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『想うは深雪咲く中に。 』
ウルシュテッド(ib5445)

 ジルベリア帝国の冬は寒く、国土の多くが深い雪に覆われるのが、この国の常である。場所によってはまさしく雪に閉ざされて、世界どころか他のどこからも隔絶された、長い冬を過ごすのだ。
 とはいえ今年の雪は些か多すぎるようだと、ウルシュテッド(ib5445)は柔らかい雪を踏み締めながら、細いため息を吐いた。それは白く辺りを染めて、どこへともなく消えて行く。
 一応は街道筋に当たるとはいえ、それほど行き来のない他領への道は、そうそう整備されはしない。何しろこの季節、外を出歩くのはせいぜいがこの雪の中を渡って各町で商売をして回る商隊や、何かの用事があって雪路を行かねばならない旅人ぐらいであって――それだって無茶な行程は取らないから、自然、雪は降り積もる一方だ。
 そんな深い雪道を、ウルシュテッドは一路、実家へと向かっていた。領内に入って、町に辿り着けばそれなりに道も踏み締められたり、雪も掻いてあるだろうが、そこに辿り着くまでがなかなか大変なのである。

(この調子じゃやはり、民も困っているかも知れんな)

 実家と、実家の所有する領地に住まう人々を思い浮かべながら、ウルシュテッドはまた1つ、白いため息を吐いた。――彼が実家へと向かっているのは、この大雪で実家や領民が難儀をしてはいないかと、見舞うためなのだ。
 生まれ故郷なのだから、雪道には慣れている。とはいえ、或いはだからこそ歩む速度は雪のない季節よりも緩やかで。
 途中、氷雪に彩られた木々を楽しんだり、雪の上を駆けてゆく小動物に目を細めながら、ウルシュテッドが実家のある町へと辿り着いたのは、そろそろ日も暮れようかという頃だった。やはり町の中ともなればそれなりに雪も踏み締められ、雪もある程度掻いてあるようだが、あまり役に立っている様子はない。
 ただでさえ凍りつくような空気は、夕暮れ時を迎えて張り詰め、痛いほどに冷え込んで来ていた。雪に滑らないように、すれ違った者と軽く挨拶を交わしながら叶う限りの急ぎ足を心がけ、町の中でもひときわ目立つ領主館へと向かう。
 そうして暗くなる寸前、駆け込んだウルシュテッドを出迎えた、家族は驚きの表情を浮かべていた。そんな家族に「今年は雪が多いから見舞いに」と告げると、今度は納得と感謝、それから『寒かったのではないか?』という心配の入り混じった表情が浮かび。
 ひとまず暖かな場所へ、とウルシュテッドを暖炉の前へと連れて行き、ホットワインとピクルスを運ばせた兄が、それで、と自らもホットワインを飲みながら、言った。

「どれほど居られそうだ?」
「そう、だな‥‥あまり長くは居られないが」
「ふ、ん――まぁ良い。この雪では、人手は幾らあっても足りん。明日は朝から雪掻きをして来い」
「兄上の仰せのままに」

 案の定の兄の言葉に、ひょいと肩を竦めて冗談めかし、ウルシュテッドは承諾する。どうせ、端からそのつもりだった。





 翌朝、ウルシュテッドはぐるりと辺りを回って雪の積もり具合を確かめた。途端、近くに居た子供達が駆け寄ってきて、ウルシュテッドの周りに纏わり付く。

「テッド兄、帰ってきてたの?」
「遊んでくれる?」
「後で、時間があったらな。雪下ろしをするから少し、離れておいで」

 そうして賑やかに声をあげた子供達に、そう告げるとウルシュテッドは先ず、危険な屋根の雪下ろしから取り掛かるべく、倉庫へと梯子を取りに向かった。頑丈そうな梯子を選んでまた、一番危険そうな屋根の下へと戻って来ると、先程まで居た子供達は離れた場所で、雪だるまを作って遊んでいる。
 しっかりと降り積もった雪はけっこうな重さになるから、屋根から下ろした雪にうっかり当たったりすれば、どうかすれば怪我や、最悪命を失うこともあった。子供達もそれはよく判っているから、大人しく引き下がったのだ。
 とはいえ好奇心の強い子供の事、駄目と言われれば近付いてみたくなったり、或いは度胸試しでわざとギリギリまで寄って来ることもある。だから屋根に登り、雪に足を取られない様に気をつけながらも、ウルシュテッドは辺りに人影が見えないか、絶えず気を配って。
 ザク、ザク、と慎重に、ゆっくりと雪を掻いては、下ろす。その都度、子供達が近付いて来ては居ないか、うっかり通りがかった住民が居ないか、確認をして。
 腕力という意味では、志体持ちであるウルシュテッドにとって、さほどの労苦になるわけではない。だがただでさえ力の入れにくい不自然な体勢、ましてそうして神経を使っての作業は、肉体的には勿論、精神的にも疲労をもたらす。

「なぁなぁ、次は騎士ごっこしようぜ!」
「えー、やだよぅ。お姫様ごっこが良いよぅ」
「ちぇっ。そんなのつまんないよ」
「ボクは騎士ごっこより、テッド兄みたいなかっくいいシノビごっこが良いなぁ」
「じゃあ、僕は弓術師のおじちゃんやるー!」
「あの桜のフワァッていうのやりたい!」
「やりたいー!」

 子供達のはしゃぐ声が、少し離れた場所から聞こえてきたのに少し、笑った。話題になっているのは昨年の秋頃、友人を招待した収穫祭の時の事だろう。
 雪を掻いては下ろす、ザクッ、ドサッ、という音に紛れて、子供達の会話はところどころ切れ切れで、良くは聞こえてこない。そのせいもあってだろう、一体どんな『ごっこ遊び』になるのかまったく想像もつかなくて、屋根の上から視線を巡らせてみたけれどもどうやら、別の場所に移動してしまったらしい。
 だから聞こえてくる声だけを頼りに、あれこれと想像を巡らせながら、ウルシュテッドはまた雪下ろしに戻る。こうしている間にもすでに空からは次の雪が舞い降りてきていて、雪を掻いた場所へと薄く積もって行くのが見えた。
 まるでいたちごっこのような作業に、けれども徒労は感じない。ここで大まかに雪を下ろしておけば、少なくとも同じぐらい積もるまではちょっとばかりは時間が必要だろうし――自分が雪下ろしをする事で民達が冬の生業に精を出せるのなら、それが一番良い。
 だからいつしか無心となって、黙々と手を動かし、作業を続ける。けれどもウルシュテッドの思考は、収穫祭のことを思い出したからだろう、目の前の雪とも子供達の声とも、もはや全く違う場所へと飛んでいた。





 結婚はしないのかと、兄に聞かれた。件の収穫祭の折だ。
 もちろん、友人や姪達の前でそんな事を無神経に言い出すような兄ではないから、尋ねられたのは手伝った警備の都合でたまたま兄と2人きりになる機会があった、その時のことだ。とはいえ逆に言えばそんな機会を見つけて尋ねられるほどに、兄に心配をかけていた、という事であろうけれども。

『ウルシュテッド、結婚はまだしないのか? 相手が居ないというわけではないだろう』
『兄上‥‥』

 一体、何をどの程度まで知られているのか。痛くもない腹を探られているような、そんな気分で兄を見やれば、ごく真面目な、心から自分の事を案じてくれているのだ、と感じられる眼差しとぶつかって。
 兄上、ともう一度、何とも言えない気分で呼んだ。まだ早いとか、適当な相手が居ないとか、開拓者としての仕事が忙しいからとか、理由を付ける事なら幾らでも出来ただろうし、現にそういった風に振舞ってはいたけれども、この兄の眼差しの前でそれらを口にすることは許されないと、感じた。
 ――だから。

『俺はこれ以上、守るものを増やしたくはないんだ』

 吐き出したのは、心からの本音。沢山の理由で覆い隠した、ウルシュテッドの心の中にずっとある、本当の気持ち。

『増えたそれらに責任が持てない。姪達を幸せにできる誰かの手に託すまでは、俺の全ては二人の為にある――あの子らの父親が亡くなった日にそう決めたんだ』
『ウルシュテッド‥‥』
『誤解しないでくれ、兄上。俺は別に、犠牲になっている訳じゃないんだ』

 どこか、痛ましげにも見える様子で目を細めた兄に、けれどもウルシュテッドはそう首を振った。顔に浮かんでいた笑みはきっと、暖かく、優しい物であったと、思う。
 だって本当にウルシュテッドは、姪達の事を己の楔としているわけでも、ましてや重荷と思っているわけでもないのだ。そして結婚しない理由を、姪達に求めているわけでもない。
 誰かと結婚し、家庭を築く事だけが幸せの形ではないと、ウルシュテッドは思っている。現に自分が不幸かと問われれば、それは否だとウルシュテッドは笑うだろう。
 可愛い姪っ子達を見守り、無二の友と出会い、帰る故郷があり‥‥こうして心配と小言をくれる家族がいる。そうしたものに囲まれて、十分に満ち足りている自分が、不幸であろう筈がない。
 だからこそ、それ以外の『守りたい何か』を増やしたくない、というのがウルシュテッドの素直な気持ちなのである――否、付き合いはしても女は面倒、という本心も勿論、ない訳ではないのだが。
 そんな、言うなれば姪姉妹第一主義は、養い子も承知してくれているから。

『俺がそうしたいから、そうしている。――俺の生きる意義はそこにあるんだよ』
『――そうか‥‥』

 笑ってそう言い切ったウルシュテッドに、兄はそれでも何か言いたそうな顔をして、けれども何も言わないまま、深い息と共に大きく頷いた。その意味を、あえてウルシュテッドは聞かなかった。
 以来、兄は顔を合わせても、手紙ですらもその話題を持ち出そうとはしなくて。今回の帰郷でも、そんな話題があった事すら忘れた素振りで、人手がないから働け、と今までと変わらぬ態度を貫いてくれる。
 そんな兄の黙認は、素直にありがたかった。決して心から納得しているわけではないだろうのに、それでもウルシュテッドの主張を認めてくれた事が。

(――だからこそ。あの子には幸せになってもらわなきゃな)

 可愛い姪姉妹のうち、妹の方を思い浮かべ、だからウルシュテッドはグッ、と雪を掻く手に力を込める。その拍子に、がつん、と屋根に当たる固い音がして、はっと気付いて力を緩めた。
 すくった雪を屋根から投げ下ろし、ほんのわずか手を止める。そうしてから、ふぅ、と吐いた息に込もった感情は、我ながらなかなか複雑だと思った。
 ――姪が、もう長い間想い続けていた相手にその胸のうちを告げたのは、少し前の事だ。辺境伯。ジルベリア皇帝の信頼も篤いと言われるかの人を、姪は一度はフラれながらも、3年も片恋し続けていたのだ。
 そんな相手へと再び想いを告げるのには、さぞかし勇気が要った事だろう。だが姪は辺境伯に想いを告げ――それは今度は、姪自身にとってすら望外の結果をもたらしたのだ。

『今はまだ、貴女の気持ちに応える資格を持たないけれど‥‥いつか』

 そう、かの人が姪に告げた言葉を、ウルシュテッドもまたその場に居て、この耳で聞いていた。そうして良かったと、本当に良かったと、心から安堵したのだ。
 可愛い、可愛い姪っ子。――もうずいぶんと長い間苦しみ続けていた、切り裂かれた心の傷から血を流し続けていた、打ちのめされ続けていた娘。
 あの子にとっては己の未来も、命ですらも、もはや路傍の石程の価値も持っては無いのだろう事を、ウルシュテッド達は痛いほど感じ取ってしまっていた。そうしてあの子にとってはもはや、自分達では救いにならないのだという事も、無力と共に噛み締めていたのだ。
 救ってやりたいと、どんなに強く願っても、どれほどに足掻こうとももはや、姪にとってウルシュテッド達の差し伸べる手は救いとはなりえない事実。どうにかしてやりたいと想っているのに、どうにもしてやれないもどかしさ。
 ――だから、そんな姪が自ら望み、掴む事のできた幸いが素直に、嬉しい。苦しみ、もがきながらも救われることを自ら諦めていた、あの子がようやく救われるかもしれないのだと思うと、まるで自分の事のようにただ、嬉しかった。
 そんな事を思い出しながら、ウルシュテッドは再び雪を掻く手を動かし始める。そうしてザクッ、ドサッ、と雪を屋根から投げ下ろしながら、かの辺境伯の姿を思い浮かべた。
 大切に守ってきた姪を、いずれ託す事になるはずの相手――

「不幸にしたら許さんッ」

 ついつい作業に力が入ってしまったのだろう。そう低く呟きながら雪に突き立てた、シャベルはまたガッ、と鈍い音を立てて屋根にぶつかる。
 う、と唇の端を引きつらせて、屋根が無事かどうかを確かめた。雪掻きを手伝って屋根を破壊した、なんて事になったら、本末転倒どころかただの迷惑行為である。
 それにこんなところを見られたら、兄にまた何と言って怒られるか知れないし――そう、考えながら屋根の具合を確かめる、ウルシュテッドの耳にまさにその兄の声が飛び込んできた。

「ウルシュテッド。そろそろ戻って、ちょっと休憩しろ」
「う、わ‥‥ッ! 兄上‥‥ッ!?」
「‥‥‥? 何だ。私がお前を呼びに来たのが、そんなに珍しいか?」

 まさか本当に兄が来るとは予想外で、びくんと肩を跳ね上げて、殆ど条件反射で『怒られる‥‥ッ』と身構えたウルシュテッドの様子を、幸いにしてと言うべきか、兄はまったく違う風に捕らえてくれたらしい。どうやら、屋根の件は気付かれずに済んだようだ。
 ほっと胸を撫で下ろし、いや、と軽く首を振る。そうしてから、どうやら兄はわざわざ自分を呼びに来てくれたらしいと気付き、「ありがとう、兄上」と礼を言った。
 そんなウルシュテッドの言葉に、いや、と兄は首を振りかける。だが、ざくざくざく、と雪を蹴散らして駆けてくる幾つもの足音が聞こえてきて、兄はそちらの方へと視線を向けた。

「ご領主さまー!」
「そんなに走ると危ないぞ。皆、家の手伝いは済ませたのか?」
「はい!」
「今日はいっぱいやったんだよ。えっとねー、お掃除とー、芋の皮むきとー、お家の前の雪をかいたのとー‥‥」
「ああ、それは頑張ったな。偉いぞ。そうそう、屋根は全部ウルシュテッドにやらせるからと、皆に伝えておいてくれるか」
「はーい!」
「――兄上‥‥」

 兄を慕って駆けてきた子供たちが、賑やかに纏わりついている間に屋根から下りてきたウルシュテッドは、その言葉にがっくりと肩を落とす。それは勿論、兄に言われずともやる気ではいたけれども、ここまできっぱりと容赦なく、しかも自分には何の予告もなく言い切られると、何だか複雑だ。
 とはいえこういう態度もまた、兄の自分への信頼ゆえだろう。そう思えば悪い気がしないでもないと、思いながらウルシュテッドは兄達に歩み寄り、そうそう、と子供達に声をかけた。

「結局、何ごっこをして遊んでたんだ?」
「えっとねー、雪だるまごっこ!」
「――雪だるまごっこ?」
「みんなで雪だるまになるの!」
「雪だるまの横に雪だるまの格好で並んで、だれかに最初に気付かれた人が負けなんだよ」
「それは‥‥」

 たまたまその場面を見ていた者はさぞかし、気付かないふりで笑いをこらえるのに大変だったろうと、同情の入り混じった温かな苦笑いが零れた。兄がひょいと肩を竦めたところを見ると、その『雪だるまごっこ』とやらを彼も目撃した事があるのだろう。
 この兄がいつものごく真面目な表情でその場面を見ているところを想像すると、それだけで笑い出しそうだった。そんなウルシュテッドを軽く睨んでから、兄は子供たちへと声をかける。

「よく手伝いを頑張ったごほうびだ、ウルシュテッドと一緒に何か暖かいものを飲みにきなさい。そろそろ冷えてくるから、飲み終わったら真っ直ぐ家に帰るように」
「わ〜〜〜い!」
「ありがとう、ご領主さま!」

 兄の言葉に、子供たちが大喜びで辺りを跳ね回った。そんな兄からホットチョコレートの香りがするのに気がついて、ウルシュテッドはまたそっと、暖かな笑みを零したのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ib5445  / ウルシュテッド / 男  / 27  / シノビ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

雪の中での物思いに耽るひと時、如何でしたでしょうか。
前回お届けさせて頂きましたノベルも、お気に召して頂けたようでほっとしております。
今回も色々と、お言葉に甘えて自由にやらせて頂いてしまいましたので、何かイメージと違う部分などございましたら、いつでもご遠慮なく仰って下さいませ‥‥ッ(汗
‥‥ところで雪だるまごっこって、本当に何でしょうね(ぇ

息子さんのイメージ通りの、故郷の皆様方との優しく、心がほっこりとするノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
ラブリー&スイートノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年03月29日

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