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『今そこにある真実 』
小田切ルビィja0841

●編集会議

「次の特集記事だが」
 食欲の秋、スポーツの秋、芸術の秋。
 具体的には葡萄狩り、テニスの親善試合、美術展。一度は紙上にて取り上げたものばかりで新鮮味に欠ける。
「芋掘りは去年も扱ったよね」
 新聞部では常に新しい話題を求めている。読者の目を引き、心をつかむために常に耳をそばだて、情報収集する日々だ。

「これはどう? 菊祭り……ちょっと地味かしらね?」
 中山寧々美が珍しくおずおずと提案した。
 秋ならではの催事予定をピックアップしたリストの中、指さしたのは「菊祭り」。
「……菊か。いいと思うぜ」
 小田切ルビィは資料に視線を走らせると、ゆっくりとうなずいた。
 誰もが知っている花だが、学園の園芸部や農業研究会で菊を育てているところは見たことがない。菊作りは素人には手の出しづらい難しい道なのかもしれない。
「全国各地でやってるみたい。お寺や公園が多いわね。へぇー、デパートの催事場でやることもあるのね」
「最大規模は、都心のビル街の庭園で開かれる菊の花祭りだな。昨年の出展者数、来場者数ともに日本一、か」
 歴史ある祭りは愛好家に支えられ、毎年この季節に開催されているらしい。
「あたし行くわっ! 任せて! 文化的女子に磨きをかける!」
 寧々美が手を上げた。そしてルビィに笑顔を向ける。
「小田切くんも行く?」
「ああ」


●庭園

 地下鉄を降り、階段を上って地上に出ると、鮮やかな青い空が目に入った。
 背比べのように並ぶビルの上空には薄雲がかかっている。
 三車線の道路をひっきりなしに車が通る。ルビィは持っていた上着を肩にはおった。

 都会の真ん中に贅沢に残された庭園は、もとは将軍家の屋敷があった場所だという。
「こっちね」
 曲がり角に『入場無料・菊の花祭り』の看板が設置されており、ルビィと寧々美の他にも案内パンフレットを片手に持つ人々が歩いてゆく。
 車の走行音が後ろに遠ざかり、澄んだ空気が鼻先をくすぐる。
 ルビィはカメラを構えて庭園入口のショットを写す。
 正門をくぐると、細かい砂利が靴底の下で鳴った。築山に植えられているのは常緑樹なのか、濃い緑の葉を幹に宿している。
「都心だってことを忘れそうだな」

 開催初日から客の入りは上々のようだ。
「あたしたちにはちょっと早い趣味かしら」
「まぁ、学園にはいろんな奴がいるしな。この特集をきっかけに菊作り始めて、はまる奴がいるかもしれないぜ」
 書いた記事が誰かの人生を変える。そんな手応えをはっきり得たことはまだないが、充分にありうる。
「ううう〜、見えないわ」
 人垣に遮られ、寧々美は背伸び状態での撮影をあきらめた。
 他の客よりも頭一つ高い位置で視界を確保できるルビィは、棚に並ぶ菊の鉢を眺めた。
 雨よけのテントの下、黄色、桃色、白、大輪の花が何列にもわたって飾られている。国華横綱、太平の銀月、重厚な名前だ。
 団体客が移動し、二人は最前列に立つ。マクロレンズに換えて撮影すると、
「花っていうよりお菓子みたいね」
 寧々美が言った。確かに純白の菊の花はホイップクリームの塊に見えないこともない。
「白菊の花言葉、知ってるか?」
「何だったかしら……清純かな?」
「惜しいな。『誠実』、それから『真実』」
「あ〜そうだったわ」
 寧々美が自分の額をぴたぴたと叩く。
「黄色は『わずかな愛』、桃色は『甘い夢』、な」
 二人は同じ白い菊を見つめる。花言葉は所詮、言葉遊びだ。でも盛りの短い花に意味を込め、ときには誰かに気持ちを贈るのに添えて使う。人の抱く願いは奥深い。

 真実、それこそルビィのつかみたいものだ。
 将来の夢は戦場カメラマンとして世界中を飛び回り、『真実の瞬間』をとらえること。
 真実は必ずしも人を幸福にするとは限らない。知らない方が幸せなことも多々ある。
 ――だが。
「誰かが伝えなければ、真実は蛮行の中に葬り去られる」
 思わずルビィが漏らした言葉を、寧々美は笑わずに受け止めた。
「伝えられなかった真実は命を失うのよね」


●最前線

「小田切くん?」
 呼びかけられ、ルビィは顔を上げた。花に酔った状態ではないが、思考の海に沈みかけていた。
「……入賞作品はあっちだな」
「え、この花たちは違うの?」
「受賞した鉢は奥に飾られてるらしいぜ」
「もっとすごい菊があるのね。それはぜひ見なきゃ!」
 ルビィは寧々美の先に立って歩き出す。他とは違う立派な雛段があった。大臣賞だの知事賞だのと書かれた札が添えられている。
 素人目には優劣はわからない。飾られているのはどれも大ぶりで、形の整った菊ばかりだ。
 受賞した鉢の前に、出展者のバッチをつけた老人がいた。
「久遠ヶ原学園の者ですが、お声を聞かせていただけますか?」
「もちろん。菊作りを次世代にも継いでいきたいからねぇ。何でも聞いてくれ」
 ルビィはあらかじめ用意していた質問を一つ一つ老人に投げかける。
 三本立、だるま作り、福助作りといった栽培方法があることは調べてきたが、実際に育てた経験のない身としてはどんな苦労話も新鮮である。
「土作りから半年以上の月日をかけてねぇ、開花を楽しめるのはほんの二十日だ」
 不埒な花泥棒が生育途中の苗を盗んでいくこともあるという。語気を強めて盗人対策について語る老人に、ルビィは重ねて問いかけ、メモを取る。
「貴重なお話をありがとうございます。そして受賞おめでとうございます」
 ルビィと寧々美はそろって礼をした。受賞作品と制作者を写真に収める。掲載号を送る約束も交わした。

「報道って何なんだろうな」
 この世界の営みを壊そうとする輩がいる。
 たとえば美しい菊作りの裏でも、人間の汚さが渦巻いている。陰で不当な利益を得ている者がいれば、看過するわけにはいかない。
 裁いたり、罰するのは自分たちの仕事ではないが、誰にでも真実を知る権利――いや、義務があるはずだ。祭りの記事には花泥棒の件も書かずにはいられない。
「俺なら何も知らず幸せに暮らすより、知って死ぬ方を選ぶ。中山、お前はどうなんだ?」
「そうね。私たちは嘘をついたら駄目だと思うの」
「写真と言葉、どっちも誤解を生むことはあるよな」
「でも私たちは伝えようとしている。受け手は情報を待ってるわ。だとすれば、あきらめるわけにいかないわよね」
 初めて会った頃の寧々美を、ゴシップ専門と誤解していた。だが、神器関連の事件で異なる面を知った。
「大学部を卒業した後、どうするんだ?」
「戦場ジャーナリストになって、支配領域やゲート内部のルポを出したいと思ってるわ」
「……何処かの通信社に勤めるってことか? 俺には夢のまた夢だな」
 学園に借金を返済できない以上は、撃退庁の公務員か企業撃退士コースに乗るしかない。唇を噛んだルビィに、
「あたし、既成の職業に自分を当てはめなきゃいけないとは思ってないのよ」
 寧々美は言った。
「最前線に行けるのは、撃退士であるあたしたちだからこそ、だわ」

 進路を決める日はまだ先だ。
 新しい道を作れるかもしれない。可能性を狭めず、剣よりも強い武器を磨く時間にすれば。
「……そうだな。ロバート・キャパ、一ノ瀬泰造、沢田教一……偉大な先人たちに少しでも近付ける様、お互い頑張ろうぜ」
「頑張りましょうね!」
 まずはこの秋号を完成させること。そして――
 まぶたを開き、真実を見すえる。今、二人が見ている方向は確かに同じだと感じられる。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0841 / 小田切ルビィ / 男 / 18 / ルインズブレイド】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 NPC中山寧々美(jz0020)との秋の突撃取材、お楽しみいただければ幸いです。ありがとうございました。
■イベントシチュエーションノベル■ -
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エリュシオン
2013年03月04日

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