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『密やかに、秘めたるは side Black 』
石田 神楽ja4485


 世は2月。
 右を見ては女子がソワソワし、
 左を見ては男子がソワソワしている。
 そんな季節。

「なんやろ、また大規模な戦闘でも起きるんか?」
 斡旋所で依頼を眺めていた宇田川 千鶴は小首を傾げ、隣の石田 神楽が笑いを声にした。
「バレンタイン、でしょう」
「…………」
「ほら、2月14日」
「知っとるわ、そんなん!」
「ですよね」
 にこにこ。にこにこ。にこにこ。
「…………何が、えぇん……?」
 忘れてた、とは言わせない笑顔の圧力に屈し、うぐぐと千鶴が言葉を絞り出した。
 こ、こういうものは、暗黙の了解というものだったろうか。
 どこまでが暗黙というものだろうか。
 自分は地雷を踏んだか、あるいは狙撃待機に突っ込んでしまったか。
 神楽の沈黙は、数秒程度であったが、千鶴はその間に深く深く煩悶していた。
「では―― せっかくですので、手作りのチョコレートを」



●2月13日
(明日はどんなチョコが出てくるのでしょうか)
 神楽は大学へ提出するレポートの手を止め、時計へ視線を走らせた。
 千鶴は今頃、奮闘中であろうか。
 どんな味のチョコを作るのか、自分へと考えてくれるのか、純粋な興味と期待からのリクエストだった。
 そこに他意は一切ない――が、伝えた時の千鶴のリアクション。

『普通にえぇ店の買った方が、美味しいやろ』

 そう顔に書いてあった。
 しかし不承不承といった形であっても応じた以上、千鶴の事だから何かしら一捻りを加えてくるだろう。
 『自分だけのために』作ってもらうその幸せを、特別を、神楽は想像する。
「ラッピングは黒いでしょうね、まず間違いなく」
 そこだけは、限りなく確信に近い。
 肩を揺らし、それから小休憩を挟むことにする。
 クリスマスプレゼントでもらった白と黒のブックカバー。白の上巻を読み終えたところだったので、黒のカバーを掛けた下巻へと手を伸ばす。


 同刻。
「……やっぱり店のみたいに綺麗にならん……」
 やや不格好な生チョコレートを前に、千鶴は項垂れていた。
「味は、問題ない。たしかや」
 切れ端で味見をし、用意した箱に詰める。詰めてしまえば、多少のゆがみも味わいに見える。
 あとは、ラッピング……
 どうしたらいいものかと、あれこれ用意はしたものの。
「……やっぱ黒かな」


 
●2月14日
 学園へ向かう途中に告白だとか、
 廊下の片隅で玉砕だとか、
 休憩時間に不審な挙動だとか、
 眺める分には愉快な日だと思う。

 案外と自分も浮かれたものだな、と講義終了までの時間を計りながら神楽は感じる。
 互いの講義が終わる時間に――、などと言いだしたのはどちらだっただろう。
 大学部構内での待ち合わせ。
 大がかりなプレゼントやイベントでなし、日常生活の延長で……そんな気持での約束だった。
「…………」
「……………………」
「な、なんやの」
「いいえ、ありがとうございます」
 まさか、手作りと市販品のダブルが来るとは神楽も予想していなかった。黒のラッピングは予想していたと言ったなら、怒られそうだけど。
 反応に詰まる神楽を、睨むような(実際は緊張しているだけなのだろうが)眼差しで千鶴が見上げる。
「開けてみても?」
 苦笑いしながら訊ねれば、息を呑んだままで千鶴が頷く。『保険』を用意していることから、その不安も推し量れるというもの。
 一体、どれほどのものだというのか。
 千鶴が絶望的な料理の腕前ではないことくらい知っているし、身構えることなどないだろうに。
 仮に殺人的なものであったとしても、受け止める覚悟が無ければリクエストなどしない。
 とりあえず立ったままでは落ちつかないしということで、神楽は座れそうな場所を探し、千鶴を手招きする。
 隣でこちらの様子を伺う千鶴の視線を受けながら、丁寧にラッピングを解き、箱を開ける。
「生チョコですか」
「うん」
 石畳のように、少しいびつに敷き詰められたチョコレートの粒たち。
 神楽は修学旅行で訪れた函館の街並みを思い浮かべた。
 同じ国内なのに、久遠ヶ原と全く違う身を切るように冷たい風、真白の雪、友人たちのナビゲートで回った観光地に、宝石箱のような夜景。
 思い出と呼ぶには新鮮な記憶が脳裏をかすめ、それは口にせず――いびつと言ったら怒るだろう、他の言葉を切りかえす。
「難しかったでしょう」
「『下ごしらえ』したし」
 千鶴がクリスマスのローストチキンを引き合いに出せば、くすりと神楽は笑った。
「千鶴さんだって料理は出来るんですから、そんな心配そうな顔しなくても」
「神楽さんには敵わんし」
(それが緊張の理由でしたか)
 少し拗ねたような口ぶりに、ようやく察する。気にすることじゃないのに……と言っても、本人の問題だから仕方ないのだろうか。
「千鶴さんの手作りは、千鶴さんにしか作れません。――ん、美味しいです」
 大切に大切に一粒を味わう神楽へ、千鶴は懐疑的な姿勢を崩さない。
「ほんまに?」
「美味しいですって。……まさか味見をしてませんでしたか?」
「しとる」
「でしょう?」
「……喜んでくれたんなら良かった」
 千鶴はようやく、張り詰めていた息を深く深く吐いた。
 そんな隣のプレッシャーを気にせず、神楽は上機嫌でチョコレートを味わう。
 半分を食べ、半分は蓋をして持ち帰り。
「ありがとうございます。ホワイトデー、期待していて下さいね」
 非常に非常にぎこちなく、千鶴は頷いた。



●3月13日
 明日は世に言うホワイトデー。
 バレンタインへの返礼の日。
 たった一ヶ月の間にも季節の移り変わりはゆっくりと。

(チョコのお返しでお菓子、というのもあれですしね)
 さて、今度は自分にとっての本番の日。
 神楽は自分の脚で、いくつかの店を眺めて回る。
 ある程度の見当は付けておいたけれど、なかなか決定打とならないまま前日に至った。
 こればかりは自分の目で決めたかった。
「……これは」
 ふ、と香りに惹かれ、一つの店先で足を止める。
 ――ああ、ちょうど今日、入ったんですよ
 気の良い店員が顔を上げ、神楽へ声を掛けた。



●3月14日
 街中の一角にある公園。
 春の足音も聞こえ始める公園、大きな時計の下で、神楽は千鶴を待った。
 さて、彼女はどんな顔をしてくるだろう。
 どんな顔をして、自分からの贈り物を受け取るだろう?
 『らしくない』と一蹴されるか――あるいは。
 時間ちょうどとなり、入口へと視線を巡らせると、何故か千鶴はショボくれて歩いている。
(……ああ)
 何を考えているか、想像がついた。
 ホワイトデーといえばクッキーやマシュマロといった菓子が目立つようになる。
 料理の得意な神楽のことだから、千鶴の手作りに合わせ、そちらを用意するだろうとか、その辺りだろう。
 じんわりと、沁み出るように感情が湧きあがる。

「千鶴さん」
 その感情へ名を付けることが出来ないまま、神楽は恋人を呼んだ。

「そう来るとは思わんかった……」 
 神楽が差し出したのは、真っ白な花束。
 フリージア、花言葉は『純白』というのだそうだ。
 ふわりと、春の訪れを伝える香り。
 白い花ならいくらでもあった。
 その中でも季節らしく、姿かたちもどこか颯爽としたこの花が千鶴に似あうと思ったのだ。
 贈りたい、そう感じた。

「私からの気持ちです。美味しいチョコレートをありがとうございました」
「いや、うん…… おおきにね」
 受け取って、花の香りに顔をうずめて、千鶴は頭の中を真っ白にする。
 動揺が見て取れる。それは神楽にとって、嬉しい方向の。
「おおきにね」
 言葉を重ね、千鶴は顔を上げない。
 ――赤い顔なんぞ、見られてたまるか。
 うつむく白狐の、耳まで染まっていることに、黒狸はそっと気づかぬふりをした。



 密やかに、その胸に秘めたる思いは少しずつ、少しずつ、春を待ちわびる花のつぼみのように。
 見えないところで、静かに膨らんでいるのだろう。
 お互いでさえ、気づかないうちに。




【密やかに、秘めたるは 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4485 / 石田 神楽  / 男 / 22 / インフィルトレイター】
【ja1613 / 宇田川 千鶴 / 女 / 20 / 鬼道忍軍】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました!
今回は、お二人それぞれの視点で納めさせていただきました。
バレンタインからホワイトデーまで、
チョコレートの分だけ、甘さ上乗せでいかがでしたでしょうか……。


ラブリー&スイートノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年02月27日

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