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『新雪に、來鬼が描くもの 』
猪川 來鬼ja7445



 灰色の空から、羽根のように白い雪がとめどなく降ってくる。
 降って来るというよりは、降りてくるといった方がふさわしい速度。

 何を作ろう、何をしよう?
 明日はきっと、雪の街が待っている。

 夜の間ずっと降り続いた雪もやみ、翌朝は快晴。
 真っ青な空の下、街は白い雪にふんわりと包まれていた。
 新しい年の、初めての雪。
 時には街を混乱に陥れる積雪も、今日ばかりは眩い光に煌めいて。
 まだ誰も触れていない柔らかな白が、見る者を誘う。

「さむ……」
 來鬼は身震いしながら眠い目をこすり、カーテンを開けた。
 その瞬間、パッと表情が明るくなる。
「うわ、寒いと思ったら積もってる! 屋根とか全部、白い!!」
 傍らの携帯が、大好きな友達からの呼び出しを伝える。
「ねぇねぇ祈羅ちゃん!! 雪だよ雪! 白銀の世界だぉ!!」
 祈羅の電話は、勿論その件で。
「遊ぶ遊ぶ! すぐ行くぉ!!」
 朝からいきなりテンションが上がる。



 待ち合わせ場所に祈羅が到着すると、ほとんど同時に來鬼もやってきた。
「祈羅ちゃん、すごい雪だぉ!! 街が一面真っ白!」
 來鬼は白い息を吐きながら、祈羅に向かってぶんぶんと手を振る。
「すごいよね! 一晩でこんなに積もるなんて。これはもう遊ぶっきゃないでしょ!」
 祈羅は來鬼にぎゅうと抱きついた。

 二人は子供のように目を輝かせながら、街を歩く。
 バスや車は立ち往生。あちらこちらで人が滑ったり転んだりした跡が見られた。
 店の前などでは、一生懸命雪かきする人もいる。
 雪に慣れない街はちょっとした混乱状態だが、それすらもなんだか可笑しい。
 1日ぐらい、笑っててもいいよね。

 そのとき。
「おおっ!?」
 突然來鬼が躓き、思わず祈羅に掴まる。
「え、うそ!? きゃー!!」
 來鬼に腕をとられた祈羅が踏ん張った場所が、運悪くマンホールの上で。
 同時に悲鳴を上げて、諸共転んだ。
 周りの人が何事かと振り返る。
 その視線を知らんふりしつつ、雪まみれになりながら、なんとか立ち上がる。
「もー來ちゃん、酷い……!」
「ごめんだぉ、祈羅ちゃん……でも、これ、笑える」
 自分達の作ったヒト型二つを指さす來鬼。
「やだもう、魚拓かっての!!」
 余りに見事なへこみ具合に、笑いすぎて涙が出てくる。

「何する? うちスノーマンは作りたい!」
「うん、雪だるま作る! 後は雪合戦?」
「やりたいやりたい。あ、でもさすがにアウルは禁止……」
「アウル使わなくてもなんでも、楽しめればいいや♪」
 そうなれば、雪を確保しなければならない。
 なるべく広くて、なるべく人がいなくて。綺麗な雪がいっぱいの所。
「どこ行ったらいいかな?」
「あ……あそこ、どうかな」
 來鬼がふと思いついたように、言った。
「來ちゃん、いい場所知ってる?」
「たぶん誰もいないと思う!」
 氷混じりの雪を蹴って、駆け出す來鬼。祈羅もその後を追う。

 誰かに見つかる前に、早く早く!
 息が切れる程に駆けて駆けて、たどり着いたのは大学部の研究棟の裏手にある雑木林。
 祈羅が訝しみながら辺りを見回す。
「こんな所に、広場が……あっ!」
 冬枯れの木々を抜けると、眼前に一面の銀世界が広がった。
「やったあ! うちらが一番乗りだぉ!」
 頬を紅潮させて、來鬼が叫ぶ。
 その声も、雪と青空に吸い込まれていくようだ。
「すごい! なんでこんな所が残ってるんだろ」
「ここ、空き地なんだよぉ。校舎まで遠いし、偶に駐車場に使われるくらいだから、今日はたぶん誰も来ない!」
 まっさらの新雪が、來鬼の言葉を裏打ちする。
 來鬼が悪戯っ子の様な顔で、祈羅を見た。
 祈羅も含み笑いで來鬼を見返す。
「最初の一歩は、いっしょに行こうか!」
「うん! せーの!」
「とりゃー!」
 ぼすん。
 手を繋いで、同時に雪の中へ飛び込んだ。



 祈羅は掌で固めた雪玉を、足元で転がす。
 初めはいびつな形だった雪玉は、少しずつ大きく丸くなっていった。
「おおーっ、すごい、どんどん大きくなる!」
 ソフトボール大の雪玉がサッカーボール大になり、スイカ大になり、膝の高さを超えて、腿のあたりまで届く大きさに。
「うーん、ここまでくると、ちょっと流石に重いかも」
 でもまだまだ。
 祈羅はえいや! と力を籠めて、雪玉を転がしていく。

 その先で來鬼は、ぺたぺたと雪の塊を固めていた。
「こんなもんなのかな……?」
 胸の高さほどもある雪の塊を作り上げ、少し離れて大きさを確認した。
 そこに祈羅の雪玉が到着する。
「おおっ大きい!」
「でしょー。さ、乗せるよ! 來ちゃんも支えて!」
「了解! と、崩れないかな? 行くよー! うりゃー!」
 撃退士二人が掛け声かけて。
 大きな雪玉を來鬼の作っ土台に乗せる。
「すごい、おっきい! 雪だるまー!」
「よし、あともうひとつ! でも届くかなあ」
 見上げて思案顔の祈羅に、來鬼が驚いて振り向いた。
「え、これで出来上がりじゃないの?」
「スノーマンの頭がまだだよね?」
 どうやら雪だるまとスノーマンは違うらしい。
 日本で普通に言われる雪だるまは所謂『だるまさん』なので、雪玉2段。
 スノーマンは2段だったり3段だったりする。
「……」
「……」
 現時点の雪玉2段の高さ、既に二人の身長ぐらい。
「……もうこれでいいかも」
「うん、もう一段乗せたら、崩れるかもしれないぉ」
 枯れ枝の腕をつけて、縞々のマフラー巻いて。
 雑木林で拾った小石で目鼻と口と、下の段にはかわいいボタンをつけた。
「うん、可愛い可愛い!」
「写真撮っておこうっと!」
 ぱちり。
 大きな雪だるまと、記念撮影。

「よし、じゃあ次は! 本気の雪合戦やるんだ!」
「おー! 負けないからね!」
 二人で雪合戦……なかなかハードそうである。



 それぞれ陣地に定めたくぼみに潜み、まずは作戦と準備タイム。
 來鬼は当てやすさを重視し、雪玉を大きく作ることにした。
「ドッヂボールみたいに、投げやすいと思うし」
 途中で崩れないように気をつけて、いくつもの大きな雪玉を用意する。
「祈羅ちゃんなら、思い切り投げてもちゃんと避けられると思うぉ」

 久遠ヶ原学園に来てから、怖いことや、哀しいことや、やるせないことがいっぱいあった。
 でもどこか、自分の身に降りかかるそういう出来事には、現実感がなかった。
 アウルに目覚めてから、何処か俯瞰で自分を見ている自分がいる。
 そうして自分の分の心配を忘れたせいだろうか、自分の周りの人の不幸には激しい怒りが沸き起こるようになった。
 自分ではそれを、おかしいとも悲しいとも思わないけれど。
 祈羅ちゃんはいつも、何かと気にかけてくれているみたいだ。

 祈羅ちゃんとは、自分にとって大事な人がちょっと無茶しすぎる所まで、なんだか似てるような気がする。
 その人のことを話すと、本当に嬉しそうに聞いてくれる友達。
 その他にも、たくさんのおしゃべり。
 他の誰にも言えないようなことでもいつも笑顔で聞いてくれる。
 そんな大事な友達。


「とりゃー! 降参しろー!」
 祈羅が握り固めた雪玉を、次々に投げつける。
「ぎゃー! 何これ固い!? 祈羅ちゃん、本気の雪玉!?」
 だが來鬼も負けてはいない。
「いっけぇー!」
 サッカーボール大の、必殺必中雪玉を両手で抱える來鬼。
「待って、それ大きい!! 來ちゃん、ちょ……!!」
 狙いを定めて放り投げると、唸りを上げて祈羅へと向かう!

 ……ぼふっ。
「ちょっと祈羅ちゃん、何で顔面で受ける!?」
 驚いて駆け寄った來鬼に向かって、身を起こした祈羅が、再度雪玉の連続攻撃。
「ふっふっふー。油断したな!」
「まだまだあ!!」
 きゃあきゃあ、わあわあ。
 歓声に、思わず校舎の窓から人が覗く。でも気にしない!



「うわー、もうびしょびしょ! 顔冷たいし!」
 濡れそぼった黒髪が顔に貼り付き、真っ赤になった頬はパリパリ。
 もう何が何だか、わからないぐらいになってきた。
「ちょっと休憩しよっか」

 誇らしげに上げた雪だるまの枯れ木の腕に、濡れた手袋を引っ掛けて。
 それを見ながら、雪の上に敷いた大きなストールに、二人は並んで座る。
「じゃーん♪ ミリン揚げだお!」
 來鬼が、大好物を誇らしげに掲げてみせた。
「出た、來ちゃんのアイデンティティ! うちもお菓子いっぱい持ってきた!」
 祈羅が開いたリュックから、色とりどりのチョコレートやスナック菓子やクッキーがこぼれ出る。
 思い切り遊んで、思い切り笑って。
「お茶もってきたぉ。熱いから気をつけて」
 來鬼が手渡してくれたプラスチックのコップを両手で包み込むと、痛いような痺れるような熱が掌に伝わる。
 心地よい疲れを、お菓子と暖かい飲み物が、優しく癒していく。

 二人が思い切り駆けまわった空き地は、足跡が点々と続いていた。
 何処かから集まった子供たちが、歓声を上げて空き地に駆けこんで来て、その足跡の上に新たな足跡をつけて行く。
 そのうちの何人かが、雪中お茶会女子大生に目を止めた。
「すごい、大きい雪だるまー!」
「お姉さんたちが作ったの?」
「よし、ぜったい負けないのを作るぞ!!」
 声を掛けてくる子供たちにお菓子を分けてやると、満面の笑みが帰って来た。
 つられて、こちらも笑う。

「こんなに思いっきり遊んだの、うち、久しぶり!」
 祈羅が白い息を吐くと、お茶の湯気が揺れて、ほわりと宙に浮かんだ。
「うん! 祈羅ちゃんと遊んだのもすごく久しぶりだ!」
 ミリン揚げを口に運ぶ手を止めて、來鬼がふと真顔になる。
「新しいクラスは遠くなっちゃったし。同じ大学部4年でも、なかなか会えないよね」

 二人は黙りこんで、一緒に作った笑い顔の雪だるまを見つめる。
 同じ久遠ヶ原学園にいても、ほんのちょっとしたことで会う機会は減ってしまう。
 そしてそれほど遠くない将来、お互いがそれぞれの道を選ぶ日が来るだろう。
 そうなればもっともっと、会うことは難しくなってしまうかもしれない。
 でも、それでも……。

 白い雪が照り返す日光が眩しいというように、來鬼が目をしばたたかせた。
「また、遊ぼう。今度はスケートなんかもいいかも!」
 祈羅がぎゅっと來鬼に抱きついた。
 こぼれる笑顔。
「うん、いいね。次はもっとたくさん、みんな誘って。賑やかに遊ぶのもいい!」
 勢い余って、二人は雪の上に転がった。
 冷たい雪の感触が、不思議と柔らかく思える。
 それがなんだか可笑しくて、また笑う。


 次は何をしよう。次は何処へ行こう。
 かけがえのない今だから、かけがえのない友達と一緒に。

 いままでも、これからも。
 くっつけた肩から伝わる温もりは、これからもきっとずっと忘れない。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【ja7445 / 幽樂 來鬼 / 女 / 24 / アストラルヴァンガード】
【ja7600 / 雨宮 祈羅 / 女 / 21 / ダアト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました!
童心に帰っての雪遊び、大変楽しく執筆させていただきました。
一度『みりん揚げ』の実物を見てみたいものです。
セットでご依頼いただいたもう一本と、段落単位で一部内容が変わっております。
併せてお楽しみいただければ幸いです。
N.Y.E新春のドリームノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年02月12日

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