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『ずっとあなたのままでいて 〜敦志のお返し編 』
如月 敦志ja0941


 程良く賑わっている店内を、音楽が静かに満たしていた。
「この時期には結構かかってるよね。なんていう曲だろう」
 ふと思いついたように客に声を掛けられ、敦志が答える。
「『My Funny Valentine』……ジャズのスタンダードナンバーですね」
「これがそうなんだ。タイトルだけは聞いたことがある」
「ボーカルバージョンの歌詞、結構面白いんですよ。女性が相手の男性の容姿なんかを、結構酷くこき下ろすんです。で、最後に、『だけどそんな貴方が大好きだから、ずっとそのままの貴方でいて。そしたら毎日がバレンタインデーなの』って付け加えるんです」
 敦志が笑ってみせると、客の男も笑った。
「それは……今度からこの曲を聞いたら、思い出してにやけてしまいそうだな」
 
 それがついこの前の事。
 今日は、パティオ『ドラグーン』の定休日である。
 にもかかわらず敦志はいつもの通りに、店のドアを開けた。
「おはようございます……っと」
 誰もいない店内に向かって声をかける。
 昨日の店じまいの時に既に綺麗になっているテーブルや床を軽く掃除し、普段の開店準備のときのように整える。
 だがとうに慣れているはずの作業が、何故かはかどらない。
「うーん、なんでだ? っとと、あーあ……」
 蹴飛ばされてひっくり返り、床に水をぶちまけた掃除用バケツに思わず顔を覆った。
 だが気を取り直すと、敦志は急いで床を拭く。

 今日のゲストは、たった一人。
 その一人を最高にもてなす為に、時計を見上げた敦志は慌てて厨房へと向かう。



 約束の時間ちょうどに、パティオ『ドラグーン』のドアが遠慮がちに開いた。
 隙間から店内を覗きこむのは、何処かリスや子猫等の小動物を思わせる大きな紫の瞳。
「えっと、おじゃましまー……す」
 店内に足を踏み入れたひなこを、軽くお辞儀をした敦志が出迎える。
 営業用スマイルを浮かべてわざと真面目な口調。
「いらっしゃいませ、お席にご案内します。カウンターで宜しいでしょうか?」
 普段とちょっと違うその姿をちょっとカッコいいなと思いつつも、ひなこはほとんど反射的に手を出した。
 なぜならば、そのときの敦志の頭が手ごろな位置にあったからだ。
「もー、びっくりさせないでよ!」
「わっ何するんだ!?」
 ぺちりと額を叩かれ、敦志が咄嗟に手で庇う。
「折角ちゃんと出迎えたのに……」
 ぶつぶつ言いながらも、カウンター席までひなこを案内。そこでふと気付く。
「……ひなこ、届くか?」
 カウンター席の椅子は高い。小柄なひなこには、少し座るまでに骨が折れそうだ。
「だ、大丈夫だもん! ちゃんと座れるってば!!」
 ひなこの頬に赤みが差す。
 ちょっと座面の高いカウンターの椅子に、ひなこはポニーテールを揺らしながら何とか収まる。
 細い花瓶に活けられた一輪のチューリップと、リボンで飾られたカトラリーがそこでゲストを待ちかまえていた。

 カウンターの向こうへ回った敦志は、慣れた手つきで大きな鍋を火にかける。
 シュワシュワと細い湯気を立てつつあるヤカンを横目に、白いポットを取り出して準備。
「ねえ敦志くん、他のお客さんが来たら、ひとりで忙しくならないかな」
「大丈夫、今日は店は定休日。ひなこの貸切だ。あ、飲み物は紅茶でいい?」
 少し誇らしげに紅茶の缶をひなこに示して、敦志が軽く振って見せる。
 今日の為に用意したのは、ベストシーズンのヌワラエリア。沸きたての熱い湯をポットに注ぎ入れると、ふわりと芳香が漂う。
「わあ、いい香り!」
 紅茶が注がれた白いティーカップを両手で包むように持ち上げ、ひなこは香りを楽しむ。
 敦志は向き直ると手を休めることなく、作業を続ける。
 並ぶ鍋を手早くかきまぜ、湯の沸いた大鍋にパスタを広げ、小気味良い音を立てて野菜を切る。
 一方、ひなこは紅茶を口にしながら、少し手持無沙汰だった。
 まだお互いに気持ちを伝えて間もない状態では、こなれたカップルのように沈黙と共にお互いの存在をゆったり受け入れる余裕もない。
 知りたい事も、知って欲しいことも山のようにあるからだ。
 何か声を掛けようかと思いつつ、邪魔かもしれないと思い直す。
 なので、じっと敦志の作業を見守るしかなかった。
 もちろんそれが退屈な訳ではない。
 然程広くないカウンターの向こうで、敦志は一時も止まることなく動いている。
(うん、やっぱりなんかちょっとカッコいいかな……)
 そこで突然敦志が振り向く。
「どうした? 紅茶おかわりするか?」
「な、なんでもないよっ! ……あ、うん、ありがとう」
 ひなこは思わず椅子の上で座り直した。
 明るく淡いオレンジ色が、カップを柔らかく満たして行く。



 ほどなくしてひなこの前に皿が置かれる。
「お待たせっと。でも本当にこんなもんでいいのか?」
「うん。あたし敦志くんの作ってくれる料理が食べたかったの〜っ!」
 ほわりと漂う甘い香り。
 じっくり煮込んだビーフシチューは、ナイフを入れると肉がほろりとこぼれそうだ。
「それとこれ、特製ミートソースパスタな。チーズ多めに掛けるとうまいぜ」
 自家製ドレッシングのかかった見た目も鮮やかなグリーンサラダに、オニオンコンソメスープも並ぶ。
「いただきまーす!」
 明るい声をあげひなこはスプーンを取り上げる。
「スープ美味しい! 何これ、クルトンじゃなくて大きなパンが浮いてる!」
 目を輝かせるひなこに、敦志も思わず目を細める。
「慌てて口の中、火傷すんなよ?」
 手を拭きながら声をかけ、思い出したように言った。
「そういえば、昨日のチョコありがとうな?」

 昨日はバレンタインデー。
 付き合い始めてすぐのバレンタインデーとなれば、気合が入らない方が嘘だろう。
 ひなこが心を籠めて手渡したのは、手作りのチョコレートだった。
 ラッピングも悩みに悩んで、すごく頑張って手渡したそれを、敦志はその場でほどいて口に運び、嬉しそうに笑っていた。
 チョコレートの見た目が完璧でないのは、却って愛嬌というものだ。

「あの後寮に戻って、残りも全部食った。どれも美味かったぜ」
 にっこり笑ってみせる敦志に、ひなこは思わずフォークを置いて、下ろした手を膝の上で握りしめる。
「えっ!? あ、う……うん。そう言って貰えたら嬉しい……な……」
 ひなこの指には、絆創膏が何枚も巻かれている。
 もともとあまり料理は得意な方ではない。それが一念発起、難易度の高いチョコレートに果敢に挑戦したのだから、絆創膏も勲章である。
 それでも目の前で器用に包丁を使う敦志を見た後では、少し気恥ずかしく感じられた。
 もじもじと膝の上で組んだり離したりする指は、敦志からは見えない。
「どうした、あんまりすすんでないな? ……何か嫌いなもんが入ってたか?」
 窺うように尋ねられ、ひなこは慌てて手を目の前でパタパタ振る。
「ぜんぜんっ、その逆! どれもすっごく美味しい!! ビーフシチューもお肉は良く煮込まれてて柔らかいけど野菜もたくさん入ってるし、ミートソースもひき肉がしっかりしてチーズもかかってるのに飽きのこない味で、いくらでも食べられそう!」
 何かグルメ漫画の登場人物のような表現を動員して、ひなこは料理を褒める。
「そっか、なら良かった」
 敦志は目の前の皿には手をつけず、にこにことひなこを見守る。
 いつも店の厨房に立ち、自分が作って客に出しているというのに、何故か不安になる。
 それも当然だ。お客に出す料理は、誰の舌にも喜ばれる高い平均値を目指して作るものだ。だが誰かの為の料理は、その人に最大限満足して貰いたいもの。他の人がどれだけ褒めてくれようと、目の前の相手が満足してくれなければ喜べはしない。
 だから敦志は自分の分が冷めるのも忘れ、ひなこの反応をじっと見守っている。

「……えっと……何かついてるかな」
「え?」
 ひなこは顔を赤らめると紙ナプキンに手を伸ばし、口元を拭う。
「あ、ごめんごめん。ひなこが美味いと思ってくれてるのか、つい気になっちまって」
「……だからって、そんな風にじっと見られたら、ちょっと恥ずかしいよっ……!」
 ひなこはフォークにパスタを絡めながら小首を傾げた。
「だって、敦志くんが作った物なら絶対美味しいよ」
「はは、サンキュ。……ソースついてるぞ」
 不意に敦志が真顔になると手を伸ばす。
「えっうそっ! そんなとこに!?」
 真っ赤になりながらわたわたするひなこの頬が、軽くむにゅんと引っ張られる。
「ウソ。一生懸命食ってるひなこってなんか可愛いよな」
「えっ……もぉー何言ってんの、バカバカ!」
 バタバタと振り回されるひなこの手は、カウンターの向こうで笑いながらひょいと下がる敦志には届かない。
「もぉーっ! 逃げるな!!」
「わっ、ちょっと、やめ!」
 撃退士スピードで投擲されたコルクのカトラリーレストが、ぽこんと敦志の額で跳ねた。



 軽い口当たりのシャーベットをデザートにすすめながら、敦志は熱い紅茶を淹れなおす。
 ひなこは幸せそうにスプーンを口に運んでいる。
「これも自家製だよね? すっごく美味しい!」
「でもお菓子は得意分野じゃないからな、ホワイトデーはあんまり期待するなよ?」
 ひなこはまさか! という顔をする。
「うそっ! これで得意じゃないなんて信じられないよ」
「うーんそうか? でも俺もまた、ひなこの手料理が食べたいな。今度何か作ってくれよ。またオムライスでもいいぜ」
 にかっと笑う敦志に、ひなこが困った顔をする。
「えぇっ、あたしが作るより敦志くんの料理がいいよっ!」
 即座に否定。
「だってあたし、作るより食べる専門だもん……不器用だし」
 スプーンを握っている、絆創膏だらけの指を見下ろす。
(自分で言うのもなんだけど、味は何とかなるんだけどな……)
 敦志の笑みがふっと優しいものになり、ひなこの頭を軽く撫でた。
「それでも、ひなこが一生懸命作ってくれるのがいいんだろ」
「……バカっ」
 だがひなこは頬を赤らめてうつむいたまま、頭を撫でる敦志の腕を振り払おうとはしなかった。


 いつか、ひなこがお料理を上手に作れるようになって。
 いつか、二人が微笑み合うだけで優しい時間が流れるようになる日が来ても。

 わたしが好きになった大事な部分は、ずっと今のあなたのままでいて。 
 そうすればきっと、この最初のバレンタインがくれた優しい時間は永遠になるだろうから――。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0941 / 如月 敦志 / 男 / 20 / ダアト】
【ja3001 / 栗原 ひなこ / 女 / 14 / アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いやーノベルっていいですね、爆破犯がいなくて。
後、はげろって言う人もいませんし。
セットでご依頼いただいたもう一本と、序盤の内容が変わっております。
併せてお楽しみいただければ幸いです。
この度はご依頼いただきまして、ありがとうございました。
ラブリー&スイートノベル -
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エリュシオン
2013年03月15日

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