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『八幡宮横 和風喫茶【いど】のヴァレンタインデイ♪ 』
倭 圭ja0060

●旅行の始まり
 ここは八幡宮横 和風喫茶【いど】。
 深川八幡宮の横にある喫茶店。
 異界に関する情報や事件の情報がここで聞けるせいか、時々、異界の人間も迷い込むようで……。
「こんにちはー! お久しぶりですねぇ。あはは☆」
 なんの緊張感もなく現れたのは、ユリウス・アレッサンドロ枢機卿猊下でございました。
 久しぶりも久しぶり。一体、どれだけの年月が経っているのやら。本人もそこはわかっているようで、異界の外に繋がる別の扉には近づこうとしていません。
 きっと、その扉を開いたら、恐ろしいことになるのでしょう。
 さもここには何もないと言った風に振り返り、ユリウス猊下はこう仰いました。
「面白い薬を手に入れたんですよ。もちろん、教会側には言えない魔法のk……げふふん!」
「げ い かッ! またそんな怪しい実験を……」
 後ろにいた少女が突っ込みを入れました。白地に水色のワンポイントの入った可愛い服を着ています。
 名前はリナフィール・インストゥリア。異界の一つからやってきた、聖十字教会のシスターです。
 ユリウス猊下は諦めず続けました。
「で、ですね。この薬は【なりたい年齢になれる】のですよ。でも、効果は一日だけ。安全でしょう?」
「安全じゃありません! どうしてこうロクでもないことを……」
「ひ、ひどい! ロクでもないなんて、普通上司に言わないですよ?」
「猊下には、丁度良いのですわ」
「ううう……リナフィールさんが前にもまして意地悪になりました……で、丁度、ヴァレンタインですし、【この薬で歳の差を埋めて告白』とか、【童心に帰っちゃおう】とか、このお店でヴァレンタイン企画したら良いのではないのでしょうか?」
 猊下はにっこりとほほ笑みます。
 しかし、そういう猊下には訳があります。
 自分で作ったお薬のデータが欲しいのです。ついでに言うと、この喫茶店でのツケをちょっと解消してくれるのではないかと言う、甘〜い考えがあるのでした。
「わかりましたわ! ヴァレンタイン企画で喫茶店の売り上げの貢献をしつつ、常日頃のお礼をしようというのですわね? さすが、猊下! しかも、『ヴァレンタインに悩む方々の恋心を助けよう』だなんて」
「あ、いや……その……」
 今更違うとか、実は欲望からでしたなんて言えない猊下。それは、とてもとても悲しい顔をなさいましたが、リナフィールさんはちっとも気が付いていません。
「では、早速ですから大々的にやりましょう! そうですわね……適当な異界の扉を開けて、そこでお茶会とかすればいいのでは?」
「えー、それなら旅行がいいですよー」
「そんなぁ……お薬の効果が持ちません」
「それなら大丈夫。薄めて一日の効果ですから、原液をですね、半分に薄めれば3日は大丈夫だと思いますよ」
「まあ、六分の一! そんなにケチって」
「原材料高いんですよォ!」
「紅茶とケーキを減らせばよろしいのではないですか? では、旅行もできますのね。楽しみです〜。そうそう、わたくし、台湾に行ってみたいのです☆」
 そう言って、リナフィールさんは予てから行ってみたかった、台湾旅行を思いついたのでした。
「一体、どうやって旅行の料金を捻出するのですかっ? うちの貧乏教会にはそんなお金は……」
「異界に繋がる扉には、宿屋の世界に繋がる扉もありますし。わたくし、つい最近発見しました☆ 月遊・神羽(ゆづき・にけ)ちゃんというお友達と旅行しましたのよ?」
「り、レナフィールさん……いつの間に」
「女の子同士の親睦会みたいなものですわ」
「そ、そんなものですかねぇ。しかし、リナフィールさんが乗り気と言うのも珍しいですね」
 話がいきなり大きくなり、ユリウス猊下は少々驚いているようです。
 いつもなら怒られて終了というのが常ですので、それも当然と言えました。

 異界に繋がるゲートの管理者である店長さんからのOKも出て、リナフィールさんはとても張り切っています。
 楽しい旅行とお茶会。
 どんな世界からお客様が来るのでしょうか。
「神羽ちゃんも呼んでしまいましょう♪」
 リナフィールさんは微笑みました。

●ようこそ、ひとときの魔法の国へ
「こ、ここは?」
 雅 小唄(ja0075)は店の中を眺めながら言った。
 飴色の柱はアンティーク風。嵌めこまれたステンドグラスの向こう側は東京の、下町の景色。
 柔らかな日差しは小春日和。
 目の前には神父とシスター。
 鼻を擽る香りは珈琲の香り。ここはどう見ても東京の喫茶店のように見えた。
「何処なのかな? どう見ても東京みたいだけど……」
 小唄はついさっきまで修学旅行中で、なぜか気づいたらお店にいたという状況だった。
 撃退士という自分たちの日常も普通ではないから、この状況を異常と言うのも語弊がある気がしないでもない。ゲートをくぐれば……なんていうのは、撃退士になる前はありえなかったことなのだ。
 隣に想い人の倭 圭(ja0060)と、同じ学校の生徒――森田良助(ja9460)と黒崎 ルイ(ja6737)がいるだけまだましなのかもしれない。きっといなかったら不安になっていただろう。
 小唄は見つからないように、小さく溜息を吐いた。
「ここ……来たこと、ない……」
 ルイも不安そうに呟いた。
 一見、小学生カップルに見える良助とルイは立派に高校生カップルである。二人の幼い雰囲気が、とてもそう言う風に見せているのであるが、良助の方はルイを背で庇うように背筋を伸ばして立っていた。
 ……と、そこに無駄に美形な神父が現れ、揉み手をしながらそう言った。
「いらっしゃいませーぇ♪ 八幡宮横 和風喫茶【いど】へようこそ! 本日はヴァレンタインフェア中です」
「ヴァレンタインフェア? むしろ、ここはどこなんだい? 俺たちは修学旅行中だったのに……」
「そうだよ! ルイだって吃驚してるよ」
「ああ、修学旅行ですか。それなら、久遠ヶ原学園の世界の方ですね? すみませんねぇ……ここはそういう場所なんですよ」
 それを聞き、小唄は眉を顰めた。
 喫茶店で神父がヴァレンタインフェアですとか、胡散臭さ満載である。それに、そう言う場所ってどういうことなのかわけがわからない。
 そこが気になったらしい良助がユリウスに声をかけた。
 ルイも良助の隣で様子を窺っていた。
「神父さんが喫茶店にいるのは――まあ、普通のこととして。ヴァレンタインフェアって、どういうことのなのかな。確かにさ、久遠ヶ原学園の生徒だけど……」
「それはですねえ、この世には並行世界という……ぐぼァ!!」
 ユリウスはリナフィールに軽〜く腹パンくらって仰け反った。驚いた四人がユリウスとリナフィールを見返す。
「じょ、上司になにするんですかァ〜」
 げほげほ言いながら、ユリウスはリナフィールに抗議した。
「……腹パンなんて……酷いっ」
「並行世界ってどういう……」
「その言葉通りだ」
 忽然と現れた扉から青年が現れ、一言そう言った。皆はそちらは見る。
 やってきたのは、田中・裕介(1098)という青年だった。
 ユリウスはにこやかにあいさつした。
「お久しぶりです、裕介さん。どうやら別の世界でも頑張ってらっしゃるようですね」
「さあ? どの世界にも俺はいる」
「ですねぇ……私も色々な世界にお邪魔しますからねぇ」
「ここは俺たちの知っている日本じゃないのか?」
 圭は不思議に思って訊いた。それに裕介はこう答えた。
「お前たちも、お前たちのいる世界じゃないどこかにいるかもしれないと思うぞ。もしかしたら、違う世界の俺もお前たちの近くにいるかもしれないな」
「何言ってるんですか。余計な情報は混乱の元ですわ」
 憤慨してリナフィールがユリウスと裕介に言う。
「ぶっ飛び知識を植え付けたら混乱してしまいますでしょう? もう少しスマートに……」
「でも、教えないと迷子になっちゃいますよぅ」と、ユリウス。
「あ、そうでしたわね。ほほほ♪」
「で、ここは【いど】って名前の喫茶店なんだね? それはそうと、なんでこんな場所に?」
「ユリウス猊下がヴァレンタイン企画をいたしましたの。喫茶店の売り上げの貢献をしつつ、常日頃のお礼をしようというのですわ……で、『ヴァレンタインに悩む方々の恋心を助けよう』と」
「「ちょ、ちょっと待っ(た)てくれたまえ!」」
 『恋に悩む』との言葉で小唄と良助は反応せざる得なかった。色々とわからなくて突っ込みたいところはあるのだが、今の魅惑的な言葉にそこのところは置いておくことにした。
 気障っぽく、小唄がリナフィールに手招きをする。リナフィールは素直に近づいて行った。
 こそこそと小さな声で小唄がリナフィールに耳打ちする。良助もさりげなく近づいて話を聞いた。
(きみ、もしかして先程「恋に悩む」……とか言ったよね?)
(言いましたわ。それが何か?)
(ふむふむ…)
(そ、それで恋の手伝いとかを……するのかい?)
(そこ! それ、気になるっ!)
(セッティングぐらいになりますけど。『台湾旅行に招待』いたしますわ。ついでに、時間軸については気になさらなくてもよろしいですわよ)
(じ、時間軸??)
(説明はここに書いておきました。……さあ、どうぞ)
(…………)
 小唄は渡された資料をしっかりと読み込んだ。もちろん、良助の横から首を突っ込んで資料を読む。
 ここが通常世界ではなく、いくつもの並行世界を繋ぐゲートの一つであると。そのゲートは時間の流れが非常にゆっくりで、元の世界の何百分の一とか、何千分の一とかの時間で動いているのだと。



 そして、その資料には誓約書も付いていた。
 この企画に参加する人間は、【年齢変更薬】を飲んでその効能をレポート提出すること。内容はそれだけだった。それ以外は台湾で遊びたい放題。料金無料。
 幸いにして、久遠ヶ原学園は現在修学旅行中。しかも時間がごくわずかしか経たないのなら参加するしかないだろう。
 資料から顔を上げると、小唄はにっこりと微笑んで「参加するとも。俺たちでよければ是非レポートも書こう♪」と上機嫌に答えた。
「あ、僕も! じゃない、僕『たち』も!」
「え? 良助……さ、参加……か?」
 ルイは目を瞬いた。
「だって、修学旅行中に違う場所をこっそり旅行できるなんてラッキーだよ♪」
「良助が……そう言うなら」
 ルイは変な神父を眺め、少しだけ不安そうに眉を寄せた。

●台湾
「少し暑いな」
 倭 圭(ja0060)は言った。
 幼馴染の小唄が話を進めてしまって驚いたが、違う場所を旅行できるとの言葉とその場の雰囲気に呑まれて、ついOKしてしまった。
 だが、来てしまえば不安を感じる気持ちは少しずつ薄れていった。
 先ほど出逢った良助という少年とルイという少女。ユリウスという神父に「裕介さん」と呼ばれた青年はそれぞれに去っていった。裕介は、ヒルデガルドと言う名の白髪に深紅の瞳の美女を連れていたが、どうやら雰囲気で察するに、彼の妻のようであった。
 妖艶な容姿は端麗にして、高貴な血族(ヴァンパイア)とのことだが。それもうなずける美女だった。
 愛の囁きの代わりに吸血(キス)をするのかと思うと、背が泡立つ。
 そして、去り際に小唄に何事かを囁いたのが気になって仕方がなかった。
(なんて言ってたんだろう?)
 そんな思いが圭の心捕らえて離さない。
 闇の姫が囁いた言葉は小唄の中に残っているのだろうか。
 彼らが去ると、圭はポツリと呟いた。
「結婚、してるんだろうなァ……」
「え?」
 結婚との言葉に、我知らず小唄の心はざわつく。囁かれた言葉も手伝って、そして、圭を想う気持ちも手伝って、小唄を見も知らぬ何処かへと攫うかのようだった。
「何?」
 小唄は気持ちを抑えて訊いた。
 逸る心は、秘密に。瞳だけは反らさないままで。
「な、何でもないっ。あ、あの……さ……あんまり……俺、身長が……」
 圭がぼそりと言うと、小唄はふと口元を奇妙に歪めた。無論、恋人の発言が愛らしいせいだからなのではあるが、ここで笑ってはと、一応我慢してみる。
 だが、幼馴染とあってはそんな気持ちが伝わっているのだろう、圭は少し拗ねたように口を尖らせた。
「どうせあんまり伸びなかったよ!」
 年齢変更薬を飲む前は身長が伸びるはずと期待していたが、いざ、25歳ほどに変化しては見たものの――身長は5センチほどしか伸びなかった。
「……っ」
「わ、笑うなよっ!」
 小唄に背を向け、台北のビルのガラスに写った自分の顔は相変わらずの童顔だ。
 少し伸びた髪、わずかに大人びた瞳。でも、どこか少年の香りのする表情は、あいかわらず圭らしいものだった。
 そこが微笑ましくもあり、小唄は満足げに微笑んでいるのだとは圭は気が付いていなかった。
 一方、小唄の方は元々185センチもある身長は3センチほど伸び、二人の身長差がそれほど埋まることはなかった。可愛い圭を見下ろすこの身長差がそのままなのは嬉しいことだ。
 圭以外の事だと小唄は押せ押せなタイプなのにも関わらず、圭に対してはどうしても気持ちが空回りしてしまう。何よりも大事で大切にしたい相手。だが、そのうち誰かに取られてしまうんじゃないかという焦りも、時々小唄を支配した。
(指先を軽く動かすぐらいでいい、未来を転がすのは……か)
 囁かれた言葉に小唄は苦笑した。
 それができなくて、今までこのままで来た。
「……なぁ、雅?」
「何かな、倭」
「「あ……」」
 ふと、昔の呼び方に二人は顔を見合わせた。

 きっと、どっちに転んだって、俺たちは……。

「圭、別の世界を楽しもうか?」
 すべてがわかった気がする。この街に息づき、動かしている力に――賭けるしかない。動けない時はそれでいい。
 そんな気がして、小唄は圭を夜市に誘った。

●士林夜市
「こっちへ行ってみようか?」
「ちょ……ちょっと待てよ」
 はぐれないようにとさりげなく手を繋いでくる小唄に内心ちょっとどぎまぎしつつ、圭は混雑する夜市を進んだ。
「恋のおまじないのお土産はいかがですか?」
 流暢な日本語で呼びとめられ、小唄は立ち止まった。
 そこはチープな雑貨やアクセサリーが並ぶ露天の店。その店番の女性が声をかけてきた。
「日本語上手だね? おまじないのお土産なのかい?」
「ええ、そうよ。日本語ならこの国は通じやすいわよ」
 そう言って見せてくれたのは小さなキーホルダー二つと、チョコが二つおまけに付いた小さなパッケージだった。
「じゃあ、それをくれるかな? ラッピングは……ここじゃ無理そうだから、きみの気持ちで包んでくれる? 叶うように」
「まあ、言うわね。いいわよ、叶うといいわね」
「俺もそう思ってる」
(本当に……そう思うよ) 
 夜に隠した苦笑は露天の店番の女性には見えなかったようだ。優雅な笑顔を見せてから、半ば興味なさそうにしていた圭にチョコレート二つとキーホルダーをプレゼントした。
「義理でも、一つくらいあると嬉しいだろ?」
「……ん。まあ、アリガト」
(そう思ってる……ってさ)
 きゅっと唇を噛み締めると、圭は微妙な顔をした。
 大人びた小唄の笑顔が知らない女性に向けられた。それが何故か胸をざわつかせる。よく分からない感情。
 二人の間に何かがあるのがもどかしいような、そんな間が二人を包む。
「ホテルに帰ろうか」
「……うん」
 飛び交う公用語と客相手の日本語。鼻孔を擽る香料の香りと人の熱気が台北の夜を彩っている。そんな中を、二人はホテルに向かって歩いて行った。

●ホテル
「……ん"〜〜」
 圭は手にしたチョコを眺め、この悶々とした気持ちと格闘していた。
 先程の店番との軽口が妙に耳に残る。
(きみの気持ちでって、どういうことだよ)
 半ば八つ当たり。わかっている。どうしてこんな気持ちになるのだろう。今日の自分は変だ。
 闇の姫が囁いた言葉も気になる。さっきの店番との会話も――胸がざわつく。
 何でこんな気持ちになっているかわからない。そのことが一番、圭をざわつかせて、イライラさせるのだ。
(小唄は気障なセリフを言っただけなのに……)
「どうしたんだ?」
「……小唄っ? ……な、何でも、ない」
「そうか?」
 何気ない小唄の一言に、圭は背を跳ねさせて驚いた。
「び、びっくりさせるなよ」
「?」
 驚かせるようなことを言ったかと、小唄は風呂上がりの濡れた頭をタオルで拭きながら心の中で反芻した。
 クリーム色のパジャマを着た小唄は、ベッドに座って肩にかけたタオルを広げ、もう一度よく髪を拭く。セミロングまで伸びた髪は肩先を濡らして冷えてしまうのだ。風邪をひかぬよう、念入りに拭く。
 そんな仕草を、圭はじっと見つめた。
 自分も先ほど風呂から出て、髪を乾かしていた。小唄と同じく、セミロングになった自分の髪を、なんとなしに触ってみる。小唄のような、綺麗な色ではない。元々の黒髪の色素を抜いて染めた、明るい紅色の髪だ。
 気に入ってはいるが、つい天然の色である小唄の方を見てしまう。ただ魅入って、気が付くと溜息が出そうになる。やっぱり、今日の自分はおかしいかもしれない。
 色素の薄い小唄の髪や肌をじっと見てしまう自分に気が付いて、振り来るように小唄に言った。
「せっかく貰ったものだしさ」
 つと視線を外しながら、圭が言った。
 不意の言葉に、瞬き一つ。小唄は圭の紡ぐ言葉を聞いた。
「え?」
「二人で食べようぜ……さっきのチョコレート」
「あぁ、チョコか。丁度、珈琲もあるしな」
 小唄は珈琲を二つ入れると、圭にカップを一つ渡した。
「ん……ありがとな」
 受け取ると、台湾製のチョコの包装紙を外す。
 ふと視線を外すと、悪戯気味にこちらを窺う小唄の表情(かお)が見えた。
「なんだよ……」
「食べさせてくれよ」
「えー……しかたないな。はい」
 小唄の大型犬のような仕草に苦笑しつつ、圭は小唄の口にチョコを放り込んだ。
「甘い、な」
「チョコだからな。そう言えば、甘いってゆーと……今日会った二人も」
「二人?」
「妙にあの喫茶店に詳しそうな奴いただろ? 白い美女とどっか行った奴」
「あぁ、あの……。血族(ヴァンパイア)の王が白いって、変わってるよな」
「確かにな……」
 妙な喫茶店に、異界のヴァンパイア。並行世界。考えれば考えるほど、妙なヴァレンタインデーだ。
 だが、日夜、天魔との戦いと学業に明け暮れ、撃退士として生きている自分たちの日常も、アウルの力に目覚める前の自分たちからしてみれば非日常としか言いようがない。
 ディアボロやサーバントたちの透過の能力を封じる阻霊符。光纏。魔具。どれをとっても、何も知らない者からしてみれば夢のような話だ。
 こんな日があってもいいだろう。圭はそう思うことにした。
「で、それが?」
 小唄が返した。
 囁かれた言葉を、今一度思い出す。

――天魔に抗する力を持てし少年よ。未来を転がすのは、指先を軽く動かすぐらいでいいのだぞ。お前は未来が欲しくはないのか?

(そんなものは決まっている)

「ん〜……何か……あれって、結婚してそうな……雰囲気?」
 圭が質問を考えつつといった雰囲気で言った。



「それはあったな。恋人というのも違うし。で、それがどうしたんだ?」
 小唄の脳裏に美姫の姿が浮かぶ。でも、なにより目を引くのは、目の前の青年だ。
(欲しい者は、ただ一つだ)

「あぁ、いや……その。なんか小唄と話してたみたいだし。それ思い出してさ。姉ちゃんがそろそろ彼女作れってうるさいんだよな」
 圭は無意識に測るかのように言った。二人の距離を。
「え?」
 不意の言葉に小唄の動きが止まる。
 脳裏に浮かんだ艶めく美姫(ヴァンパイア)の視線より、愛しい少年の視線の方が自分を捕らえて離さない。そして、その成長した姿が目の前に在る。
 叶うなら、外見年齢の歳に近づいた未来でさえ、今のように二人でいたい。
「……だからさ、カップル見ると姉ちゃんが言ったこと思い出しちゃうんだよ。そういう相手がいるのかってさ……自分に」
「自分に?」
 つと、小唄の瞳に炎が宿った。

(欲しい者は、たった一人だ)

「あ、え……その」
「いないのか?」
「だって……」
「それなら、俺の情熱(気持ち)も『だだの微熱』だな……圭がいなければ」
「え? え?!」
「圭、俺と付き合ってくれないか?」
「え……え"?! えー?!」
「嫌なのか?」
「ち、違っ……だからっ……」
 圭は心を貫く視線と告白に、小唄を正視できないでいた。
 口から出た結婚と言う話題と、今の告白が圭の脳裏で混ざり合い、化学反応を起こしている。
 反応し切った後に出るであろう自分の言葉を想像すると、自分自身でさえ正視できない。もう、圭にはどうしたらいいかわからなかった。
「嫌だったのか……」
 ベッドから小唄は立ち上がろうとした。
 圭は小唄の袖を引っ掴み、慌てて首を振って否定した。
「そ、そ、そ、そうじゃないッ! 違う! 全然違う! 行くな! 俺を独りにするな」
 異界において行くなという意味もあったが、今の圭には異界だろうがどこだろうが関係なく、小唄が居なくなるなど考えられなかった。
 そんな未来は考えたくない。
「小唄のいないところなんて嫌だ! つー、つー、つきっ……付き合うからッ! だから、そのっ……」
「付き合ってくれるのか?」
「……う、うんっ」
「け、圭……」
 小唄はびっくりしたり、不安そうに見上げていたり、真っ赤になっていたりと忙しく表情を変える想い人が愛しくて。抱きしめたいような、快哉を上げたいような衝動に駆られていた。
 しかし、この微熱は永遠に冷めることはない。
 だから、騒動に任せて驚かせるようなことはしたくなかった。
 ただ、黙ってそっと抱きしめることにした。
「こ、小唄ぁ……」
 困ったように声を上げるのがまた愛おしくて、ぎゅっと圭を抱きしめてみる。
 風呂上がりのシャンプーの匂い。薄いパジャマの向こうには、愛しい人の体温と素肌。目に鮮やかな紅色の髪も眩しく見えた。

 転がった未来の先は、愛しい人へと続く未来。
 やっと、二人は未来を手にした。

 ■ END ■

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢      / 職業 】
 ja0075  /雅 小唄 / 男  / 外見年齢 19歳 / アストラルヴァンガード
 ja0060  /倭 圭  / 男  / 外見年齢 18歳 / ルインズブレイド
 ja9460  /森田良助 / 男  / 外見年齢 11歳 / インフィルトレイター
 ja6737  /黒崎 ルイ/ 女  / 外見年齢 14歳 / ダアト
  1098  /田中・裕介/ 男  /      18歳 / 孤児院のお手伝い兼何でも屋

登┃場┃ N┃ P┃ C┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 ユリウス・アレッサンドロ
 リナフィール・インストゥリア
 ヒルデガルド(回想のみ)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 こんにちは、はじめまして。ライターの朧月幻威(ろうげつ・げんのじょう)です。
 ご参加いただきましてありがとうございます。
 意外にエリュシオンからのお客様が多くてびっくりしました。
 久しぶりに受注を受けましたので、古い方がいらっしゃるかと思ってました。意外ですね(笑)
 元々、東京怪談.Comに参加していまして、その時に使っていた異界をベースに描いてみました。
 この異界はありとあらゆる世界に繋がっていると言う、『喫茶店』なのです。
 もしかしたら、エリュシオンの世界にも出入り口があるかもしれませんね♪

 元々、気になって仕方がなかったらしい二人が、互いに正直になるにはきっかけが必要と言うことで、我が異界の王たるヒルデガルド姐様(笑)にご登場いただきました。
 この姐様は他の方のご希望もありましたので、ちょうど良かったというところでしょうか♪
 うちのヴァンパイアたちは非常に恋愛好き。
 多情な方々なので、お二人のことがもどかしく思ったとお思いくださいませ。
 エリュシオンは東京怪談の異界とは違い、青春真っ只中なので、セクシー成分を限りなく薄めてみました。
 どんなものかは、読んでみてくださればわかります♪
 それでは、機会がありましたらまたお会いいたしましょう。

 朧月幻威 拝
ラブリー&スイートノベル -
皆瀬七々海 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年03月08日

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