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『紫紺の鎖 side莉音 』
紫ノ宮莉音ja6473


 夢を見る。
 突き落とされる夢を見る。
 何か叫ぼうとしても、声が出ない。ただ理不尽な気持ちで落ちていく。

 ――ドンッ

「……また」
 夢で暴れた足が壁を蹴り、鈍い痛みが昇ってくる。
 渇いた喉で、引き攣れた声で、紫ノ宮 莉音は前髪をかきあげた。
 思い出したように時折襲いかかってくる夢は、莉音の心の鎖を更に強固なものとするばかりで。

 理不尽で
 自我を無視されて
 指をさされ 嘲笑われ

 それに対し、夢の中でさえ、自分は誰かを手に掛けようとはしない。
 感情だけが燻ぶる。
 紫闇の室内。夜明けは遠い。




 生まれ故郷である京都を、天界勢に奪われたのは去年の春のこと。
 強大なゲート、広大な結界。
 久遠ヶ原学園という新しい環境で、『家』に束縛されない環境で、何かを見つけたい――そう考えていた矢先の出来事で。
 家族は無事に他の地へ避難できたけれど、喪いかけた恐怖は根深い。
(結局は……)
 逃れられないのだろうか。
 京都が封都と呼ばれるようになると同時に、その『束』は心の見えない所に埋めた、はずなのに。
 いつまでも、あの歪な夢を、見続けるのだろうか。繰り返し、繰り返し。


 重い気持ちを抱え、莉音は学園の門をくぐる。
 中等部へと向かう途中、今朝がたの夢を呼び起こすような声が耳に飛び込んだ。
 ――王様猫
「リュウくん……?」
 ――お祖父様の膝に乗せられて。大人たちが僕を指さして彼が何か返す。みんな嘲笑う。
 ――パパの家族だけど、僕をアレと指さすアイツラが……
 振り返る初等部生の制服に身を包む小柄な少年は、莉音にとって忘れようにも忘れられない存在の一つだった。




 2月。
「ハッピーバレンタイーン!! 親愛どうぞー*」
「お!?」
 見慣れた背中へ、莉音は突撃。
 手にするのは友人たちと作った、ナッツにチョコにギッシリ★ブラウニー。
「わー、ありがと。嬉しいな」
 筧 鷹政が、添えられたメッセージカードに目を走らせて笑顔を浮かべた。
 学園主催のイベントへ、どさくさ紛れに参加表明している卒業生である。
 働き盛りのいい年をした男が、バレンタイン当日に母校に居るってどういうことなの――現実には触れず、莉音は鷹政の顔を悪戯っぽく覗きこむ。
「チョコレート、集まってますかー?」
「莉音君が一番乗り!」
 鷹政は、ペチッと莉音の額を小突く。
「莉音君は…… いっぱい配ったみたいだねぇ」
 莉音の手には、ほとんど空になっている紙袋。
 人との繋がりを大切にする莉音らしく感じた。
 何の気なしの言葉に、しかし莉音はふっと表情を曇らせる。
「ん?」
「あっ、えぇと、お休みの日に皆と作ったんです。まだまだ配らなくっちゃ!!」
「はは、転ばないように気をつけて。ホワイトデー、期待しててねー」
 顔を上げ、笑顔を作り、お辞儀を一つ。元気よく莉音は廊下を駆けてゆく。
 その背を見送り、鷹政は小首を傾げた。


(2月生まれ、だから……)
 紙袋を胸に抱き、莉音は駆ける。
 まだ、渡していないチョコレートはひとつだけ。

『Happy Birthday to you』
 一枚だけ、他と違うカード。

 再会した龍騎は、家の名前はないと言った。
 驚いた。
 変わらず態度は王様だったけれど…… 結界発生前後に関して、軽い記憶障害があるという。
 聞かれるままアドレス交換したはいいが、近付きたいような怖いような、どうしていいかわからないまま、距離は保留されていた。
(そういえば、彼のことは何も知らない)
 年の近い再従弟。
 けれど、紫ノ宮という家の中での距離は、とても遠かった。
 『家』を思えば、気持ちが沈むのは事実で。
 けれど故郷を封じられたことにより、心に浮かぶ感情は一つの色だけではなくなった。

 取り戻したい、そう思うものがある。
 守りたい、そう思う存在がある。
 自分が失った『普通』。なにをして『普通』とするのか。
 ――諦める前に、同じ世界で向き合ってみたい
 大切な人達とチョコレート作りをした時に、莉音は一つの決意を固めたのだ。


 硬く目をつぶり、そして開く。
 初等部の校舎へと足を踏み入れる。
「リュウくん!!」
 友人と下校途中の、王様猫を捕まえる。
 振り返る銀色の瞳が、まんまるに見開かれる。
「ハッピーバレンタイン♪」
 精一杯の『普通』を装って、プレゼント。
 龍騎は、莉音とプレゼントを交互に見返す。完全に予想していなかったようだ。
「帰ったら、開けてねー」
「バッ、バカじゃない……!?」
「ふふー*」
 ――温度のある、反応。
 意外だった。
 本当に自分は『龍騎』の何も、知らないのかもしれない。
 たとえば、好きな食べ物も。
 ブラウニーなら重くないし、甘いものが苦手な人でも大丈夫だと思うけれど。




 3月。
「ハッピーホワイトデー! 友愛どうぞー*」
 キャンディーにマシュマロ、カラフルなお菓子が詰まった袋が莉音の頭に落とされた。
 振り向けば、笑顔の鷹政が立っている。
「……鷹政さん、だいじょうぶですかー……?」
 礼より先に心配が先走った理由は、お察し下さい。バレンタイン、予想外でした。
「莉音君は、バレンタイン全部、配れたの?」
「えっ?」
「最後の一つ、アレ、本命だろ」
「鷹政さんって…… 発言が時々凄く、おじさんポイですよねー」

【莉音の攻撃 は クリティカルHit した!!】

 崩れ落ちる卒業生へ手を振って、莉音は友人たちの待つ校門へと向かう。
 賑やかに放課後を過ごす予定――


「何かんがえてんの?」
「リュウくん」
 そこに立っていたのは、龍騎ひとりだった。
「莉音、僕のコト嫌いなんじゃないの?」
「え? なんで」
「なんとなく…… だって、親戚で集まった時だって会話なかったじゃん?」
 ――それは、リュウくんが
 『紫ノ宮』の重い記憶が、莉音の心の中で首をもたげる。
 鎖で羽交い絞めにして、奥に奥に沈めていた感情だ。
 龍騎が悪いわけじゃない、それは理解できる程度に莉音も成長している。
 けれど、悪夢は終わらないのだ。覚めることが無いのだ。
「なのに、さ」
 目を逸らす龍騎の手には、一枚のカード。
 バレンタインに、莉音から贈られたものだ。
「変な奴! 僕がチョコレート嫌いなのも知らなかっただろ!」
「え!!?」
(知らなかった)
 舐めて溶かせるタイプなら、まだなんとか大丈夫なのに!
 中に何も入っていなければ、それでも美味しく食べれた!
 続けざまの不平に、――きちんと食べてくれたのだと、受け取ってくれたのだと知れる。
「こういうのって、貰って困らない物がお互いイイでしょ!」
「え……」
 ズイ、莉音の鼻先へ可愛らしくラッピングされた――金平糖が突きつけられる。
「言っとくケド、僕は外さないよ! ちゃんと鷹政おじさんに聞いたし!」
「たかまささん???」
 っていうか、おじさん!?
 どこで二人が繋がっているのか――ええとええと、莉音は上を下への混乱する頭で必死に交友関係を整理する。
 カチリ、ひとつの歯車が噛み合うも……
「ふふっ」
 反射的に、笑ってしまった。
 龍騎が、ホワイトデーにお返しをくれることも
 鷹政に相談を持ちかけるほどに考え込んでくれたことも
 ……きっと、龍騎なりに複雑な部分を色々と押し込んで、好意的に返してくれたのだろう……そう、信じる。
 莉音の手の中で、金平糖がキラキラ光る。
(リュウくんは、こういうのが好きなのかな?)
 金平糖。ホワイトデーに則れば、キャンディーにカテゴライズされるだろうか。
 ホワイトデーのお返しに、キャンディー。
 その意味を、きっと龍騎は知らない。
「ねえリュウくん、お返しのキャンディーの意味、知ってる?」
 からかい交じりの莉音の声。
 知らないよ。不機嫌に返す龍騎は、きっと馬鹿にされたと感じているのだろう。




 陽は落ちて、紫紺の闇に包まれる時間がやってくる。
 繰り返し、繰り返し、夜明けは訪れ、夜が来る。
 奪われたもの。否定されたこと。心に掛けた鎖。
 澱のように意識の奥底に溜まった闇。
 季節がめぐり、いつかそれらすべてを解放できる日は、来るのだろうか。
 今はまだ、想像もつかない。
 けれど……

 莉音が知らない、龍騎のこと。
 龍騎が知らない、世界のこと。

 少年たちの時間は未来に向けて、たくさん残っている。
 出会えてよかった。そう思えることは、きっとこれからも、たくさん待っているだろう。




【紫紺の鎖 side莉音 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6473 / 紫ノ宮莉音  / 男 / 13歳 / アストラルヴァンガード】
【jb0719 / 龍騎     / 男 / 12歳 / ナイトウォーカー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
親類、バレンタイン、ホワイトデー。
デリケートで難しい内容でしたが、イメージ通りに描けていればと思います。
これからの二人が進む未来を、思って。


ラブリー&スイートノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年03月12日

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