからしばし、揃って無言でその光景を、見つめる。朝日はそんな平弥達をも包み込み、新たしい輝きを山中に降り注いでいた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴   / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 15  /    阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そうして、お届けがもはや言い訳も出来ぬほど遅くなってしまいまして……本当に、ご迷惑とご心配をおかけいたしました……(土下座

探偵倶楽部の皆様での、冬山でのどたばたな(!?)強化合宿の物語、如何でしたでしょうか。
たこ焼きLOVEな息子さんのお料理は、やっぱりたこ焼きが入ることになってしまいました(笑
蓮華は西育ちながらたこ焼きを回すのは苦手ですが(←)色んな具の色んなたこ焼き、ロシアンルーレットにするとパーティーでも楽しそうですよね(ぐっ
本当にお待たせしてしまいました分、少しでもお心に叶う優しい物語になっておりますでしょうか。

息子さんのイメージ通りの、楽しく、どたばたパニックホラーな雪のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
N.Y.E煌きのドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年02月07日

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