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『〜瓦解〜 』
来生・十四郎0883)&来生・一義(3179)&(登場しない)


 来生十四郎(きすぎ・としろう)は、兄・来生一義(きすぎ・かずよし)の差し出した日記帳を、ぼんやりと眺めていた。
 最初はそれが何かもわからないというような顔をしていた十四郎だったが、その目に徐々に生気が戻り始める。
「貸せ!」
 十四郎が一義の手から日記帳をひったくった。
 まるで貪るように何度も何度も同じところに視線を走らせる十四郎を見て、一義はほんの少しだけほっとした。
(これで十四郎もきっと…)
 だが、それは束の間のことだった。
「あーっはっはっはっはっは!」
 何を思ったのか、突然、十四郎が天をあおいで笑い出したのだ。
「おい、十四…」
「ははははははは! ひーっひっひっひ、あーっはははは!」
 驚いて声をかけようとした一義だったが、十四郎の笑いは一向に止まらない。
 身をよじり、大きな声で涙を流さんばかりに笑い転げている。
 ふと見ると、畳の上に日記帳が無造作に放り出されていた。
 一義はその日記帳に手を伸ばしながらも、内心大きな不安が芽吹き、育ち始めるのを感じていた。
(俺は…父さんの本当の思いを十四郎に伝えて…生きる気力と希望を取り戻させようと思っただけだ…! それなのに…)
 手に取った日記帳の該当のページを開いて、答えを探すかのように、何度も読み返す。
 しかしいくら読み返しても、そこには期待に反してごく普通の人間らしく育って行く「生物」に対し、憎しみや落胆と同時に、「親」としての情を感じ始めている自分に戸惑い、苦しみ続けた父の心境と、生涯口に出せなかった、十四郎と名づけた「生物」への冷たい仕打ちや態度への後悔と謝罪、「2人の息子」への愛情のこもった言葉が綴られているだけだ。
 日記のそのページには、父の本心が赤裸々にさらけ出された真実の物語が展開されている。
 それこそ、十四郎のヒステリックな笑いを誘うような、おかしなところなどどこにもなかった。
 十四郎は半分裏返った声で、腹を抱え、ひたすらに笑い続けている。
 その狂気めいた笑い声に、先ほど感じた不安が増大していく。
(何だ…?! いったい何が起きてるんだ?!)
 一義はこの事態に抵抗するようかのに、ぐぐっと日記帳の固い表紙を握りしめた。
 その瞬間、十四郎の笑い声がぶつりとやんだ。
 一気に静寂が部屋中にまき散らされ、思わず一義は腰を浮かしかける。
「十四郎…?」
 十四郎は振り返った。
 その顔は、今までに一度も見たことがないような穏やかな笑みで彩られていた。
 どんよりと負の感情に満たされていた目も、息を飲むほど透明だった。
 その目がまっすぐに一義に向けられ、十四郎の口がある言葉を形作った。
「ありがとう」
 それはあまりにも晴ればれとした感謝の言葉だった。
 あらゆるものから解放され、大きな安堵に満たされたといわんばかりの、心からの台詞――それでも十四郎の目にはどこか、深い悲しみの色が見え隠れしている。
「十四、郎…お前…」
 つぶやいて、すぐに一義は猛烈な不安に駆られた。
 十四郎との距離はほとんど離れていないのに、何光年も遠くにいるような、二度と手が届かないかのような、そんな錯覚を覚えた。
 今にも転びそうになりながら、足をもつれさせて立ち上がり、十四郎の両肩をわしづかみにする。
「ひっ…!」
 突然、一義の喉の奥から、悲鳴が漏れた。
 思わず十四郎の肩から手を離し、反射的に数歩飛びすさった。
(何だ、今のは…?!)
 たとえようのない強烈な不快感が、べっとりと両てのひらに貼りついていた。
 まるでどろどろとした底なしの汚泥に浸かったかのような腐臭さえ感じて、一義は身震いした。
 しかしすぐに目を見開いて首を激しく横に振った。
 弟に対して、そんな感情を抱くなどあってはならないことだった。
 今までどんな状況になっても、こんなふうに思ったことなどなかったではないか。
 一義はとっさに自分を責めたが、手が訴える本能的な恐怖に支配され、その場に足が釘付けになる。
 そんな一義の反応を肯定するかのように、十四郎は目を細めて警告した。
「今すぐ部屋を出ろ、兄貴にだけはこの先は見せたくねぇ。…あの世のクソ親父によろしくな」
 十四郎の台詞は、風に溶けていくかのように、はかなく鼓膜の奥に響いた。
 一義は動かなかった。
 否、動けなかった。
 心は「何があってもここにいるべきだ」と強固に訴え、本能は「十四郎の言うとおりにしろ」と叫んでいる。
 どちらを選択すべきか、悩むだけの余裕もなかった。
 そんな兄を見て、十四郎はつらそうに表情をゆがめると、たたきつけるように一義に向かって怒鳴った。
「これ以上は保たねえ! 危険だから早く逃げろ!!」
 一義がはっと我に返るのと、十四郎の全身が不自然にぶれるのが同時だった。
 一瞬、大きく震えた十四郎の身体は、一義のまさに目の前で急激に崩れ始め、黒いゲル状の「生物」本来の姿に戻り始めていた。


〜END〜


〜ライターより〜

 いつもご依頼、誠にありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。
 去年は大変お世話になりました。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
 
 まさかの展開に愕然としています。
 こんなところにある意味での「罠」があったとは…。
 おふたりのこれからが心配でなりません…。
 
 それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
 とても光栄です!
 この度はご依頼、
 本当にありがとうございました!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2013年02月12日

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