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『Snowy Night〜Her affection. 』
ルシール・フルフラット(ib0072)

 雪は深々と降り続け、ただでさえ静かな夜に静寂を積もらせていた。それはまるで世界から人々を隔絶しているかのようだと、うっすら輝く雪明りをぼんやり眺めながらルシール・フルフラット(ib0072)は取り留めもなく考えた。
 頭がぼんやりして、思考が纏まらない。ふわふわとした感覚の中に確かにある気だるさが、かろうじてルシールにこれが夢ではなく現実なのだと教えている。
 寝台の中、ルシールは瞬きすら億劫に感じながら、ゆっくりと眼差しを窓から逸らし、部屋の中へと向けると、最初に目に入ったのはサイドテーブルに置かれた器だった。こんもりと山になって居るのは、先ほどまで見えていた真っ白な雪だ。
 その向こうに、暖炉の前で動いている人影が見えた。あれは弟のアルベール(ib2061)だ、そう認識しながらルシールは熱い息を吐き出す。
 ルシールが風邪をこじらせ、熱を出して寝込んでしまったのは、3日ほど前の事だった。ぐったりとベッドに伏せったきり、動けなくなってしまった彼女をアルベールは、それから付っきりで看病してくれている。
 暖炉に火を絶やさないようにして、少しでもルシールが食事を取れるように、色々と工夫してくれて。折から降り積もった雪を器に掬って来ては、皮袋に詰めて雪枕を作ってくれたり、ルシールの額に雪で絞った布を乗せてくれたり。
 そうして甲斐甲斐しく看病をしてくれたアルベールのお陰か、今日の昼頃は少し起き上がってお粥を食べられる程度には、ルシールは回復した。とはいえ夕方を過ぎた頃からまた熱が上がり始めて、ベッドに横になり高熱の寒さに震えるルシールに、弟が布団をかけてくれた所までは覚えているのだけれど――恐らくそれきり、意識を失うように眠ってしまったのだろう。
 熱でぼんやりとした頭でアルベールを見ていると、暖炉に薪を足し終わってこちらを振り返った弟と、目と目が合った。そのままぼんやりしていると、アルベールは何かを計る様にルシールを見ながら、そっと声をかけてきた。

「姉さん、起きたんですか?」
「うん‥‥今は‥‥もう、夜‥‥?」

 そんなアルベールの言葉に、ルシールは僅かに身じろぎ首を巡らせて、熱に掠れた声を絞り出す。拍子に額の布が滑り落ちる。
 ただそれだけの動作でも、ひどくだるく、泥のような疲労に似た感覚が、ルシールの全身を絡めとろうとしているかのように感じられた。アルベールがええ、と頷きながら、落ちた布を拾ってくれる。
 そうしてから、ルシールの額に当てられた弟の手は冷たく、気持ち良かった。ほぅ、と知らず、安堵の息を吐く。
 そんなルシールに首を傾げ、アルベールが尋ねた。

「まだ熱が高いですね‥‥起きられますか? 少しでも食べれるようなら、お粥を用意してありますけど‥‥」
「そうね‥‥貰おう、かな‥‥」

 それにルシールは少し考えてから、こくりと小さく頷く。少しでも食事を摂らなければ、回復するものも回復しないだろう。
 ベッドの上に半身を起こそうと、全身の力を絞り出すようにもがくと、アルベールが背に手を添えて起き上がらせてくれた。そうしながらベッドの上にクッションを積み上げて、ルシールが楽な姿勢になるようそっと凭れさせてくれる。
 そうして「少し待っていて下さいね」と部屋を出ていく弟の背を、ルシールは眩しく見送った。

(こんなに逞しくなっていたっけ‥‥?)

 先ほど自分を支えてくれた力強い腕を思い出し、知らない内に成長していた弟に、我が子の成長を喜ぶ母にも似た喜ばしい気持ちが湧きあがってくる。否、きっと子の成長を喜ぶ母と言うのは、まさしくこんな気持ちなのだろう。
 そう考えていると、アルベールがお粥の器と湯冷ましを載せた盆を手に、部屋へと戻ってきた。その姿をまた眩しく見つめ、ルシールはしみじみと呟く。

「昔は‥‥逆だった、のに‥‥ね‥‥」
「‥‥姉さん?」
「アルはよく‥‥熱を出したから‥‥」
「そうですね。‥‥そのたび、姉さんが看病してくれた」

 サイドテーブルに盆を置き、冷たく絞った布で額の汗を拭ってくれながら、アルベールもまた懐かしそうに目を細めた。そう、弟が幼い頃はいつも、ベッドの中にいるのがアルベールで、そんなアルベールを看病するのが自分だったのだ。
 幼い頃のアルベールはひどく身体が弱くて、何かと言えば熱を出したりする、臥せりがちな子供だった。年齢が弟妹の中でも近く、物心つく前からずっと一緒に育ってきた弟を、看病するのはだからいつの頃からか、ルシールの役目になっていて。
 もちろんそれが嫌だった事は、思い返しても一度もない。ルシールはいつでも積極的に、そうして当たり前に弟のベッドの傍に付き添い、額の布を冷たく冷やして取り替えてやり、お粥をひと匙ひと匙掬って母鳥の様に食べさせてやって。
 熱を出すたびにベッドに伏せり、苦しげだったアルベールをそんな風に看病しながら、幼いルシールはこの弟を守りたいと、守れる力が欲しいと、願った。思えばそれが、ルシールが騎士を志した原点でも、ある。
 もちろん、ただそれだけではなかった。同じく騎士であり、開拓者として活躍していた母親に憧れる気持ちも、理由の中には含まれている。
 それでも一番最初の、そもそもの理由はと言えばやっぱり、アルベールなのだ。大切な可愛い弟を守ってやれる力が欲しいと――そう、願った事が。
 お粥の前に湯冷ましを渡されて、口をつけると思いのほか喉が渇いていた事に、気付く。ゆっくりと慎重に飲み干して、湯冷ましの器をアルベールに返すと、今度は7分目ほどよそったお粥の器を差し出され。

「匙で食べさせてあげましょうか、姉さん?」

 にこ、と笑って言われた言葉に、少し困って、けれども上手い切り替えしが思いつかず、ただ睨み上げる。それにくすくす笑いながらアルベールが渡してくれた器を、ルシールは危うげな手つきで受け取り、ゆっくりと匙で掬って口に運んだ。
 一口、一口。じっくり煮込んで重湯寸前になっているお粥ですら、飲み込むだけでも体力が消耗されていく気がして、ごくり、喉を鳴らすたびに微かな吐息を、吐く。
 お粥は肉や野菜を煮込んだスープで作ってあるのだろう、ほのかな味がついていた。ありがたく思いながら匙を動かす間に、アルベールがルシールの枕にしていた皮袋の中の水を捨て、冷たい雪を詰めてくれると、ベッド脇の椅子に腰掛けじっとルシールを見つめている。
 そんなアルベールの視線を感じながら、ルシールは何とかお粥を半分ほどまで食べたものの、そこで手が止まってしまった。お腹が一杯になってしまったのと、何よりお粥を食べる事そのものに疲れてしまったのだ。
 とはいえアルベールがせっかく作ってくれたのだし、少しでも食べなければ。そう考え、ふぅ、と息を吐き出した後、再びひどく重く感じる匙を動かそうとすると、横からひょいと取り上げられた。

「無理に食べても良くないですよ、姉さん。このぐらいにしておきましょう」
「うん‥‥」
「それじゃあ、横になりましょう。枕の雪を換えておきましたから、気持ち良いですよ」

 そう言いながら器をサイドテーブルに置いてしまったアルベールに、ルシールは素直にこくりと頷いた。そうしてまたアルベールに支えられて、ぐったりとベッドに横たわる。
 肩まで布団を引き上げてもらい、額に雪で冷やした布を乗せてもらって、されるがままになっていたルシールはまた、眩しい物を見るような眼差しで弟を見上げた。熱でひび割れた唇を、動かし小さく言葉を紡ぐ。

「ありがとう、アル‥‥立派に、なったね‥‥」
「姉さん‥‥」

 そうして、万感の想いを込めて弟へと感謝の言葉を、告げた。今ではすっかり健康になって、時々先ほどの様に意地悪もされるけれども、今でも気付けば傍に居てくれる、アルベール。
 彼女が辛く、苦しく、気落ちしていたときにも、アルベールが傍にいてくれたから耐えられた。弟が傍にいて、そうして支えてくれたから、ルシールはそこに立っていられた。
 だからこそ――時を経れば経るほどに、愛おしさが込み上げてくる、大切な、大切な弟。最近では我ながら、ちょっとブラコンが入ってきたのではないかと心配になるくらい、可愛くて大切な――
 そんなルシールの眼差しに、アルベールは小さく微笑んだ。それから何かの思考を吹っ切る様に、ぶん、と強く頭を1つ振ると、ルシールの食べ残したお粥を片付けに、部屋を出る。
 その後姿を見送って、ルシールはふぅ、と大きな息を吐き、枕にぐったり沈み込んだ。冷たい雪の詰まった枕が、アルベールの言った通り、気持ち良い。

(守る、から)

 その心地良さを味わいながら、ルシールは心の中でそっと、呟く。幼い頃に抱いた想いを、今再び噛み締める。
 あの頃の想い叶って騎士となり、守るための力と心を手に入れたから。まだまだ未熟ではあるけれども、それでもきっとあの頃願ったように、アルベールを守りたいと、願う。
 熱で朦朧とした意識の中、そう願っているうちにルシールはまた、眠りの淵へと誘われるのを感じた。どこか遠い所で、アルベールが自分を呼んでいる声が聞こえた気がするけれども、応えは声にはならない。
 だからルシールは幼い頃の思い出を大切に胸に抱きながら、再び病を癒すための眠りに就いた。窓の外ではただ静かに、雪が降り続けていた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ib0072  / ルシール・フルフラット / 女  / 20  / 騎士
 ib2061  /    アルベール    / 男  / 16  / 魔術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちわ、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
そしてお届けが言い訳も出来ぬほど遅くなってしまいまして、本当に申し訳ございませんでした……(土下座

ご姉弟でのとある雪の夜の物語、如何でしたでしょうか。
お姉様の方から見ると、こんなに微笑ましく暖かい姉弟の交流なのに‥‥(そっと目を逸らす(何
いえ、何と申しますかその、お嬢様がこうしてほっこりとなさっている間、弟さんがあんな事になっているんだなぁ、と思うと何とはなしに感慨深く、妄想の翼が力強く羽ばたき出して(黙れ

お嬢様のイメージ通りの、懐かしく愛おしい、優しい雪夜のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
N.Y.E煌きのドリームノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年02月14日

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