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『エンジェル商会214 』
七種 戒ja1267


 輸入雑貨取扱・エンジェル商会、京都支社。
 少ない社員、過酷な労働、モットーは『皆を笑顔に!』
 いわゆるブラック、社畜製造会社である。
 頼れる社員は大体目が死んでいる。
 京都支社営業本部長・米倉 創平は、誰よりも長く社で働き続ける社員の一人。
 というより、他の社員が長続きしねえ……というのが実情であった。




「米倉部長おっはよございまっす!」
 朝一番、米倉の背負う影を吹き飛ばす明るさで笑顔の挨拶をするのは小野 友真。
 誰よりも早く、真っ先に、米倉へ飛びつくのが日課であり聖域である。
 以前、短期間出向で京都支社へ配属となったが、米倉という人を知り、米倉直属部下を希望して転職したほどの……まぁ、アレである。
「小野君はいつも元気がいいな……」
「……あれ、既に疲れてはります?」
 『米倉部長が疲れた死にかけの顔色なのはいつものことだ』同僚に言わせればそのようだが、友真のアンテナはザルじゃない。
(……え、俺より先に誰かと会うた?)
 ざわ……仄暗い感情が友真の心に浮上する。
「義理は義理、というやつだろう」
「あぁ、今日バレンタイン…… で、貰ったんすかそれ」
「自分で買うと思うか?」
「部署の皆に配ってくれるんと違うんですかー? あ、それ俺食べたかった奴や、いいなぁ」
「…………」
「……………………」
 ぽすり、友真の手に小さな紙袋が落とされる。
「他部署の課長からだ、見つからないように。処理は任せる」
「承知しましたー♪」
 これが、朝のこと。
 案件があるからと部署に着くなりすぐさま社を出た米倉を、窓に肘をつき友真はいつまでも見送っていた。
(一人で行ってまうんやもんなー……。サポートしたげたいんやけど。てか、一人にするん心配過ぎやろ……潰れさせられへんし)
 毎日見守りながら、思う。
 たまには視線に気づいて、見上げて、笑いかけてくれてもええのに。




 米倉不在のオフィスにて。
「戒。緊急事態。俺らの部長にチョコ渡す奴がおる」
 友真は後輩の七種 戒を手招きし、デスクの下で緊急会議を開く。
 見せられたのは、超高級ブランドのチョコレート。
 小さな紙袋だが、お値段や如何に。
 添えられたメッセージカードからして、ド本命としか思えない。贈り主は、もちろん女性である。
「……そうですね、非常事態宣言ですね」
 私たちの部長が、死にかけの顔をしてなんとか一線を耐え活躍しているのは、他ならぬ自分たちの存在あってこそ。
 それを知らず、部長の抱える真の苦労を知らず、上辺だけでキャーキャー騒ぐなんぞ許してたまるか。
「検閲の必要があると思うんやけど」
「重要任務ですね」
 真顔の友真へ、戒がイイ笑顔で頷いた。
「そうやんなー、今日は二人でいつも以上にチェックしてよか」
 『いつも以上に』。YES。いつも以上に、である。
「そうそう、友真先輩。今日、部長に確認して貰いたい案件があるんですよ……」
「確認?」
「きっと、『ソレ』のお陰で部長は一日中デスクワークだと思うんでー、だから、部長の代わりに色々お使いしようと思ってるんです」
 戒のイイ笑顔に、黒いものが混ざりこむ。
「そう、色々と、全部、ね…… ほら、こういうのとか?」
「…………」
 戒が内ポケットから取り出したのは、別の部署からのチョコレート。
 甘いものが苦手な米倉を気遣ったのか、小さなパッケージに……やはり一粒が宝石並みのアレである。
「帰り、オヤツ食べて帰りません? 有名ブランド、よりどりみどりですよ?」
「戒、GJや」
 これ以上多くの打ち合わせは不要と判断し、二人は散会した。




 午前中の業務が終わりに差し掛かったところで、米倉が帰社。
「米倉部長、お疲れ様ですー!」
 データ処理を打ちこみ終わった戒が、勢いそのままに顔を上げて出迎えた。
 友真は資料室で午後からの会議に向けた準備をしているところ。
「? 営業に行ってたんじゃないんですか?」
 朝一番に会社を出て、この時間まで。
 営業か、取引か、いずれだとばかり思っていたが……戒は、米倉が手にしている無数の紙袋に首をかしげる。
「あぁ…… そっかバレンタインですもんね」
 と、トボケて見せる。
「3月に返すくらいなら、今日中に相殺を、と思ってな」
「やだ部長どこまでもビジネスライク……」
 冷淡な米倉の一言に、キュンとする戒である。
「お世話になってる販売事業部とか、色々配らないといけないですよね」
 それからー、と社内中の部署を挙げ。
「部長、昼御飯まだですよね、それくらい私が行ってきますから……。それに、『あの案件』チェック、お願いしたの私ですし」
 お昼からは、忙しいでしょう?
「だが」
「部長働き過ぎです、このくらい任せてください。バレンタインチョコは、美人女子社員から貰った方が嬉しさ倍増なんですよ」
「……………………」
「美人デショ?」
「……任せる」
「あっ、あとでご褒美くださいね!」
 踵を返す米倉の肩が、微かに揺れた。笑ったのであろうか。惜しい、振り向いて、もう一度!!




 人当たり柔らかで、いつも明るく元気いっぱい子犬系。
 それが、小野 友真の『表向き』の顔だ。
 米倉の後をくっついて回っては周囲へ気配りのフォロー、という姿は社内へ溶け込んでいる。
「小野くーん、よかった、つかまった。あのね、これ…… 米倉部長に渡しておいてほしいの」
「了解でーす、俺にはー?」
「あはっ、もちろんあるよ、こっちね! 部長にはビターでぇ、小野君にはミルク。ちゃんとしたお店で買ったから安心して!」
 遠目に見れば、長身に影のある表情、バリッとスーツを着こなす敏腕の米倉は、他部署の女子社員からすれば憧れの的らしい。
 といって、接点がなければ近寄りがたい。そこで登場、小野 友真。
 彼を通せば気軽に渡せる、という算段――
 浅い。実に浅い。そして甘い。
「自分で渡す根性もない奴が近づこうなんざ、百年早いわ」
 友真は普段の明るさから暗い笑みへと転じ、嘲笑しては『米倉宛』まで自身の鞄へと放り込んだ。

 そんな歪んだ笑みを察したのが、戒である。
 新入社員だった彼女は、己の抱く感情に戸惑いを見せていた時期で……そこで友真という答えを見つけた。
 それを機に、二人は一気に打ち解け、今ココであった。




 米倉という人間の、ドがつく真面目ぶりを、戒は体感中であった。
 『配りますネ』と引き受けたはいいが、実に……配布指定が多く細やかに分類されたメモ付き。
 最初はドブ川にでも捨てておこうかとも思ったけれど、『コレ』を含め、きっと米倉の人望につながるのだろう。……人望?
「ご褒美を要求しても許されるわ、ガチで」
 『任せる』――そう言ってくれた部長を、裏切るわけにはいかない心境になっていた。
 だって! 任せる、って! 部長が! あの部長が!!
 イケてるのに何処か影を背負ってる部長。
 不憫? なところが、母性本能をくすぐる部長。
「ふ……ふふ、私が守ってあげなくちゃ……」
 病んだ笑顔を心の底に沈め、戒はキラッキラの美女スマイルを装備。
 残念とか言ってはいけません。




 何食わぬ顔でオフィスに戻り、友真は仕事を続ける。
 米倉は、戒が持ち込んだ『恐らく一日中デスクワーク』という案件に眉根を寄せっぱなしである。
「七種、もどりましたー!!」
 敬礼を決める戒だが……明らかに疲弊しきっている。お疲れ様でした。
 米倉が顔を上げ、
「悪かったな」
 と、一言。
「……戒さん?」
「NO! NO抜け駆け! イッツ手伝い!」
 ゆらりと立ち上がる友真へ、戒はブンブン首を振る。
「業務に支障をきたすイベントというのも困りものだな」
「あ。でもー」
 二人のじゃれ合いに、米倉が苦く笑う。
「部長から、欲しいなー なんて。別に、その辺りで売ってる適当なんでもいいんです!」
「その分、私たちは馬車馬のように働きまーす!!」
 さりげなく正面からねだる友真に戒が乗っかる。
 仕方のない部下だな、と見せた笑顔が、チョコレート以上のレアなのかもしれなかった。
「……ってすみません部長、その後ろにある山積みの箱なんすか。え、送付状……?」
「馬車馬のように、と言ったな? 俺はコンビニへ行ってくる」
「「部長!!」」

【米倉は 友真と 戒を 魅了した!!】


 大丈夫か、この会社。




「……で、これが今日の収穫」
 友真が、普段はほぼカラッポの自身の鞄を逆さにすれば、ドサドサとチョコレートの箱が落下してくる。
 米倉へ渡すのを頼まれたのをカットしまくった成果は山の如し。
「当分、おやつ困らへんな?」
「こっちは、永久保存版ですね、友真先輩……」
 戒が震えながら手にしているのは、米倉からもらった『コンビニで50%オフになった当日チョコレート』。

 友真によって米倉へ届かなかったチョコレートは、戒による『各部署へ一律配布』で上手いこと相殺された。
 クールな米倉部長である、熱烈ラブレターが入っていたとしても『見なかったこと』にして接していると思われても、なんら彼の評価に障害はあるまい。

「ふふ……」
「ふふふ……」


「「ハッピーバレンタイン!!!」」


※真ッ黒です




【エンジェル商会214 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6901 / 小野友真  / 男 / 17歳 / インフィルトレイター】
【ja1267 / 七種 戒  / 女 / 18歳 / インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
まさかの米倉部長登場に噴出したなど。
エンジェル商会は、今日も賑やか…… だと思います。
ブラック会社の意味合いが変わっておりますが、楽しんでいただけましたら幸いです。


ラブリー&スイートノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年03月21日

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