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『影なき人へ。 』
玖堂 柚李葉(ia0859)

 バレンタイン、と言うのはジルベリア風の名前からもわかるとおり、ジルベリアから天儀へともたらされた風習だ。毎年2月、如月の14日に気持ちを込めて、甘くて美味しいお菓子を贈るのだという。
 佐伯 柚李葉(ia0859)がその風習を知ったのは、開拓者になってからだ。天儀ではようやく都市部の人々に、バレンタインという存在が浸透してきたかと言ったところだから、柚李葉が開拓者になった3年前には尚更、知名度は低かった。
 だからそれを初めて知ったとき、柚李葉が感じたのは、なんだか素敵な風習だな、という事で。以来毎年、この季節になると頑張ってお菓子を作って、お世話になっている人や、大好きな人に渡すのが、彼女の習慣になっている。
 かたかたと、包丁を動かして乾した果物を刻む柚李葉に、向かいでチョコレートを湯煎していた養母が声をかけた。

「ねぇ、柚李葉。これぐらいで足りるかしら? ちょっと、少ないわよね?」
「ぇっと‥‥お養母さんの分も合わせたら、ちょっと足りないかも‥‥」
「そうよね。追加で届けて貰えるかしら」

 そうして尋ねてきた養母にそう頷くと、彼女は大きく得心して、贔屓の問屋に追加のチョコレートを届けて貰えるか聞いてきて欲しいと、たまたま通りがかった使用人に言伝る。それからお駄賃ね、と柚李葉が刻んでいる干し果物から1つを取って、使用人の口に入れてやった。
 子供のお使いじゃあるまいし、とも思うのだが、商人の妻としての立場もしっかり弁えているのに、どこか少女めいた、と言う表現が似合う養母のすることだから、何故だかいつも『お駄賃』に納得してしまう。使用人達もそのようで、お茶目な女主にくすくす笑って、ありがとうございます、と頷き外へ出て行って。
 にこにこと、楽しそうに養母が提案する。

「じゃあ、その間に他の準備をしちゃいましょうか。柚李葉、他には何を作るの?」
「焼き菓子はどうかなって思ってます」
「あら、素敵ね。じゃあ準備しましょうか」

 ぽん、と手を合わせて頷いた養母がぱたぱたと動き始めるのに、ありがとうございます、と礼を言って柚李葉はまた、干し果物を刻む作業に戻った。1つ1つ丁寧に、大切に、心を込めて。
 今年のバレンタインはたくさんお菓子を作ろうと思う、と養母に話したら、じゃあ一緒に作りましょう、と言われた。柚李葉を通じてバレンタインという存在を知って以来、すっかりその風習が気に入ってしまったらしい養母も、毎年養父や義兄、使用人やご近所周りにお菓子を拵えて配っているのだ。
 だから、養母と一緒に、とにかく沢山。それは何だか、まるで同い年の友人と一緒に楽しみながらお菓子を作っているみたいで、何だかくすぐったい気持ちになる。
 今日も、養父も義兄も仕事で家を空けている。けれどもきっと、『今日はバレンタインですから、2人とも早く帰ってきてくださいね』と養母がにこにこ笑って見送ったから、いつもより遅くはならないのだろう。
 それを思うと、やっぱり素敵な習慣だな、と思う。こうしてお菓子を渡したり、貰ったりする事で、心と心を繋ぐ事が出来るのだから。

(どんなお菓子が良いかな)

 頭の中で思いを巡らせながら、刻み終わった干し果物を幾つか、焼き菓子に混ぜたり、チョコレートに混ぜたり、上に載せて飾ったりする用にと分ける。そうして贈る人達の顔を思い浮かべて、1人1人、どんな風にするのが良いかな、と考えるのだ。
 婚約者やその双子の姉である親友、2人の父親。それから養父に、義兄に、もちろん養母にも――佐伯の家といずれ嫁ぐ家でお世話になっている、柚李葉の大切な人達。
 そんな風に思いを巡らせて手を動かし、時に意見を求めたり、求められたりしながら養母と一緒に、次から次へとお菓子を作る。その時間はやっぱりくすぐったくて、それからほんの少しだけ、寂しい。
 柚李葉がいずれお嫁に行けば、この時間は終わってしまうのだろうから――お嫁に行く事は嬉しいけれども、それは少し、寂しい。養母が柚李葉を思ってくれる気持ちは、変わらないだろうと解っているのに、それでも寂しいのは何だか不思議な心地だった。
 或いはこの寂寥感は、お菓子を贈ろうと思っている他の人々の事をも想ったからかも知れないと、思いながらお菓子の焼き具合を確かめていると、あら、と養母が不意に声を上げた。

「柚李葉。そろそろ出かけないと、帰りが真っ暗になっちゃうわよ?」
「ぇ‥‥?」

 その言葉に驚いて窓の外を見やると、空に見える太陽がわずかに傾き始めた頃合だった。朝からずっとお菓子を作っていたのだから、随分と時間が経ってしまっていたことになる。
 まだそれほど時間は経っていないと思っていたのに、と目を丸くした柚李葉は、慌てて焼き菓子を取り出して籐編みの敷き台に乗せた。それからお重を引っ張り出して、冷めているものから順番に、精一杯見栄え良くお菓子を詰める。
 そうしてお重を風呂敷に包んで、ぱたぱたと玄関に向かって小走りになる柚李葉を、呼び止め養母も彼女と並んで玄関へと向かった。見送りをしてくれるのだろう。
 玄関で一緒に履物を履き、そこから門までの小路を並んで、歩く。養母が端正している庭は、今は冬咲きの花がささやかに咲いていて、住民の目を楽しませていた。
 そんな庭を通り過ぎて、門扉の外まで養母は出て来ると、ほんの少し、何かを躊躇うように唇を震わせる。けれども結局、養母は何も言わないまま唇を閉ざして、それからきっと全く違う言葉を口に、した。

「行ってらっしゃい、柚李葉。外はまだ寒いから、風邪を引かないように――それから、皆によろしくね」
「‥‥はい」

 眩しそうに、何かを惜しむように、そう言って目を細めた養母の言葉に、頷いてペこりと頭を下げ、柚李葉は歩き出す。3つ目の大切な『家族』の元へ。





 途中で咲いていた花を摘み、柚李葉が辿り着いたのは、とある山道だった。此処に何か名前があるのか、柚李葉は知らないし、知りたいともあまり思わない。
 冬枯れのどこか淋しげな景色には、確かに見覚えがあった。それを、目眩にも似た心地で柚李葉はしばし、見つめ。

「やっと来られた‥‥」

 小さく呟いた、声に込められた感情の名前もまた、柚李葉は知らなかった。ただ解っているのは、この胸に湧き上がってくる思いは決して、懐かしさとは程遠いものである、と言うことだ。
 ゆらりと視線を彷徨わせるように、何かを探すように、柚李葉は冬の山道を見回す。鳥獣の類ですら姿を見せない山は、どこか空虚に感じられて、ふ、と眼差しを地に向けた。

(座長さん、兄さん、姐さん、皆‥‥)

 そうしてそっと、その面影を思い出す。――あの日、まさにこの場所でアヤカシに襲われて、彼女の目の前でこの世のどこからも居なくなってしまった人々。
 柚李葉がやって来たのは、あの人たちに『会う』為だった。そうしてどうしたいのか、本当はちゃんと解っては居なかったのだけれども。
 墓標などあるはずもないから、少し迷って、道の脇に苔生して立つ道祖神の前にお菓子と花を供え、そっと手を合わせる。合わせて、あの日の事をまた、思う。
 アヤカシ達の襲撃の後、生き残れた仲間は柚李葉も含め、ごくごく僅かだった。だがその仲間達もすでに消息は途絶え、今どうしているのか、そもそも生きているのか、それすらも解らない。
 ――それはずっと、柚李葉の胸に靄のようにかかって居た事だった。自分ばかりがこうして佐伯の家に引き取られて、可愛がってくれる養母が居て、大切に想ってくれる人が居て、優しくしてくれる人達が居て。とても幸せで、それがいつでも心のどこかで申し訳なくて。
 そっと目を開き、苔生した道祖神を見る。そこに彼らが居るかの様に。
 ――きっと彼らが生きていたら、申し訳ないとか馬鹿いうなって、言われるのは間違いなかった。もしかしたら姐さん達なんて、一番チビのあんたが一番の出世頭なんてやるじゃない、と背中を叩いて笑ってくれるかもしれない。
 けれど、そんな優しい『家族』だからこそ柚李葉は、ごめんなさいも、忘れないもぴたりと当て嵌まらない、沈む様な胸の痛みを感じている。そうして懐かしく、愛おしく、哀しく彼らを思い出していて。
 返らない声にじっと耳を澄ませた。そうして再び、静かに手を合わせて目を閉じる。
 ‥‥大事に生きようと、思った。あの日、助かった命に意味は、確かにあるのだろうから――助からなかった彼らの代わりに、彼らの分まで大切に。
 それは悲壮な覚悟ではなく、ただの願い。そうしなければならないと言う使命ではなく、そうしたいと言う希望。
 柚李葉自身の幸せも、開拓者としての役割も。この小さな両手でいただく様に、大切に、丁寧に。
 そう、考えて柚李葉は瞳を開き、道祖神を、その向こうに見ている『家族』を見つめた。見つめ、ふぅ、と小さく細い息を吐いて、ゆっくりと立ち上がり。

「‥‥また、来ます」

 彼らが自分に、それを許してくれるのなら――
 最後にそう呟いて、柚李葉はその山道へと背を向けた。そうして後ろ髪を惹かれる思いを断ち切るように、ゆっくりと、だが確かに地を踏み締めて一歩、歩き出そうとして。
 はっと、目を見開く。

『待ってるよ、柚李葉』

 葉ざやに紛れて、誰かがそう言ったのが聞こえた気がした。慌ててたった今背を向けた山道を振り返ったけれども、勿論誰かが居るわけもない。
 それでも確かに、彼らの言葉だと、感じた。だから小さく唇を綻ばせ、はい、と頷いた。
 そうして再び背を向けて、今度こそ養母の待つ家へと歩き出した――それは茜色に染まった冬晴れの空の下のこと。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名   / 性別 / 年齢 /  職業 】
 ia0859  / 佐伯 柚李葉 / 女  / 18  /  巫女

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
ご発注は、勢いで大丈夫だと思うのです、はい(こくり

お嬢様の、懐かしい『ご家族』へと再会する物語、如何でしたでしょうか。
こんなノベルでけじめになったかどうかは判りませんが、お優しいお嬢様の事ですからきっと、お気に病まれてもいらした事と思います。
そしてお養母さんはどこまでレギュラー化(?)してしまうのか、個人的にちょっとどきどきして居ります――今回のお養母さんはこんな感じでお届けしてみましたが、如何でしたでしょうか(何

お嬢様のイメージ通りの、懐かしい痛みを抱くノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、失礼致します(深々と
ラブリー&スイートノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年04月01日

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