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『花咲く想い 』
ファング・CEフィールドja7828

●美しい思い出を胸に抱く

 新しい季節の足音が、近づいている。
 衣替えにはまだ早いけれど、確実に兆す息吹を感じ取れるようになってきた。
 木ノ宮幸穂(ja4004)も例外ではなく、来たる新学期に向けて自室の季節物を片付けはじめていた。

 ……と。彼女の手元から、はらりと落ちる一枚の写真。
 何だろうと拾い上げてみれば、それは秋のある日に残された……大切な思い出の、かけらだった。

 あれから数ヶ月。思い出は増えていくばかりの、目まぐるしい日々が続いている。
 決して、その写真の存在自体を忘れていた訳ではないけれど。
 思い出したように顔を出した形ある証明に、ふっと笑みがこぼれた。

 今までも、これからも。
 命懸けの毎日が続くからこそ――和やかな時間もまた、忘れがたい思い出だ。


●お祭りの日に

 秋の代名詞とも呼べる菊の花祭り会場は、多くの人で賑わっている。
 広場に飾られた大輪の花は艶やかで華やか、来客を歓迎するかのように明るく輝いていた。
 特に白い菊を集めて形づくられたヤギの周囲には、子供から大人まで多くの人間が集まっている。
 その後ろには『ようこそヤギ』と大きな花文字まで用意されていた。
 広場一帯はまるでどこかのテーマパークのよう。予想以上の盛況ぶりに、ファング・クラウド(ja7828)も少し驚いた様子を見せる。
 人が多いわけではないから混雑とは言わないのだろうけど、実を言えばもっと静かで落ち着いた――言い換えれば、地味な催しだと思っていた。
 会場の第一印象については幸穂もほとんど同じだったらしい。
「思ってたより、ずっと賑やかだね。びっくりしちゃった」
 色とりどりの植物に迎えられ、少し照れくさそうに笑う。
 秋色の和服に身を包んだ少女のはにかんだ表情を見つめていたら、付き添うファングもつられて、いつの間にか微笑を浮かべていた。

「あ、会場の地図もらったんだった。えーっと……メインの展示は……?」
 入口で貰ったパンフレットをくるくると回転させながら、幸穂が言う。
 ついでに自分の首まで回している姿はなんとも言えない可愛さで、思わずずっと見ていたくなるけれど。
「行こ、ファングさんっ。あっちにもっと大きい菊があるんだって」
 彼女が指差し向かおうとする方は、行くべき道とは真逆で。
「あ……待って」
「え?」
「逆。そっちは、出口」
「……えっ」
 慌てた表情のまま、再び地図とにらめっこを始めた幸穂を見つめ、ファングは思わずかすかな笑い声を零し。
「メイン会場はこっちだよ」
 地図を握り締めた彼女の小さな手を取ると、優しく引いて正しい道へと導くのだった。
 もちろん、その手はしっかりと繋いだまま――。


●つかの間の休息

 花畑を抜けた先には、一段と広い展示会場が広がっていた。
 菊花といってまず連想されるような立派な一輪咲きは勿論のこと。スプレーギクなどの小振りなものや洋菊も飾られている。
 色の種類も想像以上に多い。
 黄色や白を中心に、赤みを帯びたもの、薄紫色から紅白入り混じった繊細な色合いのものまで――そう、それはまさに祭りそのもの。
「わぁ……これ全部、菊の花なんだよね? すごくキレイ!」
 期待を大きく上回る光景に、幸穂は感嘆の声をあげて目を輝かせる。
 嬉しそうに辺りを見回す彼女の様子を見て、ファングも穏やかな気持ちになっていた。
「ファングさん、見て! あの白いヤギさんも全部お花でできてる……すごいね」
 無邪気な笑みを湛えて、彼女が振り向いた。
 この上なく幸せな表情。顔だけではなく、全身で表現されてしまえば――つられて笑みを浮かべるのも、ある意味当然のこと。
「本当だ、すごいな」
「わぁっ、たぬきさんもいる! すごい、かわいい!」
「……え? あ、ああ、うん」
 この際、それがタヌキではなく熊であろうと、些細な問題だ。彼女が幸せならそれでいい。
 ゆっくりと歩みを進める。ひとつひとつの花を、じっくりと眺めながら。
 そうして流れていく穏やかな時間は、何にも代え難いとファングは思う。

 かつての彼の世界には、血と断末魔、そして硝煙のみが存在していた。
 戦場以外に己の居場所が存在するなどと、思ったことは一度もなかったのだ。少なくとも、この学園に来るまでは。
 蒼き閃光の死神、と呼ばれていた過去が示す。
 死をも恐れず、向かい来る敵を討ち滅ぼすためだけに其処に存在していた自分。
 それらを否定するわけじゃない。嫌いになったわけでもない。
 常に危険と隣り合わせで生きてきた、その経験があるからこそ今の自分が存在している。
 けれど――学園に来て初めて手に入れた、平穏で安らかなこの時間。
 それは今や、彼という存在を語る上で決して欠かすことのできない事象のひとつになりはじめている――。
 大切なものが存在しなかったわけではない。
 けれど心から誰かを、何かを、護りたいと強く思ったのは。
「ねぇ、ファングさん」
「ん?」
「あそこ。お花畑の中にヤギさんがいるよ? お休み中みたいだね、かわいいなぁ」
「本当だ……行ってみようか」
 彼女がヤギと遊びたいというなら止める理由もない。どちらにせよ、そろそろ休憩をとってもいい時間のはず。
 そう思い提案すると、幸穂は表情を一層明るくした。


●ふたりだけの約束

 広場から外れた花畑の方に足を向けると、やはり人の姿も少なくなる。
 秋晴れの太陽の下、夏の名残を感じながら寝そべる動物達の姿は、とても平和なものに見えた。
 のんびりとした時間の流れる中、幸穂は昼寝をするヤギ達の傍へ寄り、彼らの姿を和やかに見つめている。
「幸せそうな顔してる。どんな夢を見てるのかな?」
「どうだろう? けれどこんなにいい表情なんだ、きっと楽しい夢だろう」
「そうだね。……悪者なんか誰もいない、素敵な世界かも」
 つぶやいた彼女の横顔は、どこか寂しげな色を帯びている。
 こんなに幸せで優しい時間が流れているというのに、ふとした瞬間、思い出す。
 自分たちの世界が今、どのような危機におかれているか。
 どれだけの人が傷つき、血と涙を流しながら――必死に生きようともがいているか。
「……来年の秋も、こうやって楽しく過ごせたらいいな」
 先の保証など何もない世の中だからこそ、かけがえのない一瞬を大事に生きていきたい。
 そして願わくは、その幸せな一瞬が出来るだけ長く続きますようにと、祈る。

 守りたかった明日。作りたい未来。
 それはかつて戦場で仲間だった者達に問われるたび、答えられなかった問い。託されるたび、不思議な喪失感に襲われたそれ。
 けれど今なら、ファングにも分かる。
 彼らが大切にしていた、代え難い平穏な日々とは――きっと、こういう時間のことだ。
「どうしても悲しみを感じてしまうなら、悲しくなくするしかない」
 どれだけ慰めの言葉をかけたって、根源の問題が存在する限り、悲しみの連鎖は続いていくのだ。
 断ち切るためには、きっと。戦うしかないのだ。終わらせる為に。
「……君が悲しくならないように……オレは戦うよ」
 呟くファングの気配を感じたのか、幸穂がふっと振り向いた。
 ヤギを抱きしめたまま、首を傾げる彼女へ向けて。ファングは静かに笑みを浮かべ。
「何でもないよ」

 これ以上、彼女を――仲間を、大切な人たちを、傷つけさせはしない。
 それは決して肉体的な傷跡だけではなく。
 年頃の少年少女達の、脆く傷つきやすい心も含めての宣誓。
「……幸穂」
「?」
 望む明日を創り、遥かな未来へ繋げるために――今はもっと、もっと強くなりたい。
 だから。
 彼女の手を握る。ぎゅっと、離さないように。
 この命を護りたい。
 けれど、護らせてくれとは言わない。
 彼女だって勇敢な戦士の一人。頼りになる仲間の一人だから。
 一方的な押し付けにはしたくない。
 一緒に戦って――共に、明日を守りたいと思う。
「ファングさん?」
「……日も暮れてきたし、帰ろうか。学園へ」
 そう。
 自分たちを待っていてくれる、大切な仲間達のもとへ。
 共に、強くなる為に。


●振り返る過去があるということ

 新学期を控えた冬の終わり――。
 ファングは部屋に飾られた一枚の写真を眺めていた。
 それはあの日の帰り際、他の客が撮影してくれた2人の写真。

 必ず訪れる明日など存在しないけれど。
 だからこそ、ひとつひとつの思い出を大事にしていきたいと思う。
 幸せな過去を振り返る行為は、もっと幸せな未来へ向かい進むための起爆剤にすぎない。

 もっと、もっと輝く未来へ。
 掴み取るため――今は、ひたすら前へ進もう。


 もうすぐ、新しい季節がやってくる。
 
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エリュシオン
2013年03月01日

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