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『光と花 』
川崎 ゾーイja8018

「俺さ、いいこと思いついたぜ!」

 突然大声を上げた川崎クリスを、恋人のゾーイ=エリスはやや驚いた様子で見た。と言っても、表面上はほとんど変化は無いのだけれど。
「……なんですか? 急に」
「今度のバレンタインのことなんだけどさ」
 翡翠色の瞳をきらきらと輝かせ。クリスはゾーイに向かって一生懸命話す。
「この前ゾーイの生まれた国では、バレンタインは男から女の子に花を贈る日だって言っただろ?」
「ええ……そうですけど」
「だからさ、俺がヨーロッパやるよ!」
 イマイチ話が見えてこない。
 何を言っているのかがわからず沈黙するゾーイに、クリスは何とか伝えようと説明する。
「えっと、ほら。日本だと男がチョコもらうだけだろ? でも俺がヨーロッパのバレンタインをやれば、俺もゾーイに花をプレゼントできるし」
「……つまり、互いの文化を交換したバレンタインをしようってことですね」
「そう! それ!」
 うんうんと無邪気にうなずくクリスに向かって、ゾーイはそっけなく。
「いいですけどクリスさん……あたしがいつ日本式のバレンタインをやると言いました?」
「はうあっ……そうだった!」
 がっくりとうなだれるクリス。あまりにも素直な反応に、つい頬が緩みそうになる。
 けれどあくまで、態度には出さず。
「……当日は楽しみにしておいてください」
 元々彼にチョコレートをプレゼントするつもりでいたものの。
 互いに気持ちを贈り合うバレンタイン。
 それもいいかもしれない、とゾーイは思う。
 どこか友情めいた恋。
 そんな自分たちにとって、その方が「らしい」気がするから。
 

●2月13日 AM10:00

 バレンタイン前日。
 クリスは近所の花屋を訪れていた。
 色とりどりに咲き誇る花を見て、彼は一言。
「花って……何を贈ればいいんだ?」
 思えば自分で買うことなどほとんど無かった。そんな彼には、まず種類からしてわからない。
 よく聞くのは赤い薔薇だが……。
(何となく、ゾーイって感じじゃないんだよな)
 理由を問われても説明など出来ないが。彼女に似合う花は、もっと違うような気がするのだ。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
 声をかけてきた女性店員に、クリスは思い切って頼んでみる。
「あの、彼女にあげる花を買いたいんですけど、選ぶの手伝ってもらっていいっすか?」  
「ええ、いいですよ。お色や種類にご希望はありますか」
 問われて、うーんと唸る。
「希望って言われると……よくわかんないんだよな……」
 とりあえず、状況を説明してみる。
「俺の彼女、ドイツ生まれなんす。バレンタインってヨーロッパだと男が女の子に花を贈るって聞いたから……」
 それを聞いた店員はなるほど、と言った様子で。
「でしたらこの花がいいかもしれません。ちょっとお待ち下さいね」
 そう言って店員は一度場を離れると、小ぶりのバスケットを抱えて戻ってくる。
 中に入れられた植木鉢には、黄色や紫色をした花が植えられていて。
「あ、この花公園とかでよく見るっす! えっと……」
「パンジーですよ」
 彼女はにっこりと微笑み。
「ヨーロッパではバレンタインにこの花がよく贈られていますね」
「へえ、そうなんすか!」
「日本ではあまり知られていませんが、パンジーは寒い冬でも咲き誇る愛の花なんです」
 クリスは改めてパンジーを見てみる。
 目一杯開かれた四枚の花びらは、繊細でもろそうにも見える。けれどどこか力強さを感じるのは、雪の中でも咲くその生命力のせいだろうか。
 薔薇の様な華やかさは無いけれど。
 優しさと温かさを感じさせるその花を、クリスはゾーイにぴったりだと思った。
「うん、これに決めた」
「ありがとうございます。メッセージカードはおつけになりますか?」
 渡されたカードに、クリスは何を書くかあれこれ迷ってみたものの。
 結局は正直な気持ちをそのまま書くのが一番と、一言だけ。
「よし、これで準備完璧だな!」
 途端に、明日の放課後が待ち遠しくなる。
 クリスは思う。
 誰かを喜ばせると言うことは、どうしてこうも心昂ぶるのだろう。
 自分がもらうよりずっと嬉しい気持ちになれるのは、何故なのだろう。
 互いに幸せを共有する瞬間が、楽しみでたまらない。

 ――それが好きな相手となら、尚更だよな。

 手にした花かごが、とても誇らしいものに思えた。

●同日 PM19:30

 日もすっかり暮れた頃、ゾーイは寮のキッチンにいた。
「ゾーイちゃんそれ、川崎君のために作ってるの?」
「はい! 頑張って美味しいのを作るのです!」
「そっか。お互い頑張ろうね!」
 室内に漂う、チョコレートの甘い香り。
 ケーキを焼いているゾーイの周りには、同じく誰かのために一生懸命チョコを作る友人たち。
「川崎さんに気に入ってもらえるといいのです」
 クリスのことを『川崎さん』と呼ぶのは、人前での彼女。
 友人達の前では、無邪気で元気いっぱい。笑顔を絶やすこともない。 
 けれどそれは、冷めた自分を隠すための仮面にすぎなくて。
 本当の自分を知っているのは――。
 焼き上がったチョコケーキを、彼女はそのルビーのような瞳で見つめる。
 両手に乗るくらいの、可愛らしいハート型。なかなか上手く焼けたようだ。
(……何か、メッセージを書いてみましょうか)
 白のチョコペンを手に、しばし考え。
 書き上げたのは、シンプルな言葉。
「あれ? ゾーイちゃんこれ何て書いてあるの?」
 不思議そうな表情でケーキをのぞき込む友人達に、彼女はわざと恥ずかしそうに。
「それは秘密なのです!」
 こんなことを書くなんて、自分らしくないだろうか。
 そう思いつつも、渡すことを楽しみにする自分がいる。
 箱にケーキを収め、リボンで飾り付けを施す。

 ――あの人が、喜んでくれるといいのだけれど。
 
 丁寧にラッピングされた箱が、何故かとても愛おしく思えた。


●2月14日

 太陽が傾きかけた放課後。
 寮にあるゾーイの自室で、二人は互いのプレゼントを交換し合っていた。
「まずは俺からだな」
 クリスは大きな紙袋から、パンジーの花かごを取り出し。
「ハッピーバレンタイン!」
 元気よく花を差し出す。
 渡されたゾーイは、あくまで表情は変えずに。
「これは……パンジーですね」
「そう。パンジーって、ヨーロッパでは恋人に贈る花なんだろ?」
「ええ、そうですが……よく知ってましたね」
 その言葉にクリスは嬉しそうに。
「店員の人が教えてくれんたんだ。気に入ってくれると嬉しいな」
 見れば花かごにはメッセージカードが添えられている。
 そこに書かれた文字を見て、ゾーイは微かにほほえみ。
(本当に素直な人ですね……)
 簡潔な、だけどそれだけで充分な一言。
 不器用な字で書かれた『大好きだぜ!』の言葉を胸に。
 ゾーイは彼を見上げると、告げる。
「ありがとうございます。……とても嬉しいです」
 それを聞いたクリスは、満面の笑みでうなずいてみせた。 

「……では、あたしから」
 ゾーイが取り出したのは、落ち着いた赤色の箱。飾り付けるのは、純白のサテンリボン。
 どちらも出来るだけ上質そうなものを選んだ。
「わあ、綺麗だな!」
 クリスは嬉しそうに箱を受け取り。しばらくまじまじと観察した後、やがて困ったような表情になる。
「どうしました。開けないんですか」
「いや……なんていうかさ。これゾーイが一生懸命包んでくれたんだろ?」
「ええまあ……そうですが」
「なんか、ほどくの勿体ない気がして」
 彼の言葉にゾーイは思わず、目を見開き。
「そんなことを言っていたら、中のケーキがいつまで経っても食べられないじゃないですか」
「そうなんだけどさ……」
「いいからさっさと開けてください」
 きっぱりと言われ、クリスは残念そうに包みをほどき始める。
「うわっ……これ、凄いうまそう!」
 現れたハート型のチョコケーキに、歓喜の声を上げ。
 直後ケーキの表面に書かれた文字を、凝視し始める。
「えーっと……これ、なんて書いてあるんだ?」
 白いチョコで繊細に書かれているのは『Ich liebe Sie』。問われた彼女は、淡々と。
「ドイツ語です」
「意味は……」
「ご自分で調べてください。……言うのは恥ずかしいので」
 そっけない応えにも関わらず、クリスはにこにこしながらケーキをスマフォのカメラで撮影している。恐らく後で本当に調べるつもりなのだろう。
 素直な彼を見ながら、ゾーイはふと思う。
 声に出すにはまだ遠い。けれどいつかは、日本語で伝えられるといい。
 Ich liebe Sie――『私は貴方を愛しています』、と。

 その後もクリスは散々ケーキを眺めたり観察をしていたが、やがて我慢できなくなったのだろう。
 意を決したように切り出した。
「ゾーイ。ケーキ食べてみてもいい?」
「当たり前です。その為に作ったんですから」
 彼女が差し出したフォークを受け取り。
 クリスは慎重にケーキの端を切り取ると口に運ぶ。
 内心で緊張しながらゾーイが見守る中。
 ゆっくり味わうようにして飲み込んだクリスは。
 今までに見たことがないほど嬉しそうに、言った。
「めちゃくちゃ美味い!」
 それを聞いた彼女は、一瞬黙り込んだ後。やや目を伏せながら呟く。
「……今回はかなり張り切ってしまいましたから」
 言いながら微かに頬を染めるゾーイを見て、クリスは改めて彼女と向き合い。
 とても大事なことのように、満面の笑みで告げた。

「ゾーイ、ありがとな!」

 心底嬉しそうな、その笑顔。
 曇り一つ無い表情を見て、ゾーイは思わず胸が詰まる。

 この人は、光だ。

 純粋で、明るくて、まっすぐで。
 呆れるほどに、馬鹿正直で。
 最初はそれが怖かった。
 その煌めきが眩しくて、自分とは全く違う世界に生きている人としか思えなくて。
 演技の仮面を見抜かれた時もそうだった。
 皆の前でバラされることだけが、ただひたすら恐ろしかったのに。

「このケーキ、作るの大変だったよな」
「……いいえ、そうでもありませんよ」

 気がつけば、いつの間にかクリスを目で追っていた。
 いつも彼の姿を探している自分に、気付いてしまった。
 最初は何故なのか、わからなかったけれど。

「なあ、今度一緒に公園に行こう。パンジーがたくさん咲いてる所見つけたんだ」
「ええ、いいですね」

 ようやく気付いた時には、もう離れられなかった。
 あまりにも心地よくて、嬉しくて。
 彼が持つ自分にはない輝きに、憧れ、嫉妬し――そして惹かれた。

「今年のバレンタイン、楽しかったぜ! 来年もよろしくな」
「……こちらこそ」

 時折眩しすぎて、今でも目を背けたくなるけれど。
 それでも、私は――

「大好きですよ、クリスさん」

 返ってくるのは、温かな光。

「俺もだよ、ゾーイ」

 こぼれるほどの幸せを、あなたとこれからも。

 
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/職業/象徴】

【ja8055/川崎クリス/男/ダアト/光】
【ja8018/ゾーイ=エリス/女/ディバインナイト/花】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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共有する幸せは、とても尊いものだから。
互いを想い合うバレンタイン、大事に書かせていただきました。
楽しんでいただければ幸いです。
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エリュシオン
2013年03月01日

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