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『チョコレート・パラダイス 〜ドレスアップ・戒編〜 』
七種 戒ja1267


 バレンタインも近いある日の事。
 奥戸通は、自宅近くのコンビニで穴のあいた派手な箱を突き出された。
「スピードくじです、どうぞ!」
 割引券でも当たったらいいなと思いながら、手を突っ込む。
 中を開くと赤いハートマーク。
「おめでとうございます〜! 『チョコレート・パラダイス』のチケット当選です!!」
 首を傾げながら、手渡されたリーフレットに目を落とす。
「当選……チョコレートパラダイスって一体なんです?」
 それは高級チョコレート食べ放題のイベントだった。
 詳細を理解すると、通の頬が緩む。
「これは、楽しみですね」

 通は即座に七種戒を誘う。
 歳は自分の方が上だが、何処か頼りになるお姉さんのような、そんな友人だ。
「高級チョコレート食べ放題。折角だもんっ食べるぞーっ」
 通がチケットを高々と掲げた。戒はリーフレットを隅々まで熱心に読んでいる。
「チョコレートファウンテンてアレか、ぶわーって出るヤツ!」
 そこでふと、戒は顔をあげて通の顔を見た。
「なあ通ちゃん、こういうときドレスコードってどうなんの?」
「え……どうでしょう、やっぱりそれなりのホテルのようですし、少しおしゃれした方がいいのでしょうか……」
 タダより高い物はない……そんな言葉が頭をよぎったのは気のせいか。



 そしてイベント当日。
 戒は早起きして、予約を入れていたレンタル衣装の店にやってきた。
「いらっしゃいませ、七種様。お待ちしておりました」
 既に顔なじみになっている受付嬢が、にっこり笑って出迎える。どうでもいいがこれがなかなかの美人さんで、それもこの店に来る楽しみになっている。
 頼んでいたのは黒の膝丈ワンピース。目的が食べ放題なので、裾が余り広がらず邪魔にならない物を選んだ。
 ベースはシンプルだが、光沢のドレープが少し大人っぽい雰囲気で、裾や袖にあしらわれたレースが甘さを添える。ドレープを寄せた左胸には、大輪の青薔薇のコサージュが咲き誇っていた。
 先にメイクとヘアセットを済ませる為に、鏡の前に案内される。
「七種様、男性の担当はお嫌ではありませんか?」
「え? あ、はあ」
 一瞬何のことか判らなかったが、生返事で了承する。
 すると示された椅子の脇には、男性の美容師が待ち構えていた。
「宜しくお願いします」
 爽やかな笑顔。無駄にイケメン。
「よよよよ、宜しくお願いシマス……ッ!!」
 椅子にかけるとさっとカバーを首元に巻きつけられる。……距離近い。
「ご希望のイメージなどおありですか?」
 声までイケボイス。
「す、好きにしてください……!」
 ちょっと意味が違うような気がしないでもない。
 だが相手は柔和な笑みを浮かべると、すぐ戒に変身の魔法をかけはじめた。
 イケメンに顔を覗きこまれ、髪を梳かれ、戒は叫び出しそうになる。
(こ、この、椅子から身動きできないまま、イケメンに好き放題される状況は……どこかで……!!)
 そんな彼女にお構いなしに、美容師さんはプロの仕事を完了した。



 会場となるホテルのロビーで、通と戒は約束の時間通りに合流した。
 通がはしゃいだ様子で、前に回り後ろに回りしながら、戒を眺める。
「戒ちゃん……とっても綺麗」
「通ちゃんもすごく似合ってるぜ。特にそのレースをめ、めくったり…いやなんでもない」
 飛び回る通のスカートの裾が翻る度に、繊細なレースがちらちら撥ねる。
 だが戒は我慢できる子なので、写真を撮るのにとどめた。
 ホテルの階段などでポーズをとってお互いのドレス姿を写真に収める。髪形や自分で見えない後ろ姿など、おしゃれした時は撮りたいものだ。
 そうしている間に、開場時間となった。
「じゃあ、入りましょうか」
 ピッと背筋の伸びたホテルマンが、恭しく会場のドアを開けてくれた。
 一歩踏み込むと、押し寄せるような甘い匂い。
 見渡すと、色とりどりのチョコ、チョコ、チョコ……!

 そこに、何やら違和感を感じるモノが横切った。
「おや、『チョコレート・パラダイス』へようこそ。今日は二人とも随分綺麗で、一瞬判らなかったよ」
「……? じゅ、ジュリアン先生?」
 通が思わず声を漏らした。
 にこやかな笑顔を向ける金髪男は、確かに久遠ヶ原学園で教鞭をとる、ジュリアン・白川だった。
 が、普段学園内で見かけるのと余りに違うその姿に、意識が認識を拒否する。
 長身を光沢のあるピンクのスーツで固め、ピンクのネクタイを締めた白川は、外国のコメディーショーの司会のようだった。やたら姿勢の良い立ち姿と、普段からどこか胡散臭い感じのする笑みが、悲しい程に際立つ。
「あー……なんというか、そのスーツ、個性的ですね?」
 可能な限りの理性を総動員し、戒は無難な言葉で乗り切った。
 視界の端にちらちらするピンク色は、この際気にしないことにする!
「ねぇ、ねぇ戒ちゃん、あの人とっても格好良くないですか?」
「おっ通ちゃん、あのホテルマンだな、おおおイケメンんんん!!」
 二人はピンクのスーツを視界と思考から追い出し、白い皿やカトラリーの並ぶテーブルを目指す。

 皿を手にし、チョコレートの並ぶテーブルについた通と戒は、ポカンと宙を見上げた。
 様々なチョコレートが銀のトレイに盛られ、艶やかなアレンジメントフラワーに彩られたテーブルが囲むのは、等身大の茶色いヴィーナス像。
 彫刻で有名な、あの肉感的な姿が、白くないというそれだけで、ここまで強烈な存在になるとは驚きですらあった。
「あれ……まさか、あの吹き出してる液体はチョコ?」
 ヴィーナス像の傍らにある噴水から、これまた茶色い液体が流れ出している。
 どうやらこれが『チョコレートファウンテン』らしい。
「……ちょと、豪快かな、って……?」
 戒はひきつりながらも気を取り直す。
 制限時間は2時間。驚いている暇はないのだ!
 噴水の周囲には、ガラスのコンポートが置かれ、色々なフルーツが彩りよく並んでいる。
「わ、苺〜♪」
 通もすぐに環境を受け入れ、早速専用の金属製ピックを手に取る。
 真っ赤に輝く苺をピックに差し、流れるチョコレートに浸す。持ち上げると、茶色の雫が滴り落ちた。
 それを白い皿に受け、ぱくりとほおばる。
「この甘酸っぱさとチョコの組み合わせって……すばらしぃ」
 感極まったように、通が頬を押さえる。
「お、苺美味そうだな、通ちゃんあーん」
「はいどうぞ、一番大きくて赤いのあげますね」
「むうん、これは……!」
 自分で食べるより、可愛い子にあーんして貰った方が美味しいよね。戒はそう思った。流石に口には出さないけれど。
「なんかあっちの、ハートとか描いてあって可愛いな」
「これ、ティラミス風なんですね! 美味しい〜」
 後は夢中。
 普通に考えれば、チョコレートばかりそうずっと食べられるものではない。
 だがチョコレートファウンテンの果物の酸味が、甘さを緩和してくれる。
 その他にも目先の変わった物が並んでいる。
「あ、これ、ミントが爽やかでおいしい」
「うむー。でもちょっと匂いはガム食ってるみたいだな?」
 もぐもぐもぐ。
「お、あっちにチョコレートのソフトクリームある!」
「ビターも選べるんですね、美味しそう!」
 もぐもぐもぐ。
 チョコレートと一口に言っても、味わいは様々。
 それにコーヒーや紅茶など、舌を戻す飲み物もある。
 ついつい、もうひとつ、あとひとつと手が伸びる。

 そのときだった。
 会場にどよめきが広がった。
「まずい、倒れる!」
「一体どうしたんだ!?」
 低いが切迫した声が、給仕たちの間でかわされる。
「……ん? 今、ジュリアン先生の声が聞こえたような?」
 チョコレートのかかったパイナップルを口に運びかけて、通が手を止めた。
 声の方を見ると、茶色いヴィーナス像が傾いている。
 どうやら傍を流れるチョコレートファウンテン――溶けている状態なので、当然それなりに熱い――の熱で、土台が柔らかくなってしまったようだ。
「危ないッ! すぐにそこから離れて!」
 ピンクスーツが視界の隅を横切り、辺りに立っていた人々を押しやる。
 そこに虚ろな表情のヴィーナス像が倒れかかって来た……。
「……じゅりあんせんせぇ、グラマー美人と熱い抱擁できて良かったな……」
 うん、そういうことにしておこう。
 熱い熱い抱擁に両者離れがたいのか、何やら騒ぎが起きているようだったが。
 戒はそっと視線を逸らし、マーマレード入りのチョコレートを皿に取り分けた。



 こうして甘い甘い2時間が経過した。
 会場の外の柔らかなソファで、戒と通は暫し休憩。
「……ドレスがちょっと、くるしいです」
 通が胸の下あたりに片手を当てる。
「うむー。ちょっと食べ過ぎたけど、楽しかったなー!」
 満足そうに伸びをした戒が、通に笑顔を向けた。
「また今度、遊びに行こうぜえ」
「嬉しい! 次はどこに行きましょう」
 通も嬉しそうに頷く。
「しかしアレだな、満腹になるとこう、眠気が……」
 小さく欠伸する戒。



 メールの音に呼び出され、戒は目を開けた。
「あれ……?」
 目をこすりつつ画面を見ると、差出人は通。

『何だか変な夢を見ました〜 。・゚・(ノД`)・゚・。』

 * * *

 不思議な夢の結果、その後の二人が学園内で白川と遭遇する度に、笑いを押さえつけながら回れ右することになったのは言うまでもない。

 それから数日後。
 連れ立って歩く戒に、バッグの中を探っていた通が声を掛けた。
「あ、戒ちゃん、ちょっと私コンビニ寄りたいです」
「いいぜー、あそこでいっか」
 すぐ目の前に一軒のコンビニがあった。
 暫く店内を見て回り、目的の物を手にレジに立つ通。すると店員が笑顔で穴のあいた派手な箱を突き出した。
 言われるままに手を入れ、取り出した三角の紙きれを開くと、赤いハートマークが現れた。
「おめでとうございます〜! 『チョコレート・パラダイス』のチケット当選です!!」
 通と戒は、顔を見合わせてしばし無言だった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1267 /  七種 戒 / 女 / 18 / インフィルトレイター】
【jb3571 / 奥戸 通 / 女 / 21 / アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ノベルに当方担当のNPCをお呼びいただき、どうも有難うございます。
女の子二人の仲良しさんは、書いていて楽しいです。
おしゃれする女の子は特に楽しいです。
……え? 何か違う? 気のせいですよ、気のせい。
セットでご依頼頂いたものと併せてお楽しみいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠にありがとうございました!
ラブリー&スイートノベル -
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エリュシオン
2013年03月04日

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