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『咲き誇れ、恋せよ乙女 』
綾鷹・郁8646)&桂(NPCA023)

暗いし、寒いし、早く、帰りたい。

小さな小屋に叩き付けるように雪が降る。
風はいよいよ勢いを増し、本格的に吹雪いてきた。
雪山の休憩所で一人、栗毛の少女――綾鷹 郁は両手を毛布を頭から被り、両手を擦り合わせて息を吐いた。
ふっと暖かく湿って、すぐに刺すように冷たくなる。
青い瞳の目尻にじんわりと涙が浮かんだ。
ふんわりと柔らかな髪揺れ、仄かに甘い香りが漂う。小顔はやや媚びて見えるが、それも自分ではカワイイとも思っていた。
料理人だった父は、同時に自分で食材を探す人でもあった。そして幻の果実があると噂を聞き、料理修行の旅の途中この雪山へとやってきた。
そして隣の林の崖下に幻の果実を見つけ、取りに行ったきりだ。父親が出ていってから、もう5時間にもなる。

「お父さん……」

目に力を込めて体と毛布を擦り合わせる。
しかし、郁の祈りは届くことはなかった。
翌日、郁はほかの登山者に保護され、父親は、帰らぬ人となった。


父親の死を告げられ、悲しみに暮れる暇もなく少女は一人生きていかなくてはならない。
軋む心を丁寧に抱え直し、働き口を探した。
いくつかのアルバイトに応募するも、全て不採用だった。
住むところもなく、親もない、身分も証明されない子供ともなれば怪しさが先に立ってしまうのが人心だろう。
こんなに就職活動が難しいものかと、薄桃色の唇を噛んで涙を堪える。
最後の手段にと、とある喫茶店への応募を出した。
幸い、書類審査には通ったようで面接をしてくれることになった。

「と、得意料理、は……オムライスです」

やや大仰に背もたれに座り、萎れたたばこを咥える女店主。
上を向き、ふぅーっと白く煙草臭い息を吐いた。
上からぎろりと覗きこむ目つきは険しい。
恐る恐る声をかけた。

「あ、あの……」
「何やってんのよ郁」

最初から、バレていた。
母親の営む喫茶店に変装と声音を変えて潜り込もうとした郁だった。
店の奥の部屋に通され、店主と対面するや極端に空気が凍りついた。
郁は変装には自信があったので、何か悪いことでもしたかとあれこれ気を揉んでいたが、相手のほうは最初から実の娘だと気づいていた。
最後に会ったのは本当に幼い時だったはずだが、それでも分かるものなのだろうか。
自棄になった郁は泣き落としにかかるも、「どんな事情だか知ったことか!」と追い返されてしまった。
わんわん涙を流し、悔しいやら情けないやら、寂しいやらで気持ちはぐしゃぐしゃだった。
郁はそんな日中の出来事を思い返しては胸を痛めながら、深夜の砂丘を一人あてもなく歩いていた。

そんな郁を取り囲む影あり。

――西暦5,000年。
月面に青空が広がる、ここは久遠の都。中心に標高5,000mの紅茶の樹が聳える。
久遠の都とは、翼のある天女、ダウナーレイス族である。
太い枝にビルが連なり、枝がそれぞれ「道」の役割を果たしている。
20世紀頃に見た、ジェット戦闘機に似たオープンカーが行き交い、運転者はかっこよく髪を靡かせて車を操るのが最近の流行り。燃料は20世紀のようにガソリンを使うわけではなく、時を超える紅茶ビートラクティブが使われる。アロマのように焚くので、それぞれ車で違った匂いが楽しめる。
その久遠の都の中央病院に、一人のクロノサーフの残骸が搬送された。
黒焦げの作務衣が医師の手で丁寧に剥ぎ取られ、体は至るとこがあらぬ方向へと曲がっている。
血まみれとも思える箇所はどれも肌に焼き付いていて、直視できないほどに悲惨な状態だった。
衣服を全て取り除き裸にされた郁は、紅茶エキスの医療ポッドに入れられた。
中央に聳える紅茶の樹より採取した特別な紅茶で、あらゆる傷を癒すことができるが、生身の人間が浸ると、ダウナーレイスになってしまうという副作用もある。
紅茶は体の細胞に浸透して影響するため、死んだ者には何の効果もない。
コポッと口から息を吐く郁。
琥珀色の医療ポッドの中で、徐々にその体を修復させつつあった。

シュン、と音がしてICUの扉が開く。
中から出てきた医者に、桂は尋ねた。

「郁さんの容態は?!」
「間一髪よ、桂君」

ふぅ、と一つ安堵の溜息を吐く医者。

「そうですか、よかった…」

ICU前の長椅子に座り直す桂。
郁は悲しみに暮れて深夜の砂丘をさまよっているところ、警官に化けたドワーフの襲撃に遭った。ティークリッパーとしての資質が狙われた、とみていい。
桂の協力で当局が保護したが、その時にはもう見るに耐えない姿にされていた。

後日、すっかり外傷は回復したと聞いたので見舞いにやってきた桂。
エレベーターを上がり、病室の前までくると奇妙な悲鳴が聞こえてくる。
不審に思いながらも、郁のいる病室に入る。

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」

郁は悲鳴をあげて病室を飛び回っていた。

「落ち着いて下さい、郁さん!!」

郁をぎゅっと抱きしめ、大丈夫、大丈夫ですと何度も宥めた。
最初はバサバサと激しく抵抗していたが、次第に大人しくなって桂に頬をすり寄せる。

「ケ……イ……」
「郁さんの翼、綺麗ですね」

ようやく意識を取り戻した郁は、その言葉にボッと顔が熱くなった。
ぎゅぅっと桂の服を掴み、安堵の中に胸が高鳴る。


シャワーを浴び、ビキニを着る郁。
翼をモフってくれた桂を想いつつ、レオタードの中に自分の翼を畳む。
今度の郁の任地は2,000年代の高校。
体操着とブルマを履いて、テニスウェアを着る。
鞄にはラケット。セーラーの胸を結び、スカートの丈を上げる。
ティークリッパーなら時空を巡る桂に逢える。
鏡に映った郁の頬は、わずかに朱を差していた。

「えっと、はやりの口調は……みたいな〜?」

携帯端末に示唆された内容を読み上げて古代のギャル語を練習する郁。
今日はどこの学校で工作活動をするのだろう、すぐにではないがいつ桂と逢えるのだろうか。
そんなことばかりに気がいってせいまう。

「超ヤバ。携帯携帯」

郁は携帯を並べて吟味する。
ガラケーはどれだっけ?
時間移民政策を妨害する輩を取り締まる戦士、ティークリッパーのクロノサーフ。
それが郁の主な仕事だ。
ティークリッパーは時代考証も大変なのだ。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
浅色ミドリ クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年02月18日

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