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『■ 温かくて美味しい招待状 ■ 』
物見 昴(eb7871)


『――バレンタインまでもうすぐ。
 大切な人への贈り物は決まりましたか?
 もしもまだお悩みでしたら温泉旅行など如何でしょうか。

 温泉宿「花籠(はなかご)」ではこの時期限定の旅行プランをご用意してお客様のお越しをお待ちしております。』

 上品なデザインで、そんなうたい文句が綴られた招待状が貴方の自宅の郵便受けに届いた。
 客室は全て居心地の良さを追求した和モダン。
 朝夕の部屋食はこの時期限定の特別メニューで、女性には宿泊中一回ケーキバイキング無料の甘い特典付。
 個室から、六名で泊まれる大部屋までサイズは様々、温泉も男女別と混浴それぞれ大浴場と露天風呂が設けられており、数は少ないが露天風呂付き客室もあるという。

 そして招待状の最後には、勿論この一文。


『ご予約はこちらまで』



 何がどうしてこうなった。
 答えるとするならば夫・長渡 泰斗(eb7871)が勝手に予約した上で「少し付き合え」なんて台詞で半ば強制連行されたのが温泉宿だった、という事になる――が。
(……部屋に露店風呂、だと……?)
 物見 昴(eb7871)――今は姓を改め泰斗の嫁となった身の上だが、純和風な畳敷きの広い部屋に、質素だが熟練の職人の業と素人目にも判る細工の数々が施された内装。
 南東の角に設置された露天風呂からの展望は言葉にするのも惜しくなるような、美しい白銀の山並みだった。
 此方からは視界を遮る遮蔽物など何もないのに、誰かの視線を気にする心配は皆無。
 故に昴は不安になる。
(……何を考えておられるのか……)
 主従の間柄から夫婦となった今もなお、泰斗は実体を掴ませない風のような男だ。
「さて」
 その泰斗がおもむろに口を開くので、思わず警戒してしまう昴。
 泰斗は微笑った。
「散歩にでも行くか。無論、付き合ってくれるな?」



 人の散歩用に設えられた遊歩道は勿論だが、冬季間は立ち入り禁止の雪深い山道すら二人にとっては平坦な道と変わらない。
 とはいえ、この場合の地の利は昴にある。
 彼女の身軽さは泰斗と比べるまでもないのだ。
 前方に動物の気配を感じ、二秒で枯木の頂きに登った昴は周囲を眺める。
 小さな野兎の親子が、人間を避けるように遠ざかって行くのが確認出来た。
「兎ですね」
「ふむ、熊なら宿の主人に持ち帰ってやるんだが」
「熊は冬眠中かと……」
「腹が空き過ぎると穴倉から出て来るらしいぞ。だから人を見れば迷わず襲ってくる」
 それを返り討ちにするなら躊躇はなかろうと泰斗。
「尤も痩せこけた熊が美味いとは思えんが?」
 確かに、と同意しつつ五メートルはあろうかという高さを難なく飛び降りた昴は彼の傍に戻った。
 と、不意に手を取られる。
「……何か」
「現役を退いても相変わらずだと思ってな」
「退いたつもりはありませんが」
「俺の従を、という話さ」
「ぁっ……」
 ぐいと引かれて立たされた、泰斗の隣。
「並べ」
「……」
「行くぞ」
 嫁の逡巡を知ってか知らずか、手を放してさっさと歩き出した泰斗の後を、追うに追えず。
「昴」
 呼ばれて追うも、隣に並びそうになると無意識に足が止まる。
 並べと彼が言うなら、そうしたい。
 しかしこれまでの数十年で染みついた『掟』を放棄する事は容易ではなかった。
 それは泰斗にも判る。
 判るから――。
「ならばこうするか」
「!」
 再び手を引いた。
 そして、今度は離さない。
「ぁ、泰斗様、あの……っ」
「聞こえんな」
 手を引いて前後する今の位置では聞こえないから、聞かせたいなら隣に並べと暗に告げる。
 昴も彼の意図は察したが、……それでも。

 二人、無言で雪深い山道を歩いた。
 お互いの歩調に己の歩調を乱され、時に重く、時に障り、思い通りにならない道行。
 それでもしっかりと繋がれた相手の手の温もりは胸の内に灯をともし、迷わせない。
 支え。
 導き。

 この人、だ。



 宿の夕食は文句無しだ。
 幸いと言うべきか痩せこけた熊の鍋が出る事は無く、この時期ならではの越冬野菜と海の幸、山の幸をふだんに使った期間限定メニューは案内状の謳い文句に違わず、泰斗も充分に満足する内容だった。
 これであの値段は安いかもしれんと、昴に聞かれれば「幾らか」と目くじらを立てられそうな事を考えて笑いそうになる彼だったが、対して昴の心中はと言えばそれどころではないようだった。
(まぁ、あれだ)
 泰斗は内心で苦く笑う。
 部屋の内装も料理も環境も絶品だが、ガラス窓一枚の向こうに露天風呂がある。つまりは部屋から丸見えというのは、昴には些か刺激が強過ぎるのだろう。
 一応はカーテンで仕切れるようにもなっているが、それが活用されるかは怪しいところだ。
 夫婦水入らず。
 陽は落ち、夕餉は終わり、もういい時分。
 次は何かと問われれば選択肢は限られる。
(焦らすのも可哀相、か)
 泰斗は初心な嫁を思いやり、立ち上がると、あっさりと告げた。
「せっかくだ、風呂に入るぞ」
「っ……お先に、どうぞ」
「笑わせるな、何のための客室露天風呂か」
「そ……れは……その……」
「では選べ。俺の服を脱がすのと、脱がされるのと、どちらだ?」
「……っ」
 どうしてその二つなのかと苛立ちに似た反感を覚えるも、選ばなければ強制的に彼が楽しい方を選ばされるのは目に見えていた。
 であれば、主従だった事もあり脱がす方には免疫がある、……ような、気がした。
 昴は熱を帯びた頬を隠すように仏頂面を作り、泰斗の着物に手を掛けた。
 ただ、彼女の認識は甘い。
 泰斗にしてみれば「脱がす」「脱がされる」どちらでも同じで、その時の昴の表情、微かに震える指先、触れずとも感じられる熱が何よりの悦びだ。
 一枚、また一枚と着物が畳に落ちていくにつれ、昴の手は動きを鈍らせる。
 瞳が潤むのは、熱のせい……?
「昴」
「……っ」
 耳朶に掛かる囁きに背中が震えた。
「なん、です……か」
「おまえも脱げ」
「! なっ……脱ぐか脱がすかを……っ」
「おまえと風呂に入らないとは言っていないはずだが」
 やられた、と気付いたところで時既に遅く。
「待っ」
「俺の言う事が聞けぬと?」
「そ、そうですっ。私はもう従ではなく……!」
「ああそうか」
 昴の必死の抵抗に、これまたあっさりと応じた泰斗は昴を放すと、その表情を変えた。
 突然の対応に驚いて目を瞠った昴が見たのは、今までにない、真っ直ぐな泰斗の瞳。
 そうして聞かされる甘い声。
「おいで、昴」
「――」
 おいでと差し出された手に、――腰が抜けた。
「……っ」
 がくっと膝から崩れ落ちた昴の頭上から楽しげな笑い声が降り注ぐ。
 それは決して嗤うようなものではなく、親愛を込めた温かな笑い声で、だから昴の頬は増々熱を上昇させるのだ。
「……泰斗様……っ」
 恨めしそうに見上げた彼は、既にいつもの彼。
「まったくいつまでも飽きさせない女だ、おまえは」
「誰の所為ですか……!」
「俺を惚れさせたおまえが悪い」
 どんな言い分だと思うも、それ以上の反論など泰斗が許すはずは、無かった。



「――……」
 昴が目を覚ますと、部屋は月明かりに照らされて幻想的な光りを帯びていた。
 一瞬、此処が何処なのか戸惑い。
 思い出して、ハッとなる。
 慌てて体を起こせば間近から「うんー……」と泰斗の声。
 彼は身動ぎし、……再び眠りに誘われていく。
「……っ」
 肩を撫でる冷気に自分が一糸纏わぬ姿だと気付かされ、浴衣を手探りで見つけ出し何とか羽織った。

 ――……静かな月下。
 物音一つしない。

「……」
 昴は心地よさそうに眠る泰斗の寝顔を見つめた。
 胸中は過去を遡り、脳裏に懐かしい面影を思い出させては消えていく。
 長い間、一緒だった。
 ……願わくは、これからも。
 昴は静かに立ち上がると、部屋の隅に寄せていた荷物の中から両手に丁度おさまる大きさの包みを取り出すと、静かに包装を解いた。
 中から現れたのは、色は違えど揃いの湯呑。
 昴が用意した、彼女なりのバレンタインの贈り物。
「……可愛いものなど、何も用意出来ないけれど……」
 微かな、……ほんの吐息のような囁きが泰斗の耳朶に落ちた。
 月の精にも聞かせてなるものかと言うような睦言は、無論、本人にだって聞かれたくはなくて。
 だからこそ眠っている彼に告げた、言葉。

「      」

 昴は、顔を上げなかった。
 動かなかった。
 声も聞こえない。
 ただ月明かりの下で泰斗の口元が震え、……三日月が浮かんだ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
eb7871 / 長渡 泰斗 / 男性 / 33歳 / 侍
eb7871 / 物見 昴 / 女性 / 30歳 / 忍者
ラブリー&スイートノベル -
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2013年03月29日

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