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『Snowy Night〜His yearning. 』
アルベール(ib2061)

 雪は深々と降り続け、ただでさえ静かな夜に静寂を積もらせていた。それはまるで世界から人々を隔絶しているかのようだと、うっすら輝く雪明りを眺めながらアルベール(ib2061)は考える。
 冷たい空気の満ちる、星々すら凍えるような夜だった。ほんの僅かな時間、雪の中に出ただけのアルベールですら、あっという間に芯から凍えてしまいそうになる。
 はぁ、と真っ白な息を吐き、雪を山盛りに掬った器を抱え直すと、アルベールは早々に家の中へと退散した。途端、全身を包み込む暖気にほぅ、と安堵の息を吐き、向かったのは姉のルシール・フルフラット(ib0072)の部屋だ。
 出来るだけ音を立てないよう、慎重に扉を押し開けて部屋に滑り込むと、ベッドで眠るルシールの歩照った横顔が目に入った。そのまま静かに傍らまで近づいて、サイドテーブルに雪を掬ってきた器を置き、そっと姉の額に手を当てる。
 火傷するのではないかと、錯覚しそうなほど熱い肌。それが発熱のみならず、自身の手が雪で凍えているからだと気付いたアルベールは、ルシールが驚いて飛び起きやしないかとヒヤヒヤする。
 だが、ルシールが目覚める気配は、ない。ベッドの上に力無く横たわる彼女は、ただ静かに熱く、浅い息を繰り返している。
 ほっと息を吐き、アルベールは雪で布を冷たく冷やすと、そんな姉の額にそっと乗せてやった。そうして布団をかたまでかけ直し、暖炉の薪を確かめる。
 ルシールが風邪をこじらせ、熱を出して寝込んでしまったのは、3日ほど前の事だった。ぐったりとベッドに伏せったきり、動けなくなってしまった姉をアルベールは、それから付っきりで看病している。
 暖炉に火を絶やさないようにして、少しでも姉が食事を取れるように、あれやこれやと工夫をして。折から降り積もった雪をつどつど器に掬っては、皮袋に詰めて雪枕を作って取り替えたり、ルシールの額に乗せる布を冷やしたり。
 思い付く限りの手を尽くし、甲斐甲斐しく看病をするアルベールのお陰か、今日の昼頃は少し起き上がってお粥を食べられる程度には、ルシールは回復した。とはいえ夕方を過ぎた頃からまた熱が上がり始め、今は熱にうかされて眠っている。
 その浅く、ほんの僅か早い寝息を聞きながら暖炉に薪を足した。そうして雪枕はどうしようかと、眠るルシールの方を振り返ったアルベールは、いつの間にか目覚めて彼を見ていた姉と、目と目が合う。
 うっすらと開いた目は熱で潤んでいて、彼女が果たしてきちんと目覚めているのか、夢と現の狭間を彷徨っているのか、一見して解りかねた。だからアルベールはそっと、計るように声をかける。

「姉さん、起きたんですか?」
「うん‥‥今は‥‥もう、夜‥‥?」

 そんなアルベールの言葉に、ルシールは僅かに身じろぎ首を巡らせて、熱に掠れた声を絞り出した。拍子に額の布が滑り落ちる。
 ええ、とアルベールは頷きながら、落ちた布を拾い上げた。どうやら意識はしっかりとしているらしい。
 今度はちゃんと手の体温が戻っている事を確かめてから、ルシールの額に手を当てるとやはり、熱かった。僅かに手にかかる、姉の吐息も同じく、熱い。

「まだ熱が高いですね‥‥起きられますか? 少しでも食べれるようなら、お粥を用意してありますけど‥‥」
「そうね‥‥貰おう、かな‥‥」

 アルベールが尋ねると、ルシールは少し考えた後に小さく頷き、ベッドの上に半身を起こそうと気だるげに動いた。そんな姉の背に手を添えて起き上がらせると、ベッドの上にクッションを積み上げてそっと凭れさせ、ルシールが楽な姿勢になるように整える。
 そうして「少し待っていて下さいね」と部屋を出ると、アルベールは台所で温めていたお粥をよそい、湯冷ましと一緒に盆に載せた。そうしてまたルシールの部屋へ戻ると、姉が熱でぼんやりとした眼差しをアルベールへと向け、まるで眩しいものでも見るかように目を細める。
 そうしてルシールがしみじみと呟いた声色はまだ、掠れて辛そうで、言葉も途切れがちだったものの、確かにアルベールの耳に届いた。

「昔は‥‥逆だった、のに‥‥ね‥‥」
「‥‥姉さん?」
「アルはよく‥‥熱を出したから‥‥」
「そうですね。‥‥そのたび、姉さんが看病してくれた」

 サイドテーブルに盆を置き、姉の額に浮いた汗を冷たく絞った布で拭いながら、アルベールもまた懐かしさに目を細める。確かに姉の言う通り、彼が幼い頃は、ベッドの中にいるのはいつも自分で、そんなアルベールを看病をしてくれるのがルシールだったのだ。
 幼い頃のアルベールはひどく身体が弱くて、何かと言えば熱を出したりする、臥せりがちな子供だった。そんな時いつも傍に居てくれて、看病をしてくれたのは恐らくは、年齢が弟妹の中でも近かった事もあるのだろう。
 けれども当時のアルベールにとっては、朦朧とした意識の中でいつも見上げればそこに居てくれた、ルシールの存在はひどく大きく、心の支えになっていた。幼い頃に抱いたその感情から形を変えはしても、今でも彼女の存在がアルベールにとって、大きな事は変わりない。
 先に湯冷ましを飲ませてから、7分目ほどよそったお粥の器を渡す。にこ、と笑って「匙で食べさせてあげましょうか、姉さん?」と言うと、少し困った顔になって、それから軽く睨まれた。
 熱は高いけれども、多少気力はしっかりして来たらしい。くすくす笑いながらそう確認し、器を慎重に渡すと、ルシールは危うげな手つきでそれを受け取り、ゆっくりと匙で掬って口に運び始めた。
 一口、一口。じっくり煮込んで重湯寸前になっているお粥を、飲み込むのも大変だ、といった仕草でごくり、喉を鳴らすたびに微かな吐息を、吐いて。
 お粥は肉や野菜を煮込んだスープで作ってあるから、多少なりと栄養も取れるだろう。とはいえこの様子だとまだ、柔らかく煮た肉や野菜そのものは難しいだろうか。
 そう思いながらアルベールはルシールの枕にしていた皮袋の中の水を捨て、掬ってきた冷たい雪を詰めると固く縛って、またベッドの上に戻す。それからベッド脇の椅子に腰掛け、様子を見守っているアルベールの前で、ルシールは何とかお粥を半分ほどまで食べたものの、そこで手が止まってしまった。
 ふぅ、と疲れたような息を吐き出した後、また重たげに匙を動かそうとする姉から、お粥をひょいと取り上げる。

「無理に食べても良くないですよ、姉さん。このぐらいにしておきましょう」
「うん‥‥」
「それじゃあ、横になりましょう。枕の雪を換えておきましたから、気持ち良いですよ」

 そう言いながら器をサイドテーブルに置いたアルベールの言葉に、ルシールは素直にこくりと頷いた。そんな姉の背を支えて積み上げたクッションを取り除くと、そうっとベッドに横たえる。
 肩まで布団を引き上げてやり、額に雪で冷やした布を乗せてやると、されるがままになっていたルシールはまた、眩しそうな眼差しになった。熱で僅かにひび割れた唇を、動かし小さく言葉を紡ぐ。

「ありがとう、アル‥‥立派に、なったね‥‥」
「姉さん‥‥」

 そう言って、熱で潤んだ眼差しで微笑みアルベールを見上げてくる姉は、いつもよりも遥かに頼りなく、そうして弟への無限の愛情を感じられた。それはともすれば、ただ弟の成長を喜ぶ姉、という以上の感情をルシールが抱いているのではないかと、つい錯覚してしまいそうな程。
 違うのだと、アルベールは己に言い聞かせる。ルシールはただ、立派に成長した弟が誇らしく、そうしてそんな弟が可愛くて仕方がないのだ――この頃は多少、ブラコンが入ってきたのではないかと思うほどルシールは、しょっちゅう弟に構いたがる。
 けれどもただ、それだけだ。彼女はただアルベールを、大切で愛おしい弟だと思っているだけ、なのだ。
 ――そう、言い聞かせなければアルベールの中で、何かが決定的に変わってしまいそうだった。そう、言い聞かせても不意に沸き上がって来る、熱に浮かされたルシールが今、無力で、アルベールにされるがままになっていて――きっと何をしても、抵抗出来なくて――

(‥‥僕は何を考えているんでしょうね)

 おかしな方向に進みかけた思考を、ぶん、と強く頭を振って追い払った。そうしてルシールの食べ残したお粥を片付けに、部屋を出る。
 ――日頃はルシールの困る顔が好きで、困った顔を見たくてよく意地悪をしたりもするけれども、アルベールは本当に姉の事を大切に思っている、のだ。だから出来ればルシールが本当に悩んでいる時、弱っている時には、自分がその支えになりたいと思っている。
 誰よりも、ルシールの傍近くで。誰よりも何よりも、ルシールを支えたい。
 そうして、叶うならばルシールにも同じ様に、本当に悩んでいる時や、辛い時には頼りにして欲しいと思って、いる。――そう、もしかしたら時々姉に意地悪をするのは、姉に頼りにして欲しいという感情の歪んだ顕れなのかも、知れない。
 頼って欲しい、頼られたい、支えになりたい、支えたい。それは、ただ無邪気に大好きな姉の力になりたい、という言葉だけでは説明しきれないような、強くて激しい感情。
 けれどもその感情の名前を、アルベールはまだ持たない。きっと、その感情に名前を付けてしまったら最後、取り返しのつかない事になってしまいそうな予感が、する。
 だからアルベールは慎重に、その感情をあやふやにしたまま、胸の奥に仕舞い込んだ。そうしてお粥を片付けて器を洗い、きっちりと拭いてから白湯を水差しに継ぎ、ルシールの部屋に戻る。

「姉さん、入りますよ」

 先とは違い、姉にちゃんと声をかけてから扉を開けたが、返って来る返事はなかった。おや、とベッドへ眼差しを向けると、再び眠り込んでしまったらしいルシールの、しっかりと瞳を閉じた横顔が見える。
 パチパチと暖炉の火が爆ぜる音に混じって、すぅ、と小さな寝息が聞こえてきた。そぅっと扉を音もなく閉め、アルベールはもう一度、今度はささやかに問い掛ける。

「姉さん‥‥?」

 けれどもルシールの寝息は、僅かほども乱れることはなかった。恐らく、先ほど起き上がってお粥を食べたので、疲れてしまったのだろう。
 そんな姉の傍にそっと歩み寄り、アルベールはサイドテーブルに水差しを置き、傍らに器を伏せておいた。それからまた、ベッド脇の椅子に腰掛け、額の布を雪で冷やす。
 熱のせいでかいた汗が、しっとりとルシールの髪を濡らしていた。次に目覚めたら熱いお湯で絞った布を用意しておこう、そう思いながら髪を一房取り上げて、恭しく口づける。

「大好きですよ、姉さん」

 そうして呟いた言葉に、こもっていた感情の正体をアルベールは敢えて考えない。髪からそっと手を離し、汗で濡れた前髪を優しく梳いてかきあげると、眠る姉を目を細めて静かに見下ろした。
 小さな頃から。今もずっと。少しずつ形は変わっていきながらも、いつでも自分の中に確かな大きさで存在する、大好きなルシール。
 ずっとこの時間が続けば良いのにと、知らず願いながらアルベールは、無言で眠るルシールを見下ろしていた。窓の外ではただ静かに、雪が降り続けていた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ib0072  / ルシール・フルフラット / 女  / 20  / 騎士
 ib2061  /    アルベール    / 男  / 16  / 魔術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そしてお届けが言い訳も出来ぬほど遅くなってしまいまして、本当に申し訳ございませんでした……(土下座

ご姉弟でのとある雪の夜の物語、如何でしたでしょうか。
妄想のあまり、危うくライン(何)を越えそうな息子さんを押し止めるのに必死だった気がする蓮華です(ぇー
いえ、押し止めないといけないのは蓮華の妄想だったわけなのですが、はい、うん、えっと、心から申し訳ございません(土下座←
次は色々と踏み越えられるように、どうぞ頑張って下さいまs(ターン

息子さんのイメージ通りの、懐かしく愛おしい、優しい雪夜のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
N.Y.E煌きのドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年02月14日

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