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『◆アイスパレード 』
アリア・ジェラーティ8537)&東雲・響名(NPC5003)


 要は憧れがあったのである。絵本に描かれる古い物語の氷の女王。凍てつく吹雪を繰る彼女の傍に侍る、雪色の獅子や獣達。
 物の話によれば、彼女は自ら作り上げた氷像達を、本物の獣のように操り、動かしていたのだと言う。



「あなたが、ひびなちゃん?」
 鈴を転がすような、しかし聞き慣れない人物にそう名前を呼ばれて、呼ばれた少女は目をぱちくりとさせながら振り返った。振り返った視線の先、少し古びてはいるが掃除の行き届いた境内で、一人の少女が響名を見つめている。
 涼しげな青と、濡れたような黒い瞳。頭に温かそうな帽子を乗せたその少女に――とりあえず見覚えは、無い。
「ええと…初めまして、かな。あたしを知ってるの?」
 こくこく、と、響名の視線の先で少女は頷いて見せる。それから彼女が顔を上げて視線で示した先には、社殿があり、屋根の上で白い裸の足を揺らす人影があった。今は興味なさそうにそっぽを向いているが、響名も一応は知っている顔だ――尤も、人間嫌いの「彼女」は頻繁には響名の前に姿を見せないが。
「ははん、成程、『彼女』の知り合いなのね。あたしのことは…」
「あの人に聞いたの」
 端的に頷いて応じて、少女は何を考えているのか読み取りにくい黒い瞳で、響名を覗き込んだ。
「私は、アリア」
 名乗ってから、彼女はこくり、と小首を傾げる。同性の響名が思わず「可愛い…」と内心呻くような所作でもって、
「私、響名ちゃんにお願いしたいことがあるの」
 アリアはそんな、おねだりを口にした。


 アリアの依頼は、響名にしてみればさして難しい内容ではなかった。淡々とした調子で語られた内容はといえば、
「…ゴーレムの作製? うん、まぁ出来るけど――あたしの方法だと材料が限定されるから、場合によっては無理かもしれないよ?」
「そう、なの?」
 そんなことは思いもよらなかった、という様子でアリアが顔をあげる。蕾の膨らみ始めた桜の若木の足元、二人の少女は並んでベンチに腰を下ろしていた。そろそろ冬は遠ざかり、日差しの中では冬服のブレザーだと少し汗ばむほどの陽気だ。冷たいペットボトルの中身を飲み干して、響名はうん、と頷く。
「何をゴーレムにしてほしいのか、によるかな」
 そういうことなら、とアリアは立ち上がった。
「…実物、見せた方がいい、かな?」
 言うなり彼女が諸手を広げ、途端に春の日差しの中に凍てつくような、肌がひりつくような冷気が混じる。風にさらされた響名が一度、ひゅう、と楽しげに口笛を吹いた。
「こういうの、を。…動かして欲しいの」
 現れたのは陽光の真下でキラキラと輝く氷の塊だった。純度の高い氷なのか透明度が高いそれは、今にも鬣をぶるりと震わせて動き出しそうな見事な造形の、獅子の姿をしていた。それだけではない。今のアリアの一挙動だけでどれだけの氷が作り出されたのやら、境内のあちこちに、小型犬のような小さなものから大きなものは社殿を見下ろすほど巨大な――あれは、恐竜だろうか。
 最初は唖然としていた響名だったが、すぐに彼女は笑い出した。本人も錬金術を学ぶ身であるし、加えて言えば彼女はこの神社の「神様」と友人付き合いをしている間柄だ。多少の不可思議に今更動じるような神経は持ち合わせていない。――とはいえ、なかなかに凄い光景であった。
「あはは、すごいね! アリアちゃん氷遣いか何か? 魔術師?」
 問われたアリアはうーん、と少し思案してから、
「今は、アイス屋さん」
「何それアイス屋すげぇ」
 言いながらひとしきり笑って、響名はぺたりと氷像のひとつに手を触れる。ぺたぺた、と触れ回り、ふふ、とこらえきれない様子で笑みをこぼした。
「動かせそう…?」
 その隣、アリアが期待半分、不安半分といった様子で響名を覗き込む。そんな彼女に、響名はニヤリ、と口の端をあげた。
「アリアちゃん、これ強度上げられたりする?」
「強度…固く、すればいいの? 溶けないようにする?」
「溶けないようにってそんなこと出来るの?」
「出来るよ」
 こくり、と頷いてアリアがぺたりと氷像に触れる。触れただけで見目には何ら変化もないが、満足そうにアリアは頷いて見せた。
「これで大丈夫」
「そいつは重畳、ってね。…ところでこれ、全部動かすのー?」
 うん、と少し楽しそうに口元を緩めてアリアが頷く。これには思わず苦笑して、響名は一番巨大な恐竜の氷像に手を触れた。――どうでもいいが、この春の日差しの中でもさすがにこれだけの氷像に囲まれていると段々と空気も冷えてくるようだ。ぶるりと身震いして、彼女は氷像を見上げた。
「まぁ、あたしも色々データが集まりそうだから問題ないけど。…でも一体何でまたわざわざ『動かしたい』の?」
「…。変?」
「いや、変じゃないけど。これだけ見事に作れるのなら、そりゃ動いたら面白いだろうなーって思うんだけど。手間かかるし、結構大変だよ」
「手間…あ、そういえば」
 ふ、と気が付いた様子でアリアが顔をあげた。響名の隣に駆け寄り、小さなポシェットからそっと取り出したのはいくらかの現金である。
「…依頼料、とか」
 必要だよね、と確認するように見遣る先、響名はまた苦笑いを落とした。彼女はお金をそっとアリアに握り直させて、首を横に振る。
「いいっていいって。あたし、見習いだもん。お金なんて取ったら師匠に怒られちゃうよ」
「そうなの?」
「うん、まぁ、場合によってはちゃんとお金貰ってお仕事することもあるけど、今回はあたしもデータ取りさせてもらうし。あ、もしよければアリアちゃん、今度またゴーレム作る時とか手伝ってもらえる? お金の代わりに」
「身体で返すの、ね。うん、いいよ」
「いや語弊があるからね!? あたし、可愛い女の子好きだけどそっちの趣味はないからね!?」
 等と口では言いながら、響名の手元では次から次へと記号や文字の書き込まれた紙片が生産されていく。
「ま、即席ならこんなもんっしょ。先人は『EMETH』だけで動かしてたらしいしね。…それだけできちんと主人の命令通り動くモン作ってたっていうんだから、先人どんだけチートだよって話だわ」
「…先人? 響名ちゃんのご先祖?」
「うーん、錬金術師全員のご先祖みたいなものねぇ。超えられない壁のひとつだわ、全く」
 響名の答えにそうなの、と、アリアは何故か酷く神妙な顔で頷いていたが、その理由については響名は知る由もない。



 響名が調整を終えて、一つ目の氷像を動かしたのはそれから10分ほど後のことだ。境内をうろうろと見回っていたアリアは、足元に駆け寄ってきた一体の犬の氷像を見とめ、――それまであまり表情に変化がなかったのだが、口元を緩めた。
「動いてる…!」
 今まで、動き出しはしないかと、造形する度に思い描いたことはある。けれども一度も動くことの無かった、自分の力で作り上げた氷像。それが今、動き回り、今にも「ワン!」と鳴き声をあげそうな様相で走り回っているのだ。頬に手を当て、感激した様子で声も無く見入るアリアの足元をくるくると氷の子犬が回る。その後ろからのそりと、今度は氷の獅子が現れる。
「わぁあ…」
 次は鷹。次は小さな鼠の群れ、それを追う猫。
 次から次へ、アリアが作り上げた氷像の分だけ、――文字通り凍り付いて動かなかったはずの氷像達は命を得たかのように生き生きと走り回っている。
「響名ちゃん、」
 声の調子はあまり変わっていないように聞こえたが、頬に朱が差し、瞳はきらきら輝いているから、多分喜んでいるのだろう。と、判断して響名は額の汗をぬぐってにっこり笑った。喜ばれるのは、嫌いではない。
「どう、アリアちゃん? …残念だけどこっちの命令は受け付けてくれないから、そこ注意してーって聞いてる!?」
「ありがとう響名ちゃーん」
 思わず響名の声が引き攣ったのは、最後に動き出した巨大な恐竜。社殿をも超える全長のそれの背中に、いつの間にやらアリアが乗り込んでいたからであった。
「ね、これ、氷のブレスとか出る?」
「そんな高度な機能つけてないよ!? ってか、え、ど、どこ行くのー!?」
「他の子達も出かけたみたいだから、私も町に行ってみる」
「ちょ、おおおおおお!?」
 止めようとした響名の眼前に巨大な質量――恐竜の足がどすん、と振り下ろされる。それを見下ろし、アリアがこくん、と小首を傾げた。
「響名ちゃん、こっち来たら、危ないよ?」
 所作の可愛らしさだけは最初から徹頭徹尾変わらないのだが、人は立ち位置だけでここまで印象が変わるのだろうか、等と呑気な感想を抱いても居られない。
「危ないのはそっちだーッ!?」

 このあたしをツッコミ担当に徹させるとはなんと恐ろしい。
 というのがこの一件が終わってからの響名の感想であった。


 春めいてきた温かい日差しの最中を、町中に植えられた若い桜の木々を縫うように、季節なんて度外視して、冷たい氷の氷像がパレードの如くに歩き回り、走り回る。
 この町の人々は大抵のトラブルに対して寛容ではあるのだが、
「ホントに女王様になったみたい」
 呑気な感想と共に氷像を――それこそ従者のように侍らせて歩く、巨大な恐竜の背中に乗った少女、という、何とも対処に困り果てるものが現れたことにはさすがに驚いたらしい。唖然とするやら逃げ惑うやら、そんな町民の姿には気を留める様子もなくアリアは悠然と恐竜の背中の上で、辺りを見渡していた。その彼女に向けて、氷の鷹と鶺鴒が数匹、氷の翼を日差しに煌めかせて飛んでくる。
(命令は聞かない、って、響名ちゃん言ってた…)
 音に聞く氷の女王は、自身の意のままに氷の従者を操っていたように記憶している。その点は少し残念だな、と、眼前を素早く飛び去ってしまう鳥達を見送っていると。

「さ、さすがにご町内でトラブル起こしたら今度は石像にされるだけじゃ済まないわ…! アリアちゃん、悪いけど、止まってもらうわよ!」


 恐竜の眼前。響名の声が響いてきたので、アリアはおや、と下の方を覗き込んだ。
 そこには、背後に2体の石像を引き連れた響名が通せんぼをするように立っていた。更に言えば、2体の石像にも見覚えが、ある。
「…狛犬」
 そうだ。神社の境内を守っていた、あの狛犬だ。それがまるで生きているかのように動いている。
(あ、響名ちゃん、ゴーレムにして動かしたんだ…)
 成程、と一人納得していると、アリアから見て視界の下方、響名がびしり、と氷像の恐竜に指を突きつける。
「こっちは神様の守り手なんだから、サイズ差があったってそうそう簡単には負けないわよ、アリアちゃん!」
 やる気満々、という彼女の様子に、成程、とアリアは頷いた。例によって淡白な視線だが、眉をきゅっと寄せて、気合を入れた様子で響名を見据える。
「…うん。私も、負けない」
「え? いや、これはこういう遊びとかじゃなくて、あたしは真面目に…あれっ」
 戸惑う響名に向けて、恐竜がのそりと一歩を踏み出す。ずしん、とアスファルトが不気味に揺れた。作成者の響名の言う通り、ゴーレム達は命令を受け付ける訳ではないから、単純に前に進もうとしたのか、それとも足元で唸る二匹の狛犬に何かを感じたのか。
「頑張れ…」
 恐竜の背の上で、とかく楽しげに応援するアリアを余所に。
 響名の悲鳴が、町に木霊した。







 ――なお、事態が収束するのはアリアが町中での大暴れに飽いて、氷を全て溶けるに任せた後になるが、この時の響名には知る由もない。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
夜狐 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年03月21日

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