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『雪吹く夜に。〜少年の思考 』
柊 夜鈴ja1014

 ――吹雪、である。まるで冗談のような話だが、久遠ヶ原学園探偵倶楽部にこの冬に起きた出来事を表現するのに、何を置いてもまず語らなければならないのは、その事実だ。
 九神こより(ja0478)率いる探偵倶楽部が、冬休みを利用して強化合宿を行う事になったのは、この頃どうも探偵らしい事をしていないような、という部室での会話から始まった事だった。その会話は紆余曲折を経て最終的に、ならば学生らしく合宿をしようじゃないか、もちろん探偵能力を強化する強化合宿だ、という結論に落ち着いて。
 その合宿先が雪山ロッジになったのは、たまたまこよりの家が所有していたロッジが雪山にあったからである。九神家が所有しているそのロッジは、昭和ゴシック調のどことなく古さと懐かしさを感じさせる佇まいをしていて、近くの源泉から引き込んだ檜造りの温泉――と言っても、温度は低いので入るにはちゃんと沸かす必要があるのだが――があり、寝室には天蓋付ベッドが各部屋に備えられている、らしい。
 だからそこにすれば良いじゃないか、というこよりの気軽な言葉に、それもそうだね、と頷いて柊 夜鈴(ja1014)は、こよりと先行して雪山に登り、後発隊である真田菜摘(ja0431)と久遠栄(ja2400)、木南平弥(ja2513)を九神家のロッジで待っていた。なぜ時間差で山に登ったのかと言えば、後発隊は先に出発したこよりと夜鈴を遭難者と見立てて、救助訓練をしながらここまでやってくる事になっているからだ。
 だから夜鈴とこよりは2人、九神家のロッジの中央に当たる、食堂も兼ねたリビングで優雅に暖炉の火なぞを眺め、ココアを飲んでいた。救助されるはずの2人が優雅にココアを飲んでいては、すでに色んな前提がおかしいような気もするが、そう言う事になったのだから仕方ない。
 ロッジはなかなか快適で、薪の暖炉の他に暖房も完備している、という徹底ぶりだった。今飲んでいるココアも、日持ちがするからとロッジに常備されているものらしい。
 ゆえに夜鈴とこよりは、雪山にいると言う事実すら忘れそうになるほどのんびりと、優雅にくつろぎ切っていた。そうして他愛のない話や、最近読んだ推理小説の話、そこに出てきたトリックなんかについて話しているのである。
 夜鈴とこよりは、共に探偵倶楽部に最初期からいるせいか、こう言った話をする事が多い。ロッジにやって来るまでも、2人で「寒いッ!! さすが雪山だな、後発隊のみんなが来たら、雪合戦でもしないか?」「雪山と言えばサスペンスや推理小説の定番だよね」等と話ながら雪を踏みしめ、山を登ってきたものだ。
 その会話はロッジについてからも、続いている。今はせっかく雪山に居るのだからと、お互いの読んだ雪山を舞台とした推理小説について、あれこれ話している所で。
 けれども不意に、正面のソファに座ってココアを飲んでいたこよりが、うぅぅ、と小さく呻いた。ひょい、と眼差しを上げれば、眉間に眉を寄せて難しい顔になっているこよりがいる。
 こより君? と夜鈴は首を傾げた。

「どうかしたのか?」
「へ……? ぁ、いや、何でもないんだ、うん。えっと、雪山を舞台にした推理小説の話、だったよな。ぇーっと……最近の物だと、○×△社から出てる学園物が、そうじゃなかったか?」
「あ、そうなのか。それは読んでないな。どちらかって言うと□△×書房から出てる探偵シリーズが好きで、確かその最新作が、雪山で遭難した主人公が命からがら見つけたロッジに逃げ込むと……って内容だった」
「へぇ、結構あるな。やっぱり、雪山が舞台だと密室が作りやすいからかな」

 なぜか少し慌てた様子でそう言ったこよりの言葉に、夜鈴はひょいと眉を上げてそう続ける。世に推理小説と呼ばれるものは、古典からライトノベルまで幅広い。それは到底、カバーしきれるものではなかった。
 まして同じ探偵倶楽部に所属していると言っても、その嗜好は様々だ。同じシャーロキアンと呼ばれる人種が、けれども全員が同じようにシャーロック・ホームズについて考えているわけではないのと同様に。
 こんど読んでみよう、と胸の中のメモにこよりの言ったタイトルを刻み込み、夜鈴は手の中のココアをこくり、飲む。正面のこよりは、今度はなぜかそわそわと落ち着かない様子で、ちらりと柱時計を見上げていた。
 後発隊の仲間達は、救助訓練を行いながら来るのだから、まっすぐ登ってきた夜鈴達とは違って、ロッジに辿り着くまでの時間もかかるだろう。そう、指摘しようとした夜鈴は、不意に窓の外を見たこよりがぎょっと目を見開いたのに、小首を傾げ。

「ひ、柊……吹雪になってる……」
「え……?」

 そうして告げられた言葉に、首を傾げながら同じく窓の外へと視線を向けた夜鈴は、その光景を見て息を飲んだ。何となれば、先ほどまで冬晴れの青空が広がっていたはずの空はどんよりとした雪雲に覆われ、横殴りの雪が窓の外を流れて行っていたのだから。
 これ以上になくれっきとした、まごうかたなき吹雪だった。雪山の天気は変わりやすいというが、まさか本当にこんなに急変するとは、夜鈴もこよりも夢にも思っては居ない。
 しばし2人、無言で窓の外を見つめてから、はっと気付いて柱時計を振り返った。後発隊の到着予定の時間は、とっくに過ぎている。
 学園はとっくに出発して、山には足を踏み入れているだろう。となれば彼らはまさに今、この吹雪の中に巻き込まれているのではないか……?
 夜鈴は窓へと視線を戻すと、そこから目を離さないままそう考え、ぽつり、言った。

「みんな、大丈夫かな」
「――栄も居るし、大丈夫じゃないか?」
「そう、だね。栄君は多分、頼りになるだろうから――」

 祈るようなこよりの言葉に、3人の顔を思い浮かべて夜鈴も頷いた。時々抜けている所もあるけれども、基本的に、栄は頼りになる人物だ。
 そう、言い合いながらも僅かな不安が湧き上がってくるのを、夜鈴は感じていたのだった。





 しばらくは何度も柱時計と睨めっこし、すっかり冷めたココアのマグカップを手の中でひたすら揺らして、まんじりとしない時間を過ごした。こよりも心配そうに、窓の外やロッジの扉をちらちら見ている。
 とはいえ時間が経つにつれ、その可能性に目を向けないわけには行かなかった。外が吹雪になっていたと、気付いた時から頭の片隅にあった可能性――つまり、後発隊の3人はこの吹雪に巻かれ、遭難してしまったのではないか、という事に。
 だが、それを口に出してしまうと途端、真実になってしまう気がする。だから何も言えないまま、いつしか窓に張り付いてじっと外を見つめていたこよりの後ろ姿を見て、ふぅ、と夜鈴は息を吐いた。
 首にしっかりとマフラーを巻いて、その上から来た時に着ていたもこもこのダウンコートを着込む。手にはもちろんしっかりと、防寒手袋を装着し。
 ん、と振り返ったこよりに、夜鈴は言った。

「さすがに遅すぎる。ちょっと、その辺りを回って見てくるよ」
「けどこの吹雪じゃ、柊が二次遭難しかねないぞ!?」

 夜鈴の言葉に、こよりが慌てて彼を止める。とはいえ本当は彼女も一緒に行きたがっている事は、顔を見れば明白だった。
 この吹雪の中で、菜摘は、栄は、平弥は、無事に居るのだろうか。どこかで助けを待っているのではないだろうか――そう、夜鈴と同じように彼女も心配しているのだろう。
 ぽふ、とそんなこよりの頭を叩いて、夜鈴は「ロッジの周りをぐるっと見てくるだけだから」と断り、そのまま外に出ようとした。それに、自分もコートを着込んでついて来ようとするこよりを、止めようとした夜鈴は、バタン……ッ! と激しいドアの音に、はっとする。
 こよりと顔を見合わせ、慌てて玄関へと走っていった。待ち侘びていた後発隊の仲間達が、やっと到着したのだろう。
 果たして夜鈴達の期待通り、ロッジの玄関に居たのは3人の仲間達だった。だが――居た、と言う表現は正しくは、ない。

「なんぺー! 大丈夫か!?」

 真っ先に目に入った平弥の姿に、こよりが悲鳴を上げた。彼は全身雪まみれになっていて、これ以上なく青ざめた顔でガチガチ歯を鳴らし、まさに命からがら、といった風情でロッジの玄関に転がり込んだきり、動く事も出来ないようだったから。
 だがそんな状況にあっても、ワイは大丈夫やけど、とようやく聞き取れる微かな声で、平弥は首を振った。そうして眼差しだけで後ろを振り返った、平弥の視線を追ったこよりが、再び悲鳴を上げる。

「なっつん、栄!」

 そこに居たのは、青白い顔で硬く目を閉じた栄と菜摘だったのだ。平弥がここまで引きずってきたのだろう、彼がぐったりと動けない理由は、寒さ以上にそのせいもある様だった。
 栄と菜摘は、こよりの悲鳴を聞いてもぴくりとも動かない。まさか、と最悪の事態が頭を過ぎったものの、大丈夫や、と平弥は夜鈴とこよりを安心させるように首を振った。
 ぱらぱらと、平弥のフードから雪が零れ落ちて、溶けて消える。

「眠ってるだけや。けど、はよあっためなヤバイかも」
「じゃあ、急いで暖炉の前に運ぼう。僕が栄君を運ぶから、こより君は菜摘君を」
「ああ、解った」

 夜鈴の言葉に頷いて、こよりが菜摘の両脇に腕を差し入れ、しっかりと持ち上げた。それを確かめて、夜鈴も栄の両脇に腕を差し入れ、しっかりと持ち上げる――その拍子に栄の呼気が前髪を揺らして、確かに彼が息をしているのだと、解る。
 そうして栄と菜摘を引きずって部屋へと戻る、2人の後ろからがちがちと歯を鳴らして震えながら平弥がついて来た。そうして暖炉の部屋に入って、その暖かさにほっとしたように、ようやく大きな息を吐く。
 いそいそと火の傍に近寄り、濡れた衣服を脱ぎ始めた平弥の横に栄と菜摘を寝かせ、もう一度息を確かめてから、同じく雪でぐっしょりと濡れた服を脱がせ、髪や顔をタオルで拭く。その間にこよりが暖炉にじゃんじゃん薪を投げ入れて、それとは別で部屋に付いている暖房を最強にセットした。
 その間にも夜鈴は2人の冷えた手足に自らの手を当てて、夜鈴は僅かでも彼らを暖めようとする。凍傷になっていたりすると、程度によっては擦ると余計に大変な事になってしまうらしいから、注意が必要だ。
 戻ってきたこよりを見て、いったん夜鈴は手を止めた。そうして、やれやれ、と肩を竦める。

「本当は全部脱がせた方が良いんだけど」
「うーん。取り合えず濡れた服だけは脱がせたし――そうだ、客室に毛布があったはずだ。取ってくる」
「ワイも行こか?」
「ありがとう、なんぺー。でもまず、なんぺーが暖まってからな」

 申し出た平弥に微笑んで温かなココアのマグカップを渡し、こよりはロッジの2階へと駆け上がった。そうして山の様に毛布を抱えて戻ってきて、栄と菜摘の上にばさりとかける。
 その毛布でしっかり包み込む様にして、2人の身体を暖めた。そうするうちに、ぅ、と最初に呻き声を上げたのは、栄だ。

「ぅ、ぅ……はぁ、明かりが見えるな……とうとう幻覚が見え出したのか……」
「栄君! 気がついたのか?」
「栄! 良かった……!」
「九神の声も聞こえるな……ふふふ、最後に九神の幻を見れるならまあいいかな……」
「――何を寝ぼけてるんだ」
「あいたッ!?」

 ほっとしたのだろう、半眼になったこよりがゲシッ、と頭にげんこつを落とすと、殴られた栄は今度こそ、悲鳴を上げて飛び起きる。そうしてから辺りを見回して、こよりを見て、夜鈴を見て、毛布に包まってココアを啜っている平弥を見て。
 ほぅ……と大きな、大きなため息を、吐く。

「暖かいぞ……助かったのか――ッは!? 真田は……ッ!」
「うぅ……ん……?」

 栄が叫ぶと同時に、傍らで眠っていた菜摘も微かな呻き声を上げ、ゆっくりを瞳を開いた。それからぼんやりした眼差しで回りを見回すと、状況を把握したようで、ほんのり頬を赤くする。
 もそもそと、起き上がった菜摘は毛布の外の寒さに一瞬身を震わせてから、ぺこり、と深々頭を下げた。

「み、皆さんにはご迷惑をおかけしました……」
「良いんだ。なっつんが無事に目が覚めて、本当に良かった」
「いやぁ、ほんま、無事に着いて良かったわー……」
「き、木南さんと久遠先輩が、ここまで運んで下さったんですか?」
「いや、運んで来たのは平弥君だよ。栄君と菜摘君は着いた時には、寒さですっかり眠り込んでいたからな」
「面目ない……けど九神。思い立ったらすぐ行動は良いけどな……俺も真田も、先に行ったお前や夜鈴君が無事か、心配したんだぞ」
「ぅ……済まなかった」
「良いよ。――無事で良かった」

 そう、ごくごく真面目に言った栄に、こよりが肩を竦めて謝ると、ちょっと目を見開いてから、栄が笑う。だがどうやら責任の一端は、一緒に出かけた夜鈴にもあるらしい。まぁ、夜鈴達は栄達が遭難している間、のんびりココアを飲みながら探偵談義に花を咲かせていたので、多少後ろめたくは、ある。
 とまれ菜摘と栄にもココアをいれて、5人揃って暖炉の周りに座り、ようやくほぅ、と心から安堵の息を吐いた。そうして遭難中の話や、これからの合宿計画をどうするか? などと話しながら、ゆっくりと暖まる。
 それにしても、とちらり、外を見た菜摘がこくりとココアを飲み干して、言った。

「この吹雪は早々止みそうにありませんね。水や缶詰、もしもの為に多く持ってきましたがよかったです!」
「おぉ、さすがだな、なっつん」
「いえ、そんな……でもまずは温かい食事やお風呂を準備して、一段落つきましてから強化合宿を開始した方が良さそうですね」

 ちら、と見上げた菜摘の視線の先の柱時計は、気付はすっかり夕方を指していた。確かに、気持ちを切り替える意味でも心も身体も暖まってからの方が良いだろう。
 そうだな、と頷くと、菜摘は嬉しそうに「了解しました! じゃあ、まずは食事を作ってきますね」と自身の荷物をぐっと持ち上げ、台所の場所を尋ねて向かおうとした。それに平弥が立ち上がり、皆の分のカップを集めて自身の荷物を持つと、一緒についていく。

「ワイも一緒に手伝うわ」
「ありがとうございます、木南さん」

 そんな会話を交わしながら、2人は台所へと消えていった。遭難しかけた2人が食事を作る、と言うのは何だか奇妙な気もするが、合宿前に割り振った当番がそうだったのだから、仕方がない。
 一体どんな料理が出てくるのだろう、平弥ならまたタコ焼きだろうかと、次第に良い匂いの漂って来る台所の方を見ながら話していたら、やがて大きなお盆を両手に持って、菜摘と平弥が戻ってきた。お盆からはほかほかと、暖かそうな湯気が立ち上っている。
 そうしてテーブルに並べられたお料理に、わぁ、と待っていた3人から歓声が上がった。

「すごいな。菜摘君、平弥君、これ全部君達が作ったのか?」
「作った、って言ってもほとんど、缶詰を温めたりとか、炒めたりとかしただけなんですよ」
「それでも、美味しくなるように頑張ったけどな。――せやこより、台所で小麦粉とか見つけたから、勝手に使わせてもろたけど……」
「あぁ、それは大丈夫だよ。日持ちのするものはいつも備蓄してあるんだ」

 平弥の申し訳なさそうな言葉に、こよりが笑って手を振った。なるほど、と夜鈴は食べながらこっそり頷く。恐らく、他の食品は滞在する時に持ってくるのだろうが、小麦粉や調味料のように日持ちのする物は、いちいち持ってくるのも面倒なのだろう。
 とは言え今回は強化合宿だから、その生鮮食品も持ってきていない。菜摘と平弥が作ってきた、その食事はそんな理由で、メインが缶詰や携帯食料という味気ないものにもかかわらず、実に美味しそうだった。
 さっそく揃って席につき、口に運んで見るとまたこれが、見た目よりもなお美味しい。味も勿論美味しいが、何よりこの吹雪の中では、暖かいものというのが実に、しみじみと美味しいのである。夜鈴やこよりはロッジの中に居たとはいえ、寒い雪山を登って来たことには変わりない。
 美味しい、美味しいと大好評でどんどんなくなる食事に、平弥と菜摘が「よっしゃ!」「やりましたね、木南さん!」とハイタッチした。そんな様子を見ながら忙しく箸を動かしていた栄が、おぉ、と並んだ皿の一つを見て目を丸くする。

「これは、ほかほかなたこ焼……! なんぺーの荷物の正体はまさかこれだったのか……?」
「いや、さすがに今回はふつーに缶詰やってんけどな。何でか、台所覗いたらタコ焼き用の鉄板があったし、つい……」
「それでも、恐るべき関西魂だな……」

 シリアスな顔を作ってしみじみ呟く栄と平弥の言葉に、こよりが「何でそんなものがロッジの台所に……?」と頭を抱えた。そんなたこ焼きも、具こそ缶詰の焼鳥や魚といったものだったが、それはそれでなかなかの美味しさで。
 料理はあっという間に無くなって、作った菜摘と平弥は嬉しそうに、満足そうに後片付けまで引き受けてくれた。お腹が暖かく満たされると、途端に襲って来るのが眠気である。
 ふわぁ、とつい欠伸をしてしまったのは、何も夜鈴だけではない。同じく、あちこちで眠そうに欠伸をしている仲間の中で、うーん、と身体を伸ばした栄がよいしょと立ち上がった。

「風呂にでも入れば、眠気も覚めるだろう。火力は薪だったし、俺が風呂を沸かしてくるよ」

 風呂に入れば皆暖まるだろうしな、と風呂場の方へ去って行った栄を見送って、ふわぁ、とまた夜鈴は大きな欠伸をする。確かに、暖房もつけ、暖炉の火も絶やしていないとは言え、時間も遅くなり、吹雪も収まる気配を見せないせいだろう、少し冷えて来たようだ。
 ごし、と欠伸出で滲んだ涙を拭いながら、こよりが眠そうな皆に声をかけた。

「寒いと何だか、いつもよりも眠く感じるのは何でなんだろうな?」
「うーん……そういえばそんな気がしますね。不思議です」
「寒いと筋肉が縮んで力が入るし、疲れるからじゃないか?」
「そうなんかなぁ。そういえば、寒いとこからぬくいとこに入ると、妙に――」

 言いかけた平弥が、なぜかそこで言葉を途切れさせた。ん? と不思議に思って目を上げ、平弥を見る。
 だがその眼差しの先で、平弥の顔はみるみるうちに青褪めていった。





「なんぺー?」

 声をかけたこよりに最初、返る答えはなかった。だが夜鈴や菜摘も口々に「木南さん?」「平弥君、どうしたんだ?」と声をかけると、やがてぱくぱくと口を動かして。
 最初、その言葉は声になってはいなかった。だが何度も繰り返すうちに、声が、と言っているのが解る。
 夜鈴はその言葉を繰り返した。

「声が?」
「声がどうしたんですか、木南さん」
「何か……聞こえへん……? 不気味な声……ほら、また……ッ!」
「不気味な声……?」

 平弥の言葉に、しん、と静まり返って耳を澄ませると、確かに吹雪の音に紛れて外から不気味な、叫び声とも唸り声ともつかない音が聞こえて来るような気がする。否、平弥の言葉を聞いた後となってはそれはもう、夜鈴にも誰かの声にしか聞こえない。
 だが、こんな吹雪の夜の雪山に、探偵倶楽部の仲間以外に一体、誰がいるというのだ? だが、だったらこの不気味な声は一体、誰のものだというのだろう。
 さぁッ、とこよりが顔を青褪めさせ、平弥が「な? な? やっぱ聞こえるやろ?」と慌てふためき始めた。そんな中、じっ、と黙って状況を分析していた夜鈴は、冷静にそんな2人に声をかける。

「こより君、平弥君。ひとまず、ロッジの周りを見て回ってみよう。もしかしたら僕らの他にも、うっかり吹雪に巻き込まれて遭難しかけた人間が居るのかもしれない」
「あ、ぁ……せやな。そう言えば……」
「よし、じゃあ見回ってみよう。なっつん、どうする?」
「わ、私もこより達と一緒に行きます!」

 菜摘は真っ青になって慌てて立ち上がり、ぎゅっとこよりの腕にしがみついた。置いていかれてはたまらない、と言った慌てぶりだ。
 そうして身支度をして、ぞろぞろと、恐る恐るロッジの外を一周してみたが、特にそれらしい人影はどこにも見当たらなかった。またあの声が聞こえはしないかと、夜鈴もじっと風の音に耳を澄ませてみたが、吹雪の音に紛れてしまったのか、もう聞こえてこない。
 ほんの一周しただけなのに、すっかり身体の芯まで冷えてロッジに戻ると、風呂焚きを終えた栄がうろうろ、うろうろ、暖炉の前を歩き回っている所だった。戻ってきた4人を見て、ほっとした表情になる。

「なんだ、皆どこに行ってたんだ? 戻ってきたら誰も居ないから、心配したよ」
「あぁ、栄、実は……」
「せや、栄は聞かへんかったか? さっき、めっちゃ不気味な声が聞こえてきてん!」
「――で、他に遭難している人が居る可能性もあるかな、って周りを見てきたんだよ」

 誰も居なかったけどね、と肩を竦めた夜鈴に、菜摘が改めてその事実を噛み締めたのだろう、ぶるっ、と大きく震えた。そんな4人に、「なんだって!」と栄は真剣な顔になる。

「風呂焚きをしている間は、そんな声は聞かなかったぞ」
「ほんまか!? あんだけはっきり聞こえてんで!?」
「ふむ――栄君には聞こえず、僕らには聞こえた……不思議だね」

 夜鈴は冷静にそう指摘した。九神家のロッジは一般的な過程と比較して遜色ないか、それよりも大きな作りになっているとは言え、それほど差が出る様には思えなかったのだ。
 何より栄の居た風呂焚き場は、一応囲いが作られているとはいえ、場所的にはロッジの中というよりは外に当たる。中に居た夜鈴達に聞こえた声が、外に居た栄には聞こえない――そんな不思議な事が一体、現実的にあるのだろうか。
 栄自身も、その事は良く解っているのだろう。ふむ、と両腕を組み、真剣な様子で呟いた。

「俺にだけ聞こえなかった声……何かの事件か……? それとも、まさか……」
「まさか……? な、なんですか、久遠先輩……」

 菜摘が怯えた声で、確かめたくないけれども確かめずには居られない、といった様子で尋ねる。知らず、こよりや平弥もゴクリ、と唾を飲んで真剣に栄の言葉を待っていた。
 まさか……まさか……?
 栄はその言葉に、だが躊躇うように視線を逸らして、答えを返さない。代わりに自分に眼差しが来たのを受け取って、夜鈴は先ほどよりも深刻そうな声を作り、こよりを振り返った。

「こより君。このロッジで過去に何か、事件があったとかは……?」
「さぁ……聞いた事はないが、何しろ古いからな。おかしな事件の1つや2つや3つや4つは、あってもおかしくはないかもな」
「ほな、その事件の呪い……とか……? はは、そんな、まさか……なぁ……?」

 同意を求める、というよりはむしろ誰かが否定してくれることを期待するかのように、周りを忙しなく見回しながら乾いた笑いを零した平弥は、けれども自分自身の言葉にますます顔を真っ青にする。そうして「いやまさかホンマに? え?」と慌てふためき出して。
 こよりの腕にしっかりとつかまって、というよりしがみついていた菜摘が、縋る様に尋ねた。

「こ、こより……じょ、冗談、ですよ、ね……?」
「うん……? いや、古いから何かあってもおかしくない、って言うのはホントだけどな」

 それに、こよりはちょっと首を傾げてしがみ付く菜摘を撫でながら応える。比較的新しい久遠ヶ原学園ですら血生臭い過去を持っているのだ、昭和レトロのこのロッジにあっておかしい理屈はない。
 ならばいっそ、本当にホラーであってもおかしくないのかも知れないと、夜鈴は考える。何しろ自分達が戦っている相手だって天使や悪魔と呼ばれる存在なのだから、足のないアレや影のないソレが居たって良いだろう。
 と、口に出したわけではなかったのだが、それを悟ったかのように平弥が、やっぱりか! とおろおろ脱出ルートを探して部屋中を歩き回り始めた。ざぁぁぁぁぁッ、と菜摘の顔から血の気が引いていくのが、傍から見ていても解る。

「え……? ほ、本当にホラー……?」
「というか、イメージ的には殺人事件再び、かな、推理小説だと」
「や、やめてくださいよ、柊先輩!? で、でも……、もし一人一人無残な姿になったり、電話線が切られて外部連絡不可能とか……」

 そう、口に出してしまうと妙にリアルに、その光景が想像出来てしまうものだ。菜摘も自分で言っているうちに、それを想像してだんだん怖くなって来たらしく、がたがたと震え出した。
 わたわたと辺りを見回すと、菜摘は暖炉の前に置いてあった毛布をぎゅっと引っつかみ、ソファの上にぼすっ、と飛び乗る。そうして頭から毛布を被り、すっぽりと隠れてしまった。

「わ、私、寝ちゃいます! こ、怖いからここで寝るんじゃないですよ! 部屋に戻って鍵掛けたら余計に危ないとか、これっぽっちも思ってないですから!」
「そうだよね、それ、推理小説だとまっさきに被害者になるパターンだしね。でも毛布で姿が見えないと思ったら、次に毛布を剥いだ時には……って事も……」
「いやぁぁぁぁぁぁッ!? やめてくださいってば!」
「柊、あんまりなっつんを驚かせるなよ」

 毛布を被って、端から見ても解るくらいにブルブル震えていた菜摘に、淡々と、だが煽り立てる様にそう指摘すると、悲鳴を上げて飛び出してくる。そんな菜摘をぎゅっと抱きしめ、こよりが唇を尖らせた。
 こより君も言ってたじゃないか、と夜鈴はちょっと、文句を言う。とはいえ確かに煽りすぎたのも事実だろう。
 大人しく『悪かった』と菜摘に謝ると、菜摘は「いえ……」と首を振った。だがまだ顔色は青い。
 何しろ結局、不気味な声の正体は判らず、謎は解けて居ないままなのだ。このままでは気味が悪い事は、変わらないのである。
 とはいえ、外に誰も居なかったのだから、後はオカルトホラー的な何かか、偶然が生み出した産物としか考えられない訳で。こよりがくるりと栄を振り返り、ずい、と詰め寄った。

「栄、本当に何も聞かなかったのか?」
「中に居た僕らが聞いてて、外に居た栄君が聞いて居ないのは、やっぱり不思議だよね」
「――と言われても、俺はずっと風呂焚きをしてたしなぁ……あぁ、あんまり寒かったんで、時々気合は入れてたけど」
「気合、ですか……?」
「ああ。寒いぞ〜〜〜ッ!! って叫んだら、何か暖かくなる気がしないか?」

 けろっ、とした顔でそう言った栄に、ひく、と唇の端が引き攣るのを夜鈴は感じた。それは、他の3人も一緒だったようだ。
 夜鈴達だけが聞き、栄は聞かなかった謎の叫び声。夜鈴達は中に居て、栄は風呂炊き場のある外に居て――
 栄もふと、何かに気付いた様に「あれ?」と首を傾げた。そうしてちょっと宙を見上げて、また皆の方を見て、もしかして、と冷や汗交じりの引き攣り笑いを、浮かべ。

「――もしかして、俺の声、なのか? 皆が聞いたの……」
「……まったく、傍迷惑も良い所だよね」

 思わず夜鈴は、大きな、大きなため息を吐いていた。彼自身も半分はこの状況を楽しんで、乗っかって煽ったりはしたものの、驚かされた事には変わりない。
 他の皆も口々に、「驚かさないでくださいよ!」とか「やっぱり栄か!!」「栄、ホンマ頼むわ……ワイの寿命が縮んだで」などと文句を言う。それに栄は「おぉぉぉぉッ? 悪かった!」と謝って。
 だがやがて、何だか奇妙におかしくなって、皆でくすくすと笑い出す。これまでの疲労に、夜が遅くなって来たハイテンションもあったのだろう。

「とりあえず、栄は明日、罰ゲームな。あーあ、疲れた……なっつん、一緒にお風呂入らないか? 「はい、こより!」
「よし、じゃあ決まりだな。――あ、もちろん男子は覗くなよ」
「覗かへんわ! じゃあ、ワイらはその後から入るわ……っと、でももう冷めとるんちゃう?」
「じゃあ、また栄君が風呂焚きだね。もちろん、今度は叫ばないでくれよな」
「あーはいはい、解りました! じゃあ薪を足してくるから、ちょっと待っててくれ」

 そう言いながらぶちぶちと栄が風呂炊き場に戻り、こよりと菜摘がお風呂セットを取りに行く。残された平弥と夜鈴は、はは、と顔を見合わせると、揃ってソファにどっかと沈み込んだ。
 知らず、うとうとしてしまっていたのだろう。夜鈴はこより達に起こされて順番にお風呂に入ると、宛がわれた部屋のベッドに潜り込む。とにかく色んな事に疲れ切っていて、もはや合宿どころではなかった。
 だから翌日は揃って、昼過ぎまで眠り込んでしまいそうだったのだが、それを防いだのは菜摘だった。翌朝、ぱたぱたとロッジの中を走ってきた彼女が、夜鈴を起こしに来たのだ。

「柊先輩、起きて下さい。すごく綺麗な朝日ですよ」
「んん……朝日……?」

 眠い目を擦りながらベッドから這い出して、何とか身支度を整え1階に降りると、他にも同じように起こされたらしい仲間と、眠たそうな顔を突き合わせた。ぷっ、と吹き出して「おはよう」と笑い合い、揃ってロッジの外に出る。
 そうして見上げた空に、息を飲んだ。一夜明けた雪山の上には、昨夜の吹雪が嘘のような青が広がっていて、そうしてまさに今昇りつつある朝日が空や、雪を輝かせている。
 ほぅ……と誰からとも知れず、ため息が漏れた。昨夜は大変だったけれども、この光景を見れただけでも、合宿に来た甲斐があったというものだ。
 だからしばし、揃って無言でその光景を、見つめる。朝日はそんな夜鈴達をも包み込み、新たしい輝きを山中に降り注いでいた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /    PC名   / 性別 / 年齢 /     職業    】
 ja0431  /   真田菜摘   / 女  / 16  /  ルインズブレイド
 ja0478  /   九神こより  / 女  / 15  / インフィルトレイター
 ja1014  /   柊 夜鈴   / 男  / 18  /    阿修羅
 ja2400  /   久遠 栄   / 男  / 20  / インフィルトレイター
 ja2513  /   木南平弥   / 男  / 15  /    阿修羅

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
納品がもはや言い訳も出来ぬほど遅くなってしまいまして……本当に、ご迷惑とご心配をおかけいたしました……(土下座

探偵倶楽部の皆様での、冬山でのどたばたな(!?)強化合宿の物語、如何でしたでしょうか。
いつもクールな息子さんですが、何だか捏ねくりまわしている内に、今回はこんなクール(?)になりました。
クールボケって楽しいというか、何と言うか、楽しいですよね(ぐっ(何
本当にお待たせしてしまいました分、少しでもお心に叶う優しい物語になっておりますでしょうか。

息子さんのイメージ通りの、楽しく賑やかで、ちょっぴりホラーな雪のひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
N.Y.E煌きのドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年02月07日

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