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『かみさま、どうかこのしあわせを 』
星杜 藤花ja0292)&星杜 焔ja5378


 それは、或る晴れた朝の出来事だった。

 小鳥のさえずりと時折吹き込む強い風。春の気配を仄かに感じる、冬の終わり。
 少し前までと比べると、随分と日の出が早くなった。
 早朝の陽の眩しさに目を覚ました雪成 藤花(ja0292)は、体を起こすよりも先に、ひとつの異変に気づいた。
「……焔さん?」
 隣にあるはずの、愛する夫の姿が見当たらない。
 ゆっくりと起き上がり、ふわふわのルームシューズに足を差し入れて、まだ肌寒い部屋を後にする。
 早くに目が覚めて、朝食の準備でもしているのだろうか。そう思って覗いた台所にも、彼の姿はない。
 首を傾げる藤花だったが、その疑問はすぐに氷解した。
「とっとまま」
 スカートの裾をくい、と引くのは小学校低学年ぐらいの少女。
 藤花と夫が、少し前から運営をはじめた児童養護施設で保護している子どものうちのひとりだ。
「おはよう、アイちゃん。どうしたの?」
 いつもの挨拶。柔らかな少女の頬に、軽くくちづけを落とした。
 そして、気づく。子どもの高い体温が感じられない。しばらく外にいたのかもしれないと。
「……どうしたの?」
「ユキ兄ちゃん、またいなくなっちゃったの。それでほむらぱぱ、さがしに」
 たどたどしい言葉で告げられた事実。得心のいった藤花は身を屈め、不安げに眉を寄せる少女の頭を優しく撫でてやる。
 小学4年生になるユキという少年は、数ヶ月前に藤花たちの『思い出の家』へやって来たばかりの孤児だった。
 数年前サーバントに両親を殺されて以降、ずっと親戚の家をたらい回しにされていたらしい。
 彼が一所に居着くことができなかったのは、ほかでもない、この脱走癖のせいだった。
 普段はとても大人しく手のかからない子どもだが、月に数度、明け方寝床を抜け出してしまう。
 発見されても錯乱状態。
 落ち着いてから話を聞くと、少年は決まって、両親が死んだ日の夢を見たと言う。
「アイもね、行きたかったけど。ままとりらと、まってろって」
「そっか。まだ早いのに、ユキくんのこと知らせにきてくれたんだね。ありがとうアイちゃん」
 こくりと頷く少女もまた、心に傷を抱えている。
 生きていればユキと同じ歳だったはずの彼女の兄もまた、幼くして命を落としていた。

 彼らの抱える傷の深さは、藤花と焔には痛いほどよくわかる。
 自分たちもかつて、似たような境遇におかれていた。だからこそ、同じ想いを抱えた少年少女を救いたいと願ってやまない。
 悲しい過去は消えたわけではないけれど。
 立ち止まることは、もうやめたのだ。
 ただ今は、立ち止まってしまった幼い子どもたちに、自分たちがしてやれることをしたいと思っている。
「……大丈夫。パパなら、すぐ見つけてくれるよ」
「うん」
 ぎゅっと抱きしめた少女の背中を撫でながら、幼子をあやすような声色で告げた。
 本当なら自分も一緒に探しに行きたかったけれど――
 苦しんでいる子どもがユキだけではない以上、他の子どもたちから目を離すわけにはいかないから。
「そろそろ他のみんなを起こさないとね……手伝ってもらえるかな?」
「うん!」
「それじゃ、みんなのほうはアイちゃんにお任せします。わたしは、りらを起こしてから行くね」
「わかった」
 駆け出す少女の背を見送り、藤花は最愛の娘が眠る部屋へと足を向ける。
「りら、朝だよ。むこうの家に行ってみんなを起こさなきゃ。起きて」
 そうして、寝ぼけ眼の娘の手を引き。
 子供たちが安心できるように、いつでも連絡のとれる距離。
 そして同時に、子どもたちが無事に巣立っていけるように、依存しすぎない距離。
 そんな考えから、自宅と同じ土地のなかに隣接するような形でつくられた、もうひとつの家へ。




 皆が目を覚ましてから程なく、少年を連れた焔が戻ってきた。
 ごめんなさい、と頭を下げるユキを責めるような人間は、ここにはいない。
 焔と藤花、りら――それから皆。
 この家は家族を喪った者の、あたらしい家族となるために生まれた。
 温もりのない世界に取り残されてしまわないように。家族を思いやる気持ちを、子供たちが取り戻せるまで。
 無償の愛を、与え続ける。

「さてと……遅くなっちゃったけど朝ごはんを用意しようか」
 と、いつものようにエプロンに手を伸ばす焔。
 毎食の担当は、自宅兼店舗になっている小料理屋でほとんど毎日その腕を振るっている彼だ。
 子ども達も焔の料理が大好きで、食卓にはいつも笑顔があふれている。
 だが、今日に限っては。
 子どもたちが、彼の腕をやんわりと制止した。
「あのねパパ、いつも美味しいごはんありがとう」
「今日はね、藤花ママとみんなで朝ごはん作ったんだよ!」
 パパの料理ほど美味しくはないかもしれないけれど――
 そう言った子ども達の導く先には、毎日皆で囲んでいる大きな食卓。
 並ぶ料理の見た目は、焔の作るそれに比べれば地味なものかもしれないけれど。
 言い換えれば、とても家庭的。何より、食卓を囲む家族の笑顔が、眩しかった。
「おお、おいしそう……」
「もちろんです。みんなが手伝ってくれたんですから」
 胸の前で両手を合わせ、藤花が柔らかい笑みを浮かべれば。
「それじゃ、いただこうか〜」
 焔も、自然と笑顔に変わり。
 早朝のひと騒動などなかったかのように、賑やかな朝食がはじまる。




 食事の片付けを終えると、流れで家事を済ませて、まだ学校に行っていない子ども達と遊ぶ。
 表の店を開けるのはだいたい夕方。それまで、貴重な家族団欒の時間を過ごすのが日課になっている。
 今日は藤花が、子ども達に習字の指導をした。
 未就学児はまず硬筆からはじめる。もうすぐ小学校に入る子たちには、そろそろ筆の扱い方を教えようか。
 机に向かうのに飽きてしまった子たちは、昼食の準備にかかる焔の手伝いへ向かう。
 包丁や火は危ないけれど、泥のついた野菜を洗ったり、お皿を拭いたり、やることは沢山あるのだ。

 お昼の用意と一緒に夜の仕込みも終えて――昼食を済ませれば、すぐにお昼寝の時間。
 上の子たちが学校から帰ってきたら、ちょうど3時のおやつ。それまでは大人たちも一休みだ。
 すやすや眠る子どもたちを眺めながら、藤花は静かに切り出した。
「そういえば焔さん、りらも随分と筆の扱いに慣れてきたんです」
「そうか〜。やはり血なのかな」
「どうでしょう? でも、平仮名がじょうずに書けるようになったら……わたしの書と並べて、お店に飾りましょうね」
「うむ……それもいいねぇ」
 銀の髪を優しく撫でながら、焔が頷いた。
「それとですね……りら、最近お化粧に興味が出てるみたいで……」
 わたしの口紅を塗ったりして、おマセさんなんですよ、と笑う藤花。
 そういえばこの子の歳の頃にはもう、初恋も初キスも経験していたんだな、と思い返し頬を染める。
「男はみんな狼だって、そろそろちゃんと教えないとだめかもなぁ〜」
「……5歳でもう狼だった人もいますし?」
「いや……あれは藤花ちゃんが泣いたからであって……下心とかそういうものではなかったのだけど」
「ふふ、わかってます」
 大きな声を出せば子どもたちが起きてしまう。
 顔を寄せ合い、忍び笑いをもらす。息のかかりそうな距離を保ったまま。
「そういえば今日はおはようのキス、忘れてました」
 朝はバタバタしていたから、と藤花。その言葉に、焔はくすっと、ほんの少し意地悪げに笑みを浮かべて。
「あれ、したよ〜? まあ藤花ちゃんが寝てる間に……、だけどね」
「……!? か、からかわないでください……っ」
「あはは」
 3歳の頃の初恋の記憶は、本当に淡く、今思えばまるで夢のような出来事で。
 同じ人にした2度目の恋もまた、夢のようなふわふわした幸せで。
 ふとした瞬間、両手の隙間からこぼれていってしまうのではないかと、不安になることもあるけれど。
 この夢は決して醒めないと、毎朝、教えてくれるひとが隣にいるから。
「焔さん」
「なんだい?」
「わたし……すごく幸せです」
「……うん……俺たちは、すごく、しあわせだ」
 共に行きましょう。
 ――共に、生きましょう。
 その誓いは今もまだ、自分たちの手の中にしっかりと存在している。
「夕飯は、ユキくんが好きなカレーにしようか」
「それ、ユキくんじゃなくて焔さんが好きなんですよね」
 微笑み合い。
「そういう藤花ちゃんも好きだよね〜?」
「もちろんです。思い出の家のみんなの、思い出の味ですから」




(――それは、彼等が真に望む未来。渇望し幻想する、嬉しい驚きに包まれた穏やかな日々)

 何気ない一日。けれどちょっぴり特別な一日。
 毎日が驚きや騒動の連続で、一日中平穏なんてことは滅多にないけれど――今、自分たちは幸せだと胸を張れることこそが。
 かけがえのない平和。
 そう、平和だ。
 何も起きないということではない。変わらないということではない。
 ただ、隣に確かなものが存在している。それだけでいい。
 その証拠に。

 大切な家族が生きるこの世界はいつも、こんなにも輝いている。

(願わくは、この幸せをどうか――いつまでも。いつまでも、傍で)

■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
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エリュシオン
2013年03月08日

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