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『紫紺の鎖 side龍騎 』
龍騎jb0719


 夢を見る。
 何もかもが曖昧な、霧に包まれた夢を見る。
 生まれ故郷である京都を、天界勢に奪われたのは去年の春のこと。
 強大なゲート、広大な結界。
 誰かが叫んだ気もするし、泣いていたような気もする。
 すべては霧の中。輪郭を持たない。

 起き上がった龍騎は、深く深く息を吐きだす。
 京都が封都と呼ばれるようになる、それ以前の記憶も残っているとはいえ、やはり曖昧な部分が多く。
 郷愁、とか言ったか。そんな感情を覚えることも無かった。
 文字通り『逃げ込んだ』久遠ヶ原学園という新しい環境で、特に目的も持たず生活をしている。
 常識外れの友人知人に振り回され、それもまた悪くない。


 紫闇の室内。夜明けは遠い。




「リュウくん……?」
 再会は、突然だった。
 自分と年はそう変わらないのに、身長差だけがムカツク程の。
「あー…… 莉音、だっけ」
 京都の親戚。
 会話をしたこともない再従兄。
 家の名はナイよ、なくなっちゃったし。
 そう告げると、紫ノ宮 莉音は紫色の瞳を大きく見開いた。
「そんなコトより、アドレス教えてよ」
「えっ? え??」
 家とか昔話とかどうでもイイけど、これから先には何かと関わりができるのかもしれない。
 龍騎がスマホを取りだすと、莉音はしどろもどろに自身も鞄から取り出した。




 2月。
「リュウくん!!」
 友人と下校途中の背中に、再従兄から声が掛けられた。
「ハッピーバレンタイン♪」
 ニコリと悪意の無い笑顔で、プレゼントが差し出される。
 龍騎は銀色の瞳をまんまるに見開いて、プレゼントを交互に見返した。
「帰ったら、開けてねー」
「バッ、バカじゃない……!?」
 バレンタインに、男が男にとかありえなくナイ!??
 しかもコレ、ぜったい手作りだろ!
「ふふー*」
 ……読めない。
 いや、この学園で『読める』生徒なんてそう居るものじゃないと、龍騎にだってわかってきたけど、それでも

一応、親戚ではある。
「じゃあ!」
 ひらりと手を挙げ、莉音は中等部校舎へと戻ってしまった。
(あーあ、どうしよ)
 食べ物、という段階で、龍騎はチョコレートは苦手なのだ。
 チョコ味自体は好きだけれど、固形のチョコレートやバターの様な物を噛むのが苦手……という嗜好は、なか

なか理解してもらえない、が。
 他の友人からも、チョコレートにガトーショコラと色々もらった。
 気持は嬉しい。
 気持が嬉しい。しかし…… しかし、であった。
(どうしよ)
 悩んだところで、龍騎の中に答えは一つしか用意されていないのだけど。


(ホンッットに、莉音のバカ!!)
『Happy Birthday to you』
 寮の自室に戻ってから添えられたカードに気づき、龍騎は崩れ落ちた。
 自分の誕生日は、2月4日。
 わざわざ、バレンタインにぶつけてくるとか。
「アイツの誕生日っていつ!? リュウ、知らないよ」
 いや、問題点はそれだけじゃない。
 小さな箱の中身。
 ――ナッツにチョコにギッシリ★ブラウニー。

 チョコレート系の固形物が苦手。
 舐めて溶かす事ができれば、それでもなんとか。
 そもそもが、洋菓子が然程好きなわけじゃない……

「く〜〜〜ッ」
 椅子に座り直し、龍騎は改めて手書きのカードを見つめた。
(……変な奴、バカじゃん。僕がいない方がお前は幸せだったのに…… たぶん)
 うろ覚えな記憶を辿る。
 今はもう無い『家』の記憶。
 祖父の膝の上に自分がいて、離れた場所に莉音が座っている。
 互いに言葉を交わすことは無いけれど、莉音の眼差しは言外に、……
(幸せってわかんないケド。イイ気分って色々あるケド、楽しいと嬉しいは、チガウ)
 それは、この学園へ来てから知ったこと。
 少ない記憶を繋ぎ合わせれば、莉音が龍騎へ抱く、何がしかの感情を推し量れないでもなかった。
 なのに……

 必死の思いでブラウニーを飲み下し、龍騎は肩で息をする。
 莉音は、きっと……いや、絶対に知らない。
 自分がチョコレート苦手だってコトも、ブラウニーは特に特にサイテーに苦手だってコトも。
 だから、カードもプレゼントも、本当なんだろう。
(バカな奴……)
「お返し…… 何にすればイイんだろ」




 3月。
「あっ 鷹政おじさん!」

【龍騎の攻撃 は クリティカルHit した!!】

「……リュウ君。どしたの、珍しく切羽詰まってるみたいだね」
 立ち直った筧 鷹政は、龍騎の様子の異変に気づく。
 龍騎にとって、鷹政は親友の父(仮)――ほどよく距離のある相手だ。
「ねえ鷹政おじさん、ホワイトデー何欲しい?」
「へっ!?」
「参考までに。学校で貰ったコトなかったもん。チョコレート嫌いだし」
「おー。リュウ君に春かー。けど、そういうのは自分で相手を想って考えるのが一番じゃない?」
「いいの、返すの男だから。女に贈る物なんて、おじさんに期待してナイ。気持ちが大事とかはわかってんの!


「ごめん、どこから『いい』のかよくわからん!!」
「とりあえず、その高いトコからの目線ヤメテよ。気分悪い」
「……はい」
 初等部生の上から目線な要請に応じ、鷹政はしゃがみこんで目線を合わせる。
「くれた本人には相談できないし、貰ってない女に聞くのもなー……って、あるじゃん」
「あー、わかるわかr わかるけど、初等部生の口から聞くとは思わなかったわ」
 掻い摘んで流れを聞いて、そして鷹政は両手で顔を覆った。
「もー! こんな面倒くさいイベント考えたの誰だよ! ……や、チガウ、受け取って、お礼をしようなんて、

何でそんなコト考えたんだ僕は?」
「嬉しかったんだろ」
 ぐるぐる考え煮詰まった龍騎が自問自答したところで、鷹政が言葉を挟んだ。
「気持が嬉しかったから、お礼に喜んでもらえるプレゼントをしたい、ってことなんだよね」
「…………」
 誰から、
 何を、
 それは鷹政に話していない。
 それでも……
「相手が男子で、手作りのお菓子ってことは、その子自身、お菓子が好きなんじゃない? 自分の嫌いなモノを

誰かに贈るってことはないと思う」
「……そっか、お菓子か。アリガト」
 毒気を抜かれた思いで、龍騎は鷹政を見上げた。
「どういたしまして。頼りにされるのは嬉しいです」
「大丈夫、財布の方は頼りにしてナイから」

【龍騎の攻撃 は クリティカルHit した!!】




 ホワイトデー、当日。
 中等部の校門で、龍騎は莉音を待っていた。
 見知らぬ生徒がたくさんいる中、『莉音』の名を聞きつける。声を掛ければ、一緒に返る約束をしているそう

だ。
 二言三言会話をすると、「がんばって」と何故か肩を叩かれ、彼らは散開していった。
(誤解された……? でも、なんかチガウな)
 莉音、多いんだ、友達。
 もしかしたら、あの手作りブラウニーはたくさん作った中の一つだったのかもしれない。
 けど、そうだとしても。
 あのカードは、龍騎にだけ宛てたもの。


「何かんがえてんの?」
「リュウくん」
 どれだけ待っただろう。知らない人達の中だから、余計に長く感じていたのかもしれない。
 ようやく莉音が姿を見せた。
「莉音、僕のコト嫌いなんじゃないの?」
「え? なんで」
「なんとなく…… だって、親戚で集まった時だって会話なかったじゃん?」
 莉音は、何かを言いかけて……止める。
 『紫ノ宮』の重い記憶が、莉音の心の中で首をもたげていることを龍騎は知らない。
「なのに、さ」
 目を逸らす龍騎の手には、一枚のカード。
 バレンタインに、莉音から贈られたものだ。
「変な奴! 僕がチョコレート嫌いなのも知らなかっただろ!」
「え!!?」
 知らなかった、と顔に書いて莉音は反応を返した。
 舐めて溶かせるタイプなら、まだなんとか大丈夫なのに!
 中に何も入っていなければ、それでも美味しく食べれた!
 続けざまに不平を並べ、龍騎は自分が選んだ『お返し』を莉音へ突きつけた。
「こういうのって、貰って困らない物がお互いイイでしょ!」
「え……」
 可愛らしくラッピングされた、金平糖。
 見た目もきれいだし、誰の邪魔にもならない。
「言っとくケド、僕は外さないよ! ちゃんと鷹政おじさんに聞いたし!」
「たかまささん???」
 その口ぶりだと、莉音も鷹政を知っているのだろうか??
 いや、それは今は問題じゃない。
「ふふっ」
 莉音の手の中で、金平糖がキラキラ光る。
 大切に抱きしめるようにして、莉音が笑った。
「ねえリュウくん、お返しのキャンディーの意味、知ってる?」
 からかい交じりの莉音の声。

 ホワイトデーのお返しに、キャンディー。
 その意味を、龍騎は知らない。




 陽は落ちて、紫紺の闇に包まれる時間がやってくる。
 繰り返し、繰り返し、夜明けは訪れ、夜が来る。
 奪われたもの。否定されたこと。心に掛けた鎖。
 澱のように意識の奥底に溜まった闇。
 季節がめぐり、いつかそれらすべてを解放できる日は、来るのだろうか。
 今はまだ、想像もつかない。
 けれど……

 莉音が知らない、龍騎のこと。
 龍騎が知らない、世界のこと。

 少年たちの時間は未来に向けて、たくさん残っている。
 出会えてよかった。そう思えることは、きっとこれからも、たくさん待っているだろう。




【紫紺の鎖 side龍騎 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6473 / 紫ノ宮莉音  / 男 / 13歳 / アストラルヴァンガード】
【jb0719 / 龍騎     / 男 / 12歳 / ナイトウォーカー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
親類、バレンタイン、ホワイトデー。
デリケートで難しい内容でしたが、イメージ通りに描けていればと思います。
これからの二人が進む未来を、思って。


ラブリー&スイートノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年03月12日

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