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『たいせつな貴方を想う 』
青木 凛子ja5657


「バレンタイン…… それはある意味戦場であり、無数の屍を築きあげるという乙女イベントである」
「屍(失敗作)、少ないと、いいねー」
 眼前にそびえるマンションを前に腕を組み、銀髪を風に踊らせるギィネシアヌへ、各種材料を手にした紫ノ宮 莉音がかくりと頷いた。
「今回の目標は『美味しく作る』じゃなくて『食べれる物を作る』だな」
「「まさかの屍前提」」
 クールに問題発言を風に乗せる柊 夜鈴へ、ギィネシアヌと莉音の二人が、グルンと振り向いて声を揃えた。

 バレンタインに向けて、皆でチョコを作りましょ。
 話を切りだしたのは誰であったか。集ったのはここに居る3人と……
「いらっしゃーい」
 マンションで一人暮らし、場所の提供係・みんなのオカン青木 凛子。
 オープンキッチンのカウンター越しにあるダイニングテーブルも作業台用にセッティング完了しており、笑顔で3人を迎え入れた。


 それぞれ、材料をテーブルに乗せて、凛子が用意してくれていたエプロンを身につける。
「ギィネちゃん、ちょっといらっしゃい」
「? どうしたのだ?」
 ロングの髪を結い上げて準備万端の凛子が、ギィネシアヌを手招き。
 ふわりと髪を揺らし、ギィネシアヌは歩み寄る。
「お料理の時は、長い髪はまとめないとね。ふっ…… 腕が鳴るわ」
「凛子さん、それ、纏めるってレベルやないと思いますー……」
 ヘアピンにコサージュ、総動員でギィネシアヌの銀髪をアップにする。
 娘2人をもつ凛子の手に掛り、ギィネシアヌの髪はたちまちのうちにオシャレなアレンジ。凛子自身より力が入っている。これからお出かけか!!
「お、おぉお…… こ、これが俺……?」
「ギィネちゃんにも、女の喜びを教えてあげる時期が来たようね……」

「いっぱい渡したい人がいるから、いっぱい作らなきゃ! 夜鈴くん頑張ろーねー♪」
「ああ……。教えてもらうことが多いと思うが、俺も自分の力で作りたいと思う」
 女の喜びに目覚める女子二人を横に、男子二人はチョコレート作りへと静かに燃え始めていた。




 チョコレートの湯煎用に準備している大きめな鍋から、湯気が立ち上る。
「チョコを溶かすときは低温でじっくりね」
「む」
 早く溶かそうと火加減を調整した夜鈴を見逃さず、凛子が声を掛ける。
「お湯の蒸気で、チョコレートに水分が入っちゃう事もあるの。その温度で充分に溶けるから大丈夫よ」
「そういう……ものか」
 湯煎が準備されていなければ、直火で溶かすつもりであった。
 夜鈴は凛子のアドバイス一つ一つに新鮮な驚きを抱く。
 恋人以外の女性の部屋は初めてだから、どことなく緊張していた夜鈴だけれど、次第に『それどころではない』状態へなってゆく。
 料理は苦手。それでも、贈りたいひとがいる。できることなら、よろこぶ顔を見たい。ついでに驚かせてもやりたい。
(良かった、ひとりじゃなくて)
 ここに居るメンバーは、そんな秘密の共犯者。
 そう考えると『チョコレート作り』から離れた部分での楽しさも湧いてくる。
 ――さておき。
 こうしてまた一つ、屍(失敗作)は未然に防がれたのであった。




 チョコレートが溶けるのを待ちながら、ギィネシアヌはチョコレートケーキを作る準備を進める。
 ホールではなく、可愛らしいカップケーキ。
 紙のカップも、最近では本当に種類が豊富で、一つ一つが『とっておき』だ。
(ケーキ作りは久しぶりなのだ。力も入ろうというもの……)
 ラッピングの包材を選ぶところから力を入れてきた。
 手順は簡単なケーキだが、ちょっとウロ覚えな部分に直面し、手が止まる。
「うーん?」
「あ、ギィネちゃん、これを使って頂戴」
「泡だて器……? 粉を篩うのにか??」
「ココアパウダーと小麦粉、これで混ぜてから篩うと綺麗に上がるのよ。粉類はね、丁寧に篩っておくのがポイントなの」
「おぉ……」
 お菓子の本には『合わせて篩う』としか、書いていない。
 そこはやはり、日常的に料理を得意としている凛子ならではの言葉だ。
「く、口うるさかったらごめんなさいね!? 皆と作れるのが楽しくて……っ ギィネちゃんと、こうして一緒に何かをする機会もあまりなかったし」
「はいはーい! 凛子さん、ここはどうしたら、綺麗に行きますかー??」
「今行くわ、莉音ちゃん!」
 生き生きとしている凛子の後ろ姿に、ギィネシアヌが笑った。
 決して広くはない1LDKが、華やかで、賑やかで、とても楽しい。
 ギィネシアヌには、一番綺麗に焼けたケーキを贈りたい相手がいる。
 そのひとにも、今のこの幸せが伝わるだろうか。
 そのひとの笑顔を思い浮かべ、――おっと鼻血は自重である。
 思いを込めて、ギィネシアヌはチョコレートと混ぜ合わせた生地をカップへ流していった。




 最初にオーブンを使っているのは莉音。
 ブラウニーへ混ぜ込むクルミのローストだ。
「いい匂いだな……」
「このままでも美味しいですよー! 夜鈴くん、食べてみるー?」
 フラフラと寄ってきた夜鈴へ、粗熱の取れたクルミを一欠けら。
 適度に油が抜け、香ばしさと軽い歯触りが病みつきになる。
「!? ……これだけで良いんじゃないか?」
「それじゃ、バレンタインじゃなくなっちゃう」
 素直すぎる夜鈴の意見に、莉音は笑う。
「クルミとチョコチップをたくさん入れて、食感が楽しいブラウニーにするんだー♪」
(学園へ来る前のバレンタインは、お姉ちゃんと妹とお菓子を作って、みんなで食べて、お友達と交換して……)
 賑やかだった事を思い出す。
 甘いものが好きな人、苦手な人。たくさんいるから、どんな人でも美味しく食べれるメニューを考えるところから。
(今年も一緒に作ってくれる人がいて、とても嬉しいな)
 莉音の胸に、懐かしい顔が浮かんでは消え――消えない一人の存在が、残る。
「……」
「莉音君? 失敗したか?」
 今度はチョコチップへ手を伸ばしていた夜鈴が、莉音の顔色の変化に気づく。
「ううん! なんでも。バレンタインのお話、みんなは何があるー?」

 ガタタ

 ケーキをオーブンへ入れようとしていたギィネシアヌが、バランスを崩した。




「撃退士になる前は、娘と毎年作ってたの。今年は皆がいて嬉しいわ」
 ホットミルクに溶かして楽しむ『ショコラスティック』、核の部分である生チョコレートを切り分けながら、凛子がニコニコと少年少女の話に耳を傾ける。

「もちろん、俺の本命は皆の知っての通り一人だけだが」
 ギィネシアヌの動揺に気づかないまま、夜鈴は自身のチョコレートが冷え固まるのを待つ間に話を切り返す。
「今年は、友達、後輩、先輩…… お世話になってる人みんなに感謝の証としてあげたいな」
 自分が料理をすると言えばオロオロと心配全開になる恋人の可愛さを思い浮かべ、夜鈴の表情は知れず柔らかなものとなる。
 料理は苦手、だけど今年はこうやって作ることが出来た。
 食べられる物に仕上げて、驚く顔が見てみたい。

 天板からカップを落とすことなく、無事にオーブンへ投入したギィネシアヌは、真っ赤な顔でズルズルとその場にうずくまる。
「……あ、あげる相手くらいは…… いる」
 その一言に、凛子の瞳が輝いた。
「ちょちょちょちょっと多めに作って皆で食べたいなぁ、とか、そう思ってであってだな!!」
 追及をかわすべく言葉の弾幕を張れば、「いいのよ、多くは語らなくていいのよ」母の眼差しがそこにあった。
(ギィネちゃん、本命が居るのかしら……)
 乙女に深い追及は野暮。
 心得る凛子は、それでも勝手にドキドキしている。

「みんなは、本命いるのか?」

 夜鈴、そーくーる。
 ザクッと斬り込む。
 ケーキへ掛けるためのソース作りに着手したギィネシアヌが、再び飛び上がる。が、背中で沈黙を守る。
「あたしは、今年は友チョコをいっぱい!」
 乙女の秘密を守るべく、凛子が助け舟。
「本命? 僕の? それは貰った話? あげた話?」
「……リオン君、なにげに余裕の発言なのぜ……」
「……ふふー、真相は内緒♪」
 たっぷり配れるブラウニー。その中に、莉音の『本命』があるかどうか…… 誰にもわからない。




 ツルリと型から抜けるチョコレートに、夜鈴の深い色の瞳が震えた。
「で、でき……た」
 溶かして流すだけ、と世間一般に言われることの、しかして難しさよ。
 数多の初心者トラップを、直前で凛子や莉音にアシストしてもらい切りぬけて、美しい結晶が眼前に。
「おめでとう、夜鈴ちゃん! よかったら、こっちもラッピング用に使ってね」
「ああ……、そうさせてもらう」
 凛子から可愛らしい包材を分けてもらい、ちょっとした感動に浸りながら夜鈴はチョコレートを詰めてゆく。
「莉音君、それはメッセージカードか?」
「うん。愛と感謝をこめてー*」

『Happy Valentine’s Day!』

 ひとりひとりに名前を添えてのカード。
「なるほど。日ごろの感謝とかを書いていれるのも、いいかもな」
 恋人のための、特別なラッピングに視線を落とし、夜鈴は文面を考えた。




(出会えてよかった。やっぱり世界は優しい)
 切り分けたブラウニーを用意した箱に詰め、掛けたリボンにカードを差し込みながら、莉音は大切な顔を一人一人思い浮かべる。
 故郷である京都を天界勢力に抑えられた現状でも、大切な人は生きていて、自分に力を与えてくれる。

 ――Happy Birthday to you

 一枚、手元に残ったカード。
 父方祖父を模したような小さな暴君・再従弟に宛てたものだ。
(少し、渡すのが怖いけど……)
 喜ぶ顔というのも、どうにも想像つかない。
 けど。
(諦める前に、同じ世界で向き合ってみたい。結果がどうなっても)
 久遠ヶ原学園で再会できたこと、その奇跡と、向き合う……
 家族を失いかけた恐怖は、莉音の心に深く刻まれている。
 ひと括りには出来ない思いが、記憶が、莉音にある。
「美味しそう〜!」
 そこへ、凛子の声が飛び込んできた。
「あっ。もちろん、凛子さんの分も、ありますよー♪」
 莉音はパッと表情を切り替え、勢いに任せてカードをリボンへ差し込んだ。




 焼き上げたケーキに十字の切れ目を入れて、お手製のベリーソースをかける。
 シュガーパウダーを表面にふりかけ、粉雪のように美しいコントラスト。
「フッ…… 日頃封印せし、乙女の力を解放すればバレンタインなど恐れるものにあらず!!」
 たった一つだけ、型抜きのハートチョコレートをトッピングしたのは誰にも見られていないだろうか。
 内心ビクビクしつつ、ギィネシアヌも仕上げを終えた。
(受け取って貰えるかはわからないけど。そわそわするなぁ……!)
 作るものは、作った。
 作ってしまった。
 届ける、という最大のミッションがギィネシアヌを待ち受けているが、今日の暖かな気持ちを忘れずにいれば乗り越えられるに違いない。




 ――という光景に、凛子は微笑ましい気持ちに溢れていた。
 本土で生活する娘2人分を含めた大量の『友チョコ』をラッピングする光速の手捌きは、しかし笑顔に反して止まらない。
 プロである。
 ショコラスティックは、ミルクとビターを1本ずつ入れての1セット。それをハート柄の袋に入れて、スティック部分をリボンで結んで完成だ。
 スマートな仕上がりだけれど、口どけが命の繊細な一品。
 ホットミルクに溶かして、甘く、暖かな気持ちを届けられたら。




「今年は皆に一番最初に友チョコ! お茶にしましょ♪」
 後片付けも終わったところで、凛子は朝一番に作っておいたミニ・チョコレートパフェを取りだした。
「ミルクティーは、甘さ控えめにしてるわ。ゆーっくり、おしゃべりしましょ」
「運ぶの手伝うよ」
「ありがと、夜鈴ちゃん」
「凛子さーん、カップはこの棚ので、良いですかー?」
「オッケー。お願いね、莉音ちゃん」
「夜鈴君!? トレイが傾いてるのぜ!! 早く、こっちへ!」
「落ちつけギィネ、まだ慌てるような アッ」
「アッ」
「アッ」

(間)

 ――回避射撃って、すごいですね。 Yさん(阿修羅):談



 甘い香りに包まれて、心地よい疲労と達成感、けれど本番はまだまだこれからの緊張感。
 ダイニングテーブルでパフェと紅茶、会話に花を咲かせながら、それぞれの胸に咲く花を、四人はそっと想った。
 どうか、笑顔が見れますように。




【たいせつな貴方を想う 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5565 / ギィネシアヌ / 女 / 12歳 / インフィルトレイター】
【ja5657 / 青木 凛子  / 女 / 19歳 / インフィルトレイター】
【ja1014 / 柊 夜鈴   / 男 / 18歳 / 阿修羅】
【ja6473 / 紫ノ宮莉音  / 男 / 13歳 / アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
バレンタイン直前の、どきどきワクワクチョコ作り、お届け致します。
皆でお菓子作りって、楽しいですよね。
それぞれの大切な人、大切な想い、届いていますように。

ラブリー&スイートノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年03月05日

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